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9.役割

タワ様のあの知識—医療技術の勉強会は神殿で開催されることが決まった。


タワ様は現在その授業のための資料作りを行なっている。


「……今までは祈ってりゃ良いだけなのに、忙しくなっちゃったわね。」


タワ様が髪をかきあげ、人体の解剖図を木板に書き写していた。


「私も手伝います。」


「いいわよ……あんた絵下手だし……。

それにこれは私の役割だから。」


「……役割、ですか。」


「うん。医療技術の教師みたいな?

私、ずっと役割が欲しかった。救世主なんて一過性のものじゃない恒久的な役割が……。

だからそれなりに力のある男誑かしてそいつの妻になってやろうと思ったり色々やってたけど、まさか絶対明かすつもりのなかった密会が私の役割になるとはね。」


救世主は一過性のものとは思わないが、でも彼女はずっと一過性のものだと感じていたのだろう。


「元の世界に戻られても誇れるものですか?」


そうなればいいと思った。

私たちの世界がタワ様にとっていいものであれば……


「元の世界には戻れないわよ。」


「え、帰還の陣はありますよ?」


「違くて。戻ったら私死ぬの。」


タワ様が淡々と答えた。


どういうことだ?

私が動けないでいると、タワ様は手を止めてこちらを見上げた。


「私がこっちに喚ばれたあの瞬間……私は階段から滑り落ちてた。

あのまま転がってたら今頃階段から落下して死んでたでしょうね。かなり段数あったから。


だから私はこの世界に居続けるわ。

帰還してほしいって頼まれたって帰らないから。」


彼女が何故必死になって役割を求めるのかわかった気がした。



エメリンは交代の時間になったので出て行った。

ズレてる所があるけど、良い子だと思う。

人にすぐ同情してしまうのだろう。

今も辛そうな顔をしていた。


私、結構エメリンに酷いことしてるんだけどな。


そんなことを考えているとノックの音がした。

誰だろう。


「ラプターです。よろしいですか?」


……珍しい。エメリンの交代の時間だと知らなかったのか。


「どうぞ。」


「こんにちは。

少しお時間よろしいですか?」


整ったラプターの顔が現れた。金色の髪に鳶色の眼。

うーん、かっこいい。

エメリン一筋じゃなければお近づきになりたいが、残念。彼は出会った当初からエメリンのことしか眼中にない。


「大丈夫ですよ。どうしました?」


「医療と呼ばれる術の勉強会を行うと伺いました。」


その呼び方に失笑してしまう。

まるで黒魔術みたいだ。


「ええ、そうです。」


「魔法が使えなくても、怪我が治せると。」


「魔法のように一瞬では治せませんけど、勉強をすれば誰でも出来ます。」


きちんと勉強しないと危険だが。

だが、止血の仕方を覚えるだけでも違うだろう。怪我だけでなく病気もそうだ。

頭痛の時に瀉血させるなんてとんでもない。首の後ろを冷やして痛み止め飲んで寝ていればいい。


この世界にも薬師は一応いるのだ。活用するべきだ。


「どんな者でも?」


「もちろん。

ラプター様も学ばれますか?」


「そうですね。私も是非。

……ですが、まずは私ではなくタンジェリンに教えてやってくれませんか?」


「エメリンに……?」


それは構わない……というか、騎士こそ覚えるべきだと思っているのでそのつもりだった。

しかし何故彼がわざわざ。


「彼女は昔から無茶をしますから。」


……なんとも過保護なことで。

そういえば、エメリンが騎士になることを彼は強く反対していたという。

エメリンのことがそれだけ大事なのだろう。

お熱いことだ。


「エメリンは愛されてますね。」


「愛さずにはいられないような子です。」


揶揄ってやるつもりだったのにこれだ。

全く、ついていけない。

私は息を吐いてしまった。


「あなたもそうでしょう?」


「ま、嫌いではありませんよ。

でもこんな真っ向から認めるとは思いませんでした。」


「あなたに隠しても無駄でしょう。」


ラプターは自嘲するように笑う。


「それで、わざわざそれだけのために私の所へ?」


「いえ、もう一つ。

殿下への当てつけに私を利用するのは遠慮して頂きたい。

私が八つ当たりされるんですよ。今日も馬鹿みたいに仕事の量を増やされて……。」


当てつけではなく、殿下に尻軽と思われたかったのだが……。

通じなかったようだ。


「すみません、あなたなら大丈夫かと思ってしまって。」


「虐めてやらないでくださいね。

男は惚れた相手に弱いんですよ。」


「……面白いこと言いますね。」


「本当のことですよ。

私も散々な目にあってますから。」


ラプターは唇を歪めて笑うと、一礼して出て行った。

ついでとばかりに私の作った資料を持って行ったが、本当の目的はあの資料を運ぶことだったのだろう。


殿下……。

私の元夫に似ている。

大雑把なところ、よく笑うところ、男らしいところ、遊び人なところ。

……もうあの手の男とは関わりたくない。

浮気して、私を拒絶されるのはもうごめんだ。



神殿で第一回の勉強会が行われた。

私は講師として行った。

結果はまずまずだろう。

とにかく間違った手当の方法をやめさせることが先決だ。


「タワ様、さすがです!

とってもわかりやすかったです。」


エメリンが私に駆け寄ると感動したように拍手しだした。恥ずかしいからやめさせる。


「やめてよ……あんたにはもう説明したことあるからでしょ。」


「それもありますけど、ですけどタワ様も教え方がとても丁寧でわかりやすいです。」


タワ様も……。ラプターと比べられてるのだろう。

ラプターに教わってた時のように諦めてもらっては困るからね?


