24.ロクでもない薬
3年ぶりですね。
ご都合主義な番外編その1です
「これは飲むと素直になる薬です」
ミナミ様が突然そう言って、小瓶を見せてきた。
透明な瓶の中で青い液体がチャプっと音を立てて跳ねる。
「なんですか唐突に」
「とあるツテを使って手に入れたの。
エメリンには必要だから」
「要りません」
「本当に? ラプター様の素直なところ見たくない?」
……めちゃくちゃ見たい。
彼の本音が聞きたい。
私はミナミ様に土下座していた。
「ください」
「ふふふ、良い子ねエメリン。
体に害はないから安心して盛ってちょうだい。
ちょっとでも効果あるからね」
「はい!」
私は大急ぎで部屋に戻り、お茶の支度を始めた。何も知らないラプターは呑気に本など読んでいる。
ふふふ、これから自分がどうなるかも知らず……。
紅茶にこれでもかというほど薬をぶち込んで私はラプターにお茶を差し出した。
「ラプター、お茶です」
「ああ、悪いな」
「何読んでたんですか?」
ラプターは顔を上げると、ズイと本を私の眼前に突き出した。
魔法の本のようだ。難解な文章、難解な内容。
5秒ほどそれを見ていたが諦めて自分用のお茶を飲んだ。
苦い。
なんだこれ。
私は思わず咳き込んだ。
「……やっぱり何か入れてたな」
「へ、なに」
「カップに何か入れてるのが見えたからすり替えたんだよ。
何盛った」
「あ、ああ、嘘でしょ」
「なんで真っ青になる。何を入れたんだ」
「こ、こんなはずじゃ……」
素直になるラプターが見たかったのに。目の前がぼやぼやとぼやけていく。頭が回らない。
「大丈夫か!?」
駆け寄ってくるラプターに、自業自得なのに心配してくれるなんて……と思いながら抱き着いた。
*
「ラプター」
エメリンは俺の方に抱き着くと、すりすりと俺の胸に頬ずりを始めた。
……なんだ、これは。
「……エメリン? 何が、どうした。
何を盛った」
「素直になる薬。ラプターの本音が聞きたかったの……」
「なんてもの盛ってるんだ。
で? なんで抱き着いてくる」
彼女は首を傾げ「嫌?」と聞いてきた。
嫌な訳がない。最高だ。
「嫌じゃないよ」
「ギュってしてくれないの?」
エメリンの不安そうに揺れる瞳を見て俺は衝動的に抱き締めていた。
なんて可愛いんだ。いつもの可愛さとはまた違う種類の……堪らない気持ちになる可愛さだ。
「嬉しい。もっと触って」
「分かった。後で存分に触らせてもらう。
だがその前に誰からこの薬をもらった」
「ミナミ様」
「……なんで聖女様が……」
悪い人じゃないがロクなことをしない。俺はハーとため息を落とした。
エメリンが「怒った?」とこちらを伺うように見上げてくる。めちゃくちゃに可愛い。
「少しな。でももうどうでも良くなった……」
「良かった……。
ならキスしよ」
何がどう「なら」なのか分からない。
というかこれは本当に素直になる薬だというのか? いつものエメリンとまるで違う。
いつもはキスどころか抱き締めていてもスルッと逃げてしまうのに。
「キスしたいか?」
「うん」
「ならこの薬が入ってた小瓶を見せてみろ」
「分かった。こっち」
エメリンは流しまで俺の手を引くと小瓶を見せてきた。
使われている魔法を確認し、残っていた液体を調べる。その間彼女は俺の手に指を絡めたり甲を撫でたりといちいち可愛いことをしてくる。
エメリンを窘めつつも液体を解析した。確かにこれは素直になる薬だ。正確に言うと、その人が感じたまま望んだままに行動してしまう薬。嘘がつけなくなるので自白剤としても使われる。
なぜこんなもの聖女様が持っていたのだろう。殿下に対して使ったのだろうか……。
