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11.修復

騎士の制服は青く染まっていた。


魔物の血。


魔物があんなに恐ろしいものだなんて思わなかった。

私はただ、祈っていればよかった。

魔物などと対峙しなくてよかった。


悲鳴や怒号、それから騎士の死体。

それらが頭の中をグルグル回っている。


恐ろしい魔物。

黒くヌラヌラと輝き、私たちを殺そうと蠢いて。


「タワ……」


傷ついた殿下が私の手に触れた。


「殿下!」


彼はラプターによって治療され、ベッドに寝かされていた。

彼は虚ろな目で私を見た。いつもの輝くような目ではない。


「タワ、大丈夫か?」


「私はなにも……」


殿下とエメリンが守ってくれたのだ。

傷などつくものか。

殿下は、恐怖で竦んだ私を抱えてくれた。私がきちんと歩いていれば、殿下は私を庇ってこんな怪我をしなかった。

そしたら、あの時エメリンが私たちのために魔法を使うことはなかった……!私が……!


「なら良かった……」


「ごめんなさい!ごめんなさい!」


「なんで謝るんだ?」


「私が、私がちゃんと歩いてれば……逃げられてれば……こんなことに……。」


殿下の手が私の頬に触れた。


「お前を守りたいと思ったのは、俺の自己満足からだよ。お前のせいじゃない。」


「わ、私が、聖女だから、救世主だから!だから巻き込まれたのよ!」


「俺は……聖女だからお前を守ったんじゃない。お前だから、タワだから守りたかったんだ。」


殿下は笑うと「少し休む」と呟いて眠りについた。


私はラプターに呼ばれるまで彼のベッドの横で、青い制服を抱きしめてしゃがみこんでいた。



目を開けると、従者の休憩室だった。

このダサい薔薇の花の柄の壁紙どうにかならんのか。


「起きたか。」


ラプターのこの世の不機嫌を詰め込んだような表情が眼前にあった。


「ら、ラプター様。」


「あんなボロボロになるまで魔法を使って……死んだらどうするつもりだったんだ!」


寝起きに叱ることない。


「死ぬつもりでしたし……」


「はあ!?」


「騎士となった以上、殿下やタワ様をお守りして死ぬのは本望です。」


私の言葉に、これ以上下がることはないと思われたラプターの機嫌はどんどん悪くなり、その表情は怒りに染まっていく。


「だから騎士になんかさせたくなかったんだ!その自己犠牲精神にはうんざりだ!

お前はその馬鹿みたいな精神には侵されると思ったら案の定……!」


「なっ、馬鹿みたいって!」


私が抗議しようと身を起こそうとするが、寝台から崩れ落ちそうになる。


私の体はラプターによって受け止められる。


「すみません。」


身を離そうとするが何かおかしい。

さっきから左側の感覚がムズムズする。


見ると左手が無くなっていた。

なるほど、これのせいか。


「……右手は治せたんだが……左手は炭化していて……」


彼は自分の額を私の額にくっつけながら、右手を握る。

か、顔が、近い……!


「痛むか……?」


「い、いえ。全く。」


「魔法を中途半端に教えるんじゃなかった……こんなことなら最初から教えないで、何も使えないでいさせればよかった。」


彼は苦しんでいるようだった。

責任を感じているのだ。

私は右手で彼の手を握り返した。


「私は、教えて貰えてよかったと思っています。

教えて頂けたからタワ様も殿下も……」


そう言ってから言葉を切る。

あの二人は無事なのか?

というか、魔物はどうなった?


