23.君に幸あれ
カロテス様がちゃっかり殺してしまったせいで、城内に他の魔物がいないか捜査は難航したがそれも無事終わり(単独犯だった)、ヒロズ様の家の捜査も終わった。
彼女はある日突然人が変わったらしい。襲撃の3週間前のことだ。
「いやあ、すみません。エメリンさん。俺の手が滑ったせいで。」
「二度と滑らないようしてくださいね。」
単独犯だったからよかったものの、複数犯だったら重要な手がかりを失うことになっていた。
私が「反省してください」と怒るもカロテス様が朗らかに笑う。
レイオレピスに見せていた表情は嘘みたいだ。
この事件のきっかけとなった呪いのナイフはジャガーノートたちが持ち帰ることとなった。
元々の製作者である彼女が破棄をするとのこと。
なんであんなもの作ったのか。
聞くと、私を殺すためだと答えていた。多分冗談ではない。
サングローさんは何者かよく分からなかったが、ジャガーノートが開発した魔法をまとめてくれているのが彼だそうだ。
なんでも、将来は教師になって魔法の使えない人に魔法を教えたいのだそう。
頑張って欲しい。
レイオレピスはスキンク様の元へ帰った。
というか、スキンク様の我慢の限界だったようだ。
彼は、魔物と人間の子供である彼女をカロテス様の目から誤魔化すために私たちのところに預けていたらしい。
自分は忙しくて彼女を守りきれないからと。
カロテス様はもうレイオレピスに殺意を見せたりはしない。
が、視界に入れようともしない。
受け入れられないのだろう。
テイラートがこっそり教えてくれた。
カロテス様は幼い時に家族と村全てを魔物に襲われ失ったのだと。
魔物への憎しみのみで、魔王を討伐したのだ。
カロテス様には父親と母親と妹がいた。
妹の名前はサレア。
魔物に犯され、その胎児に腹を食い破られ死んだのだ。
カロテス様の悲しみが癒えるのは難しそうだ。
カロテス様とテイラートたちは再び旅に出た。魔物の討伐を行うらしい。
「それじゃ、さようなら。」
「……あの、カロテス様。」
「はい?」
「帰ってきたらまた飲みましょう。
今度は酔い潰れないでくださいよ。」
カロテス様は悲しそうに笑うと「わかりました」と頷いた。
*
今日は年に一度の祭りだ。
歌って踊っての楽しい祭りだ……ある一点を除いて。
それは、これが出会いの場であるということにある。
独身の男女は街に繰り出し相手を探すのだ。
良いなと思った相手がいたら赤い花を渡す。もし、相手が既に赤い花を持っていたら青い花を渡して宣戦布告をする。
血の気の多い人が考案したと思われる。
ちなみに想い人がいる場合は花をもらわないよう白い花を付ける。
もちろん私はなんの花もつけない。
「エメリンー、あんたさ……」
「なんですか。」
「白い花付けましょうよー。」
タワ様とレイオレピスに迫られる。
冗談じゃない!12年間のこのぐずぐずの片思いが白い花なんて爽やかなもので表せられると思っているのか!良くて黒だ。
「よくわからないわね。」
タワ様が頭についた白い花をいじる。
全く、イチャイチャしちゃって。
「どちらにせよお祭り行きませんか?楽しそうですよ!」
レイオレピスが私の腕を引いた。
勿論彼女の頭にも白い花がある。
「それもそうだね。
私、好きな食べ物あるんだ。」
3人で部屋を出る。
護衛はいないが私がいるから大丈夫だ、とタワ様は言い張った。
この間あんなことがあったばかりだというのによくやる。
「ラプター様はどこにいるんだろ。」
「さあ?」
「気になってるくせに……。」
そんなことない!と言いながら廊下を曲がったら誰かとぶつかった。
「すみませ、」
「あれ〜?タンジェリン〜!」
アノール!
実はちゃっかり勇者様と繋がっていた騎士兼何でも屋のアノールじゃないか!
