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10.魔法使いの弟子

大きな衝撃音が鳴り響く。


なんだ。これは。


窓から外を覗くと人が右往左往している。


警報の鐘が鳴る。


遠くに魔物の群が見えた。


「殿下!タワ様!」


「何事だ!」


「魔物です!襲撃してきました!」


ここにいては危ない。

私はもう一人の護衛騎士に伝達を頼むと、安全なところまで案内することにした。

騎士団のところに行くべきだろう。

守りが固い。


「こちらです!」


二人の先頭に立ち、城内を駆けた。



二人を騎士団のところに連れて行こうとするも、前方から魔物が現れる。

もう城内に侵入したのか!?


「エメリン、こっちだ!」


殿下に腕を引かれる。


「どちらに!?」


「言っただろ?隠し通路があるって。」


殿下は従者の控え室に入ると、本棚をどかす。そこには扉があった。


「城外に続いている。」


「ですが城外は魔物が溢れています!」


「ここにいたら徒らに死んでくだけだ!

外から騎士団の元に行く。それまでは頑張れるな。」


殿下はタワ様の方を掴んだ。彼女は真っ白な顔で頷いた。

魔物を見るのは初めてなのだ。しかもこんな大量に……。


殿下が隠し通路に入って行くのにタワ様は続く。私もその後を追った。


通路をひた走る。

明かりもないので真っ暗で、自分がどこにいるかわからなくなる。

デコボコした土壁が体に擦れるが止まっていられない。


「タワ様、大丈夫ですから。」


「うん……。」


何分走っただろうか。

長い間土壁を見ていた。


ふいに細い明かりが漏れていることに気付く。

どうやらここが出口のようだ。


「着いた。

……魔物はいないな。」


殿下は素早く扉を開け、剣を構える。

それから辺りを見渡し安全を確認した。

出た先はどうやら城の裏側だった。

ここからなら騎士団基地も近い。


「よし、あっちだ。

タワ。」


彼女はもうフラフラだった。

まだ騎士団の基地にも辿り着いていないというのに。


「歩けるか?」


タワ様は返事をしない。

顔は青ざめ、汗がダラダラ伝っていた。


「わ、たし……」


なんとか絞り出すような声が聞こえたが、そこから言葉が続かない。

彼女を恐怖が支配している。


「大丈夫だ。」


殿下は彼女を担ぎ上げた。

タワ様は殿下の首に縋り付く。


「エメリン、後ろは頼んだぞ。」


「はい。」


殿下の後ろにつき、辺りを警戒する。

怒号が鳴り、悲鳴が響く。


城は高い位置にあるので、城下の様子がよく見えた。


魔物が蔓延り、それを騎士たちや魔法使いたちが追い払っている。

今のところ拮抗しているようだ。


「なんでこんな……」


タワ様が呟いた。

彼女は震えていた。


「……もう少しだ。」


城下から遠吠えのような怒号が聞こえた。


見ると、カロテス様だった。

彼は見るからに興奮していて、魔物を切り捨てるたび笑っていた。

魔物の血を浴び真っ青に染まる彼はなるほど、青の勇者という通り名に相応しい。


魔王を倒した勇者ともなると余裕が違う。



騎士団の元へ駆け抜ける。

魔物に会うこともなくなんとかここまで来れた。


「もう基地が見えてきましたからね。」


タワ様に声をかける。


……油断していたのだろう。

ここまでは魔物が来てないのではと。


殿下が急に立ち止まった。


「殿下?」


「……エメリン、後退だ。」


「え」


「なに……」


「見るな。」


殿下はタワ様の頭を押さえつけた。


何事だ。

私は彼の体の間からそれを見た。


そこにあったのは、殺された騎士の死体、それに埋め込まれた魔物の卵。


「……早く行きましょう。孵化しますよ。」


「いや……もう遅い。」


殿下の言葉に被さるように、一匹の魔物が孵化した。

金属音のような不愉快な鳴き声をあげる。


「早くっ、」


戻ろうと振り返ると、黒いヌメヌメとしたトカゲの魔物がいた。


此奴が母体だ。


私は魔物が動くよりも早くそれに剣を突き立て切り裂く。

全身に青い血を浴びた。


魔物の後ろに、別の魔物の影が見えた。


「まずい、もう一匹いる……」


「仕方ない。ここを突っ切るぞ。」


殿下は剣を片手に孵化したばかりの魔物を切り捨てながら進む。


背後の魔物は、先ほどの魔物よりもずっと大きかった。

……大き過ぎる。なんだこいつは。


「キャア!!」


タワ様の悲鳴が聞こえた。

彼女は卵を植え付けられた騎士の死体や、魔物の幼生を見てしまったのだろう。

慣れないうちはそのグロテスクさに恐怖を抱くものだ。


