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魔法の存在と取引

 街は、レヴァーレストと言った。


 この辺り一帯の陸と海を治める侯爵、レヴィニア・サラダンという海竜の居城がある、領都と呼ばれる街であるらしい。


 多くの船が交易に訪れる関係で、たくさんの物が集まり出て行く。そんな豊かで、大いに栄えた港街だ。


 様々な種族の坩堝であり、その分治安にも力を入れていて概ね安全。探せば仕事は幾らでもあるし、食うに困る事などまずあり得ない。おかげで悪事に走る者も多くない。


 この侯爵領は全体にそのような土地で、侯爵の統治が如何に善政であるかを何処にいても実感出来るという。


 ただ、それでも何事も起きないという事は無いそうで。


「魔族って、どの種族にしても荒っぽいところがあるから」


 この世界では、魔族が人間のように生活していた。魔族の定義はわりと曖昧で、ざっくり言えば知性ある魔物。社会性を持ち、何らかの方法で意思疎通し、平和的に暮らしている種族であれば魔族と判断するそうだ。そうでない者は全て魔物として、危険であれば狩られたり討伐されたりする。


 このため、僕の知る動物達も魔物に含まれている。ただ動物は概ね危険でないため、討伐の対象には滅多にならない。ペットとして飼われる事も少なくなく、そんなところは人間同様だった。


 まあつまり、この世界の住民はいわゆる魔物達。ここはモンスターの世界だったんだ。







 女性はマリエラ・ブラックロードと名乗った。エルフの父と吸血鬼の母を持つ半吸血鬼で、吸血鬼の特徴のほとんどは持たないそうだ。だから血液には惹かれてしまうけれど、飲まなければ死ぬという事は無いらしい。


 匂いで人間とわかってしまったのは、これまでに嗅いだ事の無い匂いだった事と、吸血鬼の性かその匂いに強烈に惹かれてしまった事が理由だった。


「それでわかっちゃうんだ?」


「わかっちゃったね」


 だとすれば、吸血鬼でなければわからないとも言える。今後のためには良い情報だった。


 僕は花山春人、マリエラさんと同じ形にハルト・ハナヤマと本名そのままに名乗った。大丈夫なのか判断付かなかったのもあるけど、彼女の意見も聞きたかったんだ。


「問題無いと思う。似たような響きの名前を持つ魔族も、たまにいるよ」


「それなら良かった。このままで行けそうだ」


 マリエラさんが得難い協力者になりつつある。良いのかな?




 彼女の生業は戦士だそうだ。戦士と言っても剣や斧を持って肉弾戦を繰り広げる者達の事ではなく、魔物から魔族を守る事を仕事としている者全般を指す言葉だった。


「なるほど。それじゃ、弓とかで戦ってても戦士なんだね」


「そうだよ。私みたいに魔法で戦っていても、戦士だね」


 おっと、聞き捨てならない言葉が出て来たぞ。


「魔法、あるの?」


「あるよ。……知りたい? 教えても良いんだけどなー」


 ほほう、見返りを求めるか。まあ当然よね。無理を言われなければ、多少の事なら応じるけど。


「血を吸っても、良い?」


「そう来たか……! でも、僕も吸血鬼になったりは?」


「しないしない。私にはそんな力無いよ」


 半吸血鬼だから大丈夫なわけね。それなら案外……良いのか? 魔法は知りたいし、出来れば修得したい。この取引は、そう悪くないはずだ。となれば……。


「契約成立で」


「よし!」


 そんな喜ぶかね。何か、やっぱり可愛らしいなこの半吸血鬼。




 そうして話を聞いている内に、レヴァーレストへと到着した。


 喉の渇きについてはマリエラさんが魔法を使ってくれて、指先から出る水をもらった。紅色の靄が指先に集中して、そこから水が溢れ出してきた。それをハンドバッグから出したコップ……ゴブレットって言ったかな? それに入れて渡してくれた。おかげで街までは問題無く持った。


 でもそのバッグ、何? 何でゴブレットなんて入れてんの?


