第8話 タロカの戦い
やばっ……
改稿間に合わない……
〇第8話 タロカの戦い
遠くからぐもった鐘の音が聞こえてくる。
(何……?)
耳障りな音に布団をかぶりなおす。
まだ暗いから夜明け前のはずだ。
鐘の音2重3重に聞こえてくる。
(なんなのよ……もう……)
まだみんな寝ている時間なのに何故鐘の音がするのだろう。
ぼんやりとした頭で考える。
「……ん?」
鐘の音。
鐘……?
その意味が分かった瞬間飛び起きる。同時に部屋の襖が勢いよく開き女将さんが飛び込んでくる。
「ミラちゃん、起きて!」
「起きてます!」
「火事が!今すぐ外に!レンキが待っているはずだから一緒に避難しておくれ!」
「わかりました。女将さんは?」
「私はあと1部屋だけ起こしたらすぐに追いかけるから。さ、そこの子も起こして」
これだけうるさいというのに部屋の向かい側でぐっすりと眠りこけているキル。
揺さぶると唸るが起きる気配がない。
(しょうがない……)
「ピーチク!」
「ピィ!」
キルの顔もとに降り立ったピーチクはキツツキよろしく顔をつつき始める。
「いでででででで!?何!?なにっ!?」
「よし、ピーチク」
「なに?まだ夜じゃ……」
「寝ぼけてないで。火事よ。さっき女将さんが避難しろって起こしに来たの。わかったらとっとと立ち上がって避難する!」
若干焦げ臭い臭いが漂い始める。
タロカの建物は木造が多く、一度燃え始めるとなかなか収まらない。特に冬は乾燥しているのもあって被害が大きくなる。
幸い、ファルマは魔法が発達している。
水源がなくとも消火することは可能だが、それでもそれだけの魔力と技術を持つ魔法使いは常駐している兵士の中では少ないほうであり、且つ火事の規模が大きくなりやすいため人手不足になる。
「行くわよ」
本来の予定では明日の朝に出発する予定だったので大体の荷物はまとまっていた。
その少ない荷物を持つと玄関へ急ぐ。
「きたか」
「レンキさん、どこに逃げれば?」
「北門方面だ。東門の方から燃えてるらしいが西門は狭いから無理。南門は遠い。女将も来たみてぇだし、ぼさっとしてねぇで行くぞ」
外に出ると煙の臭いがはっきりとする。
「だいぶ、燃えたな。こりゃあ。……宿屋も今回はダメか?」
「縁起でもない事いうんじゃないよ!」
「冗談で済めばいいけどな」
軽口をたたいているがレンキの顔は強張っていた。
「おい!そこのアンタら!」
「あ?」
前方から走ってきた兵士が先頭を行くレンキを引き留める。
ローブのような服装からすると今回消火にあたっている兵士の1人だろうか。
「北に行っちゃいかん。あっちには、……っ!」
突然、兵士はその場に倒れ込む。
みるみるうちに地面に血だまりが出来ていく。
「……!?」
「どういうことだ……?」
「なるほど。ずいぶんと策略を練ったことだな。『ガーラ・エンドロス・フィリット』」
キルが右手を掲げると魔法障壁が展開する。降ってきた矢が次々と防壁に突き刺さる。
「キル、これは?」
「ま、簡単にいうと巻き込まれたんだよ、この街は。ファルマ帝国とウェリチエ公国の戦争にね」
「……戦争に?」
「そ。ほら、その証拠に」
キルは北門の方面を指さす。
「何……?」
見えるの暗闇に沈む街の建物だけだ。
「もっと奥だ」
「奥……?あ」
ぼんやりと見えたのは白い服をきた人影だった。暗い色ならば闇に紛れて一切目視できなかっただろう。
この辺では見かけない型の服。そして手には銃を持っている。その背後には弓を手にした人もいる。
ファルマでも銃を扱う兵士はいるが実弾銃ではなく魔法銃であり、そもそもの数が少ない。銃の形などは本や伝え聞いた程度だが合っているだろう。
