逆三角形の紋章
柔らかく温かいベッドでぐっすり眠ったところで、僕とソニアさんが見張る番となった。脚を伸ばして座りながら、あれも作れるこれも作れると色々思い描いていた。
ふと気付くとソニアさんがすぐ横に腰を下ろしていた。他の四人を起こさないよう耳元で囁く。
「今度は何をするつもりなんだ?」
顔に出てたかね?
何、と言える程はっきりとは考えていないんだよな。自転車やローラーブレードがあると楽が出来るとか、その程度だ。他には地術が使えるから小屋を建てる事も出来るし、かまどや戸棚などの家具も用意出来る。風術も使えばエアコンの代わりになる物も実現可能だろう。そんな事を益体無く頭に浮かべていたんだ。
ただ、どれもこれも今すぐ作るには構造の把握が出来ていない。そう難しい物ではないし、帰ってから試行錯誤してみようかと考えている。
今はひとまず水術のグラスを二つ作って、水を入れて片方を手渡す。
彼女は目を丸くさせて、それから笑って受け取ってくれた。
「ありがとう」
二人で口を付けて、喉を潤す。
何となく他の四人に目を向けた。ミツキさんは彼女らしく行儀良い姿勢で眠っている。レベッカさんは寝姿さえも女性的な体勢になっていた。横向きで両手を合わせて頭を置き、脚は揃えてくの字に曲げる。らしいと言えばらしいか。
ヘラルドさんは寝相が悪い。大の字に近い形に身体を広げ、少しいびきをかきながら寝ている。そしてエニスさんは眠っていても色っぽい。ローブがめくれていて、腿が露わとなっている。そちらは目に毒なので、必要以上には見ない。
見張りは、特に何も起きなければただ退屈な時間だ。何かして時間を潰す事も出来ない。結局魔法の事に思考が向いてしまう。ソニアさんが退屈してしまうな。
もう一度僕の耳元に顔を近付け、ソニアさんは囁いて話す。
「調子はもう良いのか? まだ辛そうな顔をしているぞ」
「気にしてくれてありがとね。でも大丈夫だよ」
魔眼の話が出来ない以上、魔力に圧迫されている事情も話し難い。これについては、話せるのはレベッカさんだけだ。何とか誤魔化さないとな。
ソニアさんは少し表情を曇らせる。けど、それ以上は追及して来なかった。その代わりなのか、肩を抱かれる。随分気にかけてくれてるなあ。優しい人柄なんだろう。申し訳なくなってくるね。
それから頭に頬ずりするように、顔を触れさせてきた。ちょっとびっくりした。可愛がってくれるんだろうね。素直に言えば嬉しい。けど僕、中身おっさんなんだよね。正直複雑だ。
全員が起きたところで朝食を食べ、諸々片付けて出発となる。しっかり眠れたようで、皆清々しい表情だった。こんなに寝心地の良いベッドで寝た事が無いと好評だ。
「これはどのくらいこの形を維持するの?」
「試してみないと何とも言えないな。ずっと持続するつもりでは作ってるけど、これ水だからさ。気化すると思うんだよね」
「ああ、なるほど。言われてみるとそうよね」
置いておく場所にもよるけど、永久には持続しないと思うんだ。機会があったら試してみようかな。
ところでこんな事を聞くって事は、欲しくなったな? やぶさかではないんだけど、こういつのってどうなんだろ? 魔法に対する魔族達の機微と言うか、そんなものを僕はよく知らない。ほいほい開示して、渡してしまって良いものなんだろうか。
ここで聞いたら藪蛇になっちゃうし、何も言わないけどね。
そんなこんなで今日も捜索を開始した僕らレベッカさん一行。通路は大広間以前が嘘のように単純な構造になり、幾つかの部屋と下る坂道が時折曲がりながら続いていく。時計回りの螺旋を描くように下る道は一辺が長く、警戒しながら進んでいるために余計時間がかかっているように感じられた。
魔物とは全く遭遇しない。やっぱり大広間を通り抜けられなかったんだろうね。おかげで脳内に地図を描く事に集中出来る。簡単な構造だから、そんなに必要じゃないけど。
薄い霧のような魔力は相変わらず進めば進む程徐々に濃くなり、圧力も強さを増している。そして圧迫される事による疲労がゆっくりと着実に蓄積させられた。まだ大丈夫と言い聞かせて、何とか足を動かす。
実際まだ大丈夫だとは思う。魔力の濃度は上がっているけどはっきりと先が見える程度であるし、圧力も真っ直ぐ歩く事に支障をきたしたりしていない。まだ大丈夫、まだまだ大丈夫。心の中で唱えながら、ひたすら進んだ。
そうして何事も無いまま通路は途中で内側に折れ、部屋へと繋がった。
「何かいるみてえだな」
ヘラルドさんが呟くように言う。部屋には入らず覗き込むようにして窺い、気配を察知していた。離れたところで待機している僕らは、先行するヘラルドさんとソニアさん二人が戻ったところでその報告を受けて対応を話し合う。
「何なのかはっきりとはしないのよね?」
「そこそこに広え部屋でな、奥に固まってやがったんでよく見えねえんだよ」
「松明に照らされてはいたから、数だけなら四だとわかった」
