12.変態の力
下品な言葉が出てきます
早速ラプターに話をつけようと、彼の元へ行くこととなった。
タワ様は城下街で民衆と祈っている。
言い出しっぺの彼女がいないと説明しにくいと思ったのだが、そういうことならば仕方がない。
彼女の邪魔をするなんてとても出来ない。
「あっ、エメリンさん!」
魔法団の基地に向かう途中、カロテス様に会う。
彼はあんな惨状の真っ只中にいたというのにかすり傷一つ負っていなかった。
「カロテス様!」
「話は聞きましたよ。
腕は大丈夫っすか?」
「大したことないです。
カロテス様は大丈夫でしたか?」
「俺なんていいんです。
……良かった。心配しましたよ。」
カロテス様の青い目が垂れた。
あの時の彼の様子を思い浮かべる。
どちらが魔物か、と言いたくなるような顔をしていた。
今のこの穏やかな表情が嘘のようだ。
「それで、こんなところで何を?」
「少し魔法団に用事がありまして。
カロテス様は?」
「俺もですよ。修復の依頼をね。
……街は結構酷いことになってますから。」
廊下の窓から街を見下ろす。
どこもかしこもぐちゃぐちゃだ。
石畳は捲れ、街路樹は折れ、建物に穴が空いている。
「私も修復作業に加わりたいのですが……」
「いやあ、休んだ方が良いんじゃないですか?」
「……せめて瓦礫どかすだけでも……」
「せめての範囲がわかんないっすね。
大丈夫ですよ。
建物の被害は酷いですけど、人的被害は……無かったとは言いませんが、魔王襲来時よりは少ないです。」
「そうなんですか?」
カロテス様はニコッと笑う。
「魔王襲来の教訓で避難が早かったのもありますけど……タワ様の医術、でしたっけ?アレのおかげで怪我をした人の処置が早かったんです。」
「ああ……!」
私は嬉しくなる。
タワ様の行動が、人々を救ったのだ。
「タワ様は素晴らしい方です。
あのような術をご存知なんて。」
「俺も習いたいですね。」
そうだ、彼は魔法が使えないのだ。
彼自身には必要なさそうだが、他の人を救うために習っていて欲しい。
そんなことを話していると、前方から人影が見えた。
ラプターだ。
「ラプターさん!」
「カロテス……?どうした、」
彼は怪訝な顔をし、それから私の姿を認めた。
もっと怪訝な顔になる。
「タンジェリンまで。」
「俺は修復作業の依頼に来たんです。
道に大きな穴が開いちゃってて通行が出来ないんですよ。」
「わかった、すぐに派遣させる。
タンジェリンは?」
カロテス様のように爽やかに当たり障りのないように伝えれば良いのだろうか?
「私……」
……やっぱり無理だ。
あと5時間くらい欲しい。それか文面でお願いしたい。
「私?」
「その……」
また私を弟子にしてください、とただ一言言うだけなのに喉に詰まって言えない。
いつまでもウダウダしている私にラプターが少し屈んで目線を合わせて来る。
「……なんだ。」
こういうことをされると、自分がまた子供扱いされているようで腹が立つ。
成人して5年経つというのに!
「殿下とタワ様の提案で、また私をラプター様の弟子にしたらどうかという話が出て来たんです。魔法が使えれば左腕の補助が出来るのではないかと。
勿論、ラプター様はお忙しいでしょうから断って頂いて構いません。その際は他の方に頼みますから。」
怒りに身をまかせ、息継ぎをせずに言い切る。
ふう、私の仕事を終わり!帰ろ帰ろ!
「それでは、失礼しま」
「おっと。」
カロテス様に左袖を掴まれた。
「な、なにか?」
「ダメですよ、ここで返事聞いておかないと。
ね、ラプターさん!」
カロテス様はニコニコ笑っている。
が、ラプターの方は苦虫を噛み潰したような顔でどこかを睨んでいる。
「顔を見る限り断られたと思うのですが。」
「ハハ、ラプターさんが猫被ってる時以外で不機嫌な顔じゃない時なんて殆ど無いじゃないですか!」
確かにその通りだが。
「……魔法が使えるようになったら騎士に戻るということか。」
「というより、騎士に戻るために魔法を覚えるんです。」
「なら断る。
実家に帰って大人しくしてろ。」
吐き捨てるような言葉にムッとし、言い返そうとするがそれより早くカロテス様が口を開いた。
「となると、エメリンさんは結婚って感じですかね。実家に帰ったら結婚結婚言われるでしょうね。
いやあ、それは困るなあ。……ねえ?」
「実家に帰りませんよ!
