5.カーニバル
性的な描写があります
「タワは20過ぎなのか?」
殿下が私の耳元でボソリと聞いてきた。
「……22歳と聞きました。」
「そうか……。」
22だと何か問題があるのだろうか。
聖女であるのに年齢は関係ないはずだ。
ただその身を救世に捧げた女性が聖女となる。
「ならワンナイトカーニバルもありだよな?」
ワンナイトカーニバル……?
殿下の言葉に呆然としてしまった。
「いやあ、年端もいかない女に手を出すのはどうかと思ってたけど、成人してるなら話は別だ。一発花火打ち上げよう。」
「何を仰います……!
世界の救世主と月光王国の第2皇子が出来たとなれば、他の国が黙っていません!
それに、もし万が一カーニバルの一発がベイビーの一発になったらどうするんですか!」
「大丈夫、パレードになるようなことは避けるから。
それに世界の救世主と俺がくっついた方が逆に都合がいいだろ。後々揉めねえしな。」
「いけません、殿下。
タワ様のこともお考えください。」
そう言ってから彼女もワンナイトカーニバルなら構わないと言っていたことを思い出す。
あれ、この二人気があうのでは……?
「ダメじゃないだろ?」
「……私なら面倒ごとは避けますけどね。」
殿下はニンマリ笑うと、タワ様の方に駆けて行った。
早速口説くことにしたようだ。
全く手が早い。
23人の婚約者候補たちじゃ満足できないのだろうか……いや、彼女たちとワンナイトカーニバルする訳にもいかないのか。
でもだからと言って何も聖女様のタワ様じゃなくても……。
「タンジェリンさん、ちょっと。」
私がハラハラしていると騎士の一人、ナラーボーが声を掛けてきた。
「どうかした?」
「最近城下街に出る怪しい人影のことご存知ですか?」
この間、ラプターに聞いたあの噂のことだろう。私は頷いた。
「聞いたよ。
何か進展があった?」
「それが全く……。
なので、ブランフォード騎士団長が本格的に捜査をしようと言ってまして。
タンジェリンさんは参加されますか?」
「うーん、どうかな。
タワ様の護衛のこともあるし……。」
「そうですよね。
私も参加を迷っていまして……。タワ様をお守りするのが一番の使命です。
ですが側にいてお守りするやり方だけじゃないのかなって……。」
ナラーボーは迷っていると言った割には、捜査に参加する方に傾いているようだ。
「ナラーボーは腕も立つんだから、参加した方が良いと思うよ。
私は数少ない女騎士として、同性としてお支えたいと思ってる。
タワ様の側は私に任せて、捜査に行っておいで。」
その言葉を待っていたとばかりに彼は笑顔になった。
要は、シフトを代わって欲しかったのだろう。
そう言えばいいものを。
「エメリン?」
タワ様に呼ばれ、彼女の側に駆け寄った。
「なんの話?告白?」
「な訳ないな。」
「最近城下街に現れる怪しい人影の捜査を行うそうです。」
「へえ……。」
タワ様はこの話を聞くのは初めてだろうに案外落ち着いていた。
もう話を聞いていたのだろうか。
「タワ様のことはこの身に変えてもお守りしますから。」
「ありがとう。」
タワ様は笑っていた。
しかしその顔にはありありと「お前じゃなくてイケメンに言われたいんだよ……」という言葉が浮かんでいた。
*
今夜は城下街の捜査の日だ。
何か進展があるといいが……。
「あれ?今日の夜勤はナラーボーじゃなかったっけ?」
今日一緒に夜勤をするアガマがぽかんと私を見た。
私は彼の隣、タワ様の部屋の扉の前に立つ。
「交代したんだ。」
「なあんだ。いつもならあいつと賭け事してるんだけど……やらないよな?」
「当たり前。
きちんと見張りして。」
何もないことは良いことだが、何もないと見張りはキツイ。
しかし、だからと言って賭け事をしているのはどうなの……。
ナラーボーもあんな真面目装って賭け事をしていただなんてね。
「へえへえ。」
「ハア……。城下街の捜査が行われているから、今日は何かあるかもしれない。
ここ以外も少しだけ見回りをしよう。」
「あー、じゃあ俺ちょっと見てくるよ。
トイレ行きたいし。」
彼はヒラヒラと手を振って行ってしまった。
窓から見える月が美しい。
城下街の方を見る。
特に騒がしくもなく、いつもと変わらない穏やかな夜だ。
調査は順調に進んでいるんだろうか?
