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8.秘密の集会

カロテス様はあの後仲間を連れて調査に行った。

何もないといいけれど。


私は一人居酒屋に来ていた。


というのも、殿下とタワ様の関係は悪化の一方で、あまりの殿下の不憫ぶりに私の胃はキリキリと痛むようになってきたのだ。


飲んで少し痛みを忘れたい。

騎士と言えど、内臓の痛みには弱いのだ。


私が三杯目の酒を煽っていると、不意に人影が目に入った。

こんな雑踏に似つかわしくない白いローブに美しいプラチナブロンドの長い髪……。まさか。


慌ててお勘定をし、その後を追う。


やはりスキンク様だ。

なぜここに。


「スキンク様!」


「タンジェリンさん?どうも今晩は。」


「今晩は。

こんなところで何をなさっているのですか?」


「人に会いに。

どうですか?魔法団団長殿とは仲直りできましたか?」


いきなりのストレート!

タンジェリン選手、まともに食らってしまった!


「い、いえ、その……」


あれ以来ロクに話をしていない。

それがわかっていたのか、スキンク様はふうと息を吐いた。


「彼の方も気難しいでしょうけど、あなたも頑固なようで。

どちらかが折れなければ平行線ですよ。」


「……あの、どのように折れれば良いのでしょうか。」


「思ったままのことをお伝えすれば良いかと。」


思ったままのこと……。

なんだろう。すぐに怒らないでほしい、とかだろうか?


「例えば、何故あなたが師弟関係から逃げ出したのか。そのことを説明して差し上げるべきだと思いますよ。」


「それは……」


つまり、ラプターのことが好きで好きで堪らないけど恋が実りそうにないので逃げ出しました!と言えということ?

難易度が高い。


「団長殿はあなたに甘いですから許してくれると思いますよ。」


「甘い!?どこがです!?」


いつも睨まれている。


「目線が。」


ふうん、スキンク様はあの凍てついた視線を甘いと捉えるのかあ。

やっぱり神殿長は考えることが違うなあ。


「第三者から見るとわかっても、当事者からすると何もわからないということは往々にしてあります。

第三者には何もわからないけれど当事者同士はわかっていることというものの方が一般的ですが。」


「?

ええ、そうですね。」


「タワ様はあちらで何をされているのでしょう。」


スキンク様が指差した方向には、黒い衣服に身を包んだタワ様がいた。

……何してるんだ!?


「追いかけましょうか。」


「はい!」


神殿長はするりするりと人混みをかき分けタワ様の後を追う。


何故タワ様がここにいるだろうか。

護衛は?何故あんな格好してる?


人混みに攫われながらも、なんとかタワ様に追いつく。

そこは、どこかの家の裏だった。

タワ様以外に2、3人の黒ずくめの人間がいる。

……まさか。


「そっと近づきましょう。」


私は唇に手を当て、神殿長に慎重に動くよう伝える。


ゆっくり近づき、彼等の話し声を聞く。


「お待たせしました。今宵もお集まりいただきありがとうございます。」


タワ様の声だ。

今宵も、ということはやはり今まで見かけていた黒ずくめの人影はタワ様たち?


「ああ、お会いできてよかった。

調査のせいで、身動きが取れなくて……。」


年配の女の声だった。


「さあ、早く参りましょう。ここも見張られているかも。」


若い女の声だ。


彼女の言葉を合図に、家に入っていく。


私たちは全員入ったのを見届けてから、慎重にドアに近づいた。


「……ですか……、のようにして……えると……血が……」


「こ……は血が……噴き出し…………止める…………腐る…………」


一体なんの話をしているというのだ!?