「ねえ、見せたからキスして?」
……望んだままに行動し嘘がつけなくなる。というならこの異常なまでにベタベタしてきて可愛く甘えてくるエメリンは、本心ということか……。
「……分かった」
滾る気持ちを抑え彼女の唇に優しいキスを落とす。
エメリンはうっとりした表情で俺を見上げた。
「……キス、好きなのか」
「うん、好き」
「そうか……そうか。
ならいつも嫌がるのはなんでだ」
「だって恥ずかしい」
「恥ずかしがらなくていいだろ。
嫌なのかと思って我慢してたよ……」
「え、我慢しないで。いっぱいキスしてほしい」
そう言ってエメリンは背伸びをし俺の唇と自分の唇を重ねた。ちゅ、と音を立てて何度も繰り返す。
気が狂いそうだ。
彼女はずっとこんな風にキスをしたがっていたのか。
俺はずっと彼女から甘えられたかった。甘やかしたかった。それがこんな形で叶うなんて。
「エメリン……。これからは我慢しない。沢山キスする。いいな?」
「して、いっぱい」
彼女は何度も口付けをしながら俺の手を自分の首に回した。
「恋人らしいこといっぱいしたい。
ずっと好きだった……ずっと憧れてた」
俺の手を握りながら、甘えるように胸に頬ずりをしてくる。
最早危険なほどだ。余りにも可愛すぎる。
「ラプターの恋人……。嬉しい」
「……いつもこういう風にしたいと思ってるのか?」
「うん。ずっとくっ付いてたい。
嫌だった?」
「まさか。
なあ、恋人なんだから好きな時に俺にこうしてくっ付いて良いんだぞ。……俺も今後はそうする」
俺はエメリンの首筋をなぞりながら、反対の手で彼女の唇を撫でる。
彼女は逃げもせずむしろもっとというように俺の手に擦り寄せてきた。
「鬱陶しいって思われたら嫌だから。
私、ラプターの自慢の恋人になりたい……」
「鬱陶しく思うわけがない。それにお前は自慢の恋人だよ」
努力家で、いつも誰かの為に動いている愛らしい彼女。そんな彼女と恋人になれたことは俺にとって誇りである。
「誰にも紹介してくれないじゃん」
「……あー……それは……悪かった」
「なんで? やっぱり私じゃ」
「違う、お前は何も悪くない。
ただ他の男にエメリンを見せたくないだけだ」
「……嫉妬?」
「……そうだ」
「へへ……なんだ……」
彼女は蕩けるように笑うとまた背伸びをしてキスをしてきた。どうしたものか。気が触れそうになるほど可愛い。
「ふふ、ラプターも嫉妬してくれるんだね」
「嫉妬ばかりしてるよ俺は」
「そうなの? ふふふ……好き」
「殿下にも嫉妬していたし、カロテスにも。アノールなんか出来ることならブン殴りたい」
「……ラプターの恋人になれるなんて思わなかったから……」
「うん……」
俺が彼女の頭を撫でると嬉しそうに目を閉じた。
「私も嫉妬、すごいしちゃう……。
ラプターが私以外の女の人と話してると不安で……」
「俺はお前を愛してるんだ。だから不安になることはない……」
「……私も、ラプターのこと……」
俺は彼女の言葉を待った。だがいつまで経っても言葉が続かない。
「……エメリン?」
声を掛けると彼女は肩をビクリと震わせた。徐々に顔が青ざめていく。
「あ、あ……う……」
「どうした!?」
「し、死ぬ……」
「は?」
「なんでこんな、ワー!!!!」
悲鳴をあげ逃げ出そうとするエメリンの体を抑える。どうやら薬の効果時間が切れたようだ。
余りにも短い。まだ何もしていないというのに。
とっととベッドに連れ込むんだった。
「落ち着け」
「お、落ち着けないよ!! ああ! 無理だ。もう全部無理だ。消えたい……」