その時、部屋からガチャンと大きな音がした。
「……タワ様?」
返事がない。
どうしたのだろう。
私はノックをして、もう少し大きな声で名前を呼んだ。
「タワ様」
やはり返事がない。
寝ぼけて何かひっくり返したんだろうか。
いや、寝台のそばには飾りの壺しかない。
壺は寝ぼけてひっくり返すような位置にないし……。
心配になり、部屋をそっと開けることにした。
女同士だし、何もなかったとして部屋に無断で入っても許されるだろう。
「タワ様、大丈夫ですか?」
「え、エメリン!?」
「あちゃー」
……今、男の声がした?
嫌な予感がする。
私はツカツカと部屋に進み、更に奥の寝室の部屋を開けた。
「さすがエメリン。躊躇なく開けるとは。」
そこにいたのは全裸の殿下と慌てた様子のタワ様だった。
殿下はタワ様に覆いかぶさったままこちらを睨んでいる。
……ワンナイトカーニバルか。この間話したばかりなのに早すぎやしないか?
寝台の横には壺が倒れて割れていた。
盛り上がりすぎて倒してしまったらしい。
「ちょ、ちょっと……!」
タワ様が慌てたように布団で身を隠す。
既に花火は一発打ち上げ終えたのか、簡単に身支度をしてあった。
それも乱れているけれども。
「……お二人とも……。
あのですね、こういうことは事前に仰ってくれませんか?
殿下がいるとなると、護衛の数も増やさないといけませんし。」
「今カーニバルしてます!だなんて公言するようなこと出来ねえだろ。」
彼は布団の上で不機嫌そうに胡座をかいていた。
邪魔されて腹立たしいのだろう。気持ちはわかるが股間を隠してくれないかな。
「ならせめて腕の立つものを用意させますから。」
私は殿下に下着を渡す。
いつまで砲台をぶら下げているのだ。
「……これからもう一発って思ってんだけど……。」
「怪我をしたら大変ですから、壺を片付けます。その後にしてください。」
「さすがに萎えるな。」
「ならお召し物を着てください。風邪ひきますよ。」
殿下をあしらって無残な姿になった壺を見る。
ああ、この壺高いんだけどな……。
取り敢えず箒とちりとりを持ってこなくては。
「……今日はナラーボーとアガマの日じゃなかった?」
「ナラーボーは城下街の捜査に参加しています。」
きっとタワ様は、ナラーボーとアガマがいつも賭け事をしているのを知っていてあの二人なら殿下を呼んでも気付かないと踏んだのだ。
「どうやって殿下はこちらに来たんです?」
「隠し通路がそこら中にあるんだよ。」
果たして本当のことか、それは私にはわかりかねる。
一つ言えるのは警備を強化するべきということだろう。
「箒とちりとりを持って来ますから、お二人はそこを動かないでください。
……ついでに何かお持ちしますか?」
「なら避妊具……」
「もうカーニバルは終わりですよ。」
*
エメリンは呆れた様子で出て行った。
普段あまり小言を言う方ではないが、今日の俺の行動には流石に腹に据えかねたのだろう。
俺も悪いかな、と思ったが本能には逆らえない。
タワの首筋にキスをすると彼女は「ダメですよ」と俺をいなした。
「エメリンが帰って来たらどうするんです。」
「見せつけてやれ。」
「嫌ですよ。恥ずかしい……。」
彼女は恥じらうように俺から目を逸らした。
すごい女だなあ、と思う。
微塵も俺に好意を抱いていないどころか、恐らく軽蔑しているだろうに、まるで俺に恋心を寄せているかのように振る舞う。
「タワは可愛いな。」
「もう……褒めてもダメです!