不安になり、何度もドアを開けようかと迷ったが、その度スキンク様に止められる。


「待ってください。もう少し。」


「もう少しって、」


「しっ。」


スキンク様に静かにしろと言われ黙る。

本当に大丈夫なんだろうか。


「なるほど……」


「なるほどって……スキンク様……。」


「ああ、すみません。もう大丈夫です。

入りましょうか。」


「えっ!?」


止める間も無く彼はスッとドアを開けると入ってしまった。

私もその後に続く。

よくわからない人だなあ。


「だ、誰!?」


「調査の人!?どうしよう……!」


「落ち着いてください。私は神殿長のスキンクです。

こちらは騎士のタンジェリンさん。」


紹介されて一応お辞儀をする。

タワ様を見ると、驚いて声も出ないようだった。


「なんであなたたちが!?」


「偶々会って……。

それよりなんですか、この集会は!?」


薄汚い部屋の中は図の書いてある木板がたくさんあった。

その図はどれも人体の図であり、内臓が描かれてあるものも少なくない。


「黒魔術……」


「じゃないわ。

……これはね、勉強会なの。」


「勉強会?」


「そう……。人体の仕組みを教えて正しい怪我や病気の処置を学ぶための勉強会。」


ああ、だから人体の図がこんなに……。


「でもどうしてタワ様が?」


私が呆然と尋ねると彼女は何度か呼吸をして、それから説明を始めた。


「私、ここに呼ばれる前は看護師になる予定だったの。看護師ってわかる?怪我した人の手当てをする人の助手というか……。

そういうのを教えてくれる学校に通ってた。


この世界に来てからビックリしたわ。

頭痛のときは瀉血して治すだなんて……大昔のヨーロッパかよ!みたいな。まあ昔のヨーロッパみたいな世界だけど、魔法があるのに医療技術は進歩してない。

なんていうか、魔法があるのになんもかんもが遅れてるのよ、この世界は。

移動手段が馬車か魔法?その魔法で車くらい作りなさいよ。

だから私はせめて医療技術を周りに教えようと思ったの。


でも、王城で求められているのは祈りを捧げることだけ。

そもそも王城には魔法使いがいるから必要ないのね。

だから私は必要がある城下街の人たちに教えることにしたの……秘密裏に。」


「秘密裏にしなくても……」


「だって、私が教えてるってなると大ごとになるじゃない。聖女サマなわけだし?

騒ぎにはしたくなかったのよ。

……でも余計に騒ぎになったわね……悪かったわ。」


タワ様の言っていることはわからないこともあったが、言いたいことはわかった。


私が思うに、この世界の人は魔法に頼りすぎなのよ。


そうタワ様は言っていた。


きっとこの世界に来た時から思っていたのだろう。だから魔法に頼らないで済む方法を教えることにした。


「今まで、城下街で見かける怪しげな人影ってタワ様と勉強会に参加されていたあなたたちのことだったのですね。」


私の言葉を叱責と勘違いしたのか、女性たちは慌てだした。


「私たちは決して謀反をはかったわけではありません!」


「そうです!

主人が倒れた時、タワ様は魔法を使わないで治してくださった。その方法を教えてくれと私が頼んだんです!

それだけで……それだけのことなんです。それがこんな大ごとに……。」


「わかっています。決して罪に問うつもりはありません。」


私の言葉に女性たちはホウッと息を吐いた。


城下街に怪しい人影がいた。それも逃げ足が早いから捕まらない。

そうではなかったのだ。

城下街の女たちがタワ様の元で勉強しようと集まっていただけ。逃げ足が早いのではなく、追われたら黒い衣服を脱いで住民に紛れたか、もしくは城下街を知り尽くしているから上手く撒いたのか。


城下街の調査のときなんの成果も現れなかったのはタワ様がこの日には行わないと決めたからだろう。

あの日に殿下と夜を共にしたのはアリバイ作りの面もあったのかもしれない。


「……バレたとなればこの勉強会も終わりね。」


「そんな!お願いです、やめないでください!」


「そうです!私たちは簡単な魔法しか使えません……!

