第15話 《聖王》
2話ぐらい続けて設定詰め込みます
……今のところそれほど重要じゃない
「……」
彼ら以外に人気がない部屋。
黒を基調につくられ、精巧な細工が施された天窓からは一筋の月光が差し込んでいる。唯一の出入り口であろう大きく重厚な両開きの扉の反対側、数段高くなった位置には王座が置かれている。
その王座にゆったりと腰掛ける黒衣の人物の顔は目深にかぶったフードで見えない。柱にかかった淡い魔法灯の明かりでかろうじて見える口元に笑みはない。それ以外に分かることと言えば、フードの人物が色白であるということのみ。
扉から王座までひかれた赤いじゅうたんの上に跪くのは灰の従者服を着た男―――ルークだった。
「あれでよろしいのですか?」
「……ああ、いい」
「では引き続き任務を遂行します」
「……」
黙り込んだ主に一礼するとルークは扉に手をかける。
「……我々は迷ってなどいられない」
「はい、承知しております」
「そういえば」
両脇に木々がうっそうと茂る街道を歩きながらふと、思い出してミラは声をあげる。
「んー?」
「なに?」
「なんだ?」
「ピー?」
ルタト、キル、ロルフに加えて肩にとまっていたラフレまでもが何事かとミラの方を見る。
この数時間特に話題もなく黙々と歩いていたからだろう。
「大したことじゃないんだけどさ、聞きたいことがあって。《従士》ってなに?」
「は?《従士》?」
「うん。旅立つ前の夜のことは話したよね?その時に《導師》様が《従士》のことは自分じゃなくて他の人の説明の方が分かりやすいだろう、って言っていたから」
「へー、そんなこと言うなんて珍し……くもねぇか。と、ちなみにこれは俺様よりふつーの信者に説明してもらった方が簡単にまとまると思うぜ?」
「じゃあ、キルに任せるよ。エルフと人間じゃ少し違うって父さんにきいたからね」
「えー……俺?わかったよ。じゃあさ、ルタトとロルフで神話を話してくれよ。まさか全部俺に説明させようなんて気じゃないよな?」
「お安い御用さ」
「なんならこの辺で休憩しながら、ゆっくり話さない?」
「もちろん。俺様おなかペコペコ……」
ほかほかと湯気をあげるカップからお茶を一口飲む。
長くなるから、とキルが用意したのだ。
「まず最初に教団の成り立ちからだな。昔、まだファルマ帝国でさえない頃、ちょうど人が空を飛べるようになった頃ある一団が空に浮かぶ遺跡を見つけた。そこで巨大な魔力の結晶を見つけたんだ。普通の人には扱えないほどの力を秘めた魔力の結晶さ。人々は歓喜してそこから力を引き出す方法を研究し始めた」
時は流れ、やがて人は国家をつくっていった。
今から約6500年前はレイラウア聖教の前身であるレイラウア教の最盛期。そして衰退期だった。
そのころには人は魔力の結晶から力を引き出す術を会得していた。すなわち《導師》制度だ。力を引き出し利用する資質を持つ人間を《導師》と呼び魔力の結晶を管理する団体の長とする。人知を超えた強大な力は畏怖の念を呼び起こしやがて宗教となっていった。
当時の《導師》はエルシアルという名前だった。
レイラウア教史上最高の力を持つ《導師》で誰もがみな、彼ならば魔力の塊―――レイチェを完全に安全に制御できると思っていた。過信していた。
ある日、彼はレイチェを暴走させたのだ。
「ここで注意しとかなくちゃいけないのはレイチェがただの魔力の結晶体じゃないってこと。強大な魔力ゆえかレイチェは意思を持っているらしいんだ。普通の人間じゃ分からないらしいけど、その声をききとって意思疎通できる人間が当時の《導師》に選ばれた人たち。実際、今も昔も《守護者》は存在して、彼らはレイチェによって選ばれてその力を与えられてるから嘘じゃないとは思うんだけど。と、それはいいとして」
運悪く、その時暴走した力は魔物を生み出した。
暴走した魔力と闇が反応して生み出された魔物は世界中を飲み込んでいった。
世界中の国家が壊滅するのは時間の問題だった。そこで当時の教団は国を超えた軍隊を組織し魔物に対抗していった。これが赤き刃の前身ともいえる。
彼らを指揮したのが《導師》エルシアル・レイラウアとその対となる《導師》ミシュナ・レイラウア、エルシアルの側近であったユラン・グリヴィア、そしてケリントラ・クルヴァーンの4人。彼らは同時に《守護者》にも選ばれ、魔物の発生源となっていた暴走したレイチェを封じに行った。