「両手に花だね〜?お祭り行くの?」
「そうだよ。アノールは?」
「勿論行くよ〜。」
彼はフッと目を細めた。
「魔法団団長殿の場所知りたい?」
「はっ!?いやまさか!」
タワ様が私の頭を叩いた。
「教えて!」
「お祭り価格!今日は無料です〜。
あのね……女の人と一緒にいたよ。」
……女の人……?
私が動けないでいるとタワ様とレイオレピスが慌てふためいた。
「は!?どんな!?どうせブスよね!?」
「美人だったよ〜?
なんか、良い感じだった〜。
……そういえば、魔法団団長さんは白い花付けてたけど、赤い花も貰ってたような〜?」
「燃やしましょう。」
「浮気か?殺すぞ。」
「2人とも落ち着いて……。
アノール引き止めてごめんね。楽しんで。」
私はギラついた目をしている2人の肩を叩く。
アノールはまた目を細めると、私の腕を引いた。
「こういう時は何色の花だっけ〜?
そうだ、青い花だね。」
彼は私の手に青い花を持たせた。
いつの間に、どこから出した?
「上手くやれよ。」
彼の目が金色に輝く。
青い花は熱い。
魔力が流れてるんだ。これは、魔法で作られた花だ。
アノールも、詠唱しないで魔法を……
「あ、アノール!」
私が彼の腕を掴むと、彼は私の手を握った。
「あなた……」
アノールは私の言葉を首を振って止めさせる。
「……サレアと俺は幸せだった。決して不幸な出会いではなかった。」
サレア……カロテス様の妹……。
魔物に犯され死んだ。
「子供が出来た時、こんなに嬉しいことはないと思った。まさかあんなことになるなんて、思いもしなかったんだ。」
アノールの金の目が私を捉えた。
その目はどこか悲しげに見えた。
「サレアの最後の願いは兄の幸せだ。
俺はそれを叶えるためにここにいる。
この間の件もあって隠れているだけで難しいがな。
……じゃあな。サレアによく似た、君に幸あれ。」
彼はフッと笑うと私から手を離し花びらだけを残して消えていた。
「……なあに?今の。」
「……さあ。
お祭り、行きましょう。」
「そうです!早くエンバー様の所に行かないと!」
レイオレピスが鼻息荒く私の腕を引く。
この子、他の魔物のこととかわからないのかしら。
✳︎
城下は祭りで盛り上がっていた。
出店が並び、美味しそうなご飯の匂いが漂っている。
魔物の襲撃がはるか昔のようだ。
「ラプター様どこかな……ってああ!いた!」
城下に出て3秒で見つけるとは。
タワ様も只者ではない。
「1人でいますね。
……ん、いや、あそこに女の人……?」
彼は胸に白い花を刺し、美女と微笑み合っていた。
それを見た瞬間、走り出していた。
ラプター、他の人のところ行くの?
「ラプター!」
「エメリン?」
彼の数歩前で止まる。
横の女の人は驚いたように私を見ていた。
「あの、その、」
「……すみません、彼女が私に用があるようなので。」
「そのようですね。お忙しいところお仕事の話して失礼しました。」
女の人はクスクス笑うとどこかに行った。
彼女の頭には赤い花と青い花がいくつも飾られていた。
赤い花は良いなと思った人に、青い花は赤い花がある人に渡すものだ。
つまり、相当競争率が高いらしい。
確かに美人だ。
「それで、どうしたんだ?」
ラプターが屈んで私の顔を覗き込んでくる。
またそうやって子供扱いする……!
私は彼に青い花を突きつけた。
「これを渡しに来ただけです!それじゃ!」
見せた瞬間恥ずかしくなって、ラプターの腕に無理やり押し付けると逃げ出そうとした。
「待て。逃げるな。」
彼が私の腕を掴む。
「は、離してください!」
「離すわけないだろ。
……で、なんで青い花?」
彼は私の腕を掴んだまま、青い花を見つめている。
「青は、赤い花を持ってる奴に渡す色だよな?」
「そうです。横取り色です。」
「酷い言い方だな。」
タワ様がこう言っていたのだ。
まあ間違いではない。
「ここは、赤い色じゃないか?」
そう言うと彼はフッと渡した花に息を吹きかけた。みるみるうちに青が赤に変わる。
「……好きな人がいる、白い花を刺してる人にも青い花を渡すんですよ。」
「うん?ああ、いいんだよ。」
彼は胸に刺していた白い花を赤くした。
そしてそれを私の髪に飾る。
……え?