また誰が倒れたとき、どうしたらいいか……!」


「応急処置は教えたでしょう?大丈夫よ。」


タワ様は元気付けるように女性の肩に手を置いた。


タワ様がいつもの作った笑みではない。

ここでは本音をさらけ出していたのだろう。


「一つよろしいですか?」


スキンク様の凜とした声が薄汚れた空き家に響く。

彼は人差し指をピッと上げた。


「なんですか?」


「この人体の知識は素晴らしいものです。私も先ほど聞いておりましたが、知らぬことばかりでした。

私も住民の女性方と同じよう、この知識を学びたいです。私だけでなく他の者にも広めたい。

……そうすれば救われる命は多いでしょう。」


第3皇子のことを思い出す。

もしあの時誰かにこの知識があれば、第3皇子は助かったのかもしれない。


「神殿で勉強会を行いましょう。」


「えっ……」


「神殿は各町にあります。

タワ様がお一人で城下街の住民たちに教える以上に知識は広まりますよ。」


思ってもみない発言だったようで、タワ様は動かなかった。

周りの女性たちはワッと色めき立つ。


「よろしいんですか……!」


「私はその必要があると思いますよ。」


「……スキンク様……ああ、なんとお礼を言えば……」


「いりません。あなたにはこの世界を救って頂いてますから。」


彼女はフニャッと笑うと「ありがとう」と言った。

自然な笑顔で、見た人全てを引きつけるような美しい笑顔だった。



女性たちを家に帰し、我々も帰路につく。


「スキンク様。」


「なんでしょう。」


「スキンク様はタワ様がこういった勉強会を開いていると最初からご存知だったのではないですか?」


会った時、彼は人に会いにここに来たと言っていた。

タワ様に会いに来たのではないだろうか。


「ええ、そうですよ。」


「ど、どうやって知ったんです!?」


「私は神殿に勤めてますから。

人の悩みを聞くのも私の役目です。

その中に、妻が決まった日になるとどこかに出かける、不貞をしているのではないかと悩んでいる方がいまして。それも何人も。


おかしいと思って調べてみたら、怪しげな人影が出る日付と合致する。これは何かあるなと思いました。

そして、この日付はどうもタワ様が火遊びをされる日付とも合うようでしたから、タワ様が何かなさってるのだろうと思いました。

勉強会だとは思いませんでした。勉強会で良かったです。」


「火遊び?」


なんだそれは!知らないぞ!?


「殿下以外の方とも、そういったことを!?」


「いやね、騎士をちょっと黙らせてただけよ。」


護衛の騎士を色仕掛けで黙らせていたのか。

その護衛騎士は誰だ?騎士とあろうものが、情けない。


「危ないですからお一人で行動するのはおやめください!」


「あんたはそう言うと思ったから嫌なのよ。」


「一言相談してくだされば私だって……」


「だってあんた殿下の犬じゃない。

私がこういうことしてるって殿下に話すでしょ。」


……話す。


「なら殿下に相談……」


「なんて?エメリンは随分殿下を信頼してるけどさ……。

この国って女は勉強しないで家にいればいいみたいな考えがあるわよね。一歩下がって男の後ろにいろ、みたいな古臭い考え。」


「そうですか?」


「騎士になったあんたにはわかんないかもね……。

女の立場が弱いじゃない。だから、殿下に相談しても女が知恵をつける事は良くないって言われると思ったの。」


「タワ様、この国は女の立場が弱いのではありませんよ。

魔法を使えない者の立場が弱いのです。

魔法を使えない者は下がっていろ、使える者だけ前に出ろ、と言う考えがあります。」


これは納得だ。

魔法の使える家系は自然と地位が上がるが、使えない家系は下がっていく。

タンジェリン家の地位が上がったのも、ひとえに妹が魔法使いとして名を馳せてきたからだろう。


「女の立場が弱かったら騎士団長が女ということもないでしょう。」


「えっ!?騎士団長女なの?ブランフォードって名前じゃない!」


「ブランフォードは家名ですよ。

ミロス・ブランフォード騎士団長です。」


彼女は齢40にして前騎士団長からその座を奪い、腐敗していた騎士団を改革した鋼鉄の女なのだ。


「そっか……。女の立場が弱いんじゃないんだ。」


タワ様はどこか切なそうに呟いた。

元の世界で何かあったのだろう。


「……このこと殿下に相談してくれます?」


「それはちょっと……。関わりたくないし。」


「この件は一度私の方で預かります。

が、殿下に話しておくべきだと思いますよ。」


スキンク様はチラッとタワ様を見た。


「早く仲直りしてくださいね。」


「喧嘩しているわけじゃ……」


「あなたは殿下を随分軽蔑しているようですけど、彼はあなたが思うような人ではありませんよ。

そして、あなたが思うほど利用価値もないかと。」


皇子なのに利用価値がないと言い切るとは……。


「案外一途ですから。

恋心を利用しないであげてくださいね。」


タワ様は言い返そうと口を開いたが、結局黙った。


「仲直りしてください。

タワ様も、タンジェリンさんも。」


私も何か言おうとしたが、この人に何を言っても無駄なんじゃないかと思って黙った。

この神殿長殿は浮世離れしているようで人のことをよく観察している。



ガヤガヤと城下街が騒がしい。

神殿長も聖女様もいるからだろう。

住民は声かけることはせず、ただ遠くからこちらを見ていた。


「スキンク様を悩殺したら良かったのかな。」


タワ様がまた頓珍漢なことを言い出した。周りに聞こえたらどうする。

なんでこの人はすぐお色気作戦をしようとするかな。

横に立つスキンク様は涼しげなものだ。

恥ずかしがってるのは私だけ?


