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契約継続

「サラ姉!」


「シェラ、私……どうなってるの?」


 斬られた女性を横たえて、その顔色を確かめる。出血は止めているし痛みも感じさせていないからか、そう悪くはなかった。


 この二人の女性エルフは姉妹だったのか? ともあれ、悪いけど本格的な治療は後にさせてもらう。


 こいつらは、逃がさん。


「あんたら、覚悟は出来てるだろうな?」


 散々斬られ叩かれ、金属音を響かせていた魔力の壁を水に変えた。水として目に映るようになると、部屋を半分に区切っている事が明確になる。さらには扉側にも水の壁を作り、包囲網は完成した。剣を幾度も叩き付けるけれど、強靭な壁は砕けないし貫けない。こうなれば、後の末路は先の三人と同じだ。


 包み込まれて封じられ、奪われて沈黙する。また一つ、魔族を飲み込んだ円柱が出来上がった。


「魔法組合の発表会で、戦士組合を巻き込んで、貴族が起こした不祥事だ。あんたら、どうなると思う?」


 イルゲルドに問うと、温厚そうだったあの目が嘘のように鋭くこちらを射抜いてくる。水の柱を蹴っ飛ばしておいて、サラと呼ばれた女性に駆け寄った。




 膝を突いて倒れた彼女の容態を確認する。着ていた鎧が砕けていて、あのオーガの腕力の凄まじさが垣間見えるようだった。すぐに脱がして、傷を露出させる。


「破片が傷口に……!」


 そう多くはないけど、砕けた鎧の破片が入ってしまっていた。どうしたら良い? どうすれば取り除ける?


「鎧の材質は?」


「鉄です! 普通の、何処にでもあるただの鉄です!」


 鉄か……。これも地術で行けるか? いや、行ける。行けると考えるんだ。鉄は製錬されていると言えども、元々は鉄鉱石だろう。それは鉱山から掘り出されているはず。ならばそれは、大地の領域だ。だから地術で行ける、そう考えた。


 傷に入り込んでいる金属の破片全てに働きかけ、全てを引き寄せ、全てを取り除く。想像して、念じて、魔力を地術に変換して干渉した。


 かざした左手に、破片が全て集まって来る。手の平から少し離れた位置に固め、丸めて塊に変える。上手く出来た。金属は、地術で扱える。口元が笑むのを止められなかった。途轍もないな、魔法は。


 次には湯を作った。雑菌を殺して洗い流して消毒する、つもりで使っている。湯で良いのか水の方が良いのか、実はよくわかってないんだ。でも消毒出来そうなんで、何となく湯にしてる。それくらい素人なんだよな、僕は。でも考えられる事を考え、出来る事をやるしかない。


 最後に癒術で元通りに繋げて塞いで、傷痕も残さず治療した。


「よし、完治!」


 ついでに体力も回復しておいてあげて、サラさんも万全となった。


 シェラさんは泣いて喜んで姉に抱き付き、抱き付かれたサラさんは未だ事態がよく飲み込めていない。周りを見回して新しく増えた水の柱を見つけて、呆然と眺めた。


 一方でミリヘルド様は、やはり呆然と見つめていた。その視線の先にいるのは、笑顔を向けていた父親だ。イルゲルドは今や、自分の娘を睨み付けている。一体何があったと言うんだろうな。


 とりあえずは、衛兵を呼ばなければならないかな。でもこの柱二つ、どうしようかね?


 まずは武器を排出させよう。ちょうど良いんで、その取り上げた武器の金属を利用して手枷足枷を作ってみた。それを全員に装着し、猿ぐつわも金属の輪を作って差し替える。これで良いか。簡易だけど鍵を作って、その一つで全て開くようにした。丸ごと衛兵に引き渡そう。


 作成の過程は誰にも見せられないんで、バッグの中でごそごそとして行う。余った金属は板状の塊に、いわゆるインゴットにしておいた。


 衛兵を呼ぶのは、妹のシェラさんにお願いする。貴族の私兵に言われた方が早そうだからね。姉のサラさんには、サイズが小さいけどクロークを貸した。肩剥き出しは、ちょいとセクシーだから目の毒だ。衛兵が来るとなれば、余計に隠しておいた方が良い。


 羽織ってもらってみると、ショートマントみたいであまり問題にならなかった。それだけ身長が違うという事だけども。


「何から何まで、ありがとうございます。あなたが来てくれて、本当に良かった……」


 笑顔を見せてサラさんは礼を言い、けれどその表情は悔しげに曇る。無念ではあるだろう。剣を抜いて立ち向かう事すら出来なかったんだから。


 でも私兵としての仕事は出来てたと思うんだよな。


「完全に不意討ちでしたからね。腕も良いようでしたし、無理もない事でしたよ。けれどサラさんがいたから、その不意討ちもミリヘルド様に届く事は無かったんです。間違い無く、役目は果たしてましたよ」