他の方に頼みます!」
「へえ、エメリンさんは他の男に魔法を……。あんなことやそんなことまで……。ふうん……。」
男に教わると決まってないし、あんなことやそんなことまでは教わらない!
「冗談ですよ、半分。
でも他の人に教わるとなると誰ですかね……あ、神殿長様とか?
そういえばあの人、同性愛者だったのに両刀に鞍替えしましたよね。」
「なんでそんなことあなたが知ってるんですか。」
「有名ですから。」
カロテス様はニコニコだ。
神殿長も、自分の好きなタイプをカロテス様には知られたくないんじゃないだろうか。
この人何がしたいんだろう……さっきから茶化すようなことばかり……修復作業の依頼は終わったのだから作業に戻れば良いのに。
「スキンク様はそんな余裕ないでしょう。」
「なら殿下ですか?
あの方も魔法は使えますもんね。
エメリンさんの大好きな殿下と……そうですかあ……。」
殿下は魔法を使えるは使えるが、さして得意ではない。
あと大好きな、というのは語弊がある。
「……カロテス、」
「うわ、顔怖いですよ。」
「お前が俺の神経を逆撫でするからだろ。」
「あはは、すみません。」
全然謝る気がなさそうに、カロテス様は頭を下げた。
「ハア……。
なんと言われようと俺はこいつに魔法は教えない。他の奴紹介してやる。」
まあ、こうなるだろうな。
ただ分かっていたとしても、やっぱり自分はラプターにとってもう価値の無い存在だと言われているようで少し傷つく。
「わかりました。」
「エメリンさん、元気出してください。
そうだ!良いこと思いつい……良い人がいますよ!」
「誰ですか?」
「テイラートです。」
テイラート。歯が大好きな変態。ラプターの弟。
口癖は「奥歯ください」
カロテス様の顔面を殴りたいと思ったのは初めてだ。
「絶対嫌です!」
「そう言わずに。
なあテイラート。」
「は〜い!お呼びですか?お呼びですね!」
いつの間に!?
テイラートはにゅっとどこからともなく現れると私に飛びかかってきた。
「エメリンさん!怪我したって聞きましたよ?大丈夫ですか?あ、左手が……。大変でしたね。キスしてあげましょうか?」
「いい!結構です!離れて!」
「わあ、やっぱりいつ見ても可愛い歯並びですね……。
あ、顔殴られて歯折れてたりしませんか?します?それは大変だ。手当てしますから口開けてください。
はい、あ〜ん。」
畳み掛けてきながらグイグイと口をこじ開けようとしてくる。
なんだこいつ!?
「もうやめ、」
私が彼の硬くなっていた股間を蹴り上げようとした瞬間、テイラートが吹っ飛んだ。
ラプターだ。
「テイラート……。」
「兄さん!元気そうで何よりです。」
「元気なものか!お前のせいで疲れた!
ほら、どっか行け。」
ラプターが倒れたままのテイラートを蹴る。
男兄弟って乱暴だなあ。
「いてて、やめてくださいよ。
俺はエメリンさんに魔法を教えるんですから!」
「えっ嫌だ、絶対嫌。」
「そんな遠慮しないで〜。
大丈夫、無理矢理引っこ抜いたりはしません!舐めたりはしますけど。」
怖い。無理。
「ふざけるなよ、お前。」
「え?ふざけてませんけど……?
だってほら、舐めたくないですか?
兄さんだってあの白い歯見たら興奮してきません?」
「俺はお前みたいな変態じゃないんだよ。」
「テイラートは皆歯で興奮すると思ってるよな。」
カロテス様は朗らかに笑う。
いいのか、それで。
テイラートは首を傾げながら立ち上がる。
「うーん、あ、わかった!
兄さんはエメリンさんの眼球舐めたいって思うでしょ?」
「眼球?
いや思わない。どこからそんな発想が出てきた?気色悪いな。」
「ええ?ならなんだろ?爪とか?」
「つめ?爪?
なんだそれは。
本当に気色悪い。こっちに寄るな。」
眼球とか爪とか……そういうパーツパーツに興奮する人もこの世にいるのか……。
上級者すぎる。関わりたくない。
「普通は脛とか爪先とかくるぶしだよ。
ねえ?」
誰に同意を求めている。
私か?私は男の足を舐めたいと思ったことはない。
「足限定なんですね……。」
思わぬところでカロテス様の性癖を知ってしまった。
「あの、普通興奮するのは胸とか太ももとかお尻とかだと思うよ。爪とか眼球は絶対違う。」
「あ、そうなんですね?
