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19.嵐の襲来

魔物の襲撃から2ヶ月経った。

もうかなり街は修復し終わり、城も落ち着きを取り戻しつつあった。


タワ様の治療室が開かれることは減り、代わりに勉強会が熱心に開かれている。

この勉強会には医術を学びたい人はもちろん、タワ様目当てで来る人も少なくない。

タワ様は美人だからなあ……。

お陰で殿下が嫉妬して困る。


カロテス様や騎士団によると周囲の魔物の残党も狩り終わり、暫くは大丈夫そうとのこと。

それよりもカロテス様は城内に紛れ込んだのではという魔物のことを気にしていた。

城内に関しては一応私も見ていたが、それらしき気配は一切無い。

カロテス様の勘違いならいいのだが。


レイオレピスはまだ私たちの側にいる。

正直、レイオレピスに離れて欲しく無い。

彼女は気が使えるし、私の左腕の代わりになってくれるし、何より一緒にいると楽しい。

我が妹は生意気であったので、彼女のような妹であればと何度も思う。


「タンジェリン。」


「はい、なんでしょう。」


ラプターに呼ばれ、彼の机の前に立つ。

魔法団団長も襲撃前くらいの仕事量に戻りつつあり、私たちは雑用ばかりをこなしていた。

今もレイオレピスと修復依頼をまとめていたところだ。


「魔法を教える。」


「えっ!?」


「大分余裕が出てきたからな。

……なんだその顔は。師弟関係なんだから当たり前だろ。」


どうもよくない顔をしていたらしい。危ない危ない。

彼の急な言葉に、昔を思い出していたのだ。


ラプターは立ち上がると、私の前に立った。


「……まず……そうだな。とにかく魔力をコントロール出来るようにならないと。

手を。」


すっと手を差し出され、私は右腕を乗せる。

前のように痛くされないだろうか。


「……痛くしないから。

ちょっと気持ち悪いとは思うけどな。」


そう言って手をぎゅっと握られる。


その手が熱くなってきた。

ど、どうしよう。照れているのがバレてしまう。

……と思ったら、彼の魔法だったらしい。


なにか、体が、グルグルする。


「うっ……これ……」


「わかるか?魔力が移動しているんだ。」


まるで体中の水分がボコボコと音を立てて移動しているかのようだ。

気持ち悪い。全然ちょっとじゃない。かなり気持ち悪い。


「や……ラプター……もう……」


私は彼の胸に縋り付いた。

前回、痛くされたのよりはマシだがこれも苦しい。


「すまない、そんなに苦しくするつもりはなかったんだが……。」


私の右手を握る手が離され、代わりにもう一方の手で背中をさすられた。

少し落ち着く。それ以上にときめく。


「……いつもどこから魔法を使っている?」


「指です。指の先。」


私は彼に手を見せた。

傷口が残っていないのでわからないかもしれないが、魔法を使うといつも指先の一点が熱くなる。


「あ、あと、舌の先も使えます。

一回しかやったことありませんけど……。」


ふざけて舌から火を出したことがあった気がする。

口腔内が傷つきあまりの痛みにのたうち回って以来使っていない。


「……やっとわかったよ。お前が魔法を使えない原因。」


彼はハアと息を吐いた。

13年目の真実。


「な、なんですか!?」


「魔力が多い。多すぎるんだ。お前の体に収まりきれていない。

その癖、魔力の放出口は小さいし手の指と口のそれしかない。

そうなるとどうなるかわかるか?」


「……魔力が溜まっていく?」


「……ああそうだな。それもある。

魔力はどんどん精製されるのに使用されないと重くなっていく。まるでタールのようにな。」


自分のお腹を押さえる。

私の中にタールになった魔力が溜まっているのか。


「人間を袋に、魔力を液体に置き換えよう。

普通ならそこには水が入っていて、取り出したければ袋の口から取り出せばいい。

だがお前は違う。お前という袋にはタールのようなドロドロの魔力が詰まっていて、取り出そうにも袋の口は狭い。

だから取り出そうとするとタールは袋の口を破って出てくるんだ。」


その想像にちょっとゾッとする。

そりゃ腕も吹き飛ぶわけだ。


「……なんでこんな簡単なことに気づけなかったんだか……」


ラプターは苦しそうに呻きながら、顔を多いため息をつく。

また私のことで責任を感じているらしい。


「あ……。

……あの、どうしたらいいんでしょう。」


「ん……そうだな。

……放出口を増やすか、拡張するか……」


そんなことできるのか!?