「タワ様……」


背後の魔物が、ものすごい勢いで私の横を通り過ぎた。


悲鳴を聞いて殺す目標をタワ様に移したらしい。


「このっ!」


魔物の背中を切りつけるが止まらない。


「殿下!!タワ様!!」


ぶつかる音がした。


見ると、殿下とタワ様が倒れていた。

魔物が突進したのだ。


「起きてください!!」


「わ、かってる!」


魔物は殿下に目もくれずタワ様を狙う。


「クソが!」


殿下が魔物の喉を切りつける。しかしやはり魔物は動きを止めない。

丈夫過ぎる!


「エメリン、避けろよ!!」


殿下がタワ様に覆い被さった。

私はなんのことか察知し、近くの壁に身を寄せる。


「古の竜の果てなき名残よ、その肚に宿る怒りを吐き出せ」


殿下は魔物に手をかざす。

手から炎が溢れた。


私の目の前で魔物が燃える。


さすがに魔物も丸焦げにされてはたまらないだろう、と思ったのがいけなかった。


それの顎はピクピクと痙攣していた。


「っ、殿下!!」


私が魔物に深く剣を突き立てたのと、魔物が殿下に噛み付いたのは同時だった。


「ぐッ……」


「ひっ、あっ、で、殿下!」


魔物の背中に刺した剣を振り下ろし真っ二つにする。

動かなくなるまで刺した。


「殿下!」


殿下は右胸から背中にかけて大量に血を吹き出していた。


「ち、治癒の魔法、は」


殿下は苦しそうに呻く。

殿下はもう魔法を使えないのだ。

私は……私は治癒の魔法を知らない。


愚かな少女だった自分が憎い。

ラプターの授業をきちんと受けていれば!それがどんなに辛くても、逃げ出すべきでなかった!!


「殿下……」


「エ、メリン、後ろ……!」


ハッとして振り返ると、まだ魔物の幼生は残っていた。

それも成長して。

こいつら、もう大きくなってやがる。

騎士の死体、そして自分の親の肉を食ったのだ。


「え、エメリン。」


「タワ様……」


自分が情けない。

彼女を守れない自分が。


「私は、殿下の処置をする。

あなたはそいつらを……!」


タワ様の涙の溜まった、強い眼差しを受ける。

しっかりしなくては。

この方たちを誰が守るというのだ。


「はい!」


私は切った。

切って切って切りまくる。


辺りは魔物の青い血で染まるが、まるで湧き出るかのように魔物は現れる。

ノロノロと、しかし確実に魔物は我々を狙っていた。


数が多い……!

これではキリがない。


「エメリン……」


「殿下……」


タワ様はブラウスを破いて殿下にグルグル巻いていた。

自分の服を包帯代わりにしたのだろう。


私はタワ様に青く染まったジャケットを渡しながら、殿下に跪く。


「そいつらは、火で殺さないと、無限に湧くぞ……」


火。

……魔法を使わないとならないようだ。


「畏まり……」


「いや、いい。お前は、魔法を使えない。

基地内に……タワを連れていけ。」


「な、なにを!」


「エメリン、わかれ。

なにを優先、するべきか。俺か?違うだろ。

この世界の、救世主を……守るんだ」


「何言ってるの!

止血はしました、ここから抜け出せば……!」


「俺を、庇ってどこまでいける……。」


……殿下をタワ様が担ぐのは無理だろう。

となると私が担ぐしかあるまい。

魔物を凌ぎながら、殿下を担ぎ、さらにタワ様を守るとなると……難しい。


「私も戦う!」


タワ様は殿下の裾を握るが、その手は赤い血に染まり震えている。


「……エメリン。」


殿下は私を睨んだ。

ゼエゼエと息は荒く、顔色も灰色だというのに目は力強かった。

早く行けとその目は語る。


でも私は殿下を置いてこの場から去る……そんなこと出来ない。


「私は……魔法が使えます。」


「……ダメだ、この数を凌げるものか。

魔力が、尽きるぞ。

タワを連れて逃げろ。それが、一番……現実的だ。」


「ご安心ください。コントロールは出来ませんが、魔力の量には自信があります。

タワ様、もし何かあったら……殿下の言う通りに。」


私は二人の前に立ち、魔物に立ちふさがった。


「古の竜の果てなき名残よ、その肚に宿る怒りを吐き出せ」


指先が熱くなり、炎がまるで血のように噴き出る。


実際血も噴き出ていた。

しかし構っていられない。

私は呪文を詠唱し、魔物を焼き殺していく。


辺りは魔物の血と、炎に包まれた。


「……ひきつけてる、ぞ……。逃げろ。」


気がつくと、他の魔物までもがこちらに向かっていた。

……なぜ我々を狙う。派手な動きはカロテス様の方がしている。なぜ……。

いや、タワ様だ。彼らはタワ様を狙っているのだ。


「いえ、逃げてはなりません!

