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冒険者……ではなかった

 吸血行為の後少しの休憩を挟んで、マリエラさんからの講義が始まった。もちろん魔法についてだ。


 待ってましたとばかりに椅子に座り、目を輝かせる。


 ……輝かせていたらしいんだ。


 自覚はもちろん無かったんだけど、それはもう嬉しそうな笑顔できらきらさせていたそうだ。おかげで抱き竦められて、揉みくちゃに可愛いがられた。スキンシップ激しいな、マリエラさんは。嬉しいけど恥ずかしいったらない。


 それはともかく、講義が始まる。


「まずは、魔力の扱いを覚えてもらうね。これが出来ないと魔法は使えないから」


「魔力?」


「存在する全てのものが内包している力だよ。生き物はもちろんだけど、石や水、蝋燭の火にも吹く風にも弱いけど魔力が宿っているの」


 要するに、何処にでもあるわけね。それが魔法の源になる要素なのか。


「基本的には目に見えないから、気付くのは難しいかな。この魔力に意思で命じて、魔法を起こすんだよ」


 マリエラさんの指先に紅の靄がふわりと現れた。彼女が魔法を使う時は、決まってこの靄が現れる。魔力は見えないって言うけど、これが魔法に変わるんだよな……。でもまあ、聞くのは後にしようか。話の腰を折ってしまう。


 靄はたちまち炎となった。蝋燭より少し大きい程度の炎は部屋を少し暖め、消える。便利そうだ、良いね。


「魔力を集めるのは身体を動かすのと全く違うから、初めは戸惑うかも。意思とか感情とか、精神の働きによるものだから」


「意思と感情、精神……」


 内的なものというわけだね。僕が使ってた風の魔法は、あれは感情で引き起こされてたんだな。という事は、あんな感じで使えば良いのか。それならもう出来るから簡単だ。


 指先に風を起こしてくるくると旋回させる事を思い浮かべれば、青く輝く風が発生してそのように回る。


 ただ、今気付いたけど空気が動かないね。これ、風だよな?


 でも砂浜でやった時も、最初はこうだった気がする。後でテンション上がって暴れてしまった時は砂が酷い事になったけど、その前は影響無かったよな。


「ここまでだと上手く出来てるかわからないから、次も説明するね」


 ん? 上手く出来てるかわからない? 見えてないのか? こんなにも光ってるのに?


 待てよ、魔力は見えないって言ったな。それじゃ……、これが魔力なのか? 風じゃなくて、ただの魔力だった?


「どうしたの?」


「いや、何でもないよ」


 怪訝な様子だったけど、マリエラさんは次の話を始める。考え込み過ぎてしまったかな。今は聞こう。


「魔法には、七つの分野があるの。炎術、水術、地術、風術、雷術、凍術、癒術の七つ。その中から、自分の持つ適性によって使えるものが決まるんだよ」


 それを確かめるには外の方が良いという事なので、僕らは着替えて庭を借りた。広くはないけど、狭過ぎるわけでもないので充分らしい。


 普段は洗濯物を干すのに使っているそうだ。幸い今は空いている。


「確かめるのは、魔力さえ集められていれば簡単なの。言葉で命じて、魔法が起きたら適性があるって事。七つ全部試して一つも起きないなら、魔力の集中に失敗してるって事」


 それはわかり易いね。


 マリエラさんは人差し指をぴんと立て、僕にも同じようにするよう言った。


「それじゃ、私に続いてね」


「了解」


 そして彼女は、指先に纏わせた紅色の靄に言葉で命じる。


「蝋燭の火」


 続いて僕も、指先を旋回する青い風に命じた。


「蝋燭の火」


 二人の指先に、小さな火が出現する。なるほど、こうして使うわけか。


「炎術の適性があるね。魔法は言葉で命じる必要って本当は無いんだけど、確かめる時にはこの方が都合良いの。小さな魔法で充分だからね」


 言葉にしてしまった方がイメージし易い側面もあるそうだ。確かに口に出せば、より明確に思い浮かべられるかも。ぼんやり小さな火を想像するくらいなら、今みたいに言葉で蝋燭の火だとはっきり決めてしまう方が容易い。


