18.収束
2017.1207 改稿しました
あんな、直接指摘してはいけなかったのだ。
もっと湾曲に伝えるべきだった。
年頃の女の子の気持ちがどうしてわからないのか。
自己嫌悪に陥る。
レイオレピスはどこを探しても見つからなかった。
そして、もしかしたらと希望を胸に神殿に訪れた。
「入ってください。」
スキンク様のどこかめんどくさそうな声がして部屋に駆け込む。
「あの、レイオレピスが……あっ!レイオレピス!」
果たして彼女はそこにいた。
スキンク様と並んで椅子に座っている。
「ごめんね、レイオレピス。私が無神経で……。」
「い、いえ、すみません。私こそ突然飛び出して。」
彼女は立ち上がって頭を下げた。
そらを慌てて止める。
「そんな!私なんて四年前家から飛び出してそのまま帰ってないから!いいんだよ!」
スキンク様が「いいんですか?」と首を傾げていた。
それにしても、彼の所にいたのか。
良かった。レイオレピスは可愛いから誰かに誘拐でもされていたらどうしようかと思った。
「あのタンジェリンさん……。私の体のこと黙っててすみませんでした。」
「ううん、言いにくいことだし仕方ないよ。
私こそ気付けなくてごめん。」
「……あの、気持ち悪くないですか?私の体……」
彼女の言葉に首を傾げる。
そういう、気持ち悪いとかいうものじゃないと思う。体質だと言っていたし。
タワ様が外反母趾なのやブランフォード様が冷え性なのと同じということだろう。
「特には。
そういう体質なんだもんね。」
「あ、はい。」
「そうだ、スキンク様はレイオレピスの体のこと知っているんですよね……?」
彼の前で当たり前のように話をしてしまっていることに今更ながら気付き慌てる。
話題に出したのはレイオレピスの方だが、これでもしスキンク様が知らなかったら申し訳なさで体が爆散する。
「当たり前でしょう。」
その返事になぜかレイオレピスが真っ赤になった。
……なるほど。
二人はそういう関係だったのか。
全く気付かなかった。
でもスキンク様は同性愛者でレイオレピスがそういう体質だというなら、需要と供給が取れていてぴったりのカップルと言えよう。多分。
年の差はあるが、私も11歳年上の人に恋をしているので何も言えない。
「レイオレピスを私たちが預かっててよろしいんですか?」
大事な恋人を、私なんかペーペーが……。
そう思って尋ねると、スキンク様は気怠げに微笑んだ。
「……あなたなら平気じゃないかと。」
「わかりました。全力でお守りします。」
「よろしくお願いしますね。」
レイオレピスも彼の言葉に合わせてお辞儀をした。
それにしても仲が良いのは結構だが昼間からこんなことするだなんて、神殿長も中々助平である。
*
レイオレピスの体のことは、ラプターには秘密にすることにした。
わざわざ言うことでもないし、言ったところでラプターに何かできるとも思えなかったからだ。
女の子同士の秘密というやつだ。
そんな訳で、前よりも仲を深めた私たちはタワ様の治療のお手伝いをしていた。
彼女が必要と言ったものを渡すだけの役目だが、側で見ることで医術の知識が増える。
これはこれでとても有意義だと思う。
ただ私はラプターに魔法を教わる為に弟子になったというのに、全く魔法を教わっていない。
むしろ、こういった別の仕事ばかりやらされる。
……もしかして邪魔なんだろうか。
「……エメリン?大丈夫?」
「えっ、あ!はい!すみません。」
「疲れてるなら休んでいいわよ。
ちょうど今誰もいないし。」
タワ様は神殿の一室を借りて医術を行っている。
ここなら清潔で場所も余っているし、更についでに勉強会も行えるのだ。
「レイオレピスも。休んで。」
彼女は逡巡し、「じゃあ少しだけ」と出ていった。
恐らくスキンク様に会いに行ったのだろう。彼女も彼同様助平なのだ。
「ねえ、エメリン。」
タワ様が私を覗き込んだ。
この感じ、あまり良くない予感。
「はい。」
「殿下の弱点知ってる?」
……なんという質問だろうか。
また喧嘩したのか?
「睾丸、顎、鳩尾でしょうか。」
「それは人体としての弱点よね?
