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弟子

 レヴァーレストの北門を出て、テトへの街道をしばらく歩く。今日は曇り空で少し冷える天候。採集日和ではなかったな。期日は設定されてないから急ぐ事も無いんだけど、思い立った時にやらないと結局やらなくなっちゃったりするからね。


 さて、僕の後を尾行する魔力が一つある。魔眼によれば深く澱んだ緑の水の魔力。それは昨日の、エルフの男だろう。諦めて欲しかったんだけどなあ。


 しかし尾行、下手ね。こんな開けたところで後を付いて来てたら、気付いてくれと言ってるようなものじゃないのさ。いや、それで構わないと思ってるのかもしれないか。


 面倒臭い。面倒臭いけど、後回しにしても面倒が増えるばかりだ。幸い今なら周りに誰もいない。何かあっても、僕ら二人の間の事で済む。それならいっそ接触してしまおうか。


 振り返って見れば、やはり気付かれても構わないらしく堂々とこちらに歩いて来ている。ただその表情は、昨日とは違っていた。神妙な面持ちであり、尊大さも見下す目付きも置いて来たかのように見られない。


「ハルト・ハナヤマ……」


 呟くような小さい声でぼそりと言って、僕の目の前で足を止めた。


「何か用でも?」


 魔眼は、魔力の動きを一切捉えていない。少なくとも攻撃の意思は感じられなかった。どうにも目的が読めず、そのために不審だ。


 彼はしばし、僕と見つめ合う。その薄い黄色の目からは、少なくとも敵意は感じられない。エルフだから、顔立ちは整ってるね。無条件に容姿端麗な種族って、何かずるくない?


 そんな事を思っていると、彼は唐突に目を大きく開く。そして意を決したように……跪いた。


「ハルト・ハナヤマ様、どうかわたくしめを弟子にして下さい!」


「……は?」


「昨日の魔法、お見事でした! 魔法組合の塔を破って逃げる者など、これまで聞いた事もございません! そのお力の一片だけでも、教えを垂れていただきたく参じました! 昨日のわたくし共の行いについては、如何ようにも償わせていただきます! ですがどうか、どうかわたくしめを弟子に!」


 何がどうしてこうなった……?




 彼は、ヘルミッド・ヘラルディウスと名乗った。男爵位を持つヘラルディウス家の三男だそうで、だから一応貴族だ。男爵家の三男という事で跡目に関わる事は無く、大好きな魔法の研究に明け暮れる日々を気ままに過ごしていたという。


 そんな彼だから、魔法組合に心酔するのに時間はかからなかった。その存在を聞き、役割を知り、直ぐ様組合に所属した。それからは志を同じくする仲間達と切磋琢磨し、魔法に携わる日々を送ってきた。


 そんな時に僕の魔法を見た。如何なる魔法をぶつけても傷一つ付かなかった塔の材質に、傷どころか穴を開けた僕の魔法を見てしまった。彼は衝撃と共に感銘を受けた。そして一晩考えに考え抜いて、弟子入りを願い出ようと決めたらしい。


 話を聞いていると、彼の中では魔法こそが最も尊いものなのだとその言葉の端々から見受けられる。それ以外は全て格下、下らないものだと思い込んでいるようだった。あらゆるものに不自由していない、根っからの貴族なんだな。ただ、一晩で僕への態度をここまで変えられるのは柔軟な思考の持ち主と言えない事も無いか?


 魔法が素晴らしいものである事には僕も同意出来る。でもなあ……。


「何故、わざわざ魔法以外を見下す? その必要なんて、何処にも無いはずだ」


「魔法こそが何ものよりも優先されるべきではありませんか! これ程の力、これ程の技術、文化にすらも影響を与える魔法こそ、他の何を犠牲にしても追求されるべき至高の存在でしょう!?」


 もうこれ、信仰の域だな。魔法は宗教じゃないぞ。ちょっと怖い。


「あんたが自分の何を犠牲にしても僕にはどうでも良い事だし、勝手にすれば良い。だけどね、それはあんただけのものだ。他の者にとっては違うんだよ。それを受け入れられないのは、あんたが狭量だからだ。ついでに言えば、犠牲を出さなければ何かを追求出来ないのも、器の小ささを露呈しているに過ぎない。目指すなら、何もかも飲み込んでしまえる度量を目指せ。そうすれば自ずと魔法に対する見方も変わって、新しい魔法も思い付くさ。新しい魔法に必要な閃きが見えてくるだろうさ」


 自分の器が小さいと言われて、憤らない者はいないだろう。もちろんヘルミッドもそうだった。顔色が赤みを増し、その語気が荒くなる。跪いた拍子に顔へとかかった長い金髪を掻き上げて、目付き鋭く立ち上がった。


「俺が狭量だと!? 子供に何がわかると言うのだ! 魔法は、一朝一夕にはならんものだ! 日々過去の文献を調べ、頭を捻り、論じ合って尚生み出されん! 新たな魔法の研究とは、開発とは、それ程に困難なものなのだ!」


 それ、内に籠もって煮詰まってるパターン? 一番駄目な奴じゃないか。でも、熱意は伝わるね。魔法大好きな同志として、ちょっと手伝ってみようか。


「視野が狭いんだよ。文献を百回読んだって、同じ事しか書いていないんだ。大量にあるんだろうけど、別の者が読んだところで似たような事を考えてるんだから似たような結論しか得られない。それよりも外を見た方が良い。身近なものでも良いんだ。例えば、食事の時に何を使う?」