「これで合ってるだろ。」
「あ、あの?」
「赤は好きな人に渡す色なんだよな?」
その言葉に私は真っ赤になった。
それって、それって……
「ラプター私のこと好きなの!?」
「……ムードのない奴だな……。
そうだよ。」
「う、嘘だ!やめてくださいからかわないで前みたいにフラれても逃げないでちゃんと弟子修行しますから」
「前みたいに?」
ラプターが首を傾げた。
そりゃそうか。私は告白もしてないのだ。
「ら、ラプターに恋人が出来たので……」
「はあ?何言ってるんだお前。」
「えっと、ほら……四年前……女の人とキ……抱き合ってたじゃないですか……」
「記憶にない。」
案外遊び人だった?
私の記憶の中では彼は真面目だったのだが。
「それは俺か?テイラートと間違えてないか?」
「テイラートがあんなちゃんとした格好したことないじゃないですか!」
私はその時の様子を話す。
書斎で、魔法団の制服をきちんと着たラプターが女の人とキスをしていたと。
ラプターは顔を顰めた。思い出したのか。
「だから、それはテイラートだ。」
「なにを、」
「あいつが王の魔法団に入団したての話だろ。
あの時は修羅場だった……。あいつは制服で女を釣っては片っ端から歯を抜こうと口説いてて……俺はあいつを殴って止めてた……」
そんな悍ましい事件があったのか。
全然知らなかった。
やっぱりテイラートはどうしようもないな。
「……お前が俺の所に来なくなったのはそういうことだったのか……」
ラプターがこめかみを抑えため息をつく。
呆れられているのか。必死で弁解する。
「そ、それだけじゃない!
他の弟子の子が私のことからかってきて、でもどうしても勉強会やめたくなくて、なのに、ラプターは他の女の人の所に行ったんだ……って思ったら……」
「他の弟子?」
「一緒に勉強会受けてた子たち!」
「……あれは弟子じゃない。ただの生徒だ。」
弟子じゃない……?
私はラプターを見上げた。
彼は困った顔で笑っていた。
「俺の弟子はお前だけだよ。」
「……へ?」
「俺は、お前を魔法使いにしたかった。お前なら誰も到達出来ない場所までいけると。
だからお前以外弟子にする気はなかった。それ以外はどうでもよかった。お前だけが特別だ。」
……私、ずっと勘違いして……劣等感を抱えていたということ……?
「ジャガーノートに虐められてるお前が不憫でなんとかしたいと思ってた。
それがいつしか、お前を魔法使いにしたいという思いに変わって、更にお前に」
そこで言葉が切れた。
お前に?何?そこ大事じゃない?
「それにしてもお前、いつから俺のことを?」
話を逸らされた。
「いつって……」
「ああ。」
「それは……大した問題ではないのでは?」
「そう思うか?」
思わない。
が、12年という重さを受け止めてくれるだろうか。
「3ヶ月前とか?」
「いえ……」
「1年?」
「いえ……」
「昨日?」
「……じゅうにねん……」
「じゅうにねん……」
ラプターは驚いた顔で私を見る。
そりゃそうだろう。まだ11歳だったんだから。
「長いな。」
「わ、私だって何回も諦めようとしたの!」
「それは困る。」
彼は私の頬を撫でた。
「……気づいてやれなくて悪かった。」
彼の言葉に思わず抱きついていた。
別に、ラプターが謝ることじゃない。
私が勝手に想ってただけだ。
でも、それでも報われたことが嬉しい。
「ラプター……好きです。」
「俺も好きだよ。」
私は呪文を唱えて、彼の胸に差している赤い花の数を増やす。ラプターに魔力をもらったあの日からこれくらいの魔法なら傷付かずに出来るようになっていた。
ラプターは花に気づくと、私の額にキスを落とした。
それから私の左側に立つ。
それが、彼の定位置になった。