お洋服来てください?」
完璧な笑顔だ。
これに釣られない男はいないだろう。
彼女は俺が少しアプローチをすると簡単に乗って来た。
これは意外だった。男に飢えているという感じでもなさそうだし、さっきも言ったように俺のことを好きというわけでもなさそうなのに。
何が狙いなのだろうか。
彼女は異世界から出現したこの世界の救世主だ。
俺を頼らずとも彼女が望むものはなんだって手に入るだろう……物体であれば。
しかし彼女にはどうしても手に入らないものがある。
この世界に居続けるだけの地位だ。
このまま彼女が祈り続け、世界の魔力が安定すれば彼女はこの世界から帰ることとなるだろう。
帰らないとなれば、彼女に役職を与えなくてはならない。
どんな役職になるだろう?
彼女は確かに救世主ではあるが、魔力を安定させること以外に特化した能力はない。
そもそも役職を与えられるのか。
ならば役職を今のうちに得ておこう、そう考えたとすれば彼女の行動は理解できる。
俺か、もしくは他の男か。
とにかく誰かの妻になろうと思ったんじゃないだろうか。
エメリンが最近男を漁っているのもタワの命令だろう。あいつは昔から一人の男にしか興味がない。
権力のある男を漁って、自分の旦那探しをエメリンにさせているのだと推測する。
全く恐ろしい女だ。
好きな男であろうとなかろうと、力さえあればいいのだ。
自分を守れるだけの力が。
「タワ……今日のことは、」
「わかってます。誰にも言いません。」
タワは儚げに笑う。
このことを公にしたらあなたに被害があるから私は黙っています、という態度だ。
実際は、この行為はタワによるテストで俺がお眼鏡に叶わなかったから無かったことにしようとしているだけの話だろうと思われる。
腹立たしいことこの上ない。
「……いや、いい。」
「え?」
「話してくれて構わない。
エメリンにもバレてしまった訳だしな。」
「ですけど、それだと殿下は……」
「きちんと周りにお前が恋人だと言おう。
……問題になるだろうが……でも、それでも構わない。」
タワは困ったような顔をする。
珍しく演技でもなんでもない素の表情。
「殿下……」
「クアドラスと。
タワ、愛している。」
タワが何か言う前にその口を塞ぐ。
離して欲しそうに肩を叩かれるが、逆に抱き寄せた。
離すものか。
強かで、嘘つきで、可愛らしい。
こんな女、手放せるわけがないだろう。
彼女は苦しそうに鼻を鳴らしている。
その様子に尾骶骨からゾクゾクとしたものが伝わってきた。
遊びのつもりだったのに、本気になってしまうなんてな。
俺がさあもう一戦とばかりに彼女を押し倒すも、それより早くエメリンが部屋に入ってきた。
俺たちを見もせず何も言わず脇で掃除を始める。
「……エメリン……出てけ。」
「わかっています。これ掃除したらすぐに。」
「いや、空気読めよ!」
体を起こしてエメリンを出て行かせようとするが、その隙にタワが俺の腕からすり抜けてしまった。
「嫌って言ったじゃないですか……。ね、もうやめてください。」
彼女は泣きそうな顔でエメリンの後ろに隠れた。
「……その言い方だと俺が無理やりやったみたいじゃないか……。」
「殿下、私は確かに殿下直属の騎士ではありますが、今はタワ様の味方です。」
「待て、無理やりなわけ無いだろ!同意の上だ!」
「タワ様、本当ですか?」
タワは俯いてエメリンの服の裾を掴む。
「……あの、私……もう、辛くて……」
……タワ……こいつ……!
「殿下……。」
「ちが、タワ!」
「お話は後で聞きます。」
エメリンは俺を担ぎ上げると部屋の外まで連れ出した。
こいつ、190ある俺を担ぎ上げるとは……。鍛えたな。
「まあね、さすがに強姦とは思ってませんけど、これ以上は嫌なんですって。
他の女当たってください。」
エメリンは俺の服をそっと置いてタワの元へ行ってしまった。
日頃の行いのお陰で、強姦魔にならないで済んだが……。
タワめ、覚えていろよ。
絶対に俺の物にしてやる。