「エメリ」
「忘れて! 全部忘れて記憶から消し去って!!」
「嫌に決まってるだろ」
「なんで!? もう本当に嫌だ! 消えたい……消したい……」
正気を無くしかけたエメリンは暴れ出した。薬が効いている時と効いてない時の落差が激し過ぎる。
「そこまで恥ずかしがるってことは本音ってことで良かったんだな」
「ち、違う! 全然本音じゃない! 全部嘘!」
「……そうか。じゃあ俺のこと好きって言ったのも嘘か」
「そ、う」
「……悲しいな。俺はお前のことを愛してるし、他の男と仲良くしていたら気が狂いそうになるんだが……俺だけか」
そう言って顔を下げるとエメリンは明らかに動揺したようだった。
「う、あ」と声にならない声を出し、オロオロと俺の方を伺っている。
「……嘘じゃないかも……」
「かも」
「嘘じゃ……ない」
「本音か?」
「そう……」
エメリンは顔を赤くしながらも頷いた。
なるほど。こうやって扱えば良かったのか。
彼女の腕を引いて俺はその唇に口付けを落とした。
驚いて身を捩る彼女を抱きしめる。
「暴れるな」
「だって、なんでいきなり……!」
「好きなんだろ?」
「ちが」
「違わない」
再び彼女にキスをする。何度も、繰り返し。
そのうちエメリンは体の力を抜いて俺に身を預けてきた。可愛い。世界一可愛い俺の恋人。
「可愛いなお前は」
「へっ!? 何言ってんの!?」
「やっと分かった。お前が素直になるには俺が素直にならないといけない。
だから今後は可愛いと思ったらすぐに言うし、キスしたくなったらする」
「な、へ、いや、その」
「嫌なら素直になれ」
「ひ、あ、なんで、むり」
顔を赤くし涙を浮かべるエメリンの頭を撫でる。
それにまたエメリンは顔を赤くした。
「すぐ子供扱いする!」
照れ隠しだろうかと一瞬思ったが、キッと睨むその目が強いことでそうでないと分かった。
「子供扱いしてない」
「そうやって、頭撫でるじゃん……。
……お、怒ったから。うん。怒ったよ。だから、もう、行きます」
彼女はカクカクとしたおかしな動きで部屋から出ようとした。どうも、怒ったことにしてここから逃げ出そうとしているらしい。
「子供扱いしてないだろ?」
「大人の頭撫でたりしないし」
「……分かったよ」
多分、彼女はただここから逃げたくてこんなことを言っているのだろう。半分は本音だろうが。
だが俺は気付かないフリをして彼女の手を引いた。
「大人の扱いをしてやるよ」
「え」
戸惑った顔の彼女をベッドまで連れて行く。散々我慢していたので限界だった。
流石に意味が分かったらしく真っ赤になって固まるエメリンを俺は押し倒した。
*
「それで? 効果のほどは?」
「……失敗しました……」
まさか自分で飲んでしまうとは。
さすがエメリン、と私は手を叩く。
「成功したってことね? よかったわ」
「良くないです! もう……あれは無しにします……」
トボトボとエメリンは肩を落として去ってしまう。
残念だ。まだ在庫はいくらでもあるのに……そう思っていたら後ろから声をかけられた。
「聖女様」
「わっ! あ、ラプター様!
ふふ、昨日はどうでした?」
彼はフッと笑うと「あれまだ余ってますか?」と聞いてきた。
「勿論……山のように……なぜ?」
「寸前のところで逃げられてしまったので。
もう少し効果が長いと良いのですが」
「あらそれは残念……。
まあでも沢山あるから使ってくださいな」
「それはありがたいですね」
あとで彼の部屋に届けるとしよう。
嬉しそうに笑うラプターの顔見て、私は今度は逃げられないだろうエメリンのことを思い笑った。




