7.12年、想い
私の想いとは裏腹に、定例報告会はやってくる。
どこか疲れた様子の殿下が、椅子にもたれかかりながらカロテス様に話を振る。
「魔物はまだいるのか?」
「いえ、それがこの辺りは殆ど魔物がいなくなったんですよ。
別の地方に行ったようにも見えなくて……。何か様子がおかしいですから、今度調査に行きたいと思っています。」
「ああ、そうしてくれ。
調査といえば城下街の怪しい人影の件だが……これもすっかりだ。
調査が入ったことで身を潜めているのかもしれないな。」
ならばいいが。
怪しい人影が何をしているのか、なんの目的なのかそれがわからないのが怖い。
やはり狙いはタワ様だろうか?
「魔力はどうですか?安定しています?」
「はい。
先月に比べて安定の度合いが増しています。停滞期を脱したのでしょう。
このままいけばあと数ヶ月で安定しきるかと。」
「…………そうですか。」
タワ様は「祈りが通じたようで良かったです」と微笑んでいる。
まるで聖女のようだ。いや聖女なのだが。
「なら気になるのは魔物だな。
殲滅したならいいが、そうとは思えない。」
「そうですね。
一匹一匹は弱いですが、群になると厄介です。
群で襲ってこないといいのですが……。」
魔物か……。
何度も対峙してきたが、もう二度とその姿は見たくない。
「うーん……。城内の警備を城壁に回そう。
城内が多少手薄になるから、その分魔法団に手伝って貰いたい。」
「勿論です。」
「なら俺は早速調査に向かいます。
何もないといいんですが。」
皆うんと頷いて、沈黙が訪れる。
今この場にはなんとも言えぬ雰囲気が漂っていた。
殿下はつれない態度を取り他の男に愛想を振りまくタワ様に心を乱され、タワ様はタワ様でなんとか殿下から嫌われようとラプターやカロテス様にやたらとベタベタする。それを見て私が悲しみ、ラプターがイラついて、カロテス様が皆心配をする……。という最悪の状況だ。
「……覇気がありませんね。どうかしましたか?」
涼しい顔のスキンク様が羨ましい。
「ご心配いりませんよ。」
一番覇気のない殿下が言っても説得力がない。
とはいえ、この中で覇気のあるものはいないのだが。
「そうですか。
……余計なお世話でしょうけど、一度きちんと話し合うべきでしょう。」
「……えっと?」
「ですから、タワ様と殿下、魔法団団長殿とタンジェリンさんがですよ。
勇者様もあまり首を突っ込まない方がいいですよ、拗れますから。
早めに解決してください。私としても仕事がやりづらいと困ります。
では私はこれで失礼します。勇者様も行きましょう。」
スキンク様はさらりと一礼し、カロテス様を引っ張って出て行ってしまった。
スキンク様も察しの良い方だったということか、それともスキンク様が気付くくらい問題が表面化していたのか。
「ええっと……」
「エメリン、私たちも行きましょう。
では失礼しますね。」
私が「あとは若いお三方で」と出ようと思ったらコレである。
タワ様は華奢な体からは思えないほど強い力で私の腕を引くとさっさとその場から離れてしまった。
*
「タワ様、あの……」
私はズンズン廊下を進むタワ様に声をかけた。足が速い。もう部屋が目の前だ。
「……悪かったわよ。」
「え」
「ラプター様にちょっかい出して。
ちょっと揶揄ってやるつもりだったのに、あんなに落ち込んだからビックリしたわよ……。そんなに好きなの?」
私はタワ様から謝られた衝撃で頭が回らなかった。
あのタワ様が……謝った……?
