聴覚障害者の日常 手遊び歌編
イマドキは手遊び歌というのはやらないのだろうか?
アタシの幼児期、小学低学年あたりは、手遊び歌は当たり前で、アルプス一万尺なんかは有名かも。
二人で組んで、手を取り合ったり、叩いたり、あわせたりするんだけれど、この手の流れは色々なバリエーションがあった。
タイトルは忘れたけど『お寺の和尚さんがカボチャの種を蒔きました〜〜』なんかは、歌もいろんなバリエーションがあったと思う。
ともかく、子供たちが小さい頃はよく一緒に遊んでいたのだけれど、特に娘は手遊び歌が好きでよくアタシと歌いながらやっていた。
ついこの間、愛媛の国道を走ることがあった。
と……、体が震えるようなリズムを感じて、ダーに聞いたら、「メロディーラインだね。ほら、君がいつもやってた……なんだっけ?」
と、娘に投げた。
娘は
「知らない」
と、即答。
「いやいや、知ってるよ、手遊び歌だよ。よくお母さんとやっていただろう?」
手遊び歌……
愛媛……
みかん……
「それって、みかんの花?」
と、アタシ。
「そうそう、それそれ。」
「え〜〜?メロディが違う〜〜。お母さんの歌ったメロディーで覚えたから知らないよ〜〜」
ガーーン
「え?みかんの花、お友だちとか学校で歌ったことない?」
「ない……」
娘は、他で聞いたことがないから正しい「みかんの花」を知らずに育っちゃったんだ……。
耳の悪い人は、メロディーをきく事ができないので、音感がないからもとより音程も解らないわけで、アタシの場合、辛うじてリズム感だけあった。
あったというか、アタシの場合は、エレクトーンを習わされて、音符を読むことやリズム感を修得することができたわけで、他の聞こえない人もリズム感があるのかどうかは知らない。
ともかく、アタシの適当なメロディーの「みかんの花」を素直に覚えて育った娘は、いまだに正しい「みかんの花」を覚えられない……。
娘にはすまないけれど、実は、なんだか嬉しかったりするのは内緒。