「わ、私、行かなくちゃ!」


ラプターから離れ、寝台から飛び起きる。


「どこに行くつもりだ!」


「殿下とタワ様のところ……!」


「ジッとしてろ!お前は死にかけたんだぞ!」


そんなの関係ない。

あの二人は……魔物は……他の人たちは……


「エメリン、言うことを聞け!」


肩を掴まれ寝台に引き戻されそうになるが抵抗する。


「離してください!こんな所で休んでられません!」


「お前はどうしてそう頑固なんだ……!」


「本当だよ。ラプター様の言うこと聞きなって。」


この声は……。


扉の所にタワ様がいた。

顔色は良くないが、怪我はなさそうだ。


「タワ様!」


「はー、せっかく二人きりにしてあげたのに……。」


「お怪我は!?大丈夫でしょうか!?」


私はラプターに押さえつけられながらもタワ様に近づこうとする。

彼女は私の方に近寄った。


「……あなたのお陰で私は怪我も何もしてないわ。」


「良かった……。

殿下は?」


「殿下もすぐに治療してもらったから大丈夫。」


ああ、良かった……。

私はちゃんと二人を守れたのだ。


「被害はどれくらいなのでしょう?」


「城下街の特に壁のあたりは酷いが、それ以外はさほどでもない……想像よりはな。

俺もいたし、騎士団長も、カロテスたちもいたから。」


魔物を切り捨てて笑うカロテス様を思い出す。

あの人がいなければ被害はもっとあったのだろう。

戻ってきてくれていて良かった。


「怪我人……そうだ、私なんかの所にいる場合じゃありません!怪我人の元へ……」


ラプターがまた不機嫌そうな顔になる。


「もう全員治した。

神殿長も手伝ってくれたからな。」


「そうですか。

では修復作業は?私も行きますから、」


「なんでジッとしない……!」


そう言われても……。

私は元気なのだ。

それに、皆が苦しんでいる時に一人寝ていられない。


「エメリン、お願いだから寝てて。」


「ですが、」


私が何か言うよりも早く、彼女は私の腕を握った。


「あなたにこれ以上傷ついて欲しくない。

……あんな……自分の体がどうなってもいいわけ……!?

腕がゴロンって落ちてきた時私……いやよ、あなたに死んでほしくなんかない。私を庇って死ぬだなんてごめんよ。」


タワ様は泣いていた。

私の行動は彼女を追い詰めてしまったようだ。腕がゴロンと落ちなければ良かったのだが……。


「すみません……。」


「寝て……休んで……。

もう魔物はいなくなったんだから……私を守らなくてもいいの。」


「そうですよね……。」


私は彼女に押されるように寝台に横になった。

……なんだか眠く……なってきた……。


その時、扉の辺りから声がした。


「タワ、エメリンはどうだ?」


「殿下!」


殿下の声がして跳ね起きる。

彼はピンピンしていた。

さすが殿下。殺してもただでは死なない。

タワ様も元気な殿下の様子にホッとしたように息を吐いていた。


「殿下、お体の具合は!?怪我の様子は!?」


「お、おお、エメリンも元気そうだな。」


「殿下が来なければ寝てたんですけどねえ。」


「ご無事でよかった……!」


私が跪こうとするも、ラプターにより阻止される。

彼はどうしても私に寝ていてもらいたいらしい。


「寝てていいから。」


「殿下の前でそんな……」


「お前は功労者なんだ。それくらい……いやなんだって許すよ。

……ありがとう。」


殿下は苦しそうな顔で私に礼を言った。


「左手は……どうしても戻らないらしい。」


「構いません。勲章です。」


「勲章なものか。」


ラプターが苛立ったように吐き捨てる。


「私は、殿下とタワ様をお守り出来て本当に良かったと思っています。

今後会えずともお二人の身を一番に思っています。」


「今後会えない?どういう意味だ。」


「左手が無くては王の騎士団にはいられないでしょう。

他の騎士団に移籍します。

このような格好で話すべきではないでしょうが……今までお世話になりました。」


私がお辞儀をすると殿下もタワ様も慌てだした。


「ま、待って、そんなのなしでしょ!」


「辞める以外の道があるはずだ!」


「辞めるなら騎士ごとやめろ。」


……ラプター……。

ぶれない。しつこいな。


「騎士は続けますよ。向いてると思うんです。」


「向いてるものか。辞めろ。」


「……まさか、魔法使いになって右腕も失えと?」


「魔法使いを目指していれば左手を失わなかった。

騎士になったから失ったんだ。」


「……騎士になったから得られたものもあります。」


「騎士になって得られたものだと?自己犠牲の狂った考えだけだ。」


「狂ってなんかいません!」


「いいや狂ってる。」


「もういいだろ。

全く、そんなに嫌ならあの時口添えなんかしなきゃ良かったのによ。」


口添え?なんのことだ。

ラプターが憎々しげに殿下を睨みつけている。殿下は天を仰いだ。


「……なんのことですか。」


「……さあな?」


「口添えしたんですか。私が騎士団に入団する時。」


ラプターを睨むと、そのまままっすぐ睨み返された。


「……ああそうだよ。

お前の実力で入れると思うか?」


「なんでっ」


「王直属の騎士団なら、危険はないと思った。

貴族の騎士なんて、何させられるかわからないがその点は安心できる。それに王の騎士団なら俺の目が届く。」


「危険だなんて……この道を決めた時から覚悟の上です!

それになんであなたに見張ってもらわなくちゃならないんですか!」


「お前の覚悟がどれほどか知らない。

大体、お前は昔っから危なっかしいんだ!使うなと言ってるのに魔法を使う、剣技を覚えたと思ったら盗賊を相手にしようとする、こっちの身が持たん!」


「いつの話してるんです!大体、私が何してようがあなたには関係ないでしょう!?」


「関係ないことあるか!俺は……」


ラプターの言葉が止まる。

俺は?