 魔法については、まだ使い方を教えてはくれなかった。血が先に欲しいのかね?


 そう言えば僕の青い風は、あれも魔法なのかな。風の魔法? あり得るな。でも他にもあるようなら知りたいしな。と言うか、絶対あるよね。楽しみになって来た。


 そんな事を考えながら、マリエラさんに手を引かれて街へと入る。


 衛兵の検査はあったけど、マリエラさんは顔見知りなのか適当な挨拶で済んでしまった。僕はこんななりだし、隠すものも無い。あっさり通過。


 その後は、彼女行きつけの酒場に連れて行ってもらった。街の中央広場から少し海寄りに行った大きな通りから路地に入ってすぐ左の、宿も兼ねた酒場だった。名は白海豚亭。


 大きな店ではなく、二階建ての一階に三つのテーブル席とカウンター席がある程度の酒場、それと二階に二人部屋が四つの宿といった具合だ。


「ここ、湯浴み用の部屋を用意してくれてるの。おかげで寒い思いも覗かれる心配も無し。女性戦士としては、ありがたいんだよね」


「そういう事ね。不届き者は、何処でも健在か……」


 土地や種族が変わっても、やる事は変わらないか。


 僕らは、まず食事する事にした。時間的には昼にやや早い辺りだ。マリエラさんが適当に注文してくれて、僕はそれをいただく。


 野菜と魚介のトマトスープに貝類の旨味の利いたショートパスタ、白身魚のムニエル、といったメニューだった。


 素材が良いのか腕が良いのか、それとも両方か。どれも絶品と言える美味しさで、行儀良く食べるよう努める必要があった。がっついたらいかんぞ、我が身体よ……。


「気に入った?」


「うん、どれも美味しい」


 ここは良い店だ、覚えておこう。




 食後は、浴室へと連行された。


 中は浴槽があるわけではなく、大きめの桶に湯が入っているという程度だった。この世界、これでも上等なんだろうな。たっぷりの湯には浸かれないか……。


 なんて物思いに耽っていると、マリエラさんが後ろから言う。


「湯は私が作るから、気にしなくて良いよ。魔法が使えれば簡単だから」


 と同時に、衣擦れの音が。そちらへ振り返ってみると、まさかの事態が起きていた。慌てて逃げ出す。


 連行された時点で、頭の片隅にはあった。でもまさかそうなるなんて、本気で思うわけないじゃん? 精々僕だけが脱いで、背中流す程度とかで済むと思ってたのに。何考えてんの、この半吸血鬼!


 ……逃げ出した、はずだった。けれど僕の身体に紅色の靄が纏わり付いていて、気付けばふわりと浮いていた。え、これも魔法?


 浴室内に連れ戻され、扉がばたんと閉じられた。そしてかちりと鍵もかかる。吸血鬼もので、被害者がサイコキネシス的に捕らえられるシーンとかよくあったっけ。まさに今そんな状況じゃないか。


「後で一人で入るから!」


「君、すごい汚れてるよ? ちゃんと落としてあげるから」


 一枚しか無い衣服を剥ぎ取られ、お互い生まれたままの姿となった。その後はもう……。




 大層お綺麗で、大変柔らこうございました。もうお婿に行けない……。







 昼を過ぎて、二人部屋の一室に僕らはいた。


 簡素な戸棚一つにテーブル一つと椅子二脚。ベッドも二つあり、今はその一方に二人で腰掛けている。


 服は、マリエラさんに渡された物を着ている。似たような大きさのチュニックだけど、明らかに物が違った。純白の綺麗な生地で、着心地がとても良い。


 ただこれ、あのハンドバッグから出したんだよな。ゴブレットの事と言い、本当にどうなってんの?