 続いて水術の水滴、地術の石ころ、風術の息吹と試した。マリエラさんは地術と風術の適性が無く、実演は無かった。けれど僕にはここまでの四つ全てに適性があった。


 マリエラさんは目を見開いて、手を叩いて喜んでいる。


「四つも適性を持ってるなんてすごい!」


 多くても三つ、普通は一つか二つであるそうだ。これは嬉しいね。


 続く雷術の電光、凍術の冷気は発動しなかった。こちらには適性が無いらしい。残念、全部という事はさすがに無かった。




 残りは回復魔法である癒術だ。マリエラさんが僕の首筋を指差す。それを治せるかどうかで確認出来るという事だ。


「最後は癒術だね。さっき私が付けた傷で試そっか」


「そうだね、ちょうど良いや」


 彼女は癒術の適性を持たないのでふりだけする。自分の首筋に手を当てて、治癒とだけ口にした。僕も同じように首筋に手を当てて、そこに青い風を発生させて命じる。


「治癒」


 青い光が強く視界に見えて、首筋に心地好い感覚を覚えた。成功のようだ。


 マリエラさんが首筋を見て、傷が消えた事を確認する。そして笑顔を弾けさせて、自分の事のようにはしゃぐ。


「適性五つ目! ハルト君すごいよ!」


「ありがたい事だね。色々便利に使えそうだ」


「そうだね! 私みたいにお湯は作れるし、地術なら旅の間に雨風気にせず休めるよね。風術があるからそんな時でも移動に困らないし……」


 なるほど、勉強になるな。でも、魔力使ったら疲れるからね。限度はあるか。




 これで七つ全て試した。でも、さっき浴室から逃げる時に僕を捕まえたあれは何だったんだろう? 言わないって事は、話し辛いって事よね。聞かない方が良いか。


 待てよ……? マリエラさんは魔法使う時に紅色の靄を出している。そして僕は青い風が出る。これが魔力だとしたら、どうして僕にはそれが見えてるんだ? 魔力は見えないはず……。


 聞きたいけど、これ黙ってた方が良いような気がする。既に適性五つという非凡さが明らかになってしまった。絶滅したはずの人間というだけでも特殊なのにだ。これ以上は目立ち過ぎる。


 よし、聞かない! 触らぬ神に祟りは無いのさ……。


「それじゃ、ハルト君の服でも見に行こうか」


「え?」


「買ってあげるよ。お詫びと血のお礼にさ」


「でも既に充分……」


「良いから良いから」


 確かに助かる。僕は一枚しか服を持ってないし、それも切れていないだけのぼろなチュニックだ。でも色々してもらい過ぎてて、申し訳ないな。


 後でもうひと噛みさせる? 血液量大丈夫かな……。







 街へ繰り出すと、魔族の雑多さに圧倒された。ゴブリンやオークなどは道を行けば何処でも見られたし、リザードマンやケンタウロス、ラミアやナーガ、アルケニーなどの姿もある。もちろんエルフやドワーフ、フェアリーなどのファンタジーもの定番の種族達もいる。


 改めて、すごいところへ来たものだと実感した。


 でも、人間らしき姿は一人も見つからなかった。近い姿に見えても耳が尖っていたり翼や尻尾が生えていたりする。必ず何処かが違っている。


 やっぱり人間は僕だけなんだな。ただ、その事に寂寥感とかは不思議と無かった。まだ実感が無いのか現実味が薄いのか、或いは僕がそういう人間なのか。


 どれが正解かはわからない。でもまあ、わりとどうでも。


 そんな中を歩き、服飾品の店と言うより防具の店と呼んだ方が正しく見える店に手を引かれて連れて行かれた。店主は細身の女性オーガで、マリエラさんは常連であるらしく挨拶を交わしていた。


 店内を眺めれば革製の軽そうな鎧や金属製の重そうな鎧、大きな長方形の盾やヘルメットのような兜など、様々な防具が並んでいる。篭手もあれば腕と手の甲を守るだけの手甲もあるし、膝から下全体を守るブーツやすね当てなんかもある。


 そんな風に基本的には防具の店なのだけど、奥に様々な衣服が見えた。マリエラさんが着ているような服から男性用の服もある。店主が新たな顧客層を狙って揃えているのだそうだ。


 マリエラさんは僕をそちらへと連れて行った。


「ねえ、アンナ。ハーフリングの服もあったよね?」


「もちろんあるわ。そのお客さん、ハーフリングなのね?」


「うん。ちょっとお世話になってね、お礼に服を新調するの」


「そういう事。相変わらず義理堅いわね。それなら私も協力するわ」


 店主はアンナさんと言うらしい。緑の髪に緑の瞳、赤い角に桃色の肌、茶のチュニックに白のパンツを合わせた服装という見た目の、大人な雰囲気を持つ美人さんだ。


 二人で色々服を引っ張り出しては僕に合わせて見て、ああでもないこうでもないとたっぷり時間をかけて選んでくれた。アンナさんは客が来ればそっちに行くけど、手の空いた時間はマリエラさんに協力していた。


 店にある服は、様々だった。この街が港街であるからだろう、異国情緒溢れる品もあった。さすがに和服は無かったけど、アラブっぽい物やインドっぽい物などがあって驚かされた。


 街ではその辺りの伝承にありそうな魔族も見かけたので、彼らの生まれた地域から仕入れられた商品なんだろうね。中国や韓国辺りのも日本と同じく無いから、東アジアに伝わるような魔族はいないのかも。少し残念かな。


 そうしてあれもこれもと散々時間をかけた挙げ句、二人が選んだのは無難な物だった。君ら、遊んでたんだな?