そうじゃなくて……例えば弱味握ってたりしない?」
「言いませんよ。」
いくらタワ様の頼みといえ、殿下の弱味を誰かに話すことはできない。
私が拒否をすると、タワ様は困った表情になった。
「ならさ、ちょっと下剤混ぜた飲み物渡してもらえない?」
「渡しませんよ!
タワ様、どうされたんですか?」
タワ様は困った顔のままだ。
本当に、何かあったのか。
「あ、あのね……殿下、頭がおかしい。」
「は?」
不敬だ。
「私が他の男と話そうとするとそれとなく邪魔してきた挙句私のこと監禁しようとしてくるし、結婚迫ってくる。」
「ヒエ……」
本当に頭がおかしいじゃないか。
恋って人をそこまで変えてしまうのか。
「ど、どうしたんですか?」
「私が殿下をコントロールしようとしたのが失敗して、逆にコントロールされそうになってるってわけよ。
ああ〜……どうしよう。私、ここで医者になろうと思ってるのに……。」
彼女は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
医者とは医術が使える者のことで、師匠と同じくらいすごい人のことらしい。
なるほど、タワ様にしかなれない職だ。
「……殿下、そこまでタワ様のことを……。」
少し感動する。
あのちゃらんぽらんの殿下が……。
「……あんたに相談したのは間違いかもしれないけど、お願い。私の人権を守って。」
「そもそもタワ様が殿下と寝なければ良かったじゃないですか。
その後も期待させるような態度を取るから頭がおかしくなっちゃったんでしょう。」
「あんた言うわね。」
彼女は道具を洗いながら私を睨んできた。
私はその道具を拭きながら萎縮する。
で、殿下可哀想だし……。
「タワ様は殿下のこと、結婚相手に見れないということですよね。
恋人はどうですか?」
「……なんのしがらみもなければ、あの人はその……いい人だと思うよ。
あの襲撃の時私のことを守ってくれたし……き、嫌いじゃ、ない。
でも皇子で、私は違う世界の人間。価値観が違いすぎるし……。」
彼女は道具を洗う手を止め虚空を見つめた。
殿下のこと嫌いというわけではないのか。
というか、多分好きなようだ。
「私、離婚したじゃない。」
「はい。」
「浮気されて離婚したんだけど、でも浮気された理由は私にあるの。
……子供が出来にくいみたいで。」
彼女はそう言うとまた道具を洗い始めた。
「検査したけど問題はなかったから病気じゃないみたいなんだけどね、ただ……相手は子供を欲しがってて、私も欲しかった。でも中々妊娠しなくてその内それが重荷になって、それでうまくいかなくなっちゃった。」
タワ様は私を見るとまた困った顔になる。
「皇族は跡継ぎが必要でしょ?
私じゃ無理だよ。
他の、愛人に産ませるって手があるんだろうけど私は耐えられない。
だから恋人も嫌だったのに、殿下はなんか……頭おかしくなるし。」
妊娠しにくいとなれば確かに殿下との結婚は無理か……いや、殿下のことだから妊娠させるまでやるだけだろう。
大体、殿下は第2皇子だ。跡継ぎが絶対に必要というわけではない。
「問題ないですよ。」
「え?話聞いてた?」
「頭がおかしくなったのは嫉妬に駆られてるだけでしょうから。他は大したことじゃありません。」
「でもっ、」
タワ様は考えすぎるし、一人で抱え込みすぎる。
この世界での役割を求めて男を誑かそうとしたり、誰かに相談すればいいのに医術をこっそり教えたり。
私がいるんだ。一人で考えないで、抱え込まないでいい。
「大丈夫です。殿下ですから。」
なんとかしてくれる。
私が力強く言うと、タワ様は黙った。
「……なら、せめて監禁はやめてほしい。」
「私、いい考えがあります。」
そう言うとタワ様は怪訝な顔をした。
大丈夫、本当にいい考えだから。
*
エメリンのいい考え、本当に信頼していいのかしら。
……いやもう、エメリンを頼るしかない。
私は執務室で羊皮紙と睨めっこしている殿下に近寄る。
「あの、ちょっといいでしょうか?」
「タワ。どうした?」
彼は羊皮紙を机に置くと私の手を取った。
「医術のことか?襲撃されてからロクに休めてないんだろ、少し休め。」
「そうじゃなくて、」
私は殿下の手を握り返す。
「……話さなきゃいけないことがあるの。」
彼は私の真剣な表情に気付いたのか席に着くよう勧めてきた。
私は執務室の大きな机……の横にあった椅子に腰掛ける。
「あの……襲撃の時助けてくれてありがとうございました。」
「なんだそんなことまだ言ってるのか?