 言わば身を呈して守ったようなものだ。そこにいた、ただそれだけでも良いんだ。守れたんだから。


「そうです、サラ。ハルト様の仰る通りです。あなたはわたくしをしっかりと守ってくれました。ありがとう、サラ」


 ミリヘルド様がサラさんの手を取って、その目をしかと見つめて言う。それからはたと気付いた様子で、こちらに振り返った。


「あの、ハルト様もその……、ありがとうございました」


 少し頬を染めて、恥じらうように僕にもお礼を言ってくれる。腰からしっかりと頭を下げて、それから上げた顔は真っ赤になっていた。


「可愛い」


 サラさんと声が重なる。するとさらに耳から首回りまでも赤くなってしまって、さらに可愛らしく恥じらっていた。







 シェラさんの連れて来た衛兵達は、その場の全員を連れて場所を移す。罪を犯した者達は馬車に物のように運び込まれ、僕らは丁重に案内されて乗せてもらえた。少しの間揺られて、中央広場から南西へ通りを走ってすぐのところにある収容所に入って、馬車は停止した。


 イルゲルド達は再び運ばれ、牢に入れられていく。それを見送ると応接室へと案内されて、そこで事情聴取を受けた。


 四人で正確に答え、今日の話は全て話し終える。ただ、僕だけは追加で情報を提供した。


「実は依頼を受けてから、僕は何者かから二度の襲撃を受けました。この依頼は戦士組合の方から提示されて引き受けた依頼なのですが、もし他の三人も同様に引き受けたのなら……」


「同じように襲撃を受けていた?」


「はい、そうだと思うんです。そしてもしかしたら、捕まえられたか殺されたか……」


「なるほど、三人の戦士は偽者かもしれないわけか。戦士組合に確認を頼んでみよう。情報感謝するよ」


 あり得る可能性だった。この依頼の性質上、掲示して受ける戦士を募ってはいないと思うんだ。となれば僕と同じように、信用出来ると判断した戦士に任せたはず。それがあの三人だとは、到底思えなかった。だから、入れ替わっていると考えた。けれどもしそうであれば、入れ替わられた三人は既に……。


 ともかくこれで、僕の仕事も終わりだ。後は貴族達の間での事だから、僕には関わりが無い。契約も発表会の間だけだからね。


 収容所を出てみれば、アールガルド家の馬車がこちらに停まっていた。連れてきてくれたそうだ。ただ、他の馬は邸宅に返したらしい。なので僕も同乗する事になった。


 中にはサラさんが付き添って乗り、僕はシェラさんと二人で御者台に座る。


「では、詳しい事がわかり次第お伝えに上がります」


「よろしくお願いします」


 衛兵とシェラさんの間で言葉が交わされ、馬車は動き出す。中央広場を抜けて西通りを進み、やがて邸宅へと入って行く。


 その間、シェラさんは僕にこんな話を聞かせていた。


「これはここだけの話にして下さい。実は、私達には動機に心当たりがあるんです」


「そうなんですか?」


「それはミリヘルド様の体質の事でして、みだりには話せません。ですからここでもお聞かせ出来ませんが、旦那様はその体質を大変苦々しく思ってらっしゃいました。殺そうとする程までとは、私達も考えてませんでしたが」


「体質、ですか」


「忌避されていたのだと。そして、邸宅は旦那様が雇った者ばかり」


「まさか!」


 彼女は、ミリヘルド様がまた命を狙われるだろうと言っているんだ。僕は胸に嫌なものが広がっていくのを感じた。何故あんなにも小さな少女が命を狙われなければならない? そんな理不尽な事を実行してしまえる程疎ましい体質なのか?


 いや、体質がどうあれ理不尽に奪われて良い命なんてあるものか。そう思うからこそ、今このはらわたが煮えくり返っているんだ。


「報酬はきっと払います。どうか、力をお借り出来ませんか」


「……そんな話を聞いてしまったら、否も無いですね。でも、どうするつもりなんです?」


 何の対策も無く、ただ漫然とここにいるわけにはいかないだろう。ミリヘルド様を守るためなら、多少強引な手段に訴えてでも動くべきだ。


「それはまだ……。姉と相談して、必ず手は打ちます。ですからどうか、よろしくお願い致します」


 結局、引き受ける以外に選択肢なんて無い。面倒な上に厄介な事だけども、もう関わってしまった。この三人を放って関わりを断って後日殺されたと聞いたなら、僕は後悔に沈み込むだろう。


 そもそもミリヘルド様の境遇に納得出来るところなんて無いんだ。こんな理不尽を放って去ってしまうなんて、僕には無理だね。


「引き受けますよ。乗りかかった船ですしね。魔法しか取り柄のない僕ですけど、それで良ければ」


「ありがとうございます!」


 緑がかった黄色のショートヘアを風になびかせて、深い緑の瞳が微笑む。安堵が見えて、彼女も不安だったんだとわかった。守るのが自分達二人だけになる。そう考えたら、不安で仕方なかったんだろうな。


 やっぱり選択肢無いわ。放って帰るなんて、出来るわけないだろうよ。


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