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6.出血

タワ様は有言実行の女だ。

翌日、私が交代のためにタワ様の元へ行くと彼女はラプターと微笑み合っていた。


「ふふ、ラプター様って博学なんですね。とってもお話が面白いです。」


「そんなことは。

聖女様の世界の話の方がずっと面白いですよ。

魔法がない世界なんて、想像も出来ません。」


「魔法がなくて本当に不便な世界ですよ?面白くもなんとも……。

そうだ、ラプター様は魔法の指導をされていたんですよね?私にも是非教えてください。」


「ええ喜んで。」


ラプターはニコニコ笑っている。

……私といる時は彼はいつも仏頂面だ。


「あ、エメリン。遅かったわね。

今ラプター様とお話ししていたの。

エメリンはラプター様の元弟子なんでしょう?」


「……ええ。」


「どんな魔法が使えるの?見せて欲しいわ。」


「彼女には簡単なものしか教えてませんから。」


私が答えるよりも早く、ラプターが答える。


「そうなんですか?」


「ええ。見ても面白くありませんよ。

それより、今度魔法団で実技演習があふんです。タワ様も一度見に来られてはどうです?」


「まあ!よろしいんですか!?」


「もちろんです。」


……とまあ、こんな感じに見事私の前で二人はイチャコラしていた。


それも何日もだ。


目の前で好きな人が可愛い女の子と、それも好きな人を狙っていると宣言した女の子と仲良くしていたら、さしもの私も参るというものである。


私は中庭のベンチでボンヤリしていた。

今は休憩時間だ。普段は軽食をとるが、今はとてもそんな気分ではない。


「……あれ?エメリンさん。どうしたんですかこんな所で。」


「カロテス様……。」


彼は私を見かけると駆け寄ってきた。

眉が垂れている。


「大丈夫っすか?なんか顔色がドドメ色ですけど……。」


「大丈夫です。少し、具合が悪くて。」


「休んだ方がいいんじゃ……」


「大丈夫です。職務に影響はありません。」


というか、職務をやっていたらこんなことになってしまったのだが……。


カロテス様は私を気遣うように、隣に座ると、持っていたお菓子をくれた。

味がしない。まるで砂を食べているかのようだ。

私の味覚がおかしくなったと思ったのだがカロテス様に「マズイですよね。俺食べれないんで全部食べていいですよ」と言われた。マズイと思うものをくれるなよ。


「殿下も最近元気無いですし……」


殿下も元気が……。

可哀想に。あの元気の塊みたいな人が……。


「お二人に何かあったんですか?」


「……いえ、何も。」


全てはタワ様のせいなのだがさすがにそうは言えまい。


「そうっすか。

……タワ様とラプターさんが最近仲良いことと関係あります?」


ありだ。おおありだ。


「いえ。

私はただの体調不良ですから。」


「うーん……。少しは気にしてると思ったんですけど……。希望に過ぎなかったかな……。」


「どういう意味ですか?」


「エメリンさんは、ラプターさんのこと憎からず思ってるといいなあと……。

ほら、テイラートがあなたに迫った時、ラプターさんはあなたを抱き締めてかばったでしょう?その時あなたの顔が赤くなってたので、そうなのかなあって……。」


さすが勇者。素晴らしい観察眼だ。


「ラプターさんのこと好きじゃないですか?」


「……それは……。」


「……俺は誰にも言いませんよ。」


カロテス様は青い目で私を見つめてきた。

勇者ともなると、人を追い詰めるのも上手いらしい。

私は腹を括った。


「……好きです。」


「やっぱり。」


カロテス様は得意げに笑った。


「好きです、でも、あとちょっとで諦めきらるんです。だから」


「えっ、待って!諦めるってどういうことですか!?」


彼は得意げな表情から一変、慌てた表情に変わる。


「……だから、ラプター様のこと好きじゃなくなるように務めてるんです。」


「何言ってるんですか!?」