四、と数字を聞いて僕の脳裏には彼らの姿が思い浮かぶ。やんちゃなハーフリングを乗せたケンタウロスと穏やかに笑うオーガ、そして物静かなエルフ。けれど彼らが大広間をどう抜けたのか、その手段が思い付けなかった。
「数では勝っているのですし、堂々と踏み込んでもよろしいのではありません?」
「ま、そうだな。中は広え。レベッカもミツキも最初から前に出られる」
「そうね。それなら例え敵だとしても、幾らでもやりようがあるわね」
レベッカさんとヘラルドさんが前に立ち、その後ろにミツキさんとソニアさんが続く。そして僕とエニスさんが後衛だ。
そして部屋に入るなりミツキさんとソニアさんが前二人の左右に出て、前衛が四人となる。松明は変わらずミツキさんが持っているけど、戦闘になるならまた投げ捨てるだろう。
前四人に後ろ二人の隊列で、部屋の奥に見える四つの人影へと近付いて行った。
部屋は、あの大広間程ではないけど確かに広い。奥行きで八十から百メートルはあるようだ。横幅も五十メートルは下らないだろう。一番奥の中央には玉座のような椅子があり、その背後の壁には大きく何かの紋章が描き込まれている。人影はその右方向、部屋の片隅に固まっていた。
近付けば見覚えのある四人で、僕は思わず声を上げて呼びかけた。
「レイドさん! ヘムリさん! ドールブさん! リリーさん!」
「その声、ハルト殿ですか!?」
「げ、親父!?」
「ヘムリか! お前、こんなところにいたのかよ?」
は? ヘムリさん、ハーフリングじゃないの!? ドワーフの女性だったのか、すっかり勘違いしてた……。見分けつかないっての。
そうとわかれば僕らは武器を収め、駆け寄って行った。男性二人の装備はぼろぼろで、反対に女性二人には傷一つ無い。しっかり守ったのだろう事が見て取れた。
怪我があちらこちらと見えているので、僕とレベッカさんで治療に当たる。比較して軽いレイドさんはレベッカさんに任せ、僕は幾つか重い傷のあるドールブさんを担当する。
革の防具類を外して、傷を洗い流しながら塞いだ。幸い骨は無事で、深そうに見えても頑強な筋肉で止まっている。
「すごい……」
治療しながら触れてみて、つい口から感嘆の言葉を漏らした。ドールブさんが照れてて、ちょっと面白い。
「助かるよ。君達が来れたという事は、魔物達は……?」
「うん、もう大丈夫だよ。僕らは迎えに来たんだ。外に帰れるよ」
そう答えると、そばで寄り添うようにしていたリリーさんの目からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。張り詰めていたものが安堵した事で切れたんだろう。声を殺して、隠す事すら忘れて泣いた。
ドールブさんはその頭を優しく撫でて宥めている。
「四人無事で帰れるぞ、リリー」
リリーさんはただただ頷いて、涙を流し続けていた。ああやっぱり、来て良かったな。
四人と合流して十人となった僕らは、ひとまずこの部屋を調査する事にした。ここが遺跡の最奥部になるし、何も無いはずがないからだ。
ただレイドさん達は休ませる事で一致した。冷たい床の上に何時間もいたのだから、衰弱も著しい。水術の温かいシートを広く出して敷いて、その上でゆっくり寛いでもらった。
目を剥いて驚いていたけど触ってみて、腰を下ろして寛いでみて、気に入ってくれたようだ。
こちらの六人は散って部屋を調べて回る。ただ、玉座は調べているけどその背後の紋章には誰も近付かなかった。まるで何でもないかのように通り過ぎている。
奇妙な違和感を覚えつつも、誰も調べないならと僕は紋章の前まで行って見上げた。
それは三角形が三つ組み合わさって形作られていた。逆三角形の辺に頂点が重なるように正三角形があり、さらにその内側に同様の逆三角形がある。ただ、近付いてみて理解した。これを見ているのは魔眼だ。この紋章は魔力で描かれている。
どういう意味があるのだろう? 高さとしては、手を伸ばせば届く辺りにある。試しに触れてみようか。
指先が触れると、少量の魔力が奪われた。思わず手を引き戻す。けれど変化は既に始まっていた。紋章が光を放つ。
「何だ!?」
「ハルト様!」
紋章は光を纏ったまま宙に浮き、付近の壁が消えて通路が現れていた。駆けて集まった五人は呆然と紋章と通路に目を向ける。
そして何とも言えない困惑の表情で、お互いに視線を交わした。
「道が開いたな。行くか?」
「……いえ、一旦引き上げるべきだわ。安全の確認だけして、それから戻りましょ」
全員が頷く。レベッカさんはミツキさんとエニスさんの二人をレイドさん達の護衛に残し、ヘラルドさんとソニアさんに僕を連れて奥の安全確認を行うと言う。特に異論を挟む者も無く、僕らは四人で奥へと踏み込んだ。
一段、魔力の濃度が上がった事を感じる。霧が少し色濃くなり、圧力が増す。そして何かを通り抜けたような、奇妙な感覚があった。他の三人は特に何か気付いた様子も無い。ならば今のは魔力的な接触だろうか。
振り返っても特に異常は見当たらない。結局何も知り得ないまま、僕は三人の後を早足で追った。




