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見える眼

 少し待って。レベッカさんはそう言って、僕を呼び止めた。振り返ると驚く程に神妙な黄色の瞳が僕を捉えていた。表情は真剣そのもので、僕をその右手で手招きした。


 そばまで行くと、彼は辺りを見回す。まるで何かを警戒するようで、不穏なものを否応無しに感じさせられた。


 どうしたのだろう。


「誰にも聞かせられない、秘密の話をするわね」


 思わず身構えた。支部長からの、極秘のお話だ。そんな話を僕が聞いて良いのか? ただ、支部長である彼が判断したんだ。その資格があるんだろう。


 こちらも神妙に、こくりと頷いた。


「ハルトちゃん、あなた魔力が見えてるわね?」


 気付かれたか。ならば話とは、その絡みの事か。これは悩ましいところだ。


 認めれば、色々聞く事が出来るかもしれない。これが何なのか、どのようなものなのか、過去にどんな使われ方をしたのか、そしてその末路は。


 自分で調べたのでは恐ろしく時間のかかる作業になる。探し出して真偽を確かめ、判断し、そしてまた探して。それを幾度も繰り返してようやく、全貌を掴めるかどうか。


 それを思えば、聞いてしまった方が有益だ。


 認めなければ、そこでこの話は終わる。けれど、多分レベッカさんは確信してる。僕に合わせて片膝を突いてくれてるその目は、真っ直ぐだ。否定しても、彼の中ではもう決まってしまっている。


 ならば僕の答えも、一つしか無い。


「うん、見えるよ」


 するとレベッカさんは息を飲んで、ゆっくりと目を閉じて眉根を寄せた。細く息を吐いて、開いた目には少しの涙が滲んでいた。


「それは、誰にも話しちゃ駄目よ」


 そう前置いて、彼は小さく囁くように話してくれた。


「あなたの眼は魔力を見て、感じられる特別な眼だわ。それは、魔眼と呼ばれている眼よ」


 魔眼? それがこの身体に備わっているのか?


 でも、どうして恐れる? 秘密にする程強力かなあ?


「魔眼を持つ者は魔法を授けられる。そう言い伝えられているわ。魔法を使えない者も魔法が使えるようになる。それはとても素晴らしい事だけれど、とても恐ろしい事だわ」


 本当か? だとすれば、確かに恐るべき眼だ。


 地球基準で考えれば、銃で例えられるだろう。誰も彼もが銃を持てたとして、誰も彼もがその銃を正しく使えるわけじゃない。結局持った者がどう扱うのか、それが重要なんだ。


 極めて一部にでも凶悪な者がいれば、ただそれだけで甚大な被害が出てしまう。米国で時折起きる銃乱射事件なんて、その最たる例だ。事件を起こすのは銃ではなく、使う者だ。百人が銃を持ったとして、その中に一人でも悪党が混ざっていたらどうなる? 九十九人は善良でも、たったその一人のために何十人という人間が被害を受ける事になる。


 魔眼によって魔法使いが百人増えれば? 千人増えれば?


 そんな事態を招きかねない、それが魔眼だというわけだ。まあ、どうやって魔法を授けるのかわからないから無理だけどね。


 でも、魔法が使いたい気持ちもよくわかるんだよな。まず便利だし、自衛出来るのも良い。それにせっかく魔法のある世界に生まれたのに使えないというのも、酷く切ない。


 僕自身だって使えるから良いけど、使えなかったら辛かったかもしれない。転生したという事は、僕は死んだんだ。手放しに良い人生だと言える程でもなかったけど、僕なりに楽しく生きていた。なのにいきなり転生してしまった。これで何も出来ずに唯一の人間として生きて行かなきゃならない事態だったら、自分の運命を呪っていたかもしれない。


 そう思うと、授けられるなら授けたいような気もしてしまうな。


「そんな事、出来るの?」


「出来ないわ。誇張された、偽りの伝承なのよ」


「あらら」


 そりゃそうか。残念なような、でも正直なところほっとしてもいた。そんな大それた力は、僕の手にはきっと余る。だったら無い方が良いや。


 レベッカさんの話では、その昔魔眼を持つ魔法使いから魔法を教わった弟子がいたのだそうだ。その弟子は魔力の扱い方を間違えていただけで、魔法を使うだけの能力はそもそも備えていた。だから師は、それを正しただけだった。けれど弟子は勘違いした。魔法を授けてもらったと思い込み、そして良かれと思って魔眼の秘密を漏らした。それが広まってしまった。そうなってはもう収拾など付くはずもない。


 たくさんの魔族が師を訪れ、魔法を求めた。近くに住む者は当然の事、遥か遠くに住む者まで、遠路はるばるやって来たという。


 さらには貴族や王族までもが師を訪れた。彼らは魔眼の師を囲い込もうとした。何故なら魔法使いという戦力を増やせるからだ。何千何万という魔法使いによる侵攻を止められる者などいない。魔眼ならそれが出来る、そう思われてしまった。


 以降、魔眼にはそのような力があると言われ続けているという。




 話は、それで終わりではなかった。


「でもね、伝承はもう一つあるの。そして、この一つもまた問題なの。あまりにも馬鹿馬鹿しくて口にするのも嫌なんだけど、話しておくわね」


 もう、嫌な予感しかしないね。


 レベッカさんはしっかりと僕を見据えて、とんでもない話を聞かせてくれた。


「魔眼を食べると力を得られる。そんな馬鹿げた話まであるのよ」


「…………は?」


 言葉が出ないとは、まさしくこの事だった。


 人魚の肉を口にすると不老長寿になるというお話が日本にはある。あれと同じレベルじゃないか。人間でなくても、考える事は似てるもんだね。


「呆れ果てる話だけどね。一部の貴族はそのために探していたりもするのよ。力が手に入れば御の字で、手に入らなくとも魔族が一人死ぬだけ。そんな馬鹿がいるのよ。」


 先の魔眼の師の話には、続きがあった。


 一向に首を縦に振らない魔眼に、王族達は怒り狂った。魔眼は全てを疎ましく思って姿を消したけれど、王族達はそれを不遜だと思い偽りの情報を流した。それがこの、魔眼を食べれば力を得られるという話だった。