「聞いてる?」
「いえ!すみません!」
「もう……。
だから、そんなにラプター様が好きなの?」
「……いえ。」
「いいわよ、誤魔化さなくて。」
タワ様はまるで子供に諭すかのように微笑んだ。
年下なのに、こういうところは大人っぽい。
「誤魔化してるのではなくて……あの、もう諦めてるので。未練がましいことをしてしまいますが、そろそろ心と頭が追いつくと思うので、大丈夫です。」
「諦めるの?」
「はい。」
「諦めない方がいいんじゃない?」
「……もうずっと長いこと想ってきました。でももう……不毛です。こんなことは。」
「長いことって……たかだか数年の話でしょ。」
数年はたかだかなのか。
私はちょっと笑いながら首を振った。
「……12年です。」
「じゅうにねん……?えっと、エメリンは今23よね?」
「そうです。」
「じゃ、じゃあ……11の時から、人生の半分以上ずっとラプター様のことが好きなの?」
人生の半分か。笑えるなあ。
ずいぶん長いこと時間を無駄にしていたようだ。
*
私の家、タンジェリン家はそこそこの魔法が使えそこそこの地位にあるそこそこの家だ。
そして、ラプターの家、エンバー家はかなりの魔法が使えてなかなかの地位にあるかなりの家だ。
普通なら交流はないだろうが、我が父とエンバー家の父は仲が良く幼い頃はラプターとテイラート、私たち兄妹はよく一緒に遊んでいた。
成長するにつれ遊ばなくなったが私が10になった頃、未だに魔法の使えない私を心配して親がラプターを呼んだ。
彼はその時既に魔法団に所属しその片鱗を見せていた。
彼は忙しい中私に魔法を教えてくれた。
それが師弟関係と呼ばれるものだと気付いたのは後になってからだ。
その当時は家庭教師のように思っていた。
ラプターは根気強く私に魔法を教えてくれた。
私も覚えようと必死だった……最初の頃は。
ただ、いくらやっても体を傷つけるだけでコントロールの出来ないことに次第にやる気は失せていく。
ラプターもそれに気付いていた。ただ、彼は私に才能があると言い魔法使いになれると信じていた。
11にもなって魔法が使えないことにラプター以外は呆れていたが、彼だけは信じてくれた。それが私にとっては救いで、そしてそれは恋心に変わった。
しかし彼が憧れの人になったからといって魔法が使えるわけでもなく、そのうち彼は実践はやめて座学で勉強しようと言い出した。
幼い頃から座って本を読むのが苦手で、ただラプターに好かれたい一心で懸命に話を聞いていた。
が、やがて彼の弟子は私だけでなくなる。
彼の地位が上がるにつれ名前が広まっていったのだ。
私は他の子に混じって魔法を学んだ。
他の子との勉強は楽しくなかった。
皆、私より魔法が出来るのにもっともっと魔法を教えてとラプターにせがむ。
そうするとラプターはその子達に一生懸命魔法を教えるので、私の勉強は遅々として進まなかった。
私が最初に教えてもらったのに、魔法がろくに使えないことを他の子は馬鹿にしてきた。
いや、これは仕方ない。私だって逆の立場なら馬鹿にするだろう。
とは言えラプターの授業に出るのが苦痛になった私は、徐々にサボるようになった。
サボって何をしていたかというと剣技である。
これは楽しかった。魔法と違ってやったらやった分だけ自分が強くなるのがわかり、夢中になった。
ある日、私がラプターの授業をサボり、剣技にかまけていることがバレる。
彼は、剣技だなんていけないと言ってきた。危ないから、怪我をしたらどうすると。
私は魔法を使った方が危ないと言い返した。いつまで経っても私は上達しないし、こんなのは苦しいからやりたくない。
ラプターは必ず出来るようになると言っていたが、私には信じられない。
その時もう16歳。5年も教わっているのに全く出来なかったからだ。
しかし、私はラプターと少しでもいたくて、結局授業をやめられなかった。
周りが上級の魔法が使えるようになり、魔法学校に通い出した頃、私はやっと初級の魔法を使えるようになったくらいだった。それも体を傷つけてなんとか。
苦しかった。
けれどそれでもやめなかったのはひとえに彼に好かれたかったからだ。
しかし、結局私は彼の元へと通わなくなることとなる。
ラプターに恋人が出来たのだ。
今にして思えば私なんぞ小娘、彼が相手にするはずがないのだが当時はいつか彼と結ばれるのではとロマンティックな妄想を信じていたのだ。
私は勝手に裏切られたと思った。
愚かな少女だ。
しかし、これで良かったのだろう。
