第9話 シルク・ダンカン
今回は若干のギャグ要素があると思う(あくまで個人的にそう思っているだけ)
まあ、設定はそこまで重要じゃないしさらっと流して大丈夫
〇第9話 シルク・ダンカン
「馬鹿か、お前は」
「いきなり何なんだよ!?」
「馬鹿だと思ったから馬鹿だと言ったまでだ、馬鹿」
「はあ!?どっからそうなるんだよ?ってか、馬鹿っていうな!」
「いや、今のお前は馬鹿だ」
「馬鹿馬鹿言うなっ!バーカ!」
一体どういうことなのだろう、これは。
淡々と冷静な声で罵詈雑言を浴びせかける男にそれにうまく乗せられている貴族の子息。
目の前で繰り広げられる口喧嘩、と言ってよいのか何なのか分からない2人の会話を唯々聞いている。
あの後、燃える街を手を引かれて脱出し、街近くの林に避難していた街の人たちと合流した。
街道側からは見つかりづらく街からも近いため有事の際はそこに逃げる手はずになっていたらしい。街の人たちや滞在していた商隊が集まってもまだ余裕があるほどの開けた場所には天幕が張られ簡易の救護所も出来ていた。
しばらくそのあたりを歩いているところで先に逃げていたキル達と合流できたのだが。
ファルマ帝国の兵士だと名乗ったシルフという男はキルと顔を合わせた途端、開口一番に
「馬鹿が」
と、口にしたのだった。
その言葉に一瞬腑抜けた顔をしたキルだったが
「何が……っていうか、誰が馬鹿だよ!?」
となり、今のこの状態に至る。
「馬鹿という言葉に馬鹿で返してくる奴ほど馬鹿だ」
「うるせえ!馬鹿っていう方が馬鹿なんだよ、馬鹿!」
「っは。今のところ言った数は同じだ、阿呆」
「何だよ、馬鹿!ってか、阿呆とか言うな!」
「そう見える奴にそう言って……いや、実際その通りの奴にそう言って何が悪い」
「なんだと!?言わせておけば!」
「本当のことを言って何が悪い、阿呆」
「んだと!?」
「……はぁ」
めんどくさそうにため息をついたシルフはこちらを指さしてくる。
「状況が状況でも一般人を置いて先に逃げる奴がいるか!」
キルと会い今まで淡々と話していたシルフの声に初めて怒気が籠る。
「だから馬鹿だと言っているんだ!」
「……う」
「……俺が間に合わなければどうなっていたか。とにかく、俺はタロカに戻る。こいつはお前に頼む」
「え、あ、ちょっと!シルフ!戻るってどういうことだよ!?てか、何でタロカにいるんだ?」
「……ジェレイが襲われたのは知っているだろ?攻めてくるにはあまりにもお粗末な部隊だったから疑問に思って周辺に網を張っていたら案の定、もう1隊忍び込まれててな。ジェレイの方は囮で本命はこっちだ、と判断してジェレイに最低限の兵を置いてこっちに来たがちょいと遅かったというところか」
シルフは弓を肩にかける。
「……攻められた以上、俺たちが手加減する必要はないし見逃してやる気もない。幸い、そこまで数は多くないようだからな。連れてきた兵で事足りるだろう。すでにダロンが指揮をとって殲滅戦に入っているはずだからそれの援護に行く」
「ダロン!?エルフのダロン隊長もいるのか!?」
「いる。今回のジェレイ駐屯隊は俺が隊長、あいつが副隊長だがな。……無駄話が過ぎたな。もう行く」
「待って!」
踵を返しかけたシルフにキルが声をかける。
だが、シルフの返答は簡潔だった。
「馬鹿」
「はぁ!?どうしてそうなるんだよ!?まだ何も言ってねぇだろ!?」
「ふん。お前が言おうとしていることはだいたい予想がつく。だから前もって言っておいてやる。魔力がスッカラカンの貴族の坊ちゃんについてこられても足手まといだ、とな」
じゃあな、と手を振って街の方に歩いていくシルフの姿はすぐに夜の闇に紛れて消えた。
急に話す声が聞こえなくなったせいか耳が痛い。
「……なんだか、すごい人でしたね」
沈黙に耐え切れずキルに話しかけるが落ち込んでいるのか、それとも言いたいことを看破された挙句断られたのがショックだったのかその場で立ち尽くしている。
「……あの、キル?」
「……」
「キルさーん?」
「……」
反応しないキルに困り果てているとレンキがキルの前に立つ。
「ミラちゃん、こういう男はこうしてやるのが一番効果的なんさ。ま、見てな」
そういうなりレンキはキルの肩を思いっきり叩く。
「おわ!?」
「はい、おはよーさん。まだ暗いけどな」
「え、あ、はい。おはようございます」
「寝てねぇのに寝ぼけられんのは困るけどよ……ま、いいや。それよりミラちゃんが呼んでるぜ?」
「へ?」
阿保。
そう口に出しかけたが止めておく。
「……とにかく、これで一旦落ち着いたということですよね?」
「ああ。ファルマ軍も増援が来たから大丈夫だろう」
「それであなたとあの人はどのような関係なのですか?」
「シルフとはかなり前から付き合いがあって……俗にいう友達ってやつさ。なかなかむかつく奴だろ?」
「そうですか?うまく遊ばれているように見えましたが」
「……あのなぁ、ド直球過ぎないか?……さすがにへこむ」
「そういうものですか?」
「……まあ、いいや。あいつ、ああ見えて弓の名手でファルマ軍の中でも結構名が知れているんだ。あれでも方面軍を率いてるからな」
「……えっと、方面軍?」
「あー……ファルマ軍は帝都や主要な都市の警備・治安維持をする中央軍と国境地帯に派遣される方面軍に分かれているんだ。まあ、国境の街だと治安維持とかも方面軍がやってるけどな。方面軍は全部で3つあって南だとイレア、東だとジェレイ、西だとメロアが拠点になってるんだけど、シルフはジェレイに派遣されてたんだよ。ていうか、シルフってのは通称で本名はシルク・ダンカンっていうんだけどなアレ。ややこしいったらありゃしない」
「……へぇ」
「同じ方面軍でも場所によってかなり役割が違って一番軍として機能しているのがイレア。あそこはよく小競り合いが発生するからな、巻き込まれないように常に防衛線がはられているんだ。ジェレイも似たようなものだけれども、攻められることはなかったから専ら街の治安維持をしてたって話だ」
「では、メロアは?」
「ファルマの西にはバロニシア王国っていう国があって昔から仲がいいんだ。だから表向きは国境警備だけど実質、国境を超える人たちの旅券のチェックくらいだってさ」
「……そうなんですか」
いまいち実感はわかないが、あの男は軍の中でそれなりの地位なのだろう。
「バロニシアと言えばバナナが有名じゃないか。あとは砂漠だね」
話を聞いていたらし女将の威勢のいい声が横から入る。
「バナナ?砂漠?」
「南国で育つ果物さ。で、砂漠は砂の海。見渡す限り一面が砂で暑いって話だよ。前に旅人から聞いたんだけどね」
「……」
まだまだ知らないことが多すぎる。
そう実感した瞬間だった。