やっと、この魔法が使えない体ともおさらば……と思ったがどうも違うようでラプターは顔を顰めていた。


「どっちも想像を絶する痛みが伴うんだった。

却下だな。」


「ですけど、それしかないならそうするしか……」


「ダメだ!」


ラプターは強く言い切る。

……また子供扱いされているらしい。


「平気ですよ。腕を一本失ってますから、それくらい。」


「だから、それがダメなんだ!

痛みのない方法があるはずだ、それを考える。」


「平気ですって!」


私とラプターは睨み合う。

いつもこうなるんだ。


「あの、」


レイオレピスがいつの間にか来て我々の間に割って入った。


「……なんだ。」


「私痛みを感じなくなる魔法使えます。」


「え!」


そんな最高の魔法が!


「ただし内蔵飛び出ます。」


彼女の淡々とした声に喉から悲鳴が出そうになる。

どういう作用が働いてそうなるんだ。


「却下。」


「内蔵飛び出てても痛くはないんですけどね。」


「却下。」


「タワ様にしまってもらえば平気じゃないでしょうか?」


「却下。」


ラプターは却下の判決を翻さない。


仕方がない、他のアプローチを考えよう。

なにも思いつかないが。


……なにも……思いつかない……。


「……私は、痛くても耐えますよ。」


「却下。」


魔法使いの道のりは遠い。



「マズイことになったぞ。」


ラプターが羊皮紙を睨みながら呟いた。

毎日マズイことは起こっている。

それでも、彼がこんな顔色をするなんてどんなことだろうか。


「どうされたんですか?」


「レイオレピス、神殿長様の所に行って頼んでいたことはどうなったか聞いて来てくれないか?」


「はい?わかりました。」


レイオレピスは髪を跳ねさせながら出て行った。


「……マズイことって……?」


「……お前の妹が来るぞ。

それも、今だ。」


えっと驚く間も無く、部屋に置かれた机の上に風が舞う。

そして瞬きの間に人影が現れた。


彼女は机の上に仁王立ちすると、フンと鼻を鳴らす。


「しけた場所ですね、ラプター・アプター・マーフィパターンレス・エンバー。」


短い髪に凛々しい眉、吊り上がった灰色の瞳。異性装にヒールを合わせた謎の格好。

彼女は高いヒールでガツンと机を蹴る。


「これが魔法団団長の部屋。ハッ、豚小屋かと思いましたよ。」


「ジャガーノート、久しぶり。」


私が声をかけると、彼女は私を睥睨した。


「話しかけるなよ、劣等人種。」


四年ぶりに会ったが変わらず元気そうだ。

レイオレピスを避難させてくれてよかった。


「……降りろ。ジャガーノート。」


「あんたまたこの女を弟子にしたとか?

物好きですね。馬の方がよっぽど役にたつでしょうに。」


彼女が机から飛び降りると、再び風が巻き起こる。

現れたのは優しそうな明るい茶髪の少年だった。

このすらりとした長身……そうだ、確かサングローとかいう名前ではなかっただろうか?