俺は当たり前のことをしたまでだ。」
「違うよ。当たり前なんかじゃ……。
あの……私……。元の世界であんまり良い扱い受けてなくて。
医者の家に産まれたけど、あ、医者って魔法使いで言うところの師匠みたいなの、だけど私は女で、女医を目指したんだけど、女は賢くなくていいって言われて……医大はお金がかかるから行かせてもらえなかった。
でも医療に関わる仕事をしたくて、看護師になった。
……言ってる意味わかる?」
「少しな。
性別だけで差別されていたんだろ?」
私は頷く。
「女で産まれて良いことなんて無かった。
嫌がらせとかも沢山されたし、私をおもちゃみたいに扱ってきた奴もいる。
それでもこの人はって人が見つかって道を捨てて結婚したのに、相手は私が妊娠しにくいってわかったら浮気してすぐ離婚するし。
だから……殿下に助けてもらったとき本当に嬉しかった。
女の子扱いされて嬉しかったなんて初めてだった。」
私は立ち上がって殿下の手を再び握った。
「ありがとう……キール。」
殿下の目が見開かれる。
殿下の本名はキール・クアドラス・クスリサンド・アルデオ・ババリ・ゲッコーというらしい。
とっても長いので普段はクアドラスと呼ばれている。
が、仲のいい人には一番最初のキールと呼ばせている……とエメリンは言っていた。
名前で呼べばイチコロですよ、などと言っていたけど……どうかな。
「タワ……初めて名前で呼んでくれたな。」
「……エメリンに教えてもらったの……。」
「そうか。
……嬉しいものだな。」
殿下は柔らかく微笑むと私の手に口づけをした。慌ててその手を引っ込める。
「っ、あの、だから、そう!
殿下のこと、嫌いじゃないけど私……妊娠しにくいし、他にも色々、バツイチだし!
だから……殿下と結婚できない。」
「バツイチ?なんだそれは?」
「一回離婚したことがある人のこと。」
「そんなこと。」
殿下は面倒そうに手を振った。
「俺たちの課題はお前が妊娠しにくいとか結婚経験があるとか、そんなことじゃない。
この混沌とした世界を救うことだろ?」
彼の言葉に私は驚いた。
エメリンが殿下なら大丈夫というわけだ。
彼は私のコンプレックスなんて些細なことには目もくれない。もっと大きなことを見据えているのだから。
「お前が俺の物になってくれればそれでいい。俺はお前が、タワが好きなんだ。
俺の隣でこの世界を一緒に救ってくれるならそれでいいんだよ。」
なんでエメリンがあれだけ彼のことを信頼しているのかがよくわかった。
こんなにも、この人は大きな人なのだ。
「私にできるなら……」
「何言ってるんだ、もう半分はできてるだろ?」
「半分?」
「世界に祈り、魔力を安定させている。
もうすっかり安定した。魔物の襲来があったにも関わらずな。」
「なら残りの半分は?」
そう聞くと彼はフッと笑う。
「お前が、医術の知識を世界中に広めることだ。
医者になるんだろ?」
私の夢を、彼は知っていたのか。
「……うん。」
「泣くなよ、タワ。」
「……うん。」
*
私しばらく殿下に抱きしめ慰められた。
「……可愛いなタワは。」
「知ってる。」
「そういうところが可愛い。
……それで、可愛い可愛いタワ。お前は俺の預かり知らないところで何人と寝た?」
「……へ?」
なんだか雲行きがあやしい。
寝た人数?
「な、なんでそんなこと聞くの……」
「なに、少し調べるだけだ。気にするな。」
「気にするよ。」
私が体を離そうとするが、力強く抱きしめられているので離れられない。
「逃げるなよ、お前は俺の物になったんだ。」
「や、やだな、離してよキール。」
「フ、名前を呼べば許すとでも?
まあ確かに気分はいいから何もしないでやる。
ああ怯えるなよ。お前のことは傷つけたりしない。安心しろ。」
あれ、なんか、悪化してない?
今しがた彼は器の大きい人だと感動したはずなんだけど……?
「ちょっ、エメリン!助けて!」
「あいつはもうお前の護衛騎士じゃない。
残念だったな。」
そのまま私は彼に唇を塞がれた。
どうしてこうなるの!?




