4.年齢
ぎゅっと耳を摘まれる。
痛くはないが、痛くされそうで怖い。
「エメリンさ、昨日はカロテス様と飲みに行って今日はラプター様に抱きしめられて、なんなの?譲りなさいよ。」
周りに誰もいない為、私を助けてくれる者はいない。いつものことだが。
なんとかこの怒りの神を鎮めなければ。
「いえ、あの、わざとでは……。
……あれ、何故私がカロテス様と飲みに行ったこと知ってるんですか?」
「私に知らないことはないのよ。」
フン、とタワ様が鼻を鳴らす。
怖い。
「……タワ様はまだ未成年ですから譲れたとしても飲めませんよ……?」
「ここの世界での成人って18歳だっけ?
そんなもん越えてるわよ。」
「ええ!?」
私はタワ様の頭のてっぺんからつま先までを眺める。
どう見ても16歳くらいにしか見えない。
「……私22歳なんだけど。」
「にじゅうにっ!?!?」
私と変わらない!?
「え!?嘘ですよね!?」
「本当よ。
結婚もしてた。」
卒倒しそうだ。
ええ……嘘……22歳……?
しかも結婚って……。
「私、今までタワ様は16歳くらいなんだと思っていました。
だから、いくらワガママを言われても我慢して来たんです。」
「今後も我慢しなさい。」
22歳なのになんて傲慢なんだ。
というか、結婚してるのにかっこいい男連れてこい、チヤホヤさせろというのはどうなんだ?
「……あんたの考えてることわかるわ。
でも離婚したし。別にいいでしょ。」
「離婚!?」
なんてことだ。
もしやタワ様の世界は私の倍のスピードで進んでいるのだろうか?
「なぜ……?」
「性格の不一致!
離婚なんて大体そんなもんでしょ。」
私の周りではそもそも結婚している人が多くないのでよくわからないが大体は浮気か、性格の不一致か、仕事の忙しさによるすれ違いだろう。
「ではこちらで新しく旦那様を探されるのですか?」
「どうかしらね。
確かに魅力的な人ばかりだけど、夫となると微妙よね。」
さすがバツイチ。
言葉の重みが違う。
「ワンナイトカーニバルくらいならあっても良いけど……。」
それがなんなのか深く聞かないことにした。
さて、今日も忙しいですよ!とタワ様に言うと「イケメンを連れて来なさい」といつものごとく言われてしまったのだった。
*
イケメン。
イケメンってなんなんだろう。
「エメリン聞いてるのか?」
殿下に怪訝な顔をされ、慌てて返事をする。
まずい、お茶の席でどうでもいいことを考えていた。
「エメリンは疲れているんですよ。」
タワ様がニッコリ微笑んだ。
うーん、この疲れの由来は9割タワ様なんだよなあ。
「失礼いたしました。
私まで席に着いていいものか、戸惑っていまして。」
「タワがいいなら良いだろ。」
殿下はクッキーを頬張りながらタワ様を指差した。
本日タワ様は殿下、神殿長、勇者様、魔法団団長とお茶をしていた。
なんの名目だったか忘れた。
いつも適当な名目でこのお気に入りの4名でお茶会をしている。
本来なら騎士は後ろで控えてなくてはいけないというのに、タワ様の希望で席に着かせていただいていた。
ありがたき幸せ。
恐らくタワ様の狙いは身分の低い者にも優しい自分を演出したいといったところだろう。そうだとしても、一緒の席につけるのはそうないことなので嬉しかった。
「エメリンもクッキー食べてね。これとっても美味しいの。」
「いえ、私は……」
「タワの優しさ無駄にするなよ。」
「そもそも一介の騎士が殿下と同じ席に着くことがあり得ませんから、今更菓子如きでどうこう言いません。」
「食べないなら俺貰っていいっすか?」
カロテス様が取る前に慌ててクッキーを貰う。
すでに何枚も食べているというのに、図々しい奴だ。
「っていうかタンジェリン家といえばかなりの名家だろ?
なら別に同席することくらい……」
あの世間に疎い殿下がご存知だったとは。
私の家の格も上がったということか。
「へえ、いいトコのお嬢さんがなんで騎士を?」
「制服がかっこよかったので。」
「ハア?」
ラプターが呆れたような声を上げる。
「そんな、そんなくだらない理由か?」
「…………あっ。
いえ、勿論殿下ひいては国王のために働けるということに喜びを感じてのことが大きな理由です。」
「嘘くせえ……。」
殿下が鷲鼻にシワを寄せた。
そんな顔しなくても。
「騎士って大変じゃないの?
お家は何も言わなかった?」
珍しくタワ様が私に興味を示している。
そんなに面白い話でもないのだが。
「私は三女ですから、割合自由なんです。
大変な仕事ですがやり甲斐もあります。」
「そうなの……?」
首を傾げる彼女にそうです、と頷く。
例え我らが救世主がイケメンを連れて来いと意味のわからない仕事を押し付けられようと、やり甲斐はある。
「エメリンさんって殿下直属の騎士だったんですよね。
やっぱり強いんですか?」
「……いえ、そこまででは。」
「またまた、エメリンってば謙遜しちゃって!」
タワ様が朗らかに笑うが私は真面目な顔で否定した。
「並です。」
私のキッパリした言葉に本気を感じたのかタワ様は黙った。
その横でカロテス様がなんとも言えない表情をする。
「ならなんで直属になれたんですか……。」
「んー……。
まーこいつなら良いかなーみたいな。
権力とか興味なさそうだし、楯突いてこないし、やれと言ったことはやるし。」
つまりそういうことだ。
人柄だ、人柄。人柄も実力のうち。
例え剣の腕が微妙でも、力がなくとも人柄がよければいいのだ。
「タンジェリン家は魔法が得意な家系と伺っていましたが、貴女はそうではないのですか?」
こちらも珍しく神殿長が私に話しかけてきた。
やはり神殿の者として魔法に関することは気になるのだろう。
特に彼らは魔法使い以上に聖なる魔法が得意だし。
「……私は、あまり。」
「そうですか。」
神殿長は一気に私への興味を失ったようで、長い髪を後ろに流しながら優雅に紅茶を飲み始めた。
……わかりやすい……。
「多少でも出来るならもったいないっすね。俺は全然出来ませんよ。
あ、そうだ!我らが魔法団団長ラプター様様に習えばいいじゃないですか!」
勇者様は名案だと言わんばかりにポンと手を叩く。
ラプターの顔が苦虫を噛み潰したようになっていた。
「大丈夫です。」
「えっ、なんでですか?
