21.無礼者
「はい、今日の講義はここまでです。」
まるで大学教授のように宣言し、台から降りる。
本来は神の教えを説くための部屋だが、時々こうして医術を教えるための部屋として借りていた。
今日は騎士達に医術を教えた。
彼らは魔法が使える驕りからか、あまり真面目に聞いてくれない。
こんな時エメリンがいればなあと思う。
彼女はいつも熱心に聞いてくれるし、周りに真面目に聞くよう促してくれる。
私が部屋に残って片付けをしていると、人影がのそりと入ってきた。
ヒロズだ。
今日はいつものように馬鹿みたいに従者を付けていない。
「ヒロズ様。どうされましたの?」
「聖女様……。ああ、どうか私の悩みを聞いてくださいませ……。」
ヒロズはヨロヨロと私に近寄ると、しなだれかかってきた。
そういうのは私の仕事じゃないんだけどな。
彼女の体から離れようとしながらひとまず話を聞くことにした。
「私、私……。苦しいんです。」
「苦しい?」
「ええ……。あなたを想うと……あなたを……あなたの力が必要なんです……。」
ヒロズの様子がおかしい。
彼女から距離を取ろうとするが、それより早く腰を掴まれる。
「あなたの力が必要なんですよ、聖女様。」
彼女は苦しげな表情から一変、ニヤリと笑うと私の服に手をかけた。
「やっ!?何してるの!?」
護衛はどこ!?どうしていないの!?
大声で助けを呼ぼうとするが、それよりも前に口に布を詰められる。
「何って……ふふ……あなたの胎に私の子を宿してもらうんですよ。」
ヒロズが私の下腹部を撫でた。
子を宿す……?何言ってるの?ヒロズは女じゃない。
しかし、私の疑問は一瞬で晴れた……というか、より深まった。
彼女はスカートをたくし上げると、そこにあるモノを見せつけてきた。
男根だ。
女の股間に男根がある。
「男だと思ってます?違いますよ……。ほら、胸……本物でしょう?」
彼女は私の腕を掴むと無理やり胸を触らせてきた。
柔らかい。肌に吸い付く感覚。本物だ。
半陰性?
でもこんな、あり得ない。
「あなたの子供が欲しいのです……」
ヒロズはうっとりした様子で私の腹に顔をつけると、太ももを撫で始めた。
このままじゃマズイ!犯される!
私は膝で彼女の顔を蹴る。
倒れ込んだ彼女の顔をもう何発か蹴って、その後腹を踏む。
「ギャア!!」
ヒロズの悲鳴が聞こえたが、無視をして扉を開け走った。
振り返らないで。
*
布団に潜り、体の震えを鎮める。
こんなの、大したことじゃない。
女に男根があるのは驚くことだが、襲われかけただけだ。
直接触れられてはいない。大丈夫。
「……いるか?」
殿下の声。
私は堪らず布団から飛び出て彼の胸に飛び込んだ。
「タワ?どうしたんだ……!?」
彼に話すべきだろうか?
……話せない。
だって、油断してた私が悪い。
それになんて言えばいいのかわからない。あなたの婚約者候補だった人に襲われかけたって?
信じてくれるわけがない。
「……なんでもない。嫌な夢見たの。」
「どんな?」
「……言いたくない。」
彼は私の背中を撫でると私を抱きしめた。
大きな手のひらと、暖かい感触に全身の力が抜ける。
殿下の手で撫でられると落ち着いた。
魔物に襲われた時も、この手が私を守ってくれた。
「大丈夫だ。俺が付いてるから……。」
「ハン、あんたが付いてるなら盾くらいにはなりますかね?」
嗄れた、声変わりの途中の女の子のような声がした。
殿下と私の体が跳ねる。
「お邪魔しますよ。
警護ちゃんとしてます?私こうして入れてますけど?」
女の子……だろうか?
短い髪に侮蔑の色が見える瞳。背が高く見えるが、それはヒールを履いているからで実際は低いと思われる。
推定彼女はカツンカツンとヒールを鳴らし、置かれていた鏡台に腰かけた。
化粧道具が全部床に落ちる。
……なんだこの女。
「……えーっと、ジャガーノート?」
殿下が恐る恐る名前を呼んだ。
彼女はフンと鼻を鳴らす。
「偉大なる私の名前はそのちっさな脳みそに刻みつけておかれたほうがよいかと。」
…………なんだこの女。
その時扉がドンドンと鳴って、2名の人物が転がり込んできた。
金髪の青年と明るい茶髪の少年。
彼らは一目散に駆け寄ると、我々の前に跪いた。
「殿下、聖女様!このようなご無礼をお許しください!」
「……えーっと、誰の無礼を謝ってる?」
「えっ!?ああ!ジャガー!お前!」
「何やってるんですか!鏡台から降りて!」
明るい茶髪の男がジャガーノートと呼ばれた女が何をやっているかに気付くと、彼女の体を抱き上げ無理矢理降ろした。
「犬!気安く触れるな!」
「触られたくないなら、触られるようなことしないでください!」
犬呼ばわりは良いんだろうか?
