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3.勇者と変態

「カロテス様。」


彼の王から与えられた部屋をノックすると大慌てでドアが開いた。

カロテス様の服はいつものようにきちんとしておらず、カジュアルな印象だ。


「エメリンさん!?

なにも部屋まで来なくても……。」


「どこで待ち合わせか仰ってくれればそちらに行きましたよ。」


「……ああ、言ってなかったか……。

いえ、ちょっと飲みません?色々話したいこともありますから。」


「なら私の部屋に来ますか?

お酒ありますよ。」


カロテス様は顔をしかめて「確かに俺はかっこよくて紳士的で権力があるかもしれませんけど、エメリンさんはちょっと……」と言って来た。

そんなつもりじゃない。


「私もカロテス様は御免ですよ。

そうじゃなくて、お金があまり無いんです。」


「ああ、そういうことですか。

なに、安心してくださいよ。俺が奢りますから。

二杯までなら。」


太っ腹なのかケチなのかわからないが、頷いて彼と飲み屋に向かった。


城下街の飲み屋はごみごみとしていて煩く汚いが、その分人から話を盗み聞かれることは少ない。


隣の席の人たちが嫁の悪口で盛り上がる中、私はカロテス様に話を切り出した。


「それでオークは?」


「あんなの、呼び出すための嘘ですよ。

タワ様の前で飲みに誘えないじゃないですか。

女の嫉妬は怖いって言うし。」


カロテス様はお酒を被るように飲んだ。


タワ様の恐ろしさに気づいていたのか。


「勿論ですよ。

まー、男にしてみたら害はないんで嫌いじゃないですけど、深く関わりたくはないっすね。」


「そういうものですか。

殿下やラプター様は気づいてないようですけど。」


「いや、二人とも薄っすらわかってると思いますよ。

でもほら、わざわざ世界を助けてくれる聖女様を怒らせることもないですからね。指摘してないんです。」


カロテス様はお酒をまたグイーっと飲んだ。既に四杯一気飲みしている。

なんてハイペースだろう。


しかし、そういうことだったのか。

案外あの方の嘘も脆いものだ。


「殿下は特にそういうところを含めて気に入ってるんでしょう。

スキンク様はわかんないっすけど。」


「ラプター様は?」


「あの人はタワ様好きじゃない……。」


これは意外だ。

いつもニコニコしているというのに。

私といるときはいつも顰め面だ。


「あの人嫉妬深いから……こんなところ見られたら俺も……。」


「カロテス様?何酔ってるんです?

まだ来て10分も経ってませんよ?」


「うーん。疲れた体に酒は染みるな……。」


彼はジョッキ片手に壁に寄りかかった。

そういえば彼は魔物狩りから帰って来たばかりだったか。


「カロテス様、いくら私が騎士だろうと筋肉ダルマのあなたを一人で運べません。

というか、話があったんでしょう?何勝手に潰れてるんですか。」


「いや、エメリンさんがいきなり婚活なんてどうしたのかなーって思ってー……。」


「ああ、それはタワ様に頼まれてイケメン探しをしていただけで、結婚する気なんてありませんよ。」


「そりゃー安心……。」


飲むのが早ければ酔うのも早く潰れるのも早い。

グラグラと揺れるカロテス様は、眠る一歩寸前だ。


「何が安心ですか。起きてください。」


「俺はラプターさんが可哀想だから……。殿下の次は聖女って……ライバル強すぎでしょ……。」


「今可哀想なのはお金もないのに支払うことになりそうな私です。

寝るなら送って行きますから、さっさと支払ってください。」


「ラプターさんは……一緒に旅をした仲間の兄だし……恩もある……。

それに……エメリンさんは俺の……」


「オッケー。わかりました。

お勘定お願いしまーす!」


もう意味のある言葉は喋っていないカロテス様に見切りをつけ店員を呼ぶ。

奢ってくれると言っていたし、勝手にカロテス様の財布から金を払った。


それからグラグラする彼を支えて歩き出す。

私はお酒を一杯しか飲めなかった。

なんなんだ一体。


「……タンジェリン?」


低い声がした。

ラプターだ。


「ラプター様!

……えっと、こんばんは。」


「何やってるんだ。

何故そいつといる。」


「彼に呼び出され、話をしている途中で潰れてしまって……。」


ラプターはこの世の不機嫌をかき集めたかのような顔でこちらを睨んでいる。

彼からしたら自分はまだ業務中なのに、もう飲んでいる私たちが憎いのだろう。


「男漁りはついにそいつにまでいったというわけか。」


「いくら私でもカロテス様はちょっと。」


「……カロテスのなにが不満なんだ?」


そんな純粋な質問されても……。

世間の声はわからないが、私は魔物を前にすると突然残虐になる人はごめんである。


「……ん……」


「カロテス様?気付かれました?

