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14.カタツムリの交尾

私は団長室の一室に間借りしている。

今日からレイオレピスも一緒だ。


私たちは寝る支度を始める。


大きな問題が一点、あった。


「寝台一個しかなくて……。」


団長室に繋がっているこの部屋は、寝台がポツンと一個置かれ後は椅子と机と棚が置かれている簡素なものだ。


「床で構いません。」


「ダメだよ。今日たくさん魔力使って疲れたでしょ?

私はその椅子で寝るから、寝台使って。」


「ですけど、私は面倒見てもらってる身ですし……」


「今回の功労者はレイオレピスだから。」


今回は私が椅子で寝ればいいとして、今後はそうも行くまい。体がバキバキになる。

彼女がいつまでここにいるかわからないが、もう一つ寝台を用意するか代わりを探さなくては。


「すみません……。」


「気にしないで。私は立ってても眠れるから。」


騎士の時は野宿だってしたし、むしろ寝ないなんて時もあった。


「よ、横になってください。」


「へ?ああうん。なるよ。大丈夫。」


「……やっぱり私が……」


「平気だって。

あ、そうだ。水差しもらってきて貰っても良い?」


私が取ってきても良いのだが、片手で持って零してカップを割ったら大惨事だ。


レイオレピスは「わかりました!」と元気よく返事をするとすっくと立ち上がりあっという間に貰いに行った。


やる気に満ち溢れているようだ。

スキンク様の側にいさせてあげたいのだが。


私がボンヤリ考えているとノックの音がした。


「タンジェリンいるか?」


ラプターだ。戻ってきていたらしい。

全く気づかなかった。


「はい、あ、待ってください。」


今の自分はほぼ下着姿だ。

暑いし、レイオレピスしかいないので油断していた。

シャツを取り出し着ようとすると焦燥心からうまく着れない。


「……まだか。」


とにかく下を履こう。

私はシャツもそこそこにズボンに足を通そうとする……が慌てていたのでよろめいてそのまま転けた。

片手が無くなるだけでもこんなに大変とは。


「大丈夫か?」


転ける音に、ラプターが部屋に入って来た。


彼は驚いただろう。

部屋に入ったらシャツとズボンを着かけた女が床に転がっていたのだから。

無様のところを見られた羞恥から顔が赤くなる。


「すみません……服を着るので待ってください。」


案に出て行ってくれと頼んだつもりだったのだが、彼は何を勘違いしたのかこちらに寄ってきた。

それから私のズボンを持ち上げ履かせる。


「わっ!大丈夫!自分で出来ますから!」


「見苦しいものを見せるな。」


彼はシャツに手をかける。

私の右手を袖に通す。

ラプターの手が、私の切断面に触れた。


「……痛むか。」


「いえ、痛みはありません。」


「嘘をつくな。

……夜泣いてるだろ。」


知っていたのか。

喉がグッと鳴る。


私の無くなったはずの腕が痛む時がある。

タワ様が言うにはこれは幻肢痛という症状で、体の一部を切断された時に脳がまだ切断部分があると勘違いして痛むらしい。


起きている間はなんでもない。

ただ、夜寝ている時に猛烈に痛むのだ。

まるであの時のことを追体験するかの如く。


「泣いてません。」


「隣の部屋までお前のうめき声と、鼻をすする音が聞こえてくる。」


防音しっかりするべきじゃない?


「……治してやれたらな。」


「右手はこうして、なんともないですから。」


「それでもだよ。」


ラプターが苦しそうに私の左腕を見つめる。

不思議だ。

腕が無くなったことに関して私以上にラプターが苦しんでいる。


「私は気にしてませんから。」


「泣いてる癖に。」


「気のせいじゃないですか?

お疲れなんですよ。幻聴が聞こえてる。」


「お前な……」


その時、ドアの開く音と「おおっと」という声がした。

レイオレピスだ。


「レイオレピス?」


「あっ、えっと、私……すみません!」


彼女は水差しを持ったままどこかへ走っていこうとする。


「えっ?えっ?どこ行くの?」


「お二人がそういう関係だって気付くべきでした……あの、2時間くらいしたら戻ってきますね。」


「嫌な気の使い方するな!」


ラプターは私を立たせると、レイオレピスから水差しを受け取る。


「お前は勘違いしている。

今のは……そういうことじゃない。」


「いいんです。大丈夫です。

あ、避妊具持ってきますか?」


「や、め、ろ!

あいつが服を着れないから手伝ってただけだ。

ほら、お前が手伝え。」


レイオレピスはペコペコ謝りながら私のボタンを閉めてくれる。


「鈍くてすみません……」


「あの、本当に違うから。

私とラプター様はただの師弟関係で……」


「師弟関係はただの、とは言えませんよ……。特別な関係です。」


そうだろうか?

