第16話 隠された神話
「……って、かなーり史実とは変えられちまってる部分もあるんだけどな」
「へ?」
ルタトはニヤリと笑う。
「ここだけの話、暴走くらいじゃあ、レイチェの意思が歪むなんてこたぁない。熱心な信者なら知ってるだろうが、隠された神話、ってのがあるのさ。かなーり昔の聖典にしかのってねぇような、な」
「隠された神話?なんだそれ?」
「この伝承の補足みてぇなもんでよ、レイチェみてぇな人間にとっていい神様もいりゃあ、悪い神様もいるもんさ。この伝承よりもっとずーっと昔からレイチェはその悪い神様と戦ってた。邪神メトゥレー、古の時代から創造神エレスと争い続けてるんだよ」
「創造神エレス……あれ?エレスって確か祭典とかできいたことが……」
「そりゃそうさ。レイチェとこの世界を創りだした創造神がエレス。ほとんど忘れられちまってるが、レイラウア聖教が真に祀って崇めてるのは創造神エレス。レイチェを通してかの神を祀っているってわけだ。ま、人間つーのは形あるものを信じる生き物さ。いるかどうかも分からない邪神と創造神の話なんかすぐに忘れ去られてくってのがこの世の常ってやつでさ」
「じゃ、じゃあ、レイチェは創造神エレスによってつくられたってことは《守護者》とか《聖王》は!?」
「正確にいうと、あれもレイチェが選ぶというよりはレイチェを通して創造神エレスの力が作用するって考えたほうが妥当だろうな。けど、《聖王》に選ばれたって記録は《四英雄》以外にない。どーしてだと思う少年達?」
底の読めない笑みを浮かべたまま横目でキル達を見つめたルタトは残っていたカップの中身を一気にあおる。
「えー……それだけの力を持つ人がいないから?」
「おーいい線行ってるけど不正解。《聖王》として認められる人間がいないってのもあるけど、一番は『選び力を与える存在がいない』から、さ」
「選び力を与える存在……それって創造神エレスが、ってことか?」
「あったりー!いいカンしてるねぇ、キミ達!そうそう!レイチェが暴走し魔物が現れた理由、それはエレスがメトゥレーに負けたから、なのさ」
「うそだろ!?」
「俺様は嘘はつかない。あくまで真実を情報として提供する。それが今回俺様に課せられた使命さ。負けた、って言っても《四英雄》を《聖王》に選んでから邪神メトゥレーと相打ちで、な」
静まり返る場の雰囲気に苦笑するとルタトは肩をすくめる。
「おいおい、そんな驚くなよ。確かに俺様がお前さんたちに語っているのは普通じゃ知りえない情報だけどよ。必要になってくるから話してるんだぜ?」
「必要になってくる?これが?」
「おう。人間の不思議なところをもうちょーっと語るとするか。エレスをレイラウア聖教が祀るように邪神メトゥレーを祀る人間もいる。今も昔も変わらず奴らの悲願は1つ、邪神メトゥレーの復活。この世界は創造神エレスの残した意思、レイチェによって恩恵を受けて廻っているってのに不思議だよなぁ?」
くっくっくと笑い声を漏らす。
「……本当に」
「ん?」
「本当にレイチェのおかげなの?」
「ほーう。どうしてそう思った?」
「だって、全部が全部レイチェのおかげならレイチェが見つかる前はどうしていたのかなって。レイチェが見つかる前も人間はいたんでしょう?」
「ははーん。そりゃごもっとも、だな。必要最低限の暮らしはレイチェがなくてもエレスの加護がなくともできるだろうさ。けどな……」
ルタトは右手と左手に魔法の光を灯す。そして手のひらをうってその光を消す。
「今、人間同士が争っていられるほど『平和』なのはエレスが残したレイチェの力があるからなのさ。邪神メトゥレーの本質は破壊と絶望。闇、負の力を糧とし……邪神メトゥレーは力を取り戻すだろう。今はまだその影響をレイチェが抑えているが果たして完全に復活したメトゥレーにエレスの加護なく立ち向かえるかな?」