自分で立って步いて部屋まで戻れます?」


「もちろんもちろん。

あれ?らぷたーさん?」


目が座っているし呂律も怪しい。

先ほどから全体重私に乗せているし……。

私が騎士で良かった。例えばタワ様だったら、とっくに潰れて内臓をブチまけていただろう。


「……カロテス、お前大丈夫か……?」


さすがのラプターも心配そうに、というか呆れたようにカロテス様を見ている。


「もちろんもちろん。」


「大丈夫じゃありませんよね?」


「んー?そんなことないよ。」


カロテス様が私の頭をワシャワシャ撫でる。

大丈夫じゃない。


「ダメだろ。

タンジェリン、こいつは俺が運ぶからお前は」


「ああっ!!」


カロテス様が急に私を突き飛ばした。

あわや顔面ダイブというところで、ラプターが私を受け止めてくれた。

その腕の暖かさに驚いて、素早く離れる。


「これはちがうんですよ、おれはかのじょを……わーっ!!」


カロテス様は叫ぶと、お店の看板やらゴミ箱やらにぶつかりながら走り出してしまった。


「あー……。あの……」


「……放っとけ。」


放っとけと言われなくても、追いかけるつもりはない。というか追いかけられない。

魔物の方がまだ怪我をしないで捕らえることが出来るだろう。


「……お引き止めして失礼しました。」


「待て、どこへ行く。」


「部屋に帰りますよ。」


結局私は殆どお酒を飲めなかったし、飲み直しをしたい。


「……送って行く。」


「え、いえ結構です。」


「女をこんなところに置いていったとなったら俺の外聞が悪い。」


言われてああ、と気付く。

今の私は騎士の制服ではなく普段のシンプルなワンピース姿だ。

髪もいつものようにピッチリと纏めないで下ろしている。

女という風に扱われてもおかしくない。


「大丈夫ですよ。

今はこんなナリですけど騎士であることに変わりはありませんから。」


しかし、ラプターは私の言葉を無視して腕を引いた。


「ラプター様?」


「今は騎士じゃないだろ。

剣も下げていない。

最近この辺りの治安が悪くなってるのは知ってるだろ?」


「え?」


そんな話聞いたことがない。

タワ様の警護にまつわる重大な話なのに、なぜ私に伝わっていないのだろうか。


「……知らなかったのか?」


「はい。」


「怪しげな連中がこの辺を出入りしているらしいんだ。

よくはわからないが……。

今調査しているらしい。」


「怪しげな連中ですか。」


「黒いローブを着てフードで顔を隠している集団だそうだ。」


それはいかにもすぎる。


「城下街の警護はどうなっているんですか?」


「前より厳重にしているのに未だに見かけるらしい。」


「捕まえてしまえば……」


「逃げ足が早いらしい。」


それは不思議な話だ。

城下街の、特に住家があるところは入り組んでいて、慣れていないと迷子になりやすい。

不安になってきた。タワ様が狙われていたりするだろうか。


「今のところ何か被害があるという訳ではないが、これから何かしかけるかもしれない。

充分気をつけなさい。」


「はい。」


彼は何か言いたげに私を見たが、結局何も言わずに部屋まで送ってくれた。


私は部屋に戻らず、すぐさまタワ様の部屋に赴きノックする。


「タワ様。少しよろしいですか?」


「エメリン?」


「そうです。」


「エメリンならいいや。

私寝るから。お休み。」


私ならいいとは……。

まあ、タワ様が元気ならいいか……。


その夜はやけ酒をしてしまい、次の日頭が痛かった。

これでは騎士失格だ。気を引き締めないと。



「いやあ、昨日のことは全然覚えてなくて……。

でも置いてっちゃったんですってね。すみませんねえ。」


次の日の朝、カロテス様は廊下で私に出会うと軽〜く謝った。

私は文句を言ってやろうかと思ったが、彼の頭に巻かれた包帯を見ると何も言えなかった。

あの後何があったのだろう。


「次はありませんよ。

……ん?」


「どうかしました?」


「いえ、なんか寒気が……。」


嫌だな。

これから業務が始まるのに。風邪だろうか。それとも二日酔いの症状?頭痛だけで勘弁してくれ。


「え?エメリンさんでも病気になるんですか?」


「人をなんだと……?」


「エメリンさ〜ん!」


廊下の奥から嫌な声がしてきた。

ああ、この聞き覚えのある声は……。


「……テイラート……。」


「お久しぶりです〜!」


テイラートは以前見た時より成長し、すらっとした爽やかな青年のようになっていた。

見た目だけは兄に似てかっこいいかもしれない。

金髪に鳶色の目、すっと通った鼻筋にキリッとした眉毛。

兄と違うのはその一見優しげに見える表情と着崩した服だろう。


「兄とは仲良くしてますか?」


「ラプター様はお忙しいから……。」


「様付け!

そんな、昔みたいに呼び捨てでいいのに〜!」


テイラートは私の肩を掴むとグイグイと顔を寄せてくる。


「近い!離れて!」


「そんなことないですよ、ね?」


「いや近いと思うぞ。」


カロテス様は呆れ顔で我々を見ていた。

呆れてないでこいつを引き剥がしてくれ!


