第4話 《導師》の導
〇第4話 《導師》の導
「キルガルガ・ファロームです」
「陛下よりお通しするよう申し使っております。シルヤザ様、ファローム伯爵家次男キルガルガ・ファローム、到着いたしました」
「失礼いたします」
開かれた扉から中に入ると膝をついて最上位の礼をする。
「キル、よく来てくれました。さて、私の後についてきてください」
「はい」
部屋の奥へ進んだ女帝は自らの手でドアをあげる。
慌てて開けようと1歩踏み出すが手で制される。
「キル、中へ」
「しかし……」
「いいのです。今回は従者はいません。……私とあなた、そして」
促され部屋に1歩踏み入れる。
白で統一されているのは同じなのだが、他の部屋に比べて狭く置いてある物もイスとテーブルだけとシンプルだ。そして窓がない。
「……?」
そんな中、部屋の最奥に置かれた椅子に腰かけた人影に目が釘付けになる。
長いであろう蒼い髪は緩い三つ編みとなって腰のあたりまで垂れている。白く透き通った肌に整った顔立ち。目を閉じているがその睫毛は長い。
そして何より纏っている衣服。
黒い法衣に黄色の装飾。そして血のように赤いマント。
「……ぁ」
あまりの衝撃に体が思うように動かなかった。
「《導師》オリス、これでよろしいでしょうか?」
《導師》と呼びかけられた男はゆっくりと目を開ける。
青紫色の瞳がキルを見据える。
「……ああ。……これで、いい」
聞こえてきた声は小さいがはっきりと聞き取れる。
「……そなたが、キルガルガ・ファロームか?」
「は、はい!」
やっと動くようになってきた体で跪くと教団式の最上級礼をする。
《導師》。
それはレイラウア聖教の最高指導者だ。
レイラウア教団の予言によって選ばれ《神子》という《導師》の後継者の立場を経て、その代の《導師》の死と共に即位する。
その力と影響力は強大で、教団で崇められているレイチェとほぼ同等の扱いを受ける。
さらに導師のみの特殊な点があるとすればそれはやはり予言と想石の具現化だろう。
予言とは《導師》のみが行える未来予知のこと。どの程度できるのかは明らかにされていないが、それを用いて次代の《導師》の選出をし、これまで教団が繁栄してきたことを考えれば嘘ではないのは確かだ。
そして想石の具喧化。
教団のレイチェの特殊な力の1つに想いの具現化がある。
その方法が想石。想石は一般的には親指ほどの大きさの小さな結晶だ。教団には詠想士と呼ばれる術士がいる。これは教団によって認定された適正のある術士で彼らだけが想石に記された想いを詠むことができる。
詠むというのは術を用いて想石に込められた想いを言葉として伝える、ということだ。
例えば、とある場所である男がたった1人、友への想いを呟き死んだとする。のちにその場に行き、詠想士が術を用いて想石を生成、想石を伝えたい人のもとへ送り別の詠想士がその場で詠む。そうすると男の想いを伝えることができる。
他にも過去に起きたことを知るためにも使われ、特に事件などでは重宝される。
普通の詠想士は言葉でしか伝えられないが《導師》はそれを実際に幻影として見せることができる。
ただ、それはかなりの適性と魔力が必要なため実質《導師》にしかできない。
「……」
「っ!?」
ほんの少し顔をあげると《導師》がこちらをじっと見ていることに気が付きまた顔を下げる。
本来ならば《導師》とは伯爵家の次男であるキルでは直接話すことなど出来ない存在だからだ。代々ファルマ皇帝直属の従者として仕えてきたことを入れてもありえない。
それに、目の前にいる《導師》はこれまでの《導師》とは違う。
最も神に近い者。
そう言われているのだ。
レイチェは|《守護者》(ガーディアン)と呼ばれる存在をつくりだす。
彼らは元は人間なのだがその力は桁違いで人の域では及ばず、寿命もなくなり傷を負うこと以外では死ぬことはない。
そして、力を与えられるかわりに心を失いレイチェの完全なる傀儡となり果てる。レイチェの意思の体現者となるのだ。
ただし、全ての《守護者》が完全に傀儡となるのではなく例外も数例いる。
十数年前まで記録の残っている《守護者》エルミナは数百年仕えたと言うがその中で彼女自身の意思であったと思われる記録が数個残っている。