 そのマリエラさんは、部屋へ来た時に寝巻きのような薄い生地のローブに着替えた。透けてるように見えるのは気のせいだよな。


 目に焼き付いてんのよ……。


「そんなに気に入ってくれた?」


「とってもお綺麗でございました……」


 くすくすと笑っている。畜生。


 さて、どうしてこんな状態にあるのかと言えば、契約を果たすためだ。つまり、これから吸われるわけだね。


「本当は私が上の方が感じ出て良いんだけど、潰しちゃうからね。ハルトくんが上に乗ってね」


「何の話だろうね、それ……」


 マリエラさんの腿に跨がって膝で立ち、ゆっくり腰を下ろした。目の前に突き出ている二つには、なるべく目を向けないようにする。


「重くない?」


「全然。しっかり体重かけちゃって大丈夫だよ」


 お言葉に甘えて、脚から力を抜く。腿の肉付きが感じられて、より一層危険だ。


 真っ直ぐ彼女を見られなくて、視線がどうしても彷徨ってしまう。それが可笑しいのか、マリエラさんは笑っていた。仕方ないじゃない、こんな経験これまで無かったんだから。


 いや、血を吸われるんだよね。そんな経験あるはずないか。


「催眠術をかけるね。そうしないと痛いから」


 なるほど。牙を突き立てるんだから、そりゃ痛いよね。催眠術で軽く出来るってわけか。納得したんで、こくんと頷いた。


 マリエラさんは僕の頬に手を添えて、しっかりと目を見つめ合わせた。真っ赤な瞳がさらに赤を増したように見え、目を離せなくなる。いや、離そうと思えば離せそうだ。そこまでの強制力は感じない。


 見つめ合っていると、感覚がぼんやりし始めた。不快ではなく、ふわふわと心地好い感じ。これでかかっているんだろうか。だとすれば、かなり弱い。本当に吸血鬼としての力は強くないらしいな。


 それとも痛みを防ぐだけだから、こういう効き方なんだろうか。酒に酔ったのと似ているけど違う、浮いたような感覚だった。


「これは面白い……」


「そう? 良かった」


 少し安堵した様子を見せた。催眠術をかけるのだから、不安があったのかもしれない。上手くいくのか。上手くいったとして受け入れられるか。そんな心配は、どうしたって感じただろう。


 安心出来たなら、口に出しておいて正解だったな。


「それじゃ、行くね」


 左の首筋に唇が触れる。その感触に身体がびくりと震えた。恐怖は感じていない。怖くてそうなったのではなくて、単にびっくりしただけだ。想定外の感覚に。


 背中に手が回され、しっかりと抱き締められた。こちらからも脇を通して背に手を置く。包まれた温もりと柔らかさに心臓が早鐘を打った。


 そして肌に、硬い物が触れる。


 催眠術のおかげか、痛みは無かった。疼くような感覚が身の内に広がって、悶えるように身じろぎする。


 ゆっくりと力がかけられ、やがてぷつりと聞こえた。同時にそれが体内に突き入れられる。


 それからは何もわからなくなった。感覚の奔流に理性も意識も押し流され、喉から漏れ出るか細く高い声を自分の耳で聞きながら、何もかもが薄れていった。







 目を開くと、マリエラさんの不安げな表情が映った。ぼうっと眺め、何をしていたのかを思い出そうと考える。そして思い出せば赤面した。


 そんな僕を見て不安は解消されたようで、表情が緩んだ。


「どうだった?」


 などと聞かれる。


「すごく、気持ち良かっ……」


 顔を見せられなかった。恥ずかしくって、マリエラさんの首筋に顔を埋める。そうすると頭と背中を優しく撫でられた。


「実はね。催眠術をかけるのは初めてじゃないんどけど、血を吸うのは初めてで……。上手く出来てたなら良かった」


 あらそうなの? マリエラさんは、もしかしてまだ若いのかな。エルフと吸血鬼のハーフだそうだから、年齢は全くわからん。


 そっか、お互い初めてだったんだね。……何の話?


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