なら兄さんはエメリンさんの胸を舐めたいって思うのか。」
テイラートが再び吹っ飛ぶ。
余計なことを言わなければよかった。
「……図星か……」
「痛い!兄さん乱暴しないでください!
もう、エメリンさん行きましょう?
こんな乱暴な人のところで勉強するべきじゃないです。」
テイラートは立ち上がり、流れるように私の肩を掴むとどこかに連れて行こうとする。
性犯罪者ってこういう感じで人を攫っているのかな。
「テイラート、聞きたいんだけど。」
「はい?」
「興奮せずに私と面と向かって話出来る?」
「無理ですね?」
「勉強教えられるの?」
「それは勿論。
舐めさせてくれれば。」
ダメだなこりゃ。わかってはいたが。
「嫌だよ。」
「ええ?どうして?
要はアレですよ、ディープキスですよ。
何も怖くない。」
「もっと嫌だよ。」
「じゃあせめて口に指突っ込んでもいいですか?」
「なにがせめてなの?」
思考回路が全く読めない。
「わかりました!
なら奥歯ください!」
「もう黙れ。」
グイッと腰を引かれ、彼の腕に収まった。
真横にラプターの不機嫌な顔がある。
私はちょっと安心してラプターに少し寄りかかった。
変態の相手は疲れる。
「兄さん〜!さっきからなんなんですか!邪魔しないでください!
兄さんはエメリンさんに魔法を教えないんでしょ?」
「ああ、だがお前も教えるな。
他の奴に頼む。」
「それを決めるのはエメリンさんですよ。
兄さんは無関係なんだから口出ししないでください。」
「……テイラートと一緒の空間にいたいか?」
私は必死に首を振る。
冗談じゃない!
私の歯が全部抜かれる!
「ラプターがいい……あっ」
思わず本音が漏れ、慌てて口を押さえる。
「はあ、全くエメリンさんも人が悪いなあ。
兄さんに教わりたいなら最初からそう言えばいいのに、俺を当て馬にして……」
テイラートはまるで自分が被害者かのように涙を拭くフリをする。
別に当て馬にした覚えはない。
勝手にテイラートが盛り上がって興奮しただけだ。
「いや、あのね、」
「……そりゃ、テイラートと俺だったら俺の方がマシだろうな。
けどそれだけの話だ。」
それは勿論。この二人を比べるなんて、そもそも比べ物にならない。
しかしそうではないのだ。私はラプターが……。
いやいや、ラプターからはもう教えないと断られているし、第一また以前のように苦しい目に遭わされるのだ。
……苦しい目に遭わされた、というか私が勝手に嫉妬してただけなのだが、とにかくラプターからは教わらない方がいい。
「でも兄さんは教えないんでしょ?」
「……ああ。」
「なら俺が適任でしょう。
なんたって魔王を討伐した勇者一行の一人です!
それに、エメリンさんがマスクしたら俺は興奮できませんよ。ちゃんと教えられますって!」
なるほど、マスク!その手があった。
……だとしてもテイラートとはちょっと……。
「エメリンさん、どっちがいいんですか?」
カロテス様がまるで湖の女神のように選択を迫る。
おかしい、この二人以外の選択肢もあるはずなのだが。
「俺と一緒にお勉強しましょう!
……少し歯が減るとは思いますけど。」
「ラプター様に教わりたいです。」
私がはっきり言うと、横でラプターが息を呑んだのがわかった。
そんな、衝撃を受けるほど嫌だったのか。
「俺はもう、」
「しょうがない、こんなにはっきり言われちゃったらここは譲ります……。
でも、もし兄さん以外の人と勉強するならその横でエメリンさんの歯をオカズにマスターベーションします。」
「ウゲッ」
こんな堂々と変態活動を宣言されるなんて。
どんな魔物よりもこの男が恐ろしい。
ラプターはテイラートを三たび吹き飛ばすと、私の肩に手を置く。
「タンジェリン、俺の弟子にしよう。」
「よろしくお願いします。」
「師弟関係復活おめでとうございます!」
「兄さんに飽きたらいつでも言ってくださいね〜」
絶対飽きない。
そしてなにがあろうとテイラート、お前だけは頼らない。