「……」
「つーってもよぉ……」
「ふぇ?」
「邪神メトゥレーも創造神エレスも力を失い眠りについているだけで存在するにゃするんだけどよぉ……。ああ、あくまで伝承だぜ?エレスは最後に自分がいなくともメトゥレーに対抗できるように力を残したって話だ。回りくどくなっちまったが、それが《聖王》らしい。《四英雄》に与えられた仮染めの《聖王》としての力じゃあなくてエレスと同等、古い聖典じゃそれ以上とも言われてる真の《聖王》の力だな。で、その力を伝えてきたのがレイラウア聖教の最高権力者だっていうが……ここがまた悩みの種でねぇ」
ルタトは大きくため息をついた。
「その最高権力者って言われているの《導師》じゃあないらしいのよねぇ。で、それらしい人をあたってみても……隠された神話と《四英雄》の最高機密ぐらいしか手に入らないし。《従士》を名乗るのは大抵教団の従者の肩書だから知っているわけないしねぇ」
いきなり愚痴りだしたルタトはバンダナを解いたり巻き直したりし始める。
「このままじゃ邪神に対抗出来ねぇからって情報収集に出されたわけよ。情報提供がてら、ねぇ」
「へ?じゃあ、なんで俺たちについてきてるわけ?ていうか、俺達こんなこと聞かされる理由もまだわかってねぇんだけど」
「……俺様だって分からねぇよ。そうしろって俺様の主が言うんだし。……そもそも今回の件にゃ俺様だって何が何だか分からねぇまま同行してんだ。候補者を集めんのくらい俺様なしでもできる技量はあるだろうに……逆に俺様がいてややこしくしてるんじゃねぇか、って思っちまうんだよねぇ」
「どういうこと?」
「どういうも、こういうも……おい、お前ら準備は?」
「戦う準備?……なるほど、確かに面倒ごとみたいだな」
ロルフは肩にかけていた弓に手を伸ばす。
それをみたキルも腰の剣へ手をかける。
「え?キル?ロルフ?」
「嬢ちゃんは今回は隠れてな」
「へ?うん?」
「だから表立ってはうごきたくなかったつーの。……なぁ?ばれてんのわかってんだろ?さっさと要件を言っちまったほうが互いのためだと思うんだけどよお?」
いつもの軽い雰囲気を全く感じさせない。
それどころか殺気さえ感じさせる声音でルタトは森へ呼びかける。
「さすがですね、さすがあの人の右腕といったところ」
「相変わらずネチネチとうるせぇよ。で?俺様今あんたらの相手してやれるほど暇じゃないんだけど?」
「ああ、心配なくてよ。あんたが素直に情報を渡してくれればいいだけですからね」
いつからそこにいたのか女はくつろいだ様子で木に寄りかかり立っていた。
「……なんのことだっけ?」
「とぼける気ですか。相変わらずですね。……まあ、いいでしょう」
「は?」
女が諦めるとは思っていなかったのかルタトは素っ頓狂な声をあげる。
「情報以上の収穫がありそうですし。まさかそちらが保護しているとは思いませんでしたが」
「なんのこと……って、なるほどな。こいつも渡すわけにゃいかねぇんだよ」
ルタトが片手を広げてミラをかばう。
女の視線もミラだけに向いていた。
「へ?私……?」
「記憶喪失ですか。むしろ好都合でしてよ。……下手に抵抗されればこの男がいる状態での勝算はないでしょうし」
「今でもお前さんの勝算は0だっての。こっちも0。何故なら」
ルタトはミラの腰帯を掴むと抱きかかえる。
「逃げるからなっ!あばよっ!」
「へ?あ、ちょっと待ちなさい!」
「これも作戦だっての!魔物さんたちもはい、さよならー!」
ルタトが指を鳴らすと煙幕があたりを包み込んだ。
メトゥレー……