「……キル」
「動くなよ。あくまで僕たちは一般人だ。抵抗さえしなければ殺されることはないはずだ。……ウェリチエ兵が真っ当な奴らならね」
その言葉を裏切るかのように銃声が響く。
「くっそ!やっぱりかよ!」
キルは両手を掲げる。
展開された障壁に銃弾と矢が弾かれパラパラと地面に落ちる。
「全速力で逃げろ!魔力がもつ限りは障壁を展開し続ける!」
「わかった!」
踵を返しかけたとき、路地から白い軍服の一団が現れる。
「なっ!?挟み撃ち……!?」
北と南はウェリチエ兵に塞がれ両脇は店が建っているが扉は固く閉じられている。
(逃げ道が……)
武装している兵士に対してこちらは一般人が数名と多少は戦闘魔法の心得がありそうな少年が1人、それに鳥が1羽。
どう考えても不利だ。
今はまだ魔法障壁を展開して攻撃を防げているがそれもキルの魔力が尽きたら消える。
「……どうすれば」
「ピー」
肩にのったピーチクがぴったりと身を寄せてくる。
「……ピーチク」
「ピー」
「……?」
突然飛び立ったピーチクは荷物袋の紐を解き中から何かをくわえ出す。
「これが、どうかしたの?」
渡されたのはあの想石。
未来を詠んだ想石だというのだからこれを詠んでどうすればいいか探れとでも言っているのだろうか。
「……私は想石は詠めないよ?」
「ピイヤー」
「……何?」
違うと全力でアピールするピーチクはしきりに袖を引っ張ってくる。
「袖を引っ張っても何もない……あ」
そちらに視線を向けたときに見えた物に唖然とする。
右手に持っていたのはあの短槍だ。
「戦えって言っているの?……でも、私はそんな技術」
「ピィ―!」
「……。……分かった。やらなきゃやられちゃうのは時間の問題、なんだよね。……ねぇ、ピーチク、こういうの何て言うか知ってる?無謀、っていうんだよ。誰だったかな……前に誰かが勇気と無謀は違うって言っていたけど」
キルのそばまで歩み寄ると想石を掲げる。
(これも言うなれば魔力の結晶の1種。だから)
「『ガーラ・エンドロス・フィリット』魔法障壁、展開!」
輝きを放った想石が宙に浮きひと際まぶしく輝きだし、緑色の膜が半球状に私たちの周りを囲む。
驚いたように目を見開いたキルがこちらを見る。
それに構わず短槍の穂袋を外すと地面に投げ出す。
「お、おい」
「言いたいことは分かってるけれど、他に案はあるのかしら?」
「だけど!」
「……私だって死ぬ気はない。無謀な賭けだけれども、今はこれが最善の策だと信じて行動するしかないの。そうやって戸惑っている時間があるなら私を援護するなり敵を攻撃するなりしなさい!」
強気な自分の態度に少々驚くが不思議と不安が薄れていく。
(ああ、もしかしたら)
記憶にない『以前の私』はこんな性格だったのかもしれない。
「……いきます」
障壁の内から飛び出すと一直線にウェリチエ兵に向かって駆け出す。
銃弾や矢が降り注ぐが無意識のうちに体が避ける。
「『イラファ・エンドロス・フィリット』劫火よ、我が意のままに敵を焼き尽くせ!」
背後から詠唱が聞こえてきて灼熱の炎の球が真横を通り過ぎる。
敵のほぼ中心に着弾した球はそのまま爆発を起こしその一帯を炎の海とする。
そのおかげで攻撃は南からだけとなりそれも全て展開された障壁に阻まれこちらには届かない。
「はっ!」
間近まで迫ってしまえば銃と弓の中から長距離の攻撃ができるという特性を生かすことが出来なくなり、比較的軽装な兵士たちはすぐに倒すことができる。
先ほどの爆発で大部分のウェリチエ兵は倒れ残りは片手で数えられるほど。