「食事だと? 何を考えているのかわからんが、まあ良い。乗ってやるとしよう。食事に使うとすれば、食器だな。皿、フォーク、ナイフ、スプーン。そんなものだろう」


「なら、それが無かったら?」


「下らん。手でも枝でも葉でも、何でも使えば良い」


 おっと、これは意外な答えだ。貴族らしくないな。良いじゃん、基本的には柔軟なんじゃないか、ヘルミッドは。


「それじゃ、手で食べた後は洗うよね。それからどうする?」


「布で拭くな」


「布が無ければ?」


「ふむ。振って乾かすか」


「そこで風術があったら、便利だと思わない? ついでに炎術で温風にしたらもっと乾き易いよね」


「ほう。確かにそうだ」


 目が大きく開いた。険が抜けて顔付きが変わってきたぞ。もう一押ししようか。


「戦士は旅をするんだけど、すると当然野宿になるんだ。そんな時、夜はどうすると思う?」


「戦士か……。毛布は欲しいだろうな。さらに欲を言えば、テントなどで夜風を凌ぎたいところか」


 案外想像力あるじゃないか。本当に視野が狭いだけだろ、あんた。


「どうしたらそれを実現出来る? もちろん魔法で」


「なるほど、そういう事か……。模範的には、やはり地術か。石で小屋を作れば風も雨も凌げるし、崩れる心配も無い。用が済んだら土に変え、崩してしまえば良いな」


 ヘルミッドは楽しげに想像力を働かせていた。もうそこに、それまでの嫌な表情は残っていない。すっかり腑に落ちた様子で、まるで別人のようだ。これなら大丈夫だ。


 単に魔法が好き過ぎていて、そこに集中したいあまりに他を蔑ろにしてたんだろうね。その正当化には、魔法が一番でなければならなかった。でもその考え方自体が、自分の魔法への理解を妨げていたんだ。


「理解が及んできたね?」


「ああ、納得した。日々の生活にも、様々な仕事の合間の事にすら、魔法の鍵は潜んでいるのだな。魔法と他のものは密接に繋がっていて、互いが互いの役に立つ。そんな事にすら、これまで気付かなかったとは……」


 そして唐突に、悲嘆に暮れ始める。声を上げてがっくりと両膝を地に突いて、両手すらも落としてうなだれた。どうした、何があった?


「俺はこれまで、こんな簡単な事を見落としていたのか! 大損だ、何という損失だ! まさに視野が狭いとしか言いようが無い! ああくそ、過去に戻って自分を殴りたい……」


 そこまで!? いやまあ、理解してくれたようで嬉しいよ……。


「このような俺では、もう弟子にしてくれとは言えない。けれど、個人的に師と仰がせてもらう! ありがとう、師よ!」


 再び跪いて、頭を垂れた。こういうところは貴族らしくないよなあ。魔法が一番であるあまりに、貴族の矜恃みたいなものは捨てて来たのか。変わり者だな。


 こうしてはいられないとばかりにヘルミッドは駆け出して、街へと帰って行く。僕はその後ろ姿に愛想笑いで手を振って見送った。


 一方的に師と認定されてしまった。でもこっちは弟子だと思わなくて良いらしいし、この際放っとこ。







 それから六時間後、必要な量の採集物を集め終えた僕は戦士組合へと帰って来ていた。受付では、やはりリーシャさんが手招きしてくれる。ありがたくそちらへ向かった。


「おかえりなさい! どうでした?」


「もらった情報通りに、全部集まったよ。すごいね、リーシャさんは」


「そうでしょうとも!」


 バッグから次々に出せば、リーシャさんの目が丸くなっている。ああ、このバッグか。やっぱり珍しいんだろうね。


 報酬は、全部で銀貨八枚程になった。提出した採集物の幾つかに目を通し、リーシャさんは溜め息をもらす。


「丁寧ですねえ……」


「そりゃ、採り方まで書いてくれてたんだから当たり前でしょ」


「普通の戦士は、そこまで気にしないですよ」


 戦いを生業としていて、採集なんてもののついでであるらしい。だから材料として使えれば、採り方なんて考慮に入れられないとの事だった。


 これは日本人としての気質が出たか。仕事は綺麗に効率良く、だもんなあ。でも、他の戦士による採集物と差が出来てしまうのは問題か?


「少し高めに売って、組合の資金にしたら良いんじゃない?」


 なんて言ってみる。するとリーシャさんの目がきらりと光った。そしてにやりと、不敵な笑みを見せる。悪い事は考えてくれるなよ?




 検品の間の雑談に、リーシャさんは魔法組合の者が登録に来たと話し始めた。あまり仲が良くない組織同士で珍しい事なんだとか。予感めいたものはあったけど、的中だった。


「ヘルミッド・ヘラルディウスって貴族様で、ちょっとした騒ぎになりましたよ」


「あの男……。本当に貴族らしくないな!」


 何だか、今後長い付き合いになりそうな気がするぞ……。


 僕が戦士の例を上げたから、こっちにも来たのかな。良かったのか悪かったのか今はまだ判断出来ないけど、彼次第では戦士組合と魔法組合だけでなく貴族までも巻き込んで変わって行けるかもしれない。そこまでの大人物になるかどうか。いや、思考が飛躍し過ぎだな。


 それにヘルミッドは、何にしても魔法第一だろうからなあ。


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