第14話 裏の情報人
「よろしくなっ!」
「……は?」
旅の出立日、城門を出た時だった。
いきなり目の前に現れた男は自分の事を旅の同行者だと名乗った。
10代の青年のような見た目だが纏っているどこか達観したような雰囲気から彼が何歳なのか分からなくなる。
「まーまー、そんなに警戒しなくてもさー」
「ひゃっ!?」
男はミラの肩に手を回す。
「ピィィィ!!」
「いでででででで!?」
その手を肩にのっていたラフレがつつきまわす。あわてて距離をとった男はそれまでのチャラけた態度を崩さないまま話し始めた。
「だーかーらー、俺様はお前たちの旅の正式な同行者だっての!ほらっ!」
男は袖をまくる。
そこに見えたのは腕に巻かれた赤いバンダナに描かれた円のような紋章だ。金糸で刺繍されている。
「……それって」
「レイラウア教団の紋章!?しかも赤の……!?」
「へ?」
「そーそー。だからさー、……そんなに警戒しないでくれよぉ?」
不敵な笑みを浮かべた男は驚くキルとロルフをよそに頭に巻いたバンダナを直し始める。そのバンダナも腕に巻いてあったものと同じ赤色だった。
「……何でアンタみたいなやつがこんなとこに?お目付け役ってことか?」
「まーまー、……落ち着いて話そうぜ?ファローム家のお坊ちゃんに……ダロン副長の、か。それに、ねぇ。なかなかおもしろそうな旅になりそうだな。それと、俺様はお目付け役じゃあなくて情報提供役!そこんとこよろしくっ!」
「情報提供役……?レイラウア教団が直々に補佐してくれるってのか?俺たちを?」
「そ。そこでなんで?どうして?って聞くのはルール違反だぜ?俺様達だってお人よしじゃあない。困ってるからって何でもかんでも教えられるわけじゃあねぇし、それこそ、俺様が直々に出てくるなんてこたぁ本当は避けてぇとこだしよ。……そこの2人あたりは理解してんだろ?俺が『アレ』だって言ったら、こう、だってよ?」
男は手刀を首にあてる。
「はいっ!」
「あの、2人とも」
1人置いてけぼりを喰らっていたミラは目の前で青ざめる2人の少年に向かって声をかける。
「私にも分かるように説明してくれませんか?」
「うーん……」
「あー、じゃなくて、私にも分かるように説明してくれ……る、かしら?」
直前に仲間内での敬語はやめておこうと約束したことを思い出していいかえる。言いだしたのはキルだった。
「うん。もちろん。そこにいる人はレイラウア聖教……レイラウア教団の教団員。その中でもエリートさ」
「エリートだってどこから分かるのよ?」
若そうだし、と口にしようとしたところでロルフに止められる。
「彼らに年は関係ないんだよ。教団は基本、実力主義だからね。力が認められればどんなに若くても重役につける。《導師》オリスは訓練兵っていう養成課程から直接、教団軍《赤き刃》の特殊部隊入りをしたって話だ」
「そそ。その話は本当。よく知ってるねぇ、エルフさん。おっと……そんな目で見ないでくれよ」
エルフ、と呼ばれたところでロルフに睨みつけられた男は謝るように手を顔の前にかざす。
「まあ、もっとも……特殊部隊のことをなにかしらの軍所属の若いヤツラ以外で知ってるやつはそういないだろうさ。……壊滅しちまったからな」
「壊滅……」
「まーね……」
どこか遠いところを見るような目をする男。
だが、その猫のような瞳がにやりと笑う。
「んでよぅ、俺様のこと信じてくれた?」
「ふあ!!?ち、近い!」
思いっきり顔を近づけてきた男から数歩後ずさる。肩にいたラフレは驚いたのかピィとも言わずに男の顔を凝視していた。
「し、信じる信じないの前に、まだ名前さえ聞いてませんしっ、それに、私には何が何だか分からないので……ちょっと、2人とも、にやにやしてないで助けたらどうなんですか!?」
「だから俺様は味方だっての!」
「自分から味方っていう人ほど怪しく思ってしまうのは私だけですか?」
「だー!俺様だから表立って動くの嫌いなんだよー……」
頭を抱える男。そこに城門の方から声が聞こえてきた。
「教団トップクラスの諜報員がきいてあきれますね。しばらく雑務ばかりをこなして腕が落ちたのでは?」
「げ」
立っていたのは灰色の従者服に身を包んだ少年だった。だが、こちらも男と同じく見た目にそぐわない大人びた雰囲気を纏っている。
「騒がしいので何か、と見に来てみれば。ルタト様、やはり私がかわりましょうか?」
「いやいや、あいつから任されたの俺様だし。お前さんも主ほっぽりだすわけにゃ、いかねぇだろ?適材適所ってやつでさぁ」
「……認めましょう。あなたより私の方が気が利きますし」
「おい!?」
「諜報においてはあなたの方が腕は上ですし」
「お、おう」
「だからと言って、この方たちに対して無理に隠そうとしなくてもよいと仰られていましたが?正体を。ただでさえ怪しいのにもっと怪しまれるでしょう。憲兵に不審者として突き出されても何もしませんよ?」
「……その話は内密にー」
「と、言うわけで皆さん。この男、教団が身の上は保証しますので。どうぞよろしくお願いしますね。……と、この男のペースにまかれて忘れるところでした。私、レイラウア教団所属《従士》ルーク・ルーカスと申します。以後お見知りおきを」
「んで、俺様はレイラウア教団赤き刃諜報部のルタト・ランウェイだ。諜報員、って他では言うなよ?」
「は、はい……?」
「では、私は主のもとへ戻りますので。ルタト様くれぐれも『お気をつけて』」
「ルー、お前さんもな。童顔さん」
その言葉に城内へ向かって歩いていたルークの手から何かが放たれる。
「私はっ、こう見えてもっ!三十路過ぎているんですっ!!」
「はーいはい、わーかってるよ」
とんできた物体を片手で次々とキャッチするルタト。開かれたその手を見ると何か薄緑色に光る液体が滴っている小刀が数本指の間に挟まれていた。
「うわ、これ……ミドリモクソウだ……」
覗き込んだロルフがつぶやく。
「なにそれ?」
「猛毒。この小刀がかすった程度の傷でも死んじゃうくらいのね」
「だいじょーぶだいじょーぶ。体内に入んなきゃ無害だからよ。じゃれ合ってただけだし」
ルタトは小刀を皮袋に放り込む。
「ま、そういうわけだからよろしく頼むなっ!」
「俺さ、どっかでルタトって名前聞いた事あるような気がするんだけどな……」
何事か考え込んできたキルが声をあげる。
「ルタト・ランウェイ……んー、どっかで……」
「まーまー、いいじゃねぇの。よくある名前だって。それより出発しねぇと野宿になるぜ?ってなわけで、しゅっぱーつ!」
「あ、おい、勝手に行くなよ!」
速足で歩き始めたルタトと追いかけて走り出すキル。
ミラとロルフは顔を見合わせると2人を追いかけた。
ルークさん追加~
追加したことで今後にどう影響が出ていくか……