目の前にいる《導師》オリスもその例外の1人であり、多少の人間味を感じることがあるという話をよく聞く。
しかし、これまで《導師》が《守護者》であったことはなく、同じく《守護者》が《導師》に選ばれた例もない。そのような点でも特異な《導師》だった。
「……キル……私に対して、気を使う必要はない。……立ち上がり椅子にかけるといい」
「はい」
「シルヤザ女帝、あなたも」
「ええ、わかりました。では、本題を。わざわざあなたが訪ねてこられたということは、重要な話なのでしょう?」
「……私は、遠回しに真実を伝えるのが苦手でね。……単刀直入に言わせてもらう。我がレイチェ、そして私の《予言》から警告だ。今回の開戦により、早急に正式な皇位継承者を決める必要が出てきたのだ」
その言葉に女帝が目を見開く。
「それは、どういうことです?私が……死ぬと?」
「否。……例え、一国の王の死によってその国が亡ぶとしても我々はその《予言》を伝えることはせぬ。そうであれば教団は警告を発せず、自然の理のまま時を進よう。……人は死の《予言》の前では冷静さを欠く。……たとえ、それが覆すことができるとしても」
「では何故……?」
視線を女帝からキルに移した《導師》は机の上に何かを置く。
彼が手をひいた後に残されていたのは赤い小さな結晶だった。
「……これは、私の見た未来を想石としたもの。本来ならば、そなたたちの目にはさらしてはいけない秘匿想石。だが、……私は、これを……そなたたちに見せる必要性があると判断した」
「……」
想石を持ち席を立った《導師》は聖杖をかまえる。
「……側へ」
「は、はい!」
女帝と2人、彼の側によるが女帝は未だに驚きを隠せぬ顔で《導師》の顔を見ている。
「……《導師》」
「……女帝、そしてキル。……そなたたちに問う。此度のこの決断……そなたたちにも選ぶ権利がある。拒んだところで不利益はない。受けたところで利益もないだろう。……歩むは苦難の道、茨の道、……それでも世界の真実を、知りたいか?」
今まで表情が一切現れていなかったが、スッと表情が引き締まる。
「……どうだ?」
「私は、それがこのファルマ帝国のためになるというのならお受けいたします」
「……どちらへ行くも、不変はない。繁栄ならば更なる繁栄へ。滅亡ならば塵1つ残さず」
「私達次第、ということでしょうか?」
「ああ。その通り。……これは国だけにはあらず」
「分かりました。お受けいたしましょう」
力強く頷いた女帝に《導師》は軽く頷き返す。
「……キル、そなたもこのまま女帝の臣下として仕え続け平穏な生活を送るか……茨の道を進み、世界の真実に触れるか。……どちらをとっても私はよい。……平穏か混乱か、どちらを選ぶ?」
「……俺、じゃなくて私は……お受けいたします!主君であられるシルヤザ女帝の決定もありますし、何より、私自身がレイチェの意思の尊重を」
その言葉に《導師》の眉がピクリと動く。
「此度の選択にて尊重すべきはレイチェの意思にあらず!尊重すべきはそなた自身の想いだ」
見た目からは想像もできない気迫に後ずさりそうになる。
「……!……そ、それでも受けます。私は、やります。いえ、やらせてください!」
「……その言葉、真意だな?」
「はい!」
「……もう1度、そなた達2人に問う。……これを見れば、これまでの世界の常識など、日常など容易く崩れ去るだろう。それでも、見るか?……私に協力してくれるか?」
「もちろんです。ファルマ女帝としてこの名に懸けて1度決めたことは最後まで貫きましょう」
「私も、ファローム家の名誉にかけて、誓います」
「……そう。……ありがとう、2人とも」
彼は目をつぶると想石をのせた手を前に出す。
「『これより具現せしは禁忌。我が意思。世界の末路の一端』」
想石が光だし宙に浮く。
そこに聖杖を向けると複雑な魔法陣が複数現れ想石を囲い込む。
「『具現せよ、映し出せ、今ここにこの世界の行く末を』」
途端、視界が真っ暗となった。
自分の手さえも見えぬ闇の中、2人の気配だけは感じていた。
次に見えたのは広大な荒野だった。
2つの軍が入り乱れて闘っている。
防衛側にまわっているのはファルマ軍。そして対峙している相手側に上がっている紋章はウェリチエ公国のものだった。
(これは、未来なのか?)