「本当は4年前、ラプター様の所から逃げ出した時に諦めるつもりだったんです。幼い頃からずっと憧れて、でもあまりにも不毛だったので。

ですけど、今の今までズルズルと思い続けていました。

今回は良い機会です。」


私は話しながらいつの間にか涙を流していた。

情けない。騎士だというのにこれだけのことで感情をあらわにしてしまうだなんて。


「エメリンさん……泣くくらい好きなら諦めたらダメっすよ。」


「いえ、これは泣いてるのではなく体調不良によって涙腺が緩んでいるだけです。」


「酷い言い訳……。」


カロテス様は呆れながらも私の背中をさすってくれる。

なんて優しいんだろう。さすが勇者。

その優しさが身に染みてより涙が溢れてくる。


「エメリンさん。可愛い人。俺はあなたに泣いて欲しくない。」


青の勇者の青い瞳が私を悲しげに見つめた。

彼の暖かい言葉に返事も出来ず私は涙を垂れ流す。


「もう泣き止んでください!俺が泣かしたみたいじゃないですかー!」


「泣いでまぜん。」


「鼻声!」


カロテス様は私の顔にハンカチを押し付ける。

これで涙をふけということか。


「鼻がんでいいでずが?」


「やめてくださいよ。」


彼は素早くハンカチを取り上げると、私の顔をゴシゴシと力強く拭いた。

い、痛い。その優しさは身に染み過ぎて痛い。


「ありがとうございます、けど、苦しいです!」


「あ、ああ、すみません。あまりに見苦しくてつい……。」


見苦しかったか。

私は顔を叩いて姿勢を正す。


「失礼しました。

もう、大丈夫です。」


「今すごい音なりましたけど……。ってかほっぺ赤くなってますよ!?強く叩き過ぎじゃ!?」


びっくりしたのか、カロテス様は私の頬を自分の手で覆った。

冷たい手だ。


「ハハ……自分に喝を入れたので。」


「他の方法にしません?

エメリンさんの魔物並みの腕力にほっぺは追いついてませんよ……。」


カロテス様が若干引いた顔をしている。

魔物並みの腕力……?はて、何を言っているかわからない。

私そんなに力はないのにな。


その時、後ろで物音がした。それから声も。


「ラプター様?こんな所で何を……あら?カロテス様に、エメリンまで……。

……どういう状況?」


見ると、キョトンとした顔のタワ様と騎士、それから不機嫌オブ・ザ・ミレニアムを受賞しそうな顔面のラプターがいた。


まずい、タワ様にカロテス様と一緒のところを見られたら締められる。

私は慌ててカロテス様の手をどけようとするが、なぜかカロテス様は腕に力を込めた。

痛い痛い!顔面が潰れる!!


「ら、ラプターさん……、」


「……邪魔したようだな。すまない。」


「な、なにを!?あ、いや、これは!」


カロテス様は自分が何をしたのかわかったのか私の顔面から手を離した。

ふう、死ぬかと思った。


「ち、違うんです。えーっと、エメリンさんのほっぺに虫が止まっていたので!」


タワ様の鋭い視線を感じ、嘘が下手なカロテス様から距離を取る。


「もっとマシな嘘を付けるようになりなさい。

聖女様、私は魔法団の方に戻らねばなりませんのでこれで失礼します。」


「まっ、ラプターさん!待ってください!俺の話を……!」


カロテス様は慌ててラプターのことを追いかける。

が、ラプターは蔦の魔法を使い彼の足を止めてさっさと行ってしまった。


「ラプターさあん!」


なんだか、恋人に不貞を見られた男のようだ。

これには流石のタワ様も情けないという風に首を振ってラプターの後を追って行った。


「落ち着いてください、私が今蔦を切りますから。」


腰に下げていた剣で蔦を切る……が、切れない。


「なんで……?」


「非切断の呪いがかかった蔦ですね。」


「えっ。」


「どうしましょう、ラプター様に解いてもらわないと……。

ああ、でももう行っちゃいましたね。」


ラプターの姿はとっくに見えなくなっている。

魔法団の所まで行って解いてもらうしかあるまい。魔法団の所に行くのにはそれなりの手続きが必要だが……。


「俺これから約束があるんですけど……!?」


「急ぎですか。」


「そうですね!遅れたらマズイです!

