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16.制御不能の獣

魔物の襲来から1ヶ月。

城全体は落ち着きを取り戻し、城下街にも少しずつ元の生活が戻り始めていた。


私とレイオレピスは城下街で炊き出しの手伝いをしていた。

今日のメニューは肉のスープ。私も手伝ったので美味しくなっていることだろう。


「あ、エメリンさん。こんにちは。」


「カロテス様……と……」


勇者様御一行6人組が後ろに控えていた。

もちろんテイラートもいる。


「エメリンさん!こんにちは!

魔法使いの生活はどうですか?慣れました?

奥歯貰えます?」


「あげません。」


流れるように言ったらはいと言うとでも思っているのだろうか。

覆いかぶさろうとするテイラートの頭を押さえる。


「テイラートやめなよ。」


一人の女性がテイラートの腕を引っ張った。

この人は……?天使……?


「セプソフィスさん。」


「見境い無いなあ。

大丈夫ですか?」


年は私より上だろうか。

全身をよくわからない綺麗な布が包んで、顔の下も覆っている。

布からはみ出た美しい蜂蜜色の髪から甘い匂いがした。


「すみません。助かりました。」


「襲われそうになったらお腹蹴るといいですよ。今怪我してますから。」


彼女はふふと笑う。容赦無いな……。

そしてふと気付いた。

この勇者一行の女性たちは皆顔の下を布で覆ってる……まさか、テイラートのせいで……。

そりゃ、容赦も無くなる。


「カロテスさんも、ちゃんと見張ってなきゃダメじゃありませんか。」


「悪い。」


カロテス様がテイラートの首根っこを掴んだ。テイラートは苦しそうにしていたが誰も何も言わなかった。


「俺たち、この辺りの魔物を狩りに行くことになったんです。」


「そうなんですか。頑張ってください。」


「もし何かあったらすぐ知らせてください。

城内のことは皆さんに任せますから。」


案に、城内に紛れ込んだ魔物を探せと言われた気がした。

私が頷くと彼は満足そうに、私たちから離れて行った。


「カロテス様も大変だね。」


私がレイオレピスに話しかけるが、彼女はいない。

あれ!?隣にいたはずなのに?


「レイオレピス?」


「あ、こ、ここです。」


彼女は鍋の後ろに隠れていた。


「何してるの?暑いでしょ。」


「すみません……。あの人たち、苦手で……。」


あの人たちとは勇者様一行のことだろうか。


「テイラートに何かされた?」


「その方ではなく……あの……勇者様が……少し……」


彼女の顔色は悪い。

まさかカロテス様もテイラートのような変態に成り下がったというのか。嘆かわしい。


「何されたの?」


「……なにも。ただ、怖いだけです。

あの方の、魔物に対する執念のような怒りが……怖くてたまらない。」


カロテス様は普段あんなに穏やかなのに、魔物を前にすると人が変わったかのように魔物を殺戮する。

その様は確かに恐ろしい。


彼女は彼の何を見てしまったのだろう。


「大丈夫。人間に何かしてきたりしないから。」


……多分。

私はレイオレピスを慰めるが、彼女の顔色は一向に変わらなかった。



レイオレピスの具合が悪そうなので、炊き出しを他の人に任せて部屋に戻ることにした。


「大丈夫?」


「はい。すみません……、炊き出し途中だったのに。」


「いいよ、人手足りてるし。」


レイオレピスは何度も謝る。

慣れない環境に置かれたのだ。体調を崩しても仕方がない。


「ほら、ちょっとそこの端で休もうか。」


彼女を廊下の端に移動させ座らせる。


風が当たって気持ちいい。


「すみません……」


「謝らなくていいんだよ。色々手伝ってもらってるから、疲れが出ちゃったんじゃないかな?」


レイオレピスの体をさすってやる。

タワ様の医術の中に気分が悪くなった人にどう対処したらいいかあったな……。


「お腹のあたり苦しくない?下着とか緩めて……」


私が彼女のお腹に触ると細い体がびくんと跳ねた。


「ひゃっ!だ、大丈夫です!苦しくありません。」


「そ、そっか。ごめん」


彼女の驚き方に申し訳なくなる。

突然触って悪かった。


「あの、目眩がしてて……だから、お腹は気持ち悪くないです。」


「そっか。目眩の時は……なんだったかなあ。」


足の位置を高くして寝た方がいいんだったか。


「歩けなかったら私が抱えるから。」


「そんなこと!あ、歩けますから!」


レイオレピスは顔を赤くして首を振った。

慎み深いなあ。

さすが神殿長の助手。


私とレイオレピスが廊下の端で休んでいると、フワリと薔薇の匂いが漂ってきた。

……薔薇?薔薇は季節ではないのに。

人が歩く音もする。


匂いと音のした方向を向く。

廊下の奥に、華やかなドレスを着た人物とその従者たちが歩いてくるのがわかった。


あれは。


「ヒロズ様……。」


「どなたですか?」


「イツスジ家のご令嬢で、殿下の婚約者候補の一人。」


何故彼女が城に?