ジャガーノートと1時間以上過ごせる人は少ないのに、五年近く共にいるのでさすがに覚えていた。


「お久しぶりです。エメリンさん。」


「お久しぶりです。いつも妹がお世話になってます。」


「いえ、とんでもありません。

いつもいつも喧嘩の仲裁をしたりだとか、泣いた相手を慰めたりだとか、そんなことばかりして大変だなんて決してそんなことは。」


「おい、犬。余計なことを言っているな?」


「本当にすみません。ご迷惑おかけして……」


ラプターが鼻にシワを寄せながら「相変わらずだな」と囁いていた。

彼女の性格が変わることなんてほぼ無いだろうから、驚くことでは無い。

むしろ変わったら天変地異の前触れだろう。


「それで、どうして来たの?」


「話しかけるなと言ったはずだか?少し前のことも覚えてないのか、下等生物め。」


「ラプター様に用なのね。」


「ハン、なんでお前のような劣等人種を弟子にしたのかわからんな。

醜い容姿が更に醜くなって、無様なものだ。」


「腕はもう慣れたから大丈夫。案外片手でも平気なもんだよ。」


「なんで会話が成立してるんだ?」


ラプターはあり得ないといった表情を寄越した。

さすがに妹の言いたいことぐらいはわかる。


「さっさと用を済ませようか。

伝えておくことがあってだな。

あんたも話は聞いたかもしれませんが、呪いのナイフが出回り始めたようでね。今取り締まりを強化しているが、ま、人に名前は明かさないことです。」


ジャガーノートが机に座る。

バサバサっと羊皮紙の束が落ちるが、気にも留めない。


「呪いのナイフって?」


「そんなことも知らないのに口を挟むな。」


「呪いのナイフというのは、相手の家名と名前をナイフに刻みそれで傷つけると相手は必ず死ぬというナイフです。

普通は簡単には出回らないんですが、コレクターの家に強盗が入ったみたいで……。」


サングローが説明してくれる。

素晴らしい友人を持ったな、ジャガーノート。


そらにしても、そんな恐ろしいアイテム簡単にコレクションして欲しく無いし、まず作らないでほしい。


「怖いですね。」


「家名と名前全てを知らないと呪えないから、まず大丈夫だとは思うが……。

普通は秘密の名前があるしな。」


秘密の名前というのは、誰にも教えてはならない名前だ。

昔々、呪いというものが横行していた時代に名前を知られては簡単に呪われるということで生まれてくる子供に秘密の名前を与えたのだ。

生涯秘密の名前を知らないで死ぬなんて人もいる。


「しかし、わざわざそれを伝えに来たのか?言伝で充分だろ。」


「王の魔法団とやらがどんなものか見ておこうと思いましてね。

国を支える魔法団ですから、さぞかし凄いんでしょう。」


ジャガーノートは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「興味津々みたいで……すみません。」


「興味津々なのか?今の言い方が?