……エメリンさんって魔法少しも使えないんですか?燃やす魔法とかは?」


「出来ますけど……コントロールが少し……。

足が消し炭になるかもしれませんけどいいですか?」


「だ、ダメです!!」


カロテス様は半泣きだ。私も優しくしてくれた彼の足を消し炭にはしたくない。


「少し離れたところから魔法をかけて、その炎ここに移せば……?」


「ああ、なるほど。やってみましょう。」


私はカロテス様から3メートルほど離れる。

それから呪文を唱えた。


「古の竜の名残よ、その肚の怒りを吐き出せ」


あ、なんか呪文間違えた気がする……と思っていたが指が熱くなる。

良かった、成功したようだ。

そのまま指先は燃え上がり、辺りは炎で包まれる。


「ワー!!エメリンさんが消し炭に!!」


「生きてますよ。」


燃え上がる火を枝に移し、カロテス様の足に巻き付いた蔦を焼く。


「はい、焼き切れましたよ。」


「あっ!ありがとうございます!」


「いえ、お気になさらず。」


「……その、火事みたいになってますけど……。」


「大丈夫です。水の魔法をかけますから。

どうぞカロテス様は行ってください。遅れたらいけないんでしょう?」


「う……す、すみません……!」


カロテス様は走り出した。

その間彼は何度もこちらを申し訳なさそうに振り返る。構わないからさっさと行かないと。


私は水の魔法をかけ、火を消す。

今度は水の魔法が強すぎて辺りがビシャビシャになったが、水なら問題あるまい。


私も庭師が嘆くだろう惨状になった中庭を後にした。



指先がジュクジュクと痛む。

手袋を脱いで包帯の隙間から見ると、肉が破れ骨が見えていた。


騎士になっていいことは怪我に慣れることだろう。


私は次の騎士に引き継ぎをしてその場を後にする。

タワ様は今現在スキンク様と楽しく……楽しく?まあタワ様は楽しくお喋りをしていた。


治癒の魔法使いのいる所まで駆ける。

さすがに痛い。

自分で治癒の魔法を使えないので治すことが出来ず、かと言って他の人にどうして怪我をしたのかその理由を話すのを恥と思い、治さないで放置していたら痛みが増してしまった。


魔法を使うといつもこれだ。

コントロールが下手すぎて、自分の体まで傷つけるらしい。


廊下を曲がると、人とぶつかった。


「わっ!

す、すみません!」


すぐに頭を下げる。全く前を見ていなかった。


「いや、だいじょう…………」


相手の言葉が切れる。

なんだろう、お説教かな、と顔を上げるとそこにいたのはラプターだった。


なぜ彼が?魔法団に行ったのでは?


「ラプター様。」


「エメリン、どうしたんだその指は。」


彼は目ざとく私の怪我を見つけると腕を引っ張った。

少し痛い。

怪我をしてる手のだからもう少し優しくしてほしい。


「こ、れは……」


「魔法を使ったのか?」


彼の鳶色の目は恐ろしかった。直視できない。


ラプターは私が魔法を使うことを良しとしなかった。

それもそうだろう、コントロールが出来ないのだ。何かあったら大変だ。


だが、魔法を使わせてもらえないとなるとどうしても実技練習の数が足りずいつまでたっても上達出来なかった。


……私のコントロールの無さがいけないのだが……。少しも魔法を使わせてもらえなかったことを恨む気持ちも昔はあった。今は仕方がないと思っている。

弟子が事故を起こしたら責任を取るのは師匠なのだから。


「すみません。」


「あれだけ言っただろ!魔法を使うなと!」


頭ごなしに怒鳴られムッとする。


「……ラプター様がカロテス様に非切断の呪いがかかった蔦を巻くからです。

でなければ……」


「あいつの為に使ったのか。」


「ええ、そうですよ。私だって怪我はしたくありませんけどカロテス様の為に使ったんですよ。どこぞの誰かが魔法で足止めなんかしなければこんなことにはならなかったんですけどね。」


「あの魔法は少ししたら解けるものだ!

お前にも教えただろう!」


……はて、そうだっただろうか?

私が覚えてないことを察したのだろう、ラプターは憎々しげに私を睨んだ。


「……お前は魔法に興味がなかったから、覚えてなくても仕方がないだろうな。

だがいいか、この傷を治すのも魔法の力だ。」


彼は私の指先を自身の両手で包むとあっという間に治してしまった。

呪文の詠唱無しで魔法が使えるのはこの国じゃ魔族かこの人だけだ。

これがあるから、彼はこの歳で魔法団団長になれたとも言える。


「……別に、これくらいの傷慣れてますから。」


「ああ、殿下直属の騎士だもんな。こんな怪我大したことないだろう。」


侮蔑したように吐き捨てられる。

ラプターは私が騎士になったことを怒っている……というか、魔法使いの道を捨てて騎士になったことを怒っている。

だが私からしたらいつまでも魔法のコントロールが出来ないのに魔法使いになんてなれると思わない。だから別の道に進んだのだ。


「……なんで騎士なんか……。」


ボソリと低い声でラプターは呟いた。


騎士、なんかって。


魔法使いの道を捨て逃げ出したことは怒られるだろうとわかっていた。

だとしても、別の道に進んだ私を認めてもらいたいのに……。


……いや、彼が私を認めてくれたことなんて一度もない。

いつだって私は怒られていたのだから。


「私はこの仕事に誇りをもっていますので。

失礼します!」


ラプターから背を向け走りだす。


今まで彼を好きでいて幸せだったことはない。

もう長いこと苦しめられてきた。

というのに私の心は飽きもせず未だにラプターが好きなのだからどうしようもない。


早く彼のことを好きじゃなくなればいい。

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