 白い肌着に丈がお尻を隠すくらいの薄い茶色のチュニックを着て、濃い灰色のズボンと革のブーツを履く。その上に亜麻色のクロークを羽織って着替えは終わった。


 無難な物に収まって良かった……。


「まあ、こんなところよね」


「そうだね。ハルト君、似合ってるよ」


「そりゃどうも」


 マリエラさんはハンドバッグから小袋を出して、そこから硬貨数枚を支払った。あれがこの世界の貨幣かな。そう言えばまだ知らないな。


「ありがとね。また寄って頂戴」


「うん、またね」


 再びマリエラさんに手を引かれ、僕らは店を後にした。


 その後も連れられるままに幾つかの店を回った。武器は断ったけど、肩掛け鞄と幾つかの袋や布など、生活に必要な物を揃えてくれた。完全にもらい過ぎてるな。


「本当は私のハンドバッグみたいなのを買ってあげられると良かったんだけど、さすがに高くってさ」


「それ、変わってるよね」


「遺跡で発見されたバッグなんだ。縮小して物を入れられるの」


 そう言って中を見せてくれる。そこにはミニチュアみたいな状態で、細々した物から大きな荷物まで様々入っていた。なるほど、これならこのハンドバッグだけで充分だ。


 遺跡から見つけたと言うけど、どうなってんだ過去の技術よ。


「人間が作ったらしいよ」


「マジで!? 人間すげえ!」


 どんな技術力だよ! よく滅亡出来たな、馬鹿じゃねえの!


 待てよ……。よくある、戦争の末って奴じゃないか? あ、どっちにしろ馬鹿だね。


「本当すごいよね、人間って」


「よくもまあ、こんな技術を持ちながら絶滅したよね」


「そっち!?」


 そらそうよ。呆れ果てるばかりだわ。







 買い物が終わったら、マリエラさんはわざわざ仕事まで気にしてくれた。レヴァーレスト中央広場の東側へと連れて行かれる。そこには大きく立派な建物があった。塀に囲まれた敷地は広く、その半分程を建物が占めている。残り半分では魔族達が鍛錬に励んでおり、賑やかで活気に溢れていた。


 冒険者ギルド? 見た目にはそんな装いだ。


「ここはね、戦士達を支援してくれてる組合なの。ハルト君なら魔法もこれから得意になっていくと思うし、登録するだけでも無駄にはならないから」


「戦士って事は、戦うんだよね?」


「それだけじゃないよ、色んな依頼があるから。戦わないで済む仕事も探せば見つかるよ」


 戦いは、まだちょっとね……。いや、戦わないで済むならずっとそうして暮らしたいわ。


 荒事は嫌いです、はい。




 手を引かれて早速中へ。


 三階建てだと言う建物の一階、入ってすぐの一帯は簡易な酒場と受付を兼ねた作りになっていた。西側中央が入口で、入って南側が酒場、北側が組合の受付になっている。北の壁付近に依頼の掲示スペースがあるらしく、戦士達がそこで仕事を探しているようだった。


 僕らは真っ直ぐ進み、幾つかある受付の一つに向かう。そこが登録や問い合わせなどを行っている窓口だった。


 受付や窓口と言っても日本の役所のような作りになっているわけではない。幾つかのテーブルと椅子が置いてあって、担当の魔族が待ち受けているだけだ。


「いらっしゃい、マリエラさん」


「こんにちは! 登録をお願い出来る?」


「そちらの方ね? どうぞこちらに座って」


 担当の魔族は猫の獣人の女性だった。よくある人間に猫耳が生えたような姿ではなく、完全に猫顔だ。毛皮も当然持ち合わせていて、彼女は茶虎風。組合の制服らしき白シャツに緑の上着、緑のズボンという出立ち。


 後で聞いた話だけど、猫耳に尻尾みたいな魔族もいるそうだ。そちらは半獣人と呼ぶとか。マリエラさんのように、混血で生まれる。


 それはともかく、僕らは椅子を一脚余所から調達して三人で座った。


「名前に種族、性別、年齢と得意な事を書いてね。文字は大丈夫?」


 どうなんだろ? 差し出された紙を見た限りは書けそうだ。


「大丈夫そう。わからなかったら聞くね」


「わかったわ、遠慮無く聞いてね」


 書き始めてみると、問題無くすらすら書ける。すごい不思議な感じだった……。記憶に無い部分で修得してるのかな。


 細かい事はマリエラさんが決めてくれたので、それをただ書くだけだ。


「名前はハルト・ハナヤマさんね。ハーフリングの男性二十歳。魔法が得意なの? ハーフリングにしては珍しいわね」


「私が教え込んだの!」


「マリエラさんの弟子なのね、納得。特に問題も無さそう。少しそのまま待っててね」


 担当さんは席を立ち、書類を持って奥へ引っ込んでしまった。手持ち無沙汰になるな。


「少しって言ってたけどわりと時間かかるから、先に組合の事を話しておくね」


 そう言って話し始めたのは、戦士組合の成り立ちとも言える歴史についてだった。


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