ヒロズ様はこちらに気がつくと色っぽく微笑みかけてきた。


慌てて跪こうとし、もう騎士でないからそんなことしなくていいのだと思い直す。

どうしたものかと悩んで取り敢えずお辞儀をすることにした。


「御機嫌よう。」


「お久しぶりです。」


「あら、お会いしたことありましたっけ?

まあいいですわ。クアドラス殿下にお会いしたくて来ましたの。彼はどこに?」


彼女は会うたび私をけちょんけちょんにこき下ろしてくれていたが、ちょっと会わないだけで忘れてしまったらしい。


「城下街で修復を手伝っているかもしれません。」


「さすがクアドラス殿下。お優しくていらっしゃるわ。」


彼女はふふふ、と微笑むと我々に失礼と言って城下街に向かった。

後ろの従者たちが慌てた様子で追いかける。

あんなひらひらのドレスで行ったら汚れてしまいそうだ。

彼女がいいなら構わないが。


「……あの……今の方って……」


「うん?」


「……いえ、気のせいかも……。なんでもないです。」


なんだ、気になる言い方をしちゃって。

私はなんなのかレイオレピスに聞いたが彼女は答えてくれなかった。


「あ、あの、お部屋に戻りましょう。」


「そうだった。ごめんごめん。

歩ける?」


「はい。大丈夫です。」


私たちは薔薇の匂いが溢れる廊下を歩いて、部屋に戻った。



「タワ様、ありがとうございます。」


スキンク様が私に頭を下げる。

あの、私の密会がバレて以来彼の私に対する態度は軟化した。

以前は私が女たちを集めて良くないことをしていると思って警戒していたらしい。


「いいんですよ、私に出来るのはこれくらいですから。」


私は少女に薬師から貰った薬を渡してやり、彼女を母親の元に帰した。


私は、魔物の襲来や修復中に傷ついた人、魔法が使えない人、病気の人のために診療所を開いていた。

診療所と言っても、往来の真ん中だが……。


カロテスのように魔物を追い払うことは出来ないが、魔物に傷ついた人を治療することならば出来る。

ラプターのように魔法で街を直せなくても、医療で人を治せる。


この世界で私に出来ることをやっていく。

私はもう元の世界に戻れないのだから。


「……あ。」


殿下だ。


彼は城下街に下りては修復を手伝ったり住民と話をしていたりしている。

今日も修復の手伝いに来たらしい。


「でん……」


「クアドラス殿下!」


煤けた街に不釣り合いな豪華なドレスを着た茶髪の女が殿下の名前を呼び、彼の腕に縋り付いた。

薔薇の香りが舞った。

誰だ、あれ。


そしてふと気づく。

あれは彼の婚約者候補の一人じゃないだろうか。

エメリンは23人いると言っていた。


「ヒロズ様!驚いた。どうしてこちらに?」


「王城が襲撃されたと聞いて慌てて来たんですの。この度は……」


「ああ、そんな挨拶はいい。」


殿下は面倒そうに手を振って彼女の白い腕を退かす。


「俺はやることがあって。

後でお話をしようじゃありませんか。」


「ええ、喜んで!」


ヒロズと呼ばれた女はニコニコ笑うと、フワリと身を翻した。


私と目が合う。


「あら、もしかして……聖女様?」


……呼ばれてしまっては仕方がない。

私は彼女にお辞儀をする。


「こんにちは。」


「まあ!聖女様にお会いできるなんて、光栄ですわ!」


彼女は想像よりも素早い動きでこちらに駆け寄ると、私の腕を掴んだ。

い、痛い痛い!強く握りすぎ!


「あなたのお陰で私たちは……」


「少し力を込めすぎですよ。」


スキンク様が指摘をするとヒロズは「あら失礼」とパッと手を離した。


全く、私がいかに美少女で心優しく更にはこの世界の救世主だとしても熱烈すぎる。


「ごめんなさい、思わず。」


「構いません。」


私は赤くなった腕をさする。

このヒロズとかいう女、本当はゴリラなんじゃないの?