私は彼との約束通りエメリンに医術を教えた。

簡単なことから、少しずつ。


神殿での勉強会は町の噂になっているらしい。

紙があれば簡単に伝達できるのだが、この世界には羊の皮を使ったり木の板を使ったりするので手に入りにくく、また書きにくいので伝達が難しい。


それでも、瀉血する治療は減ったと聞いた。


私は城の廊下から城下街をぼんやり眺めていた。

人々の生活が少しは変わると良い。


「タワ」


低い声がした……と思ったら腕を引かれ、壁に押し付けられていた。

これは壁ドン……。


「で、んか……」


彼は眉を寄せながら、口元に愉快そうな笑みを浮かべていた。


「やっと捕まえた。」


「は、離してくださいませ。」


「ダメだ。離したら逃げるだろ?」


当たり前だ。逃げたいから離せと言っているのだから。

護衛は何してる、と見るとエメリンが真面目くさった顔で突っ立っていた。

あいつはダメだ。殿下の犬だから。

もう一人の騎士はオロオロするざかりで手出しをしない。

あいつもダメか。


「俺を利用するだけ利用していらなくなっなら捨てるだなんて酷いじゃないか。」


人聞きの悪い。

まだ捨ててはいない。


「そんなつもりじゃ……」


「ならどんなつもりなんだ。」


私を掴む殿下の腕の力が強まる。


「痛い……!や、やめてください……!」


痛くもなんともないがわざと大袈裟に騒ぐ。

さすがにたじろいだのか、手が緩められた。

その隙にスッと自分の腕を抜き、殿下から離れようとする。


「逃げるなよ。」


190㎝と153㎝。リーチの差が大きかった。

彼は私の腰をグイと掴むと今度は抱き締めらる。


エメリンともう一人の騎士は何故か拍手していた。

後で覚えてなさい。


「なあ、腹割って話さないか?

お前の望みはなんだ。何が目的だ。」


「離してくれたら言います。」


抵抗するも、力強く抱き締められてしまう。

「逃さない」と聞こえた気がした。


「はい!」


「なんだ、エメリン。」


「タワ様の望みはこの世界で恒久的な役割を得ることです!」


この、クソったれ!!

頭の中に思いつく限りの暴言が溢れる。

あのバカな忠犬……殿下に聞かれたら何でも言うというのか。


「役割?そんなのいくらでもくれてやる。」


「い、いえ、自分で手に入れましたから、結構ですわ。」


「遠慮するな。

俺の妻という役割をやろう。」


「いりません。」


私が手足を振って抜け出そうとしているというのに、護衛騎士の二人は「殿下の何が嫌なのかな?」「ねえ?」などと話している。

こいつら、こいつら……!クビにしてやる……!


「私、もう結婚は懲り懲りなんです。こっちの世界では一人気ままにやります!」


「もう?」


「はい!」


「なんだ、エメリン。」


「タワ様は前の世界で離婚を経験しておられます!」


エメリン……!

二度と立ち直れいくらいいじめ抜いてやるからな……!


「へえ、なんで離婚したんだ?」


「性格の不一致です。」


「浮気か。」


「……そうですよ!

だから、こっちの世界ではイケメンにちやほやされるんです!」


「わかった、任せろ。」


お前じゃない。

私は恥を捨てて全力を出して抵抗することにした。


「やだやだ!殿下は女たらしだからやだ!

スキンク様とかカロテス様がいい!」


「神殿長殿は同性愛者だから無理だろ。カロテスはお前の手に負えないぞ。」


スキンク様が同性愛者って有名な話なの?

私全然気付かなかった……。

っていうか、カロテス様なんなの?獣?


「それに、俺は女たらしじゃない。」


「嘘だ。恋人もいないのにワンナイトカーニバルを色んな女とヤってたくせに。」


「そんなことを言ったのは誰だ。」


「はい!」


「エメリン、お前か。」


素直なのはいいことだ。


「あのな、俺はもう27歳。性欲は人並みにある。けど立場上恋人は作れない。

だから外の女呼んでただけだ。」


それってつまり、女を買ってたということ?


「人権侵害!」


「はあ?いいんだよ、お互い了承してんだから。

向こうが旦那とセックスレスで性欲持て余して悩んでたのを解決したわけだし、人助けだろ。」


「人妻かよ!」


最低だな!爛れてる!


「王子様の癖に汚らわしい……!」


「お前だって聖女の癖に散々色んな男食ってただろ!」


それはお互い了承してるし、向こうが性欲持て余してた悩んでたのを解決したので人助けの一つに入ると思う。


「私のは生存作戦だから。性欲からじゃない。」


半分は。


「それで、俺が嫌な理由は女たらしってこと以外にあるのか?」


「王子様だから色々大変。」


「今更何言ってんだよ。救世主としてもう散々会食に出てただろ。あれをこなすだけだよ。

あとは?」


「む、無理矢理抱きついてくるから。」


「ふうん。」


殿下は急に私を離した。

よし!私は慌てて部屋に行こうとする……が、それより早くエメリンに捕縛された。


「さすがエメリンだ。

で?他には?」


「……えっと……」


他に彼の嫌なところ……なんだろう。

頭を動かすが出てこない。


殿下はニンマリ笑った。


「無いなら、いいな。」


彼は私の腕を掴む。

そして—

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