……まあいい。案内させる。誰か暇なのいるだろ。」


ラプターが人差し指にフッと息を吹きかけると、鳩が飛び出て来た。

鳩は飛び立つと、魔法団基地に飛んでいく。


「有り余る魔力を相当浪費したいようで。そこの下等生物の腕を生やす事にでも使ったらどうです?無理でしょうけど。」


「はあ?」


「詠唱なしで魔法が使えることが羨ましいと……。」


昔から負けず嫌いで困る。

特にラプターとはやたら張り合おうとして、彼の弟子にだけはならないと言い張っていた。

ラプターとジャガーノートが組めば最強タッグなのだろうが……性格的に難しい。


「……お前はエメリンの腕を治せるのか?」


「当たり前でしょう?私に出来ないことはありませんよ。」


「ならやってみろ。」


「いいでしょう。」


フンとジャガーノートは鼻を鳴らす。

ラプターは出来ると思わなかったのだろう、怪訝な顔をしていた。


彼女は私の左肩を掴むと、グッと引っ張った。


「いだい!」


「鳴き声がうるさいぞ、下等生物。」


「いだだだだ!ジャガーノートってば!」


「詠唱の邪魔だ!口を縫い付けるぞ!」


でも痛いものは痛い。

文句を言おうと口を開こうとしたが、ジャガーノートに鋭く睨まれ閉じる。


「命を操る者よ、白い悪魔を、吹雪を、まっさらな肌を、色素のない黒を、赤い瞳を瞬け、破裂せよ」


彼女の指が白く光る。


毎度のことながら、この魔法の呪文は誰がどうやって考えられているのだろう。

長いし覚えにくい。

そんなことを思っていたら急に左肩が熱くなる。

ズルズルとした嫌な感覚がした。

見ると、肩からドロドロとしたものが出て来ていた。


「ヒエェ!」


「いちいち騒ぐな。豚か?お前は。」


ドロドロが徐々に徐々に腕の形に形成されていく。

そして、わずか数十秒で完全な左手になった。


指を動かしてみる。

動く。


「す、すごい!」


「当たり前だ。この私を誰だと思っている。」


「さすが、自慢の妹だね。」


「お前を姉だと思ったことは一度もないぞ。カス。」


左手をブンブン振り回し、腕を握ったり開いたりする。

すごいすごい!さすがジャガーノート!

人格に問題はあるが、魔法の腕は確かなのだ。


「……すごいな。どういう仕組みだ?」


ラプターもこれには驚いたらしく、私の左手をペタペタ触ってくる。


「魔法団団長の癖にそんなこともわかりませんか。」


「あんまり教えたくないそうです。」


「……そうか。」


ラプターが腕を握ったりさすったりしていると、ノックの音と共にドアが開いた。

ノックして、返事を聞いてからドアを開けようね。


「兄さん〜、暇人が来ましたよ〜。

お客さんの案内ですか?」


げっ、悪魔の申し子テイラートじゃないか。

私は咄嗟にラプターの背に隠れる。それを見たテイラートがやれやれと言わんばかりに笑っていたのが腹立たしい。


「テイラート、あんたもいるのか?

揃いも揃って時間を無駄にするのが好きらしいな。」


「ウワッ、ジャガー!?なんでいんの!?」


テイラートの体がのけぞった。

ジャガーノートの性格が悪くてよかった。変態を撃退できる。


「ハン、あんたには関係ないだろ。この変態が。」


「史上最悪の人類ジャガーがいるってわかってたら来なかったのに。

兄さんも教えといてくださいよ!」


「教えたら来ないだろ。」


確かに彼女を知っていたら誰も近寄らない。

本当に、今もジャガーノートの横で大人しくしているサングローのような存在は貴重なのだ。


「ううん……。ジャガーは犬歯が可愛いしあんまり見かけないギザ歯なところも良いんだけど……。」


変態はぶれない。

彼は悩みながらあっという間にジャガーノートとの間合いを詰めた。

あの間合いの詰め方も魔法の一種だろうか。


「近寄るな。

あとそのあだ名で呼ぶのやめろ。気色悪くて鳥肌が止まらん。」


「昔はみんなそう呼んでたじゃん。」


テイラートがジャガーノートの肩を親しげに叩く……よりも前にサングローがその腕を掴んでいた。


「失礼、彼女が嫌がっているので。」


「ええ?嫌がってた?」


性犯罪者は自分の行いが性犯罪だと思っていないという。相手も望んでいたと思い込んでいるのだ。

テイラートもそういうタイプだろう。


「犬、珍しく働くじゃないか。そのまま捻りあげろ。」


「わかりました。」


「いたたた!!やめて!ストップ!」


サングローは無表情でテイラートの腕を捻りあげた。

人間の腕があんな角度に曲がるの初めて見た。すっげー。


「ジャガーノート……じゃなくてサングローさん、やめたげてください。」


「でも、危険じゃありません?」


サングローは暗にこんな変態を野放しにしているな、と言っているようだ。

大丈夫だ。まだ被害は出ていない。

今後はわからないが。


「今のところは無罪なので……」


「いや、そのままでいい。

テイラートも少しは反省しろ。」


兄からの非道な言葉。

哀れテイラートは3分間近く捻りあげられていた。

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