師弟関係を特別だと言うなら、彼はたくさん特別がいたことになる。

特別がたくさんってそれはもう特別ではないんじゃないか。


「ハア、もういいか?

お前たち二人になるのに部屋に寝台は一つしかないから、もう一つ持ってきた。」


「本当ですか!ありがとうございます!」


ラプターがドアを開けると、新しい寝台がフワフワ浮いていた。

魔法で動かしているらしい。


「どこに置く。」


「あっじゃあここに……」


寝台は私が指差した方向にひとりでに動く。

まるで生き物のようだ。


「すごい……。」


「お前も出来るようになる。」


「本当ですか?」


「ああ。

……もう少し落ち着いたらちゃんと教えてやるから逃げるなよ。」


もちろんだ、と頷く。

今度は逃げ出すつもりはない。

早く魔法を覚えて、また騎士団に戻るのだ。


寝台は、元々置いてあった寝台の横に来るとストンと留まった。賢い。

後は布団を持ってこなくては。


「……タンジェリンさんはエンバー様の寝台で寝たら丸く収まるんじゃ……?」


「な、何言ってるの!」


数ある選択肢から一番尖った選択肢と言えよう。


「だって、師弟関係なんですよね……。あのカタツムリの交尾とまで言われる儀式をしたんですよね……。」


カタツムリの交尾?

何言ってるんだこの子。疲れてるのかしら。


「あー……」


「カタツムリの交尾ってどういうこと?

もしかして眠い?」


「えぇ……だから……お互いの魔力を注入しあってかき混ぜ合う儀式したんですよね……?」


……?

そんなことした覚えない。

私がラプターを見上げると、彼は天を仰いでいた。


「ラプター様……?」


「……してない。」


「……だとすると……」


「そうだ。厳密には師弟関係じゃない。」


……一体どういうことだ。


「師弟関係になるには、お互いの魔力を交換しかき混ぜる儀式がある。

だが、お前は自分の魔力をコントロールできないだろ?だからやってなかったんだ。」


「……儀式をしないと、師弟関係じゃないんですか?」


「正確にはな。

あの儀式をやることで相手のことがわかるようになって、自然と師匠の力を弟子が学べるっていうことだから。」


そんな。

なら私は、彼のなんだというんだ?


「わ、たし……今まであなたの弟子だと思っていました。

でも違ったんですね……。

……ならなんのために私は……」


なんだっていいから彼の何かになりたかった。

あの8年間はなんだったというのだ。


「儀式なんてしなくても、俺が教えてるなら弟子だろ。」


「……ちゃんと弟子じゃないと意味がありません。」


「……ああそうか。そうだよな。

戻る為にも俺が教えた、という正確な証が欲しいか。」


ラプターは苛立ったように吐き捨てると、私の手を掴んだ。

ぎゅっと握られたかと思うと、何かが流れてきた。

手が熱い。背筋が震える。


なにこれ。


「動くなよ、今からお前の魔力を貰う。

痛むからな。」


彼は脅すように低い声で囁いた。

そして


「ひ、ア……!」


突然、体中の全てが右手に引っ張られるような感覚に襲われた。

痛いなんてものではない。

拷問か、これは。


「おやめください、エンバー様!

タンジェリンさんが死んでしまいます!」


レイオレピスが私とラプターの側に立って叫んだ。


「死にやしない。

……でもまあ、死ぬほど痛いだろうな。」


ふっと痛みが消えて、全身の力が抜ける。

フラフラになった私の体をラプターが抱きかかえた。


「わかっただろ。魔力をコントロール出来ないお前に儀式は出来ない。」


囁くように言われる。

口で言っても私は聞かないから無理矢理分からせたのだろう。

強引だか私には効果がある。


ふいに、彼の中に入り込んだ私の魔力が温まっていくのを感じた。

不思議な感覚だ。

それはラプターの腕を伝い胸に留まる。


私はそこに手を当てた。

彼の鼓動が魔力を通して伝わってくる。


「泣くな。

……もうやらないから。」


ラプターが指で私の涙を拭った。


痛くて泣いていたのではない。

彼が、他の子にこれをやっていたのかと思うと嫉妬で涙が出てきたのだ。


私はあの、ラプターの勉強会で落ちこぼれだった。

皆から嘲笑われながら必死で授業を受けていたのは私が彼の一番弟子であるという優越感があったのも大きい。一番は彼の側にいたいという、どちらにせよ不純な気持ちだが。


実際は一番弟子どころか正式な弟子でもなかった、そのことで優越感は霧散していく。

残ったのは惨めさだけだ。


他の子はこの儀式をして正式な弟子になっていたというのに。

ラプターの鼓動を感じるこの儀式を。

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