よくわからない二人組だ。
「お前たち、喧嘩の前に状況を説明しろ。」
「はい、殿下。
今しがた城内をこの2人に案内していましたら、これが……」
金髪の男がスッと懐から何かを取り出した。
ナイフだ。
それにしてもこの男どこかで見たことが……。
「これは?」
「呪いのナイフです。
……このナイフに書かれた名前の人物をこれで傷付ければ必ず死に至らしめるという……。」
なにそれ、こわい!
そんなもの誰が作った!
「なんでそんなものが……」
「更に、ここに……」
彼はナイフの刃を指差した。
文字が彫られている。
「ミナミ タワ……。」
私の名前じゃないか。
「なっ……!?」
……私の命が狙われたということ?
「それをタワに近づけるな。
タワ、どこか怪我したりしてないか?」
「全然……刺されてなんか……」
「よかった。
これは重大な謀反だ。犯人を早急に見つけなくては。」
殿下はナイフを金髪の男から受け取ると、部屋を後にする。
私は残された3人を見た。殿下はどうしてこの人たちと私を同じ空間に置いて行ったの?
「面倒なことになったな。」
「暫くは帰れそうもありませんね。」
「好きな時に好きなように帰るさ。」
……結局誰なんだ?
「あの……あなた方は?」
「劣等人種に名乗る名はない。」
「こちらはジャガーノート・タンジェリンです。
私はコシボルカ・サングロー。
無所属の魔法使いなんですが、呪いのナイフの噂を聞いてこちらに。」
……タンジェリン?
まさか、エメリンの親戚?
確かに顔は似てる……髪の色や目の色はおんなじだし、骨格も似てる。
でも纏う雰囲気が違いすぎる。
エメリンはこんな嫌な女ではない。
「勝手に話すな。」
「すみません、聖女様……。
あの、彼女性格がねじ曲がってまして。」
「そのようですね。
それであなたは?」
「テイラート・トレパー・マーフィパターンレス・エンバーです。」
彼は優雅にお辞儀をすると、私の手を取った。
エンバー……ということはラプターの親戚?
こちらも見た目は似ているが雰囲気が違う。弟だろうか?見たことがあると思ったのは、ラプターに似ているからか。
ラプターよりも穏やかそうで優しげで格好いい。
「あなたのような美しい切歯の方は初めてお目にかかりました……。」
「……切歯。」
「小粒の歯もとても可愛らしいですね……。奥歯頂けませんか?」
前言撤回。
ど変態じゃないか。
私がサッと手を引っ込めると同時に、コシボルカ・サングローと名乗った青年が彼を蹴った。
「いった!」
「ああ、すみません。足が勝手に。
……聖女様、彼等はすぐに出て行きますので……」
このサングローだけがまともなようだ。
私は彼に托すことにする。
「……お願いしますね。」
「勝手に決めるなよ、犬!」
ジャガーノートと呼ばれた少女が吠えた。
「犬とか、人に使っちゃいけませんよ。」
「偉そうに講釈を垂れるな。」
なんとまあ腹の立つ女だ!
こんな女、初めて会った!
私は殴りたいのを必死で堪える。
私の方が年上なんだから……。
我慢我慢。
「私を誰だと思ってる?
ああ、お前のような国に飼われてる家畜は知らないか。」
「すみません、本当に。」
サングローがペコペコ謝る。
彼はなにも悪くない。
悪いのはこの女だ。
「国に飼われてる家畜?
あのね、私は私の意思でここに残って、祈りを捧げているの。家畜じゃない。」
「家畜に意思などあるものか。」
「なんなのよ、あなた。
偉そうにして。まだ子供でしょ?」
「子供ならなんだ?お前より偉いと?
ただ息をして吐くだけの存在が、偉ぶるなよ。」
「ジャガーノート!お願いだから黙ってください!」
サングローは彼女の口に手を当てる。
……いけない、言い返してしまった。
この手のは相手しても無駄だ。
「本当に、本当にすみません!」
「いえ……大丈夫です。」
「何自分が我慢してやったみたいな態度を取っているんだ?言いたいことがあるなら言えよ劣等人種。」
「……その偉そうな態度をどうにかしたらね。」
「偉そうじゃない。実際偉いんだ。」
彼女はサングローの体を振り払うと、仁王立ちをして私に指を突きつけた。
「お前がこうして私や他の汚物と話せるのも私が翻訳の魔法を開発したお陰で、お前がここにいることだって私が召喚の魔法を開発したお陰だ。
もっと言えば保存の魔法も、魔物を殺す魔法も私が開発したお陰だ!」
そう言ってジャガーノートはフンと踏ん反り返る。
……翻訳の魔法なんてものがあったのか……。今まで疑問にも思ってなかった。
しかも召喚の魔法までこの女が……。
……確かに、すごい。
「どんなに魔法を開発しても、性格が悪ければどうしようもありませんよ。」
サングローが冷めた声で言う。
一理ある。
「黙れ。挽肉にするぞ。」
……どうしようもないなあ。
私はその後、なんとか怒りを堪えながらジャガーノートの退室を祈っていた。
30分くらいしてから、やっと迎えが来る。呪われていないか確認するため神殿にまた戻ることとなった。
私は彼らにお辞儀をする。
二度と会いませんように。