一閃し目の前にいた2人を倒すと踏み込み胸をめがけて短槍を突き出す。
それを見た最後の1人が逃げ出すのを見て短槍を回収して障壁内へ戻る。
「……背後から追撃される危険性はないでしょう。炎の海を越えられるほどウェリチエ兵の魔力が強いとは思えません。……あとは、あちらを突破するだけですか」
「残念ながら、もう強力な魔法は使えない。……さっきのでほとんど底をついちまったからな」
「そうですか。……問題ありません。行きますよ、ピーチク」
「ピィ!」
「いつでも走れる準備を。合図をしたら振り返らず、全力で南門まで走ってください」
「……ああ、わかった」
短槍を構えなおすと右手を宙に浮く想石に向ける。
「レイチェよ、力をお貸しください」
キラキラと輝く魔力の粒子が短槍を包み込む。
障壁内から飛び出すと走りながら短槍を横に凪ぐ。
刹那、生み出された巨大なかまいたちがウェリチエ兵へ向かって飛び白の軍服に赤い染みをつくった。
「はっ!」
斬りあげ銃をその手から弾き飛ばすとそのまま勢いを殺さず石突で反対側にいた弓兵の弓をたたき割る。
とんできた銃弾が胴をかすめるが体をひねりどうにか避ける。
「まだですっ!」
再度魔力の粒子を纏った短槍を中心に風が吹き荒れ兵士たちはなぎ倒される。
「いまですっ!走ってください!」
大きく崩れた陣形の中央をレンキを殿にキルたちが駆け抜ける。
「っ!」
続こうと1歩後退したところに体勢を立て直したウェリチエ兵の1人が銃を振り下ろしてくる。
予想外の行動にとっさに柄で攻撃を受け止める。
(なるほど)
銃の先端には片刃の刃が取り付けられておりそれで攻撃してきた、ということらしい。
背後でカチャリと銃がかまえられる音がする。
「ピーチク!」
「ピイ!」
上空から勢いよく降下したピーチクはその勢いのまま銃身にとまる。
うわ、という声と銃声が聞こえ、発射された銃弾は足元に着弾する。
「やあっ!」
それに動揺した目の前の兵の銃を叩き落とすとその肩を斬りつけ距離をとる。
だが間髪を入れず叩きつけられた銃に手から短槍が落ちる。
「……やば」
振り上げられた銃刀に足がすくみその場から動けなくなる。
今の今までは目の前のことに集中してたため恐怖など感じなかった。
「ピイイ!」
上からほぼ落ちるように降下してきたピーチクが兵士の顔面を蹴る。
「ピィ」
「!」
できた隙に短槍を拾い上げると突き出す。
「よかっ……!?」
不意に感じた殺気に振り返ると振り上げられた刃が目に入る。
先ほど倒したとばかり思っていた兵士だ。肩のあたりが赤く染まっている。
「ピ……」
ピーチクはまだ地面。そして防御するのも間に合わなければ、回避も間に合わない。
(そんな……)
目をつぶるが風をきる音が聞こえただけだった。
「……な、に?」
恐る恐る目を開くとウェリチエ兵は振り上げた格好のまま固まっていた。傾き地面に倒れ伏す。その身体からは何本かの矢が生えている。
「まったく、アイツは馬鹿か」
ため息とともに聞こえた落ち着いた声に振り向くと弓を持ち片膝をついた男がいた。
「無事か?」
「え、……あの」
男は立ち上がりそばまで歩み寄ってくると片手を差し出してくる。
「俺はファルマ帝国軍のシルフだ」
「ありがとうございました。ミラです」
「とりあえず、ここは危険だ。こっちへ」
「はい」
手を引かれ街の南門へと走り出す。
「……あの馬鹿が」
ぼそりと呟かれた独り言に殺気が籠っている。
一体この男は何なのだろう?と、言うよりは誰に対しての独り言なのだろう?
そんなことを普通ならこの状況で考えはしないだろうが。
次々とわいてくる疑問を口に出さないようにしながら唯々走った。