彼は何か言いたそうに口を開いたが、やがて息を吐くと寝台に座った。


「……俺たち出て行こうか?」


「私が出ます。どうも私がいると会話が続きませんから。

エメリン、寝て休むんだ。」


彼は立ち上がると、私の左袖を掴んだ。


「俺がお前の為にと思ってやることはことごとく失敗するようだ。」


そう言って彼は寂しそうに微笑んだ。



強く言いすぎただろうか。

私はラプターの出て行った扉を見つめる。


いや、彼のあの頭ごなしに私を否定する言葉はどうしても受け入れられない。

でもあんな寂しそうな顔をさせてしまうなんて……。

だけどラプターは殿下に口添えまでして私をコントロールしてくるなんて、どうかしてる。

けどなあ……


「……エメリン……。

関係ないなんて言わない方が良かったんじゃない?」


タワ様が腕を組んで扉をちらっと見た。

……やっぱり私がいけないのかなあ……でもなあ……


「……実際関係ないですから。」


「ラプター様は頼って欲しいんだよ。」


頼るだなんてそんな子供みたいなこと出来ない。

私はもう23歳なのだ。

10の頃の魔法を学んでいた子供ではない。


だというのに彼の中での私はいつまでも幼いまま。

ラプターを頼ろうものなら大人と認めてくれなくなる。


「善処します。」


「頑固だなあ!

ちょっとしなだれかかりでもすればイチコロなのに。

……まあいいや。エメリンにできるとも思えないしね……。

それより、本当に王の騎士をやめるつもり?」


「タワ様の仕事がひと段落するまでは続けたいですが……」


左手が無い。

片手に剣を持てば盾を持つことは叶わないし、以前のようにバランスも取れなくなるだろう。

魔法が使えればそれを補えただろうが、生憎魔法が使えなくてこうなったのだ。


形ばかりの護衛を求める末端貴族の騎士ならば、片手でもなんとかなるかもしれない。

だが王の騎士となると、実戦に出ることも多い。

タワ様に何かあった時この身では守りきれないかもしれないのだ。


「……こんなことにったから、辞めたいわけではないのね?」


「それは勿論。むしろ片手で済んでよかったと思っています。」


「なら殿下、なんとかしてください。」


「なんとかって言われてもな……」


殿下は困ったように私とタワ様を見下ろしている。

これはどうしようもできない。


世の中片目で貴族の貴族の騎士をやっている人も居るし、ここ以外でならやっていけるはずだ。


「どうすりゃ……」


「殿下……」


うーんと唸る殿下にの手をタワ様が強く握った。


「エメリンのことも助けてくださいませんか……?

私、いい考えがあるんです。」


「いい考え?……どんな……?」


「彼女にもう一度魔法の勉強をしてもらうんです。

魔法が使えれば片腕でもなんの問題もないと思いません?」


「ええっ」


ま、魔法をもう一度……。それは……。


「ああ、それは確かにいい考えだ。

エメリンは魔力の量が凄いしな……案外すごい魔法使いになれるかもしれない。」


「ま、待ってくだ」


「殿下ならわかっていただけると思いました……。

早速ラプター様にお願いしましょう?」


タワ様がにっこり笑う。


「ラプター!?」


私のトラウマ教室再びだなんて冗談じゃない。


「いやあいつは……今ピリピリしてるしな……」


「でも彼はエメリンを王の騎士団に入れてと口添えするほど気にかけてますよ。」


「確かにそうだ。ラプターがいいか。

よし、じゃあ頼んでみよう。」


軽い!

私の虎と馬……。もう苦しみたくないし、出来れば彼の顔を見ないで好きなことを忘れていきたいと思っているのに!


「じゃあとりあえず、俺とタワは寝室で休むか」


「よかったわね、エメリン!」


タワ様はパッと殿下から離れ、私の方に回り込んだ。

殿下は悔しそうにタワ様を見ていたが、彼女はどこ吹く風だ。

怪我したばかりなのに元気でらっしゃる。


「よくありません!

殿下、お考え直しを!」


「いい考えじゃないか?

あいつもあいつで忙しいだろうが……早くお前に復帰して欲しいしな。」


早く復帰して欲しい……!

なんと喜ばしい言葉!


「わかりました!」


殿下にそう言われては仕方があるまい!


「……お前ならそう言うと思ったよ……。」


殿下は呆れたように首を振りながら部屋から出て行った。

行動が早い。


「あんた、殿下の言葉には素直よね……。」


「そういうものでしょう。」


タワ様も呆れたように首を振っていた。

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