あいつらタワ様を狙っています。

ここを凌ぎます……それまで動かないでくださいませ。」


手のひらをかざし、炎を発現させる。


「エメリン、手が……!」


私の手は既に指が裂け落ち、肘にまで深い傷が走っていた。

まあ殿下に比べればマシだろう。


「私は一介の騎士ですから、あなた方をお守り出来るなら何があろうと本望です。」


「何言ってるの!もうやめて!」


「大丈夫です。

タワ様は殿下の側に。」


そう言った瞬間、右手が弾け飛んだ。

パンが落ちてきたのかと思ってビックリしたが、自分の腕でさらにビックリした。


「エメリン!!」


今度は左手だ。

私は手をかざし直し、魔物と対峙する。

こんなに燃やしているのに、魔物は尽きない。無尽蔵に湧いてくる。


「エメリン!やめて!死んじゃう!」


「大丈夫です。痛くありませんし。」


「今は痛くないのはアドレナリンが出てるからよ!」


アドレナリン?なんだそれは。


左手が黒ずんできた。

内側から燃えているらしい。


もう少し……もう少し時間を稼がねば。

必ず誰かがここに来るはずだ。

第2殿下と救世主を助けに。魔物は尽きないが、それでも……。


指先から炭となって崩れていく。

なんとか私が死ぬまでに来てくれ……!

この二人はここにいる!


「エメ、リン……」


「殿下、大丈夫です。必ず助けが来ます。

それまでは凌いで見せますから。」


「死ぬ気か、お前も」


「それが騎士の務めですから。」


「タワを誰が、守るんだ」


「助けが来るまでは死にませんよ。」


とは言ったが、手首から先は炭になって消えた。

このままではこの身が炭化するのはあと僅かな時間しかない。


「ハユルミも、勝手に死んだ、」


久しぶりにハユルミ殿下の名前を聞いた。

意図的に皆彼の名を出さなかった。


「私はちゃんと宣言したでしょう。」


バキンと音がした。

見ると肘から先がない。どこに消えた。


「私がこうして、魔法で誰かを助けられるなんて嬉しいんです。

私は満足してますから。ハユルミ殿下の時のように悲しまないでくださいね。」


腕が消えていく。もう少ししたら肩もなくなる。

もうどこで魔法を使っているのかわからない。

それでも魔法を止めるわけにはいかなかった。



「何が満足してる、だ。」



炎が巻き上がる。

魔物たちのキイキイとした悲鳴が克明に聞こえた。


「あれだけ魔法を使うなと言ったのに……!」


炎はまるで意志を持ったかのように魔物を焼き殺していく。


「ラプター……」


炎の先にはラプターが私を睨んでいた。

魔法団の制服はヨレヨレになっている。体中擦り傷だらけだ。

それでも来てくれたのだ。彼が。


「エメリン、もう止めろ!」


魔法は止まらない。

もう自分が何をしているのかもわからない。

彼は私の側まで駆け寄ると背中をさすった。


「落ち着いて、息を吸って、吐いて。」


言われた通りにする。

徐々に炎が弱まるのがわかった。


「いい子だ。」


魔法は止まった。

その途端、腕が激しく痛んだ。


「いっ!あ……!」


崩れ落ちる体をラプターが抱きとめてくれる。


「こんな体になってまで……」


彼が私の肩に手を置いた。

そうされると、不思議と痛みが消えていく。


「今治してやるからな。」


「ら、ラプター……」


「ん?」


「私、魔法で二人を守った……。

誰かを助けるために魔法使ったら、魔法使いなんでしょ……?」


何年も前、ラプターはそう言っていた。

魔法使いとはただ魔法を使える人のことではない。誰かの為に魔法を使える人のことだと。

彼は苦しげに笑う。


「だから言っただろ、お前は魔法使いになれるって。」


そうか、そういえば散々言われてたな。


私は目を閉じた。

とにかく、殿下との約束は果たせた。

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