私は剣技の道に進む決意をした。それが今の騎士への道に続いていることは言わずもがなである。
私が剣技の道に進む決意をした日、ラプターは私にきちんと授業に来るようにと手紙を送ってきた。そこには、必ず出来るようになる。自分を信じてほしいと書いてあった。
彼は未だに信じていたのだ。私が魔法使いになれると。
親も諦めていたのに、彼だけが信じてくれていたのは嬉しかった。しかし、信じていたのは彼だけだ。私にも信じられなかったのだ。
私は魔法使いにならないとだけ返事をし、家を出た。
ここにいてもどうしようもないと思い、王の騎士団に入団することにしたのだ。
もちろん、簡単には入団出来なかったが……どうも、魔法よりは才能があったらしい。魔王が現れて人手不足になっていたことも大きいだろう。
なんとか今こうして入団出来ている。
*
「……という感じで、長いこと想っていたんです。」
私が掻い摘んでラプターとの思い出を語ると、タワ様は一つ大きく頷くと「私なら最初の5年で諦めるけど、本当に魔法の才能がないのね」と言った。
そこか……。
「これでも少しは上達したんです。
昔は魔法を使うと全身丸焦げになったんですけど今は指先だけになりましたし……。」
「……魔法使わない方がいいんじゃない?」
私もそう思うので、緊急事態以外は使わないようにしている。
「ラプター様にアプローチはしたの?」
「アプローチ?」
「恋人にしてほしいなら、積極的に行動しなくちゃ。」
積極的に行動か。
幼い頃はやっていた気がする。
好きだと言ったりベタベタ甘えたり……。
通じていたかはわからないが。
「小さい頃じゃなくて大きくなって……というか、今よ!今やりなさい。」
「いえ、もう諦めると決めたので。」
家を飛び出してまさかラプターに再び会うことになるとは思わなかったが、もういいのだ。諦めなくてはならない。
「あんた諦め悪い割に頑固ね。
ちょっと押し倒せば万事解決よ。」
「社会的に抹殺されることが解決ですか。
私のことは良いんです。それより、タワ様殿下とどうなっているんですか?」
私は話を逸らそうと殿下のことを聞くと、途端に彼女は苦虫を噛み潰したような顔になった。
危ない危ない。ここが彼女の自室でなければ誰に見られていたかわからない。
「だから、私は殿下と結婚したくもなければ付き合いたくもないの。
この間のあれは、遊びよ。
ほら、男って一回抱いたらずっと自分の物だと思うじゃない?それを利用して私に良いようにことが運ぶようにしたかったの。」
「ですけど……」
「やめて。あの手の男は本当は嫌いなの。」
嫌い、と言われて何故か私が傷つく。
殿下とは3年の付き合いだ。長くはないがそれなりの時間を共にしているし、一緒に魔物狩りに出た謂わば戦友でもある。
「殿下は……確かに普段チャラポコしています。女性に弱いですし、快楽主義者です。だらしがないところもあります。
だけどいざという時は頼れて何より問題解決能力があります。今だって国のために必死で……」
「わかった、ごめん。
そりゃあなたは殿下のこと尊敬してるわよね。」
「はい。
第3皇子が無残にも魔物に殺された時も、あの方は魔物に復讐したかったろうにそうはせず国を守ることを優先したんです。
そういう決断ができる方なんです。」
「……第3皇子……?ってつまり、弟?」
「ええ。……ご存知ありませんでしたか。
私と同い年で、明るくて周りを元気にしてくれるそんな方でした。」
彼が亡くなって早2年。
思い出すと未だにさみしくなる。
私ですらそうなのだから、殿下の悲しみは計り知れない。
「……そう……。」
タワ様は何か考えているように遠くを見た。
「魔物に殺されて……。」
「……大怪我を負ったのに、近くに魔法使いがいなかったんです。
手立てのしようもなく……。」
もしあの場に魔法使いがいればな、と殿下が呟いていたのを聞いたことがある。
その後に、そもそも魔物狩りなんてやめさせるべきだったとも。
「……私が思うに、この世界の人は魔法に頼りすぎなのよ。」
タワ様は遠くを見つめながら呟く。
「魔法に頼りすぎ、ですか。」
「魔法があることはいいことよ。
でも、あなたたちは怪我の処置の仕方もロクに知らない。衛生のことも、菌が何によって運ばれるか、食中毒について、そんなことも曖昧。
……機械に頼りすぎの私たちからは言われたくないでしょうけどね。」
「機械?」
「なんでもない。忘れて。
ほら、エメリンはラプター様押し倒してきなさい。」
「笑えない冗談はやめてください……。」
タワ様は私に社会的に死んで欲しいのだろうか?