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1.月光王国の救世主

月光王国は危機を迎えていた。

草花は枯れ、生き物は身を潜め、山から濁った水が流れる。


原因はテユー山に魔王が出現したからだ。


王は騎士団や魔法団を持ってして魔王討伐に臨むもあっけなく敗れる。

仕方なく、近隣国の力を借りて魔王を倒そうとするもこれも敗退。


我が国が滅びる……そう思った時に1人の若者が立ち上がった。

勇者だ。


彼は仲間を集め、あっという間に魔王を討伐した。


危機は過ぎ去ったのだ!


国は大々的にパレードを行いこの若者を勇者として讃えた。


しかし、次の危機はもうすぐそこにあったのだ。


魔王の出現による、魔物の襲来。

世界に溢れる魔力は荒れ、日照りの時もあれば嵐の時もある安定しない天気。


王は再びその力を持って魔力の安定を図るもやはり失敗。

近隣国も、もちろん勇者も魔力を安定させることはできなかった。


かくなる上は、異世界の者の力を借りるしかあるまい。


果たして異世界の者は喚ばれた。

美しい光を放ちながら……。



「……ここは……?」


少女は赤い唇を戦慄かせながら周りを見た。

怯えたように自分の体を抱きしめる。


いきなり10人の白いローブを着た男に囲まれ、さらにその後ろには仰々しい人間がいるのだ。怯えても仕方があるまい。


召喚は無事に成功し、異世界からの救世主を呼んだわけだが……こんなに幼いだなんて。

まだ10代じゃないだろうか。

そんな子に世界を救わせるとは、申し訳なく思う。


白いローブを着た男の1人が安心させるように、彼女に跪いて笑顔を作った。


「怯えさせて申し訳ありません。

ここは月光王国。

あなたのお力をお借りしたく、この場にお呼びいたしました。」


「ゲッコウ……?

あの、どういうことです?なんなんですか一体?

わ、私、用事があるんです。帰して……。」


少女は焦げ茶の髪を振り乱し、混乱していた。

何から説明すればいいのやら。

相手の立場もわからない。


「全てご説明いたします。

さあ、こちらに。」


彼女は訳のわからないといった様子で男に連れられる。


可哀想にと思うが下っ端である私には何も出来ず、ただその様子を見守っていた。



私は彼女のお付きとなった。

同性ということと、私が殿下直属の騎士であるということで選ばれた。


なんとありがたいことだろうか。

私も世界を救う手伝いの一端を担えるだなんて……。


なんて、最初の頃は思ったものである。


「ねーちょっと、エメリン、聞こえてた?

私はね、あんた方の救世主として、聖女としてやってきたわけじゃない?

だったら、勇者様……カロテス様連れてきてよ。」


我が国、我が世界の救世主はソファに踏ん反り返って私に命令を下す。


「カロテス様はお忙しい方です。

今日も魔物狩りに行っておられて、こちらにお連れすることなどとても出来ません。」


「はー、私は毎日毎日部屋に篭ってお祈りとやらをしてあげてるのに、そんなことも出来ないわけ。

じゃ、いいわ。スキンク様連れてきて。」


「神殿長もお忙しい方で、常に城内を周ってらっしゃいます。今もどこにいらっしゃるか……。」


「あなた出来ないって、そればっかり。

もういい、なんか適当にかっこいい男連れてきなさい。」


これである。

どうも彼女……ミナミ タワはかっこよくて権力のある男が好きらしく、度々私にこうしてかっこいい男を連れてくるよう命令をしてきた。


権力というのも大事な要素のようで、一度騎士の友人を紹介したらその時はニコニコしていたが後で「あんなモブ、どーっでもいいの!二度と連れてこないで!」と怒られてしまった。


「……わかりました。」


ここにいても怒られるだけだ。

私は部屋を出てかっこいい男を探すことにした。


彼女が毎日祈ってくれるおかげで魔力が安定してきているのは事実。

更に彼女は完全に安定しきるまでは元の世界に帰らないで良いと行ってくれている。


それに比べたら男を連れてくるなんて大したことではない。


そう自分に言い聞かせ、石の廊下を眺めると背後に人影を感じた。


「……エメリン・タンジェリン。こんな所で何してるんだ?」


冷ややかな声に振り返ると、背の高い、金の髪の美しい男が立っていた。

ラプター・アプター・マーフィパターンレス・エンバー。

王直属の魔法団の団長。


「……あなたには関係ありません。

失礼、先を急いでいるので。」


「また男漁りか?」


その言葉に喉が詰まる。

合っている。合っているが、断じて私のためではない……!


「殿下直属の騎士が聞いて呆れるな。」


「私もいい歳ですから。

魔法団長様のようにお力もあって、私のような瑣末な者に嫌味を言う暇があればこんなことしないでいいんですけどね。」


「そもそもお前、職務はどうした。放棄か?

お前は自分がどれだけの責任のある職に就いているか理解しているのか?」


「ええ、あなた様に言われるまでもなくわかっていますよ。」


その職務を果たすために男漁りなんて不名誉なことを言われるような真似をしてるんじゃないか!

ただ、タワ様の命令だとは口が裂けても言えない。言ったらどんな目にあうやら……。


「わかっているなら、」


「あら、ラプター様じゃありませんか!」


甲高い声が聞こえる。

タワ様だ。

男を前にすると性格が変わるな……いや、女だけになると性格が変わるのか。

いつの間にか部屋から出てこちらに向かって歩いてきた。

窓からの風に彼女のドレスがフワリと舞う。

性格はともかく見かけは聖女に相応しい美しさだ。


「これはこれは、聖女様。

ご機嫌いかがですか?」


先ほどまで私を鳶色に光る冷酷な目で見ていたラプターは、聖女を見るや否やニコニコと微笑む。


「あなたに会えたからとってもとっても、良くなりましてよ。」


「これはこれは、可愛らしいことを言ってくれますね。」


「ふふ。

ねえラプター様はこれからお時間ありまして?