だが桁違いの魔力によって暴走しているものがそう簡単に収まるはずがない。打つ手がないと思われた。
「だけどそこで諦めなかったのが彼らさ。見方によっちゃ最悪だが彼らは1つの結論にたどり着いたんだ」
「どんな?」
「所謂、いけにえってやつさ」
彼らがたどり着いた結論は単純だった。
強いのなら分けてしまえばいい。
強いのならこちらもさらに強いものを投じればいい。
まず、彼らは暴走したレイチェの力を3つに分けた。そしてそれぞれに1人ずつ付き己の存在を同化させそれごと封印した。
「彼らは《守護者》として選ばれるくらい資質はあったからね。それにもとから強い人たちだった。けれど彼らは完全に封印することはしなかった」
完全に封印してしまえばレイチェからの恩恵はなくなってしまう。
彼らは自分たちの意思のもとでレイチェの力を管理、維持をできるようにした。そのうち3つが今世界に存在する3つのレイチェであり、その1つ1つには彼らの意思が根付いて今も世界を見守っているという。
「……って、丸く収まっちゃったじゃない」
「まだあるんだよ。複雑な物語がさ。3つって言っただろ?彼らは全部で4人だ。《四英雄》って呼ばれてるくらいだからな」
「あ、そっか。1人足りないんだ」
「ピー」
《四英雄》達がレイチェを封印しても魔物は完全には消えなかった。
そして、暴走はまた起きる可能性があった。《四英雄》たちはレイラウア教をレイラウア聖教とし新しい厳格な制度のもとでレイチェを管理させた。
だが、レイチェにはもともと意思がある。
そのレイチェの意思は暴走で酷く歪んでいた。
「神、ともいえるレイチェの意思が歪んでりゃ影響はどんなものか分かるだろ?消えかけていた魔物は復活。でも悪があれば善もある。神様だって同じさ。正しい表現かはさておき残った善の意思を振り絞って人間に最後の希望を託したんだ。それが《聖王》。別名、神の代行者さ」
「《聖王》?」
「まさに神の如き力を持って世界を導く力さ。《守護者》以上の力を持って絶対的な世界の法則さえ塗り替える。レイチェはその力を行使して自らを破壊するように《四英雄》に頼んだ」
だが、レイチェを破壊するということは恩恵を受けられなくなるということ。そして同化している彼ら自身の命を絶つということ。
彼らは皆、自分が犠牲になることをいとわなかった。
しかし、未来に人々に与えられるはずの恩恵を断ってしまうことはできない。
「ずいぶんと面倒ね」
「まあね。……これこそ結末はいけにえ、だよ」
これ以上先延ばしに出来ない。
そうなった時、行動を起こしたのはケリントラ・クルヴァーンだった。彼は全員の闇、穢れ、負を自分のもとに集め、同時に《聖王》の力も集約しその力を使って自らが宿るレイチェを砕いた。
残った《四英雄》達はまた起こるであろう暴走と魔物の顕現に備えて教団軍の強化と対策を進めていった。人々は感謝の意を込めて残るレイチェを祀り守っている。
「これがレイラウア教団の成り立ちだよ。英雄の宿る結晶であるレイチェは神の意思が宿る結晶でもあるんだ」
「で、《従士》は?」
「《従士》っていうのは《聖王》の力の1つ。《聖王》と他の人がかわす契約の1つで絶対的な拘束力を持つんだ。《守護者》以上の力をもった忠実な《聖王》の下僕、ってとこかな」
「……混乱してきた」
いつの間にかカップの中身は冷え切っていた。
「……やっぱりルタトさんが説明したほうが分かりやすかったんじゃ?」
「あー、俺様が説明するとざっとこの5倍はあるぜ?」
「じゃあ、要約!要約とかできない?」
「……簡単にいうけどよ、知ってれば知ってるほどあれもこれも重要に思えてくるもんよ?人間。一応は……これ」
―――はるか昔、レイチェが暴走し《四英雄》はその身を犠牲に封印を施した。しかし一度歪んでしまった神の意思は魔物を生み続けた。神は残った力で自らの破壊を《四英雄》に頼み、ケリントラは《聖王》の力を使ってソレを実行。残ったレイチェは今も人々に恩恵を与え続け、人々は神を守り崇めている。
「……って、かなーり史実とは変えられちまってる部分もあるんだけどな」
「へ?」
ルタトはニヤリと笑う。
一気に説明を突っ込まないような工夫ができるようになりたい……