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25.お願い

ご都合主義な番外編その2

「キスをしてお願いすればイチコロよ」


聖女様は当たり前のように言う。

なんだか前にもこんなようなことがあった気がする。


「あの、ミナミ様。ミナミ様の助言なんだかズレてるような。

あとラプターがしょっちゅうあの薬を混入させてくるのですが……」


「そんなのは知らないわ。

それより、お願い事はキスをしながら。これは鉄板よ」


何が鉄板なんだろう。そう思うが、ミナミ様の強力な目力に反論はできなかった。


「……ミナミ様は殿下にそうやってお願いするんですか?」


「まさか。効果ありすぎて大変なことになるから」


「……なるほど……」


ラプターへの効果はどれくらいか分からない……。が、やらなくてはならない。

私は腹を括った。

自室に戻ると大きく息を吸う。


「ら、ラプター……」


息をたくさん吸い込んだわりに声は震え萎んで聞こえた。


「どうした?」


ソファで読書中だったラプターは本から顔を上げ私を見つめる。私はその横に座った。

キス、どのタイミングでするのだろう。


「エメリン?」


「あ、えっと、お願いがあって」


「……嫌な予感がするが……聞いておこうか」


「お出掛けしたくて……休みをもらっても、いいですか?」


私は彼の恋人ではあるが彼の部下でもある。出勤日に休みを貰うには上司の許可がいるのだ。


「なんだそれくらい。いいよ」


あっさり許可が出た。なんだ。キスするまでもなかった。

私はありがとうと礼を言う。


「どこに行くんだ? 送ろうか?」


「ううん。平気だよ。近いし」


「……? どこなんだ?」


「闘技場」


この答えにラプターの眉間にシワが寄っていく。


「……なんでだ」


「えっと、友達と……観戦しようって話になって」


彼は本を閉じて膝に肘をついた。

ジッと私を見つめる。


「そういえば最近、片腕の武人がいるらしい。

先の魔王騒動の時に腕を失ったがその後騎士として名を馳せてるとか。

今度の試合にも出るんだったな」


何故それを。いや、彼なら知っててもおかしくないのか。

私は声が震えないように気を付けながらなんとか誤魔化そうと口を開く。


「へーそうなんだー……。知らなかった」


「エメリン」


ラプターは不機嫌そうに私を見ている。耐えられなくなって目を逸らそうとすると顎をクイと掴まれた。


「嘘は感心しないな」


「う、嘘じゃ……ない。観戦するだけ」


「で? そいつを戦いの参考にするつもりか?」


「……そんなことないよ。ただ片腕でどうやって戦うのか、気になる。

その人凄いんだよ。魔物の攻撃も片手で受け流せるし、一撃で倒せるし、足場が不安定な場所でもバランス取って戦えて、それから」


「どうだか。強化魔法使ってるだけかもな」


強化魔法は法外な力を手に入れる代わりにその身に大きな代償を払わなくてはならなくなる、反則ギリギリの魔法だ。

その人が反則していると言われたようでカチンと来る。


「そんなはずない。その人は魔法使えないから怪我を治せなくて、そのまま腕を切ることになったんだから。

カロテス様みたいに魔法が使えなくても己の肉体だけで魔物を殺せるのは凄いと思う。その人は片腕っていうハンデがあるにも関わらずだよ。腕が一本無いだけでバランスは取りにくくなるし力はうまく入らないし、でもその人はそれを乗り越えた。憧れるし尊敬する。