ちょうどお茶の時間にしようと思っていたんですよ。よかったらご一緒にいかがですか?」


「是非。」


2人はフフフと笑いあって、城内の喫茶スペースへ歩き出した。


私も彼女のように可愛げがあって嫌味に嫌味で応対せずニコニコ笑えたら、あんな風になれるのだろうか。

そんな自分を想像してみるが、あまりに胡散臭い。


やはりタワ様はすごい。

作り笑いなのに作り笑いに見えない。


✳︎


喫茶スペースで、ラプターとタワ様はニコニコと笑い合っている。

私はタワ様の後ろで周囲に気を配っていた。


そこへ殿下がのっそり現れた。

赤茶の髪はボサボサで、いつもはキリリとした表情も弛んでいる。まだ寝起きといった様相だ。


「ん?ああ、エメリーン!」


殿下は私を見つけると、連れの騎士を置いてこちらに向かって走り出した。

190の大男がこちらにすごいスピードで走ってくる様は中々に恐ろしい。


「で、殿下!お待ちください!

ここは喫茶スペースです!走らないでくださいませ!」


「早歩きだ、早歩き。

よ、お二人さん。」


殿下は私のひっつめ頭をかき回しながら二人に軽く挨拶をする。

どうも彼は私のことを動物のように思っているようで、度々こういった犬にするようなことをしてくる。

犬ならばいいが。最悪豚の可能性もある。


「……殿下、いくらタンジェリンとは言え女性にそのようなことをされるのはいかがかと。」


「んん?女性……?

女性っていうのは、タワみたいな子のことを言うのであってエメリンみたいなのは女性とは言わないんだ。」


彼は赤茶の短髪をポリポリと掻く。

やれやれ、勘違いしているな、という風な仕草だ。

殿下の発言に、タワ様がこっそり意地悪く笑うのを私は見た。


「あなたはそうでしょうけど、周りはそうは思いませんから。

あなたの体裁の為にも彼女を離したらどうです?」


「体裁なんざ気にしてるようなやつが寝起きの格好で城内ウロつくかっての!

なあエメリン?」


殿下は私のほっぺを片手で抑えた。


「ウグ……や、やめてくださいませ!」


「そういえばお前、恋人探してんだってな?

なんだ?自分が本当に女なのか不安になったのか?

安心しろ。多分お前は女じゃないが、俺はお前が女だろうと男だろうと騎士にしてやるからな。」


「あ、ありがたいお言葉……。」


私が女であることを不安に思ったことは一度たりともないが礼を言っておく。

この人に話が通じた試しはない。


「で、どんな男が好みなんだ?紹介してやるよ。」


「は?」


何故かラプターが声を上げる。

確かに、殿下の紹介だなんてどんな男を紹介されるのか不安でしかない。

今ま紹介された彼の友人と言われた人たちは、ずっとキノコの話しかしない壮年の男やひどく音痴な上に人の曲を真似する歌手などよく言えば個性的な面々ばかりだった。


「いえ、私は……」


「犬と馬どっちがいい?」


「……人間という選択肢は。」


「あるかよ。お前に人間の男あてがったら、相手の肋骨全部折れちまうだろ?」


なるほど、やはり殿下は私を人間と見てない。

いくら私と言えど、犬や馬よりは音痴な歌手の方が会話ができる。


「人間の男を紹介してくださる気になったらお声掛けください。」


「うん、まあないだろうけど、どんなのが良いかだけは聞いてやろう。」


「そうですね……。」


私はさっきから笑いを堪えて震えているタワ様を見た。

彼女の好み……。


「顔がとにかくかっこよくて、権力があって、紳士的で、優しく、まじめで、でもどこか影のある魅力的な人です。」


「え?俺?

悪いが猛獣を抱く趣味はない。」


「そうですか。」


抱くのは猛獣の私ではなく聖女のタワ様なわけだけれど。

タワ様は殿下のことをどう思っているのだろうか。先ほどからずっと震えていてよくわからない。


あなたの為なんですよ、タワ様。


「……随分と高い理想だな。

分不相応じゃないか?」


「言うだけタダですから。」


「言うとお前の品位が下がるぞ。」


構わない、これもタワ様のため……。


いや、本当は構うのだけれどもう仕方がない。

私が男漁りをしているという噂はかなり広がってしまったようだし。


「構いませんし、私の品位がいくら下がろうとあなたには関係がないでしょう。」


「……俺に関係なくとも、聖女様には関係あるだろう。

下品な女が近くにいるとなると、彼女の品位まで疑われかねない。

もう男漁りなんてするな。」


下品な女と言われてさらに凹む。

いいさ、別に。今更……。


「タワはエメリンがいたら嫌か?」


「まさか!彼女はとてもよくやってくれていますから……!」


彼女は黒い瞳にうっすらと涙を湛えながら、にっこり笑った。

笑いを堪えすぎて泣いていたらしい。


「お優しいですね。」


彼には笑いに打ち震える彼女の姿が見えなかったようだ。


「全くだ。

優しいし、可愛いし、最高じゃないか。

エメリンも見習え。

……いや、エメリンには難易度が高いな……。」


「……騎士に愛想は不要でしょう。」


「婚活には必要だぞ?」


私はため息を飲み込んだ。

婚活なんぞしていない。

それもこれも全てタワ様のせい……いやタワ様のため。


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