「無駄ですよ。スキンク様女性に興味ありませんから。」


「ああ……神殿長だもんね。

禁欲してるのか……。」


「禁欲?

そうではなくて、女性に興味がないんですよ。

ええっと、そう、タワ様が男なら悩殺出来たかもってことです。」


「……は?」


「そうですよね?」


スキンク様に確認すると彼は少し首をかしげた。


「タワ様が男だろうと興味はありませんが……でも、昔は男性の方が好きでした。

今は特にどちらがいいとかはありません。」


「えっと……その、つまりスキンク様はゲイってこと?」


「ゲイ?なんですか?それ。」


「ど、同性愛者……なの?」


彼女は恐る恐ると言った感じで聞いてきた。

今はどちらでもいいと言ってるのだから同性愛者ではないだろう。


「そうですね。」


「えっ、え!?そうなの!?」


何度確認するつもりだ。


「そうですよ。」


「う、うっそ〜〜……。」


「なんで嘘だと思うんですか?」


「だ、だって……なんか……」


タワ様は明らかに狼狽えていた。

同性愛者だと何か不都合なのだろうか?

いや、今は違うらしいし、例えタワ様が男だろうとスキンク様を悩殺できるとも思えない。どちらにせよ彼女は悩殺出来ないのだ……出来ないのですよ……タワ様……。


「男が好きってこと……ですよね?」


「男が……というよりは愛した人が同性だっただけですよ。」


「女に興味がない……」


「今はあります。」


タワ様はさっきから何度も同じ質問を繰り返している。

神殿長殿は気が長いなあ。


「タワ様の世界にはいなかったんですか?こちらの世界でもあまり見かけませんけど。」


「いや、いるけど……。こんなケロッとしてないわよ。」


ケロッと?

私とスキンク様は顔を見合わせた。


「どういう意味ですか?」


「みんな隠してる。」


「ええ?何故です?」


「差別されるから。」


差別?

同性愛者だと差別されるというのか?


「何故?

誰が誰を好きでも構わないでしょう?」


「……うん。そうなんだけどね。

男女で好きになることが普通だと思われてるから。」


それはこちらの世界でもそうだ。同性愛者はイレギュラーな存在である。

ただ、だからと言ってそんなことで差別はしない。


「タワ様の世界は不思議ですね。

人が人を愛するのに性別など瑣末なことだと思いますが。」


そういえばタワ様は女の立場が弱いと言っていた。

タワ様の世界は性別で差別される厄介な世界なのだろうか。

彼女の知識は素晴らしいが、そんな面倒な世界なら私はこの世界に生まれてまだ良かったかもしれない。


「……この世界の方が不思議だよ。

でもなんとなくわかった。この世界において何より大事なのは魔法が使えるか、なんだね。

だからカロテス様は……」


それ以上言葉は続かなかった。


カロテス様の出生を彼女は知っていたのだろう。

彼は魔法が全く使えない劣等人種だ。

劣等人種というのは差別用語である。

私も似たようなものだが、全く使えない訳ではない。

彼は私以上に苦労しただろう。


劣等人種と言われると差別され、ろくな仕事どころか居場所も与えられない。

そんな中彼は勇者として立ち上がり、魔王を討伐した。


私のようなろくに魔法の使えない者からしたら憧れの存在である。

……残念ながら彼はちょっと失礼で無礼な男だったが。


だからカロテス様は……という言葉の後に何が続くかはわからないが、彼から何か差別された時の話でも聞かされたのだろう。


「エメリンはすごいね。魔法使えないのに殿下直属の騎士だもんね。」


「運が良かったんです。」


世間は魔王討伐で混乱していた。

それに、殿下もそこまで魔法が得意ではないことも幸いしたのだろう。彼はきっと私に同情してくださったのだ。


「どこも大変だわ……。」


タワ様のしみじみとした呟きは闇に溶けていった。

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