「タワ。」


殿下がするりと私の腰を抱く。


何当たり前のように触ってるのかな。

私は腰に回された手を解こうとする。

が、その手を握られてしまった。

クソ、こいつ。

助けてくれた時はなんて素晴らしい人なんだと感動したのに……。


「まあ殿下。

修復のお手伝いですか?さすがでございます。

どうぞ、あちらで人手が足りないようですから行って差し上げてくださいませ。」


案にどっか行けと言ったつもりなのだが、彼はしれっとした顔で「少しだけ休憩だ」と言う。


「お疲れ様でございます。

私飲み物を取って参りますね。」


「いやいい。

ここに居てくれ。」


「勿論。私は怪我した皆さんの治療を行ってますから、どこにも行きませんわ。

ああ、あちらに怪我された方が。」


「タワ、お前も疲れてるようだな。

どこにも怪我人なんかいない。少し休め。」


「あら、そうかもしれません。

では一度神殿に戻って休んで来ます。」


「戻るのも面倒だろう?そこにベンチがある。一緒に休もう。」


ああ言えばこう言う。


私はなんとか彼の腕の中から脱出しようと必死だ。

婚約者候補を前に、別の女に抱きついて恥ずかしくないのか。


「お二人とも、私お水持って来ましょうか?」


ヒロズが気遣うように言って来た。

何寝ぼけたこと言ってやがる。

ああ、私の飲み物に毒を入れる気か?やれるもんならやってみな。


「大丈夫だ、ありがとう。」


殿下は鷹揚に答えると、私の体をヒョイと抱きかかえた。


「ちょっと!」


抗議の声を上げるが、彼は無視して私をベンチに下ろす。

ヒロズは何を考えているのか「ではまた後で」と優雅に去って行った。


「殿下!人前でこのようなことは……!」


「人前じゃなければいいのか?」


人前でなければ……まあ……いいかもしれない。

これは別に彼のことが好きとかそういうことではなく、一度寝たんだからそれくらいはいいという意味である。決して彼のことが好きとか、気になってるとか、そういうことじゃない。助けてもらってから彼を意識して仕方ないなんてそんなことあるわけない。


「ここなら周りから見えないだろ。」


「おや殿下。私の存在は無視ですか。」


「ハハ、すみませんね。彼女に夢中で見えませんでした。」


「仕方ありませんね。」


仕方なくないだろ!仕方なく!

スキンク様は我々を気にもとめず、己の作業をしている。


「はあ、タワ……。

久しぶりだ……。」


「どこがですか。

3日前も会いましたよね?」


「でもこうして触れ合えるのは久しぶりだろ?」


そもそも私たちは触れ合うような仲ではない。

一晩共にしただけだ。

……その後殿下から求愛されているが……。


「お願いだから離し……」


私の言葉は殿下の唇によって塞がれた。

口腔内に舌が入ってくる。

こんな街中でディープキスするな!


私は離せと彼の胸を押すが、全く効果は得られない。

それどころかより激しく求められる。


「……終わったら声かけてくださいね。」


スキンク様の涼しい声が聞こえて来た。

ちょっと!助けて!



「悪い、やり過ぎた。」


殿下が私の背中をさする。

お陰様で酸欠になってしまった。


「も……なんなの……嫌……」


「そんな赤い顔で言われてもな……。」


勘違いしないでほしい。

赤いのは酸素が足りてないからだ。

照れてるからでも嬉しいからでもない。本当に。


「素直じゃないなあ。」


「うるさい……。

大体、婚約者候補の前で抱きついて来たりして……恥ずかしくないの?」


「……婚約者候補?ヒロズ様か?」


そうだ。

私が睨むと、殿下は困ったように笑った。


「あー……実は婚約者候補全員に手紙を書いたんだ。

もう決めた人がいるから婚約は出来ないと。」


「……は?」


「派閥争いだのなんだので長いこと婚約者が決まらなかった挙句、全員に断ったから悪いことしたなとは思うんだが……。仕方ないな。」


「仕方ないって……!?」


私のために、そんなことをしてしまったというのか!?

美しさは罪というが、これは本当に罪深いんじゃない!?


「ま、待ってよ、私あなたの恋人になるなんて一言も言ってない!」


私は彼の腕を掴んで抗議する。

なんでこんなことに!?


彼は笑って私の頬を撫でた。


「……なあ、俺の力を持ってすれば恋人にする必要はないのはわかるよな?」


「……へ……」


「無理矢理結婚して孕まされたいか?」


背筋に怖気が走る。

殿下は笑っているのに笑っていない。


「でん、か……」


「怖がらなくていい。お前が俺の物になるというならそんなことはしない。」


逃げ出したいのに、体が動かない。

いつもの彼じゃない。

彼が怖い。


「散々俺を虚仮にしてくれたが、許すよ。当てつけのように他の男と仲良くして……さぞ楽しかっただろうな?

でももういい。お前は俺の物。そうだろ?」


私は虎の尾を踏んでしまったようだ。


「震えているな。何を怯えている?」


今までのように体で釣ってコントロールしてやろうと思ったのがそもそもの間違いだったのだ。

この男は、私の手に負える男じゃない。


「大丈夫だ。愛してるよタワ。

一緒にこの国、この世界を救おう。」


彼は私をぎゅっと抱きしめた。

もう、この腕から逃れられない。

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