騎士って魔法をきちんと使えた方が良いって聞きましたけど……」
「彼女にはもう教えた。」
冷えた声だ。
その声に私の心も冷えていく。
「そうだったのか?
……ってことは師弟関係だったってことか!?」
殿下が驚いたように仰け反った。
椅子から転がり落ちないでくださいよ。
「師弟関係って……?」
「ん?ああ、タワは知らないか。
魔法を習う時は師匠と弟子の関係になるんだよ……ってまんまだけど。
まあ普通の教師と生徒とはちょっと違うな。もっと特別な感じだ。
どこの師匠の元で魔法を習ったかで差がつくこともあるし。」
「すごい……。」
そうボソリとカロテス様が呟いた。
彼は手で口を覆って輝いた目でこちらを見ていた。
ラプターの弟子となると、勇者様からもこんな熱い目線で見られるのか……。
彼は何やら「元師弟関係か……なるほど……ふうん……」と頷いている。
なんだなんだ?
「昔の話だ。今は違う。」
「なんでやめちゃったんですか?」
「……私に才能がなくて。」
「違う、お前が逃げ出しただけだ。」
ラプターの低い声にドキッとする。
まだ怒っているようだ。
私は彼から目をそらした。
「……教師と生徒みたいに……ってことは……あれ?エメリンはいくつだっけ?」
タワ様が首を傾げている。
そういえば歳を教えたことはなかったかもしれない。
「23歳です。」
「……ラプター様は?」
「34歳ですが?」
今度はタワ様が仰け反る番だった。
「さ、さんじゅうよん!?」
素の声で驚いている。
心底驚いたようだ。
「……そんなに驚くことですか?」
「ええっと、はい……。その、若く見えましたから……。」
「そうか?年相応だろ。」
殿下の声に私も頷く。
というか、タワ様が22歳という方が驚くのだが。
「……殿下はお幾つですか?」
「27歳だ。」
「えっ、想像より若い……。」
「いくつに見られてたんだ……?」
タワ様は取り繕うように笑うと、カロテス様に向き合った。
「カロテス様は?お幾つですか?」
「24歳です。」
「ああ、それは妥当ですね。
スキンク様は?」
「38歳です。」
またタワ様が仰け反る。
「さんじゅうはち……!?ええ、嘘……。」
「大丈夫ですか?」
猫かぶれてませんけど。
「……30歳あたりになると老けなくなるの?
スキンク様ピカピカじゃない……」
「いえ、目尻のあたりなどはシワがありますよ。」
「ラプター様だって……キラキラしてる……」
「落ち着いてください。あの人大分くたびれてますよ。」
「タンジェリン、覚えてろよ。」
ラプターが何か言っていたが、スキンク様に「老いを受け止めるべきかと」といなされていた。
「そう言うタワ様はお幾つですか?」
おやカロテス様。それは禁断の質問。
いくら歳が若かろうと女はいつだって同じ言葉を言う。
タワ様はニコッと微笑む。
「ふふ、いくつに見えますか?」
質問したカロテス様も、何故か殿下もラプターも押し黙った。
女性の年齢を当てるだなんて難易度が高い上、あまり低くても高くても失礼になるのだ。
ただ一人スキンク様だけは「こういった返し方をするのは相応の歳の女性ですから、恐らく20過ぎだと思います」と冷静に答えていた。
38歳の癖に女性の年齢を当てる恐ろしさを知らないだなんて。
「ふ、ふふ。内緒です。」
年齢を当てられたタワ様は笑って誤魔化しているが、焦っているように感じられた。
もしかしたら、自分が成人前に見られることを望んでいたのかもしれない。10代はチヤホヤしやすいが、20代となると少し違ってくる……からだろうか?
「当たりましたか。22歳くらいですか?
見かけよりは年上に感じますが、中身はもう少し若く感じますね。」
スキンク様、喋らないと喋らないでやりにくいが、喋るとそれはそれで厄介だ。
なんとも微妙な空気の中、ノックの音がした。
扉の側にいた騎士たちはこれ幸いと返事をする。
「神殿の使いです。
スキンク様はこちらにいらっしゃいますか?
もうすぐ次の予定がありまして……」
皆彼を連れて行って欲しかったのだろう。
扉はすぐに開き、声の主を迎え入れた。
それは若い女の子であった。
成人してまだ間も無いような少し幼さが残る顔立ちで、まっすぐの長い髪を後ろにくくって真面目な印象を与えている。
「レイオレピス。もうそんな時間でしたか。」
スキンク様はスッと立ち上がると、我々に一礼して彼女の側に行った。
スキンク様はすらっとした中性的な人だが、少女と並ぶと身長差があった。
あの少女は一体……?
「お先に失礼します。」
「はいよー。
じゃあそろそろお開きにするか。」
殿下のこの言葉でお茶会は解散となった。