テイラートは更に近づいて、私の頬を掴んだ。


「エメリンさんの歯って本当に白くて綺麗……。久しぶりにこの美しい歯に会えて、興奮が止まりません。一本貰えませんか?」


「あげるわけないでしょうが!」


「ああ、綺麗な犬歯……。」


テイラートが頬を染めて色っぽいため息をついた。

こいつの変態っぷりは変わらずのようで、人の歯を抜こうとしてくる。

歯が好きで好きで、女の子の歯に特に興奮すると言っていた。

理解が出来ない。


「エメリンさんは歯並びも綺麗ですよね。

でも犬歯だけ斜めに生えてて、そこも可愛いです。

抜いたら勿体無いですね……。」


「知りません!」


兄と同じよう、魔法使いとして立派に成長したと聞いていたのに……!

勇者様と共に旅に出て名を上げたと聞いていたのに……!


「おーい、テイラート。もういいだろ?」


カロテス様がやれやれと彼を止めようとする。

魔王討伐の道中も彼はこんな感じだったのだろうか?だとしたら非常に大変だっただろう。


「ハア……もう少しだけ。

一日中眺め回してたいほど可愛い歯並び……。

ね、奥歯でいいんです。貰えませんか?ください、ね?」


気色悪いなこいつ……!


私が鼻面を殴ろうと手を上げる……前にテイラートは飛んでった。

ついに憎しみだけで人を殴れるようになった……?


「テイラート……何やってるんだ……?」


「に、兄さん……!」


ラプターだ。

どうやら魔法を使って吹っ飛ばしてくれたらしい。

カロテス様が「だから言ったのに」と呟いていた。


「お久しぶりです!」


彼は立ち上がり、ダランとした衣服を叩く。


「お前はまた……。

その変態性癖直せないのか?」


「直せないですね〜。

あ、でも安心して。エメリンさんの歯だけが好きなのであって他はどうでもいいですから。」


「どうでもって、辛辣だね。」


「いやいや、勿論エメリンさんのことは慕ってますって。

ただ、エメリンさんの場合歯以外じゃ性的興奮が得られないっていうか……」


歯で性的興奮が得られるのってすごい。

けど気持ち悪い。すっごい気持ち悪い。


「得なくていいから。」


「得ちゃうんです。

ほら、もっと口開けて?よく見えないですから……。」


テイラートが私に近寄るよりも前にラプターに体を引かれる。

変態テイラートから引き離してくれるのか、と思いきやそのまま彼の腕の中にいた。


……え?


「喋るな。笑うな。口を開くな。

テイラートに歯を見せるようなことすると、あいつが喜ぶだけだぞ。」


な、なるほど。そういうことね。

でもそれだけなら何も抱きしめなくても……。


「も〜、兄さんってば嫉妬で周り見えなくなってるんだから〜。」


「口だけ覆えば良いもんな。

っていうか、お前少しは反省しろよ。

いくら知り合いだからっていきなり歯を寄越せって迫られたら怖いぞ?」


「大丈夫ですよ!

なんたってエメリンさんは魔物より怪力ですから!いざとなったら危ないのは俺の方です!」


「命懸けの変態活動か……。」


私は口を押さえながら、ラプターの胸に頭を寄せる。

兄はどちらかというと潔癖よりなのに、どうしてあんな恐ろしい弟が生まれてしまったのだろう。


「ラプター様は歯とか……」


「俺はあんな変態じゃない!」


それは良かった。

……それよりいつまで私は抱きしめられているんだろうか。

彼の手のひらの熱が布越しに伝わってきてドキドキする。


「テイラート、お前なんでここに来たんだ?」


「カロテスさん呼びに来たんです。

モロクさんが次の調査したいって。」


「そういうことは最初に言えよ。」


カロテス様とテイラートは私たちに手を振ると、王から与えられた部屋に戻って行った。

また次の地域の調査に行くらしい。仕事熱心なことだ。

テイラートが「またね」と言っていたがもう二度と会いたくない。


私たちは抱き合ったまま、廊下を見ていた。

……それで、いつ離してくれるんだ?


「ラプター様。」


私が声をかけるとハッとなったのか、素早く体が離される。


「……悪いな、弟が迷惑かけて。」


大丈夫ですよ、とは嘘でも言えなかった。

私たちは黙って向かい合っていた。

何か、何か話すことはないか。

私が小さな脳みそをフル回転させていると、後ろから凍てついた声がした。


「……エメリン。」


振り返ると、タワ様が騎士を引き連れて私を見ていた。

口元はいつもの微笑みを浮かべているが、目が笑っていない。

こ、怖い。


「タワ様、おはようございます……。」


「おはよう。

さあ、今日も護衛お願いしますね?」


恐らくラプターと私が抱き合っている場面を見てしまったのだろう。

笑顔なはずの彼女から今すぐ逃げ出したい威圧感を感じていた。

ああ、私、死ぬんだな……。

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