私も、そういう人から剣技を学んで魔物を倒せるようになりたい……」


「もういい。やめろ」


ハッとして彼の顔を見る。ラプターは不機嫌どころか、静かに怒っていた。

私の顎を掴んでいた手が離れる。


「そんなに行きたいなら行けばいい」


彼はそう言うと立ち上がり、部屋を出てしまった。

呆然と扉を眺める。

そんなに怒ることだとは思わなかった……。やはり彼は私に騎士に戻って欲しくないのだろう。

それは分かっている。

だが剣技を学ぶのは騎士に戻るのとは別だ。身を守る方法に近い。


最初から誤魔化さないできちんと話せばもしかしたらわかってくれたかもしれないのに。

鼻の奥がツンとする。

馬鹿だった。またラプターを怒らせてしまうなんて……。


*


ラプターの怒りは収まらないのか、私が話しかけても距離を置いた対応しかされない。

どうしよう……。


「ミナミ様……どうしましょう……」


「馬鹿ねえ……ホント馬鹿。

人の気持ちに鈍すぎる……」


ミナミ様に泣きつくが彼女は苦い顔だ。当然だ。これは完全に私が悪いのだから……救いようがない。


「ラプターに捨てられる……」


「それは無いわよ。

ねえ、エメリン。私があげた薬まだ持ってる?」


「え? あの素直になる薬ですか……?」


「そう。飲ませてみたら?」


そんなことしたら余計に怒られるんじゃないだろうか。

私がそう思っているのが分かったのか「大丈夫よ」とミナミ様が呆れたように言う。


「自分だってエメリンに盛ってるんだから」


「それはそうですけど。その通りなんですけど……。

でも……」


「とにかく、お互い腹を割ること!」


彼女はビシッとしなやかな指を立ててそう言った。

私は勢いに飲まれ頷く。

だがミナミ様の言うことは最もだ。

例えどんな結果になろうと、私はラプターの決断を受け入れる。


*


「お茶、置いておきますね」


「……悪いな」


ラプターは不機嫌そうだがそれでもお茶を飲んだ。

よし。心の中でガッツポーズをする。

薬は用量用法通りに入っている。効果はあるはずだ。


「……エメリン、これ少し、味が……」


「茶葉の分量間違えちゃったかも! 取り替えます!」


私はカップに手を伸ばす。緊張で手が震えた。

どうしよう。いつもみたいに怒られるならまだ良い。

だが、もう二度と顔を見たくないとか、そういうことを言われると立ち直れない。


「……エメリン」


「ひ、はい」


腕を引かれた。思わぬ行動に呆気にとられ、そのまま彼の膝の上に向かい合う形で座ってしまう。


「あ、え? ラプター?」


ラプターは返事をしなかった。

私の頬に手を添えると、唇が重なった。

吸って、食んで、それから舌が入ってくる。

突然のことに私は暫く為すがままになっていた。そして、抵抗しようと思いついた時には抵抗できなくなるくらい溶かされていた。


「ら、らぷ、た……」


「そんな可愛い顔をするな」


「なんでいきなり……」


「好きなんだろ」


彼は私の首筋にまで垂れてしまった唾液を舐めとる。

好きなのはこんな濃密なものではなく……別にこれが嫌なわけではないのだが、とにかく私は首を振った。


「ち、ちが」


「あと何が好きだっけ? 耳? 首? 鎖骨?」


「ま、まってまって、何言ってるの」


「嫌か?」


「嫌じゃ、ないけど。でもなんで急に」


「お前の好きなことをする。

そしたら逃げようなんて思わないだろ」


そう言って彼はまた深い口付けをしてくる。

逃げる? 私が?


「まって、どういういみ……」


「お前は目を離すとすぐに俺から逃げて他の男の所に行く。

……それも仕方ないと思ったが……やっぱりダメだ。そんなことはさせない」


「ほ、他の男って? 何か勘違いしてる?

私浮気なんてしてない……」


「騎士になった時も、アノールと寝た時も、お前は俺から逃げてるじゃないか」


思わず体が硬くなった。

確かに私は、ラプターに想われていないという苦しみから逃れようと必死だった。


彼の手が私の二の腕に触れる。切断された腕に。


「なあ、殿下たちを庇った時、少しも俺のことを考えなかったのか?

お前が死んだら俺がどれだけ悲しむか……」


「……あ、でも、私は騎士になって」


「死ぬ覚悟は出来ていた?

お前自身はそうかもな。だけど俺は出来ていない。

お前を失うなんて耐えられない」


ラプターが私の首筋にキスをする。


「片腕の武人の試合を見てお前はきっと、また騎士に戻りたいと思うだろう。

もしかしたらその武人のところに弟子入りするかもしれない。

残された俺がどんな気持ちになるか分からないだろ」


「ラプター……」


「惨めだよ。

お前は俺のことがずっと好きだったというが、本当に好きなのか、分からない。

大事な局面で俺のことを考えたことはあるのか?」


「ね、私は、ずっと」


私の言葉を遮るようにラプターが口付けをしてくる。

まるで私の答えなど聞きたくないとでもいうように。


「他の男の話をする時あんなに、綺麗な顔で……。

目がキラキラ輝いて凄く楽しそうだった。

分かってるんだ。お前が魔法よりも剣技の方が好きだってことは。

俺よりもあの武人といた方が楽しいだろうよ」


「ラプター、私」


「けど俺はお前を手放すつもりはない」


「……は、ね、聞いて……」


「聞かない。

もう他の男に渡さない、いや誰にも……。

お前が嫌がったって離さない」


彼が私の手を握る。私はその手を握り返した。

目から涙が溢れる。

私の浅はかな行動は、彼を深く、傷付けていた……。


「ごめんなさい……」


「泣くな……」


「だって、私のせいで」


「……もう何もしないから。悪かった。

だから泣かないでくれよ。お前に泣かれると俺は、ダメなんだ」


ラプターは苦しげに呟いて私の体を抱き上げた。

そして私を自分の座っていた椅子に座らせた。

体が離れていく。


「……お前の決断を尊重しなきゃいけないんだろうな。今までのことも。これからのことも」


ああ、きっと彼は、私が彼の側から離れていくと思っている。

違うのに。

私は椅子から立ち上がりラプターにしがみついてキスをした。ラプターが目を見開いて私を見つめている。


「お願い、聞いて。

試合を見たいのは魔法がちゃんと使えるようになるまでの間足手まといにならないように剣の腕も磨いておきたいだけ。騎士に戻りたいわけじゃない……ラプターみたいな立派な魔術師になりたいから。

お願い、私ラプターの側から離れたくないよ。側にいさせて」


「……エメリン、だが」


「私はずっとラプターが好き。ずっとラプターのこと考えてた。

だけどラプターが私のことを好きだなんて思わなかった……だから、どうなっても良かった……」


彼がハッとした顔になり私を抱き締め返した。

暖かい体温に胸の内から何かが湧き上がった。

片腕で、あらん限りの力で彼に縋る。ラプターはもっと強い力で私を抱きしめる。

再度彼にキスをしてその瞳を見つめた。


「離さないで……お願いだから」


「ああ。離さない」


「ずっとだよ……」


ラプターは頷く。

私のお願いを彼はきっと叶えてくれるだろう。


「なら闘技場は行かなくて良いな?」


「えっ? や、約束しちゃってるし……」


「……俺も行く」


(もしやラプターってかなり嫉妬深い?)

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