陽炎のように少し霞んでいる。その景色の中に見知った顔を見つけた。
「―――、ひいたほうがいい!防衛線を1段階下げなければ全滅します!」
「ですが、これ以上ひいたらあの村が!」
「気持ちはわかります。ですが、これ以上は無理です!撤退を!」
「……でも」
ファルマ軍側の指揮官らしい少女に向かいキルの友であるシルフが必死の説得をしている。
だが、少女はこれ以上下がれば村が1つ巻き込まれると躊躇っている。そしてかなり押されているファルマ軍。
(これは、本当に?ウェリチエとの戦闘ではこちらが有利なはずじゃ?)
そこでまた暗転する。
その次に見えたのは黒を基調とした建物の中だった。
壁には金色の装飾。床には赤い色の絨毯。
「……どうしても、行くのですか?」
声が聞こえたほうを見ると剣を下げたオリスが誰かに話しかけているところだった。
「ええ。私にしか出来ないことなので。……あなたが行くとは言ってはいけませんよ。あなたにはもっと大切な役目がありますから。……皆を頼みます」
「必ず、必ず助けに行く!だから、それまで待っててくれ!」
「……もちろんだ」
少年に霞んでほとんど姿が確認できない人影が背を向ける。
その先にあった宙に空いた空間の裂け目。その向こうには異形の群れが蠢いていた。
(なん、だ……あれは……!?)
「防衛戦用意!」
「無理だ!撤退しよう!エル!」
「ここを通したら避難誘導が終わっていない地域にまで侵入する!それだけは防がないと。お前もわかってるだろう!」
見たことのない様式の街で見慣れない服を着た黒髪の子供のエルフに白髪の子供が撤退を提案している。
「だが、これ以上けが人が増えたら私たちまで!」
「見捨てることはできない!」
「だから、君は代わりがいない重要な人なんだから!自覚してくれよ!」
「黙れ!代わりがないのは僕も他の兵も一緒だ!僕だけ特別扱いするな!」
「そりゃ私もエルに命を救われているんだからわかるさ。けど、私が言っているのはそういうことじゃなくて!」
そういいながら白髪の子供は跳んできた小石や枝を叩き落とす。
「わかってない!!」
「わかってないのはそっちだ!」
「はいはい。つまりはけが人が増えなければいいのよね、エル?ユラン?」
現れた金髪金目の少女が次々と治癒術で兵士のけがを治してゆく。
「はい。これでよし。これで怪我は気にせず時間稼ぎができるでしょう?」
微笑んだ少女に2人はそれぞれの武器を手に取り向ける。
その先にいたのは、先ほどの異様な黒き怪物だった。
「……っ!」
一瞬元の部屋の景色が見えかけるがすぐに暗闇へと戻り次の景色が見え始める。
(……なんだ?)
「ふふ、無様だねぇ。ケリントラ?君1人でこの僕に勝てると思った?」
「……っ」
声がした方を振り返ると床に倒れ込んだ人影に白のフードを纏った男が剣を突きつけている。
白マントの男の背後には。
(なんなんだよ、あの怪物!?)
「最後の最後までほんと、邪魔ばっかり。でもそれも今日、ここで終わりだって思うとせいせいするよ。それじゃ、さようなら。世界を救えなかった英雄さん」
「……これで、全てだ」
そう声がして元の部屋の景色に戻る。
肩で息をする《導師》は床に落ちた想石を拾い上げると懐にしまう。
「……最初と最後が、未来。……その他は、……既に起こった事象」
「……未来は絶対なのでしょうか?」
「いや……絶対など、あってたまるものか。所詮、《導師》にできる予言など……その時点での未来を詠むことに他ならないのだから。……絶対であるのなら、私は戦争など起こさせはしない。天災で犠牲など出させやしない。たとえ、それが教団の禁忌にあたるとしても、だ」
「《導師》……」
「……絵空事だというのは分かっているのだがね。そんなことなど。そしてそんなものを実現させてはいけないとも、わかっている。さて、何か質問は?答えられるものは少ないだろうが、私にも見せた責任というものがある」
「では……《導師》、あのファルマ軍を指揮していた少女は何者なのでしょう?我が軍にそのような者はいないはず……。助言を与えていた男はシルフと思われますが」
「それは……」
《導師》はキルを見ると頷く。
「そなた次第だ。……あの少女がどのような選択をし、結果がどうなるのかも含めて」
「では、2番目の……あのお相手は?過去、なのですよね?」
「……」
一瞬目を伏せたが《導師》は真っすぐ女帝を見る。
そのまま何も言わずに見つめ続けた。
「あの、私が……何か?」