 そのような話が広まれば、誰もが血眼になって探す。さらには報奨金まで用意し、魔眼を探して追い立てた。


「魔眼はあたしの師、秘密を漏らしたのはあたしの兄弟子よ。兄弟子は結局自己正当化のために師を非難して、王族達の走狗になり果てたわ。そして師は、次に会った時には物言わぬ姿に……。その両目は、奪われていたわ」


 目を閉じて、静かに語った。もちろんレベッカさんは、一人否定し続けた。けれど誰も聞く耳を持たなかった。結局王族や貴族達など力ある者や声の大きな者達の言葉が浸透してしまい、ただ個人でしかない者の、身内の言葉になど何の力も無かった。


 レベッカさんは仇討ちに兄弟子を斬り、一人国を出たのだという。以来時折魔眼の噂が流れたものの、一部の貴族達が狩りを楽しむに利用しているだけだったりしたそうだ。


 他者の命なんてどうでも良いってわけだ。関わりたくない連中だね。


「もちろん、全ての貴族や王族達がこんなろくでなしだなんて事は無いわよ。でもね」


「わかるよ。百の中にたった一でも外道が混ざるとそうなる。でしょ?」


「そう、そんな事よ」


 苦く笑って、レベッカさんは僕の髪を優しく撫でた。


「だから絶対に知られちゃ駄目よ、ハルトちゃん。知られたが最後、穏やかに眠れる夜なんて二度と訪れないわ」


 魔法使い量産のために誘拐されるならまだ良い方で、眼を狙う暗殺者など派遣されて来るのだろう。そうなってしまっては、おちおち眠ってもいられない。確かに誰にも明かせない秘密だ。


 師の事は、無念に過ぎる話だ。二度と繰り返したくないんだろう。


「ありがとう、レベッカさん。誰にも言わない。秘密にしておくよ」


「ええ、それが一番よ」


 そっと引き寄せられ、ぎゅっと抱き締められた。力いっぱいではなくて、痛みも無ければ苦しくもない。気遣いが感じられる、温かい抱擁だ。


 困ったけど気持ちは嬉しかったので、そのまま任せておいた。




 しかし結局、魔力を見たり感じたり出来るだけの眼なんだね。まあ、あまり強過ぎても狙われる要因になるし、気付かれるリスクもきっと高くなる。僕が口にしない限りわからない程度なら、安全面から考えても都合良いね。


 ついでに便利だし。







「遅かったじゃねえか。二人で、か?」


「ハルトちゃん、小さいじゃない? ちょっと裂けちゃって……」


「手前ら何の話してやがる!?」


「いきなり口悪いな!?」


 おおっと。


 しかし合流早々下の話かよ、全く……。


「いかん、いかんぞハルト殿! そっちの世界に行くな!」


「ただの冗談だからね!?」


 真面目だなあ、ソニアさんは。焦ったお顔がまた可愛らしいのー。がくんがくん揺すられて、ちょっと目が回っとります。


 ミツキさんは呆れて溜め息吐くだけだね。日常茶飯事なんだろう、可哀想に……。


 そんなお馬鹿な事を繰り広げつつも、ようやく遺跡へと侵攻する時が来た。五人揃って入口である下り階段の前に立ち、覗き込んだ。特に物音は聞こえないものの、この階段結構長いのだそうだ。


 光源はミツキさんが持っている。レベッカさんのバッグに松明が入っていて、それが隊列の真ん中になる予定のミツキさんに手渡された。


 先頭はヘラルドさんが行く。その右側、斜め後方にソニアさんが続く。そこからレイピアで鋭く突き込んで援護するのだろう。


 ミツキさんはヘラルドさんの後方に位置し、戦線をこじ開けたところで左に飛び出す算段。その際松明は放られる事になる。


 この三人が前衛となり、残りの僕とレベッカさんは後衛だ。役割は主に体力の回復支援。ただし、状況によってはレベッカさんも背中の大型曲剣を抜いて前衛に出る。


「広い場所じゃないと、あたしの出番は無いと思うけど」


 大きく長い曲剣を振り回す関係で、狭い通路などでは戦い難いんだろうね。まさか一人で戦うわけにもいかないし。


 レベッカさんの得物は刃の部分だけで僕の身長よりずっと長い。幅も十センチどころじゃなく広いし、おまけに肉厚。それを振り回す姿には興味があるけど、まさか某漫画の黒い主人公みたいには出来ないだろう。となれば、隙もそれなりに生まれてしまう。それを補うべく誰かと共闘するなら、広い場所でないと仲間を巻き込む恐れがある。


 そんな理由で、癒術師として後衛にいるんだろうね。正直三人の体力を僕一人で回復するのは厳しく思っていたので助かる。自分の体力だって、探索途中で回復が必要になる。魔力が全然足りないんだ。


「準備は良いな? 行くぜ」


 ヘラルドさんが槍を構え、階段を下り始めた。いよいよ遺跡に突入開始だ。前世まで含めて初めての経験。怖い気持ちもあるけれど、同時に昂揚するような心地も感じていた。


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