「……そう、あなたまで。あの方は……そこまで徹底して」
「え……?」
独り言のように呟かれた言葉にキルは違和を感じる。
《導師》がかしずくべき人はいない。唯一いるとすれば、神と同義であるレイチェのみ。
それなのに彼は「あの方」と、まるで自分より上がいるように呟いた。
「……《導師》、あの方、とはどなたです?」
「……今は亡き、前《導師》。……あの方は去られる際、自らに関する記憶をこの世から抹消した。……まさか、ここまで徹底しているとは思わなかったのだが。1つ、言えるとすれば、女帝。私があなたに初めて会ったとき、私たちが何を目的にあなたに会いに来たのか、それを、思い出してほしい。言えるのはそれだけだ。他には?」
「わかりました。では、3番目のあのお相手は?1人はオリス様、あなたですよね?もう一方が霞んでよく見えなかったのですが」
「あれは《守護者》エルミナだ。……記録こそないが、彼女はまだ存在する」
「あの、アレは何だったのでしょう?エルミナ卿の背後に見えたあの不気味な……」
「魔物、さ。……異端者や元怪に使役される古代戦争の哀れな遺産。聞いたことがあるだろう、四英雄の話は?」
「はい。教団の聖典にも記されていますし、民話としても語りつかれていますよね。レイラウア聖教の始祖とされ、レイチェの加護をはじめに受けた、と」
「伝承以上は機密事項なので話せないが。古代戦争、連合軍と帝国の争い。その過程で生み出された生物兵器は人を見境なく襲い、世界は滅亡するかに思えた。だが、エルシアル・レイラウア、ミシュナ・レイラウア、ユラン・グリヴィア、ケリントラ・クルヴァーン、のちに四英雄と呼ばれる彼らはレイチェの加護を受け、そのの活躍により世界は守られ秩序を取り戻した。……そして彼らは再び過ちが繰り返されぬよう、レイラウア聖教の祖となり、感謝の意を込めてレイチェを祀った。……これが伝承として伝えられている話。……ふむ。大筋はあっていると言っておこう。ただ……」
《導師》の顔が曇る。
「……誤解されがちなのだが、生物兵器を倒したとは言っていない。ここからは他言無用。そなたたちにのみ話す機密事項だ。……奴らは今も存在し、我々と敵対する異端者や元怪に使役され続けている。彼らから民を守るために、今もレイチェは《守護者》を生み出し続けているのだ。そして、彼らと我らを隔てる四英雄が築き上げた障壁が崩れ去ろうとしている。世は再び混乱に陥るだろう。それを、防ぐ鍵が……彼女だ。現状唯一の打開策と言っていい。……そなたらも見たであろう?最後の予言を」
「白マントのですか?」
「そう。……あれこそ全ての元凶。……私1人では、負ける。そう予言は出ている。世界も守れず、民も何もかも彼に支配される。……そんな未来、私は望まない。だからこそ、私はこれまでの規則を破ってでもこうしてそなたたちに協力を求めたのだ」
「……《導師》もう1つだけ質問が。あなたの言う彼女と我が帝国の正式な皇位継承者にはどのようなつながりが?」
「……ファルマ帝国の皇帝は代々女のみという決まり。ただ、現在この国の皇位継承者はダナファ王子とされ、それも仮の決定。……だが、この国の指導者は女でなくてはいけない。これは消して差別的な観点からではなく、そうである必要性があるから。……そのために必要な儀式が伝わっているはずだ。それをするのにあの1族の助けが必要な事もわかっているだろう?それが彼女だ。……これ以上はまだ話せない。わかってくれ」
「なるほど。確かにあの1族は昔こそ友好的でしたが、あの事件を境に交友を立たれてしまっていますからね……。分かりました。キル、あなたには手始めにその彼女を探し出してもらいます」
「了解いたしました。……あの、手がかりなどは?」
「それならば私が」
口元に微笑を浮かべた《導師》は聖杖を掲げる。
「『我は望む。示せ未来を』……ふむ」
光が収まった時、《導師》は左手に緑に輝く結晶を持っていた。
「……」
「……キル、手始めに東の交易街タロカへ向かうとよい。……見つけるのは容易いだろう。剣の腕は必要だろうが、ね」
《導師》はキルへ意味ありげに生成された予言の想石を手渡す。
「ありがとうございます」
「私が今できる話は以上だ。そなたたちにレイチェの加護があらんことを」
「あなたにも。……行ってまいります」
とりあえず改稿終わってるのが予約投稿時点でここまで
外伝的なものは最近書いたものがあるから投稿できるけれども、それだとこっちが面白くなくなるのでまだ先に
改稿が終わってたらまた予約投稿しておこう