元凶
連合暦20年6月18日、
シェリルは悲しみのあまり、何も考えることができなかった。
頭の中に語り掛ける声が聞こえるまでは、、、。
その声は最初こそ、小さくか細かったが、次第に大きく、
力強くなっていった。
そして、頭の中の霧が晴れてゆく。
今では、はっきりと聞こえる
???:「ジェイルは生きている。」
シェリルは、その声に気が付き、顔をあげると振り向いた。
そこには、右手のひらを自分に向け、神妙な顔をした
レミューズが立っていた。
レミューズは、優しい声でシェリルに語り掛けた。
レミューズ:「ジェイルは生きている。
意識を失っているだけだ。
もう少し、寝かせてやれ。」
シェリルは、涙を拭くと、黙って立ち上がり、
ゆっくりと頷いた。
レミューズ:「何があったかを説明しよう。
一緒にきてくれ。」
シェリルとサールは、レミューズの後に続き、
隣の部屋へ移動した。
そこには、ドレアルとエッグ王子が待っていた。
ドレアル:「どうやら、そろったようじゃな。
なにが起こったのか説明しよう。」
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ドレアル、レミューズ、ジェイルの3人は、大河の水差の祠の
前で、完全に体が動かなかった。
3人とも、後ろから近づく人の気配だけを感じていた。
???:「気分はどうかな?
あっ、そうか、しゃべれなかったね。
じゃあ、こうするかな。」
ジェイル:(んっ?この声、どこかで聞いた覚えがある。
一体どこだ?思い出せ。)
次の瞬間、突然頭の中に声が聞こえた。
???:((これでよし。聞こえるだろ?))
レミューズ:(これは、パーティーの術式か?
しかも魔法陣もなしにやったというのか?
一体何者なんだ?)
ドレアル:((聞こえるぞ。
ところで、お前は何者じゃ?))
???:((名前を聞いているのかな?
それなら、ゼロスとでも呼んでくれ。))
ドレアル:((ゼロスじゃと?))
レミューズ:(ゼロス?)
ジェイル:((あっ、思い出した、この声、ニコさんの声だ。))
ゼロス:((えっ、ちょっとまってね。
・・・・・・・・・・
あぁ、そいつの言っていることは、本当だよ。
こいつの名前はニコみたいだ。))
レミューズ:((なんだと、どういう意味だ?
まさか、記憶を調べたのか?
憑依しているとでも言いたいのか?
まさか、お前は魔獣なのか?))
ゼロス:((おいおい、壊すだけしか能のない魔獣と
一緒にしないでくれよ。
こいつの身体は借りてるだけだ。))
ドレアル:((ヴァニッシュなのか?))
ゼロス:((バニッシュ?
・・・・・・・・・・
なるほどね、魔獣の手助けをするの人間達の事か。
んー、そういう意味だと、ヴァニッシュなのかな?
そこのやつにも、手伝わせてるし。))
ドレアル:((お前の目的は一体何なんだ?))
ゼロス:((んー、とりあえず、今は2つかな。
1つは、この大河の水差を使わせない事かな。
これに関しては、封印を解く時間がなかったので、
開けてくれて助かったよ。
まあ、大河の水差に関しては、ついでなんだけどね。
もう1つは、あの召喚士に消えてもらう事かな。))
レミューズ:((なんだと、、、貴様。
何をやろうとしているんだ?))
ゼロス:((そうだね、折角だから教えてあげるよ。
僕はね、世界を昔に戻したいんだよ。
世界は、元々創造と破壊のバランスで
成り立っていたんだ。
創造だけでもダメ、破壊だけでもダメなんだ。
ところが、人間が幻獣を仲間にしたことによって、
そのバランスが壊れたんだ。
それだけだったら、まだ問題は無かった。
問題は、魔獣を異世界に閉じ込めてしまった事なんだ。
そのために、この世界の進化は一気に
減速してしまった。
生物は、生き残るために進化を続けているんだ。
そして、生き残れた種のみがそれを次に引き継ぐ。
ところが、人間は生き残るための方法を他に見出し、
進化することを自らやめてしまったんだ。
だから、僕は魔獣の壺を作ったんだよ。))
ドレアル:((なんじゃと、貴様が魔獣の壺を作ったじゃと。))
ゼロス:((そうだよ、最初の壺を作ったのは僕さ。
そして、魔獣に作り方を教えた。))
レミューズ:((なるほど、貴様が元凶という訳か。))
ゼロス:((いや、そうでもないよ。
元々発端は、人間が幻獣と契約を結んだことなんだよ。
そして、魔獣を異世界に閉じ込めたことだ。
それが無ければ、魔獣の壺も作らなかった。
まあ、魔獣が存在するなら作る必要もないけどね。
それに、一部の人間は自ら進んで僕に協力してくれる。
今回の魔獣王の復活も人間がやったことだしね。
もちろん指示したりしてないよ。
僕は、その手助けをしているにしか過ぎないんだ。
この身体は勝手に使わせてもらっているけどね。))
ジェイル:((なんだって、おぃ、ニコさんを解放しろ。))
ゼロス:((すまないが、それはできない。
僕がベンヌの所在を確認するために行動していた時に、
この男に前の身体を壊されちゃったんだよ。
仕方なく、身体を使わせてもらっているんだ。))
ドレアル:((まさか、お前は精神体なのか?))
ゼロス:((精神体?
・・・・・・・・・・
うーん、難しい質問だね。
言っても分からないだろうから教えないよ。
さて、そろそろいいかな?
僕は、召喚士の居場所を知りたいだけなんだ。))
ゼロスが何かの呪文を唱える。
ジェイル:((あっ!!))
その瞬間ジェイルの意識が飛んだ。
ドレアル:((うっ!!))
レミューズ:((くっ!!))
残りの二人は、背中に激痛が走った。
ゼロス:((あれれ、坊や以外には、効果なかったか。
ふーん、守護の魔法陣でも彫ってるんだね。
じゃあ、痛かったでしょ。))
レミューズ:((魅了の呪文か、残念だったな。))
ゼロス:((まあ、そうなんだけど、
坊やからの情報だけで、我慢するよ。))
ゼロス:「おい、お前、そいつだけ金縛法を解く、
暴れるかもしれないので抑えておいてくれ。」
ドレアルは、見逃さなかった。
前を通過した時に見えた顔は、この国の大臣だった。
そう、最初にこの地底湖を探索したときの宮廷魔導士であり、
大河の水差を封印したときの補佐役。
そして、現在の大臣、その人だった。
大臣がジェイルを抱きしめるように拘束する。
ゼロスが、右手を前に出し、
ジェイルの頭に手を置こうとしたその時。
ゼロス:「ぎゃーーーっ!!」
突然2人の身体が動くようになった。
レミューズがジェイルの方を向くと、
切断された右腕の付け根を左手で押さえたゼロスが見えた。
ジェイルは、真っ赤な血に染まっている。
奥にしゃがんでいるのは、エッグ王子だろうか?
片手に剣を持ち、振り下ろした後の様にみえる。
ゼロスの身体から、霧のようなものが噴き出す。
そして、その霧が大臣に吸い込まれてゆく。
大臣は、ジェイルの拘束をやめ、後ろに下がると、
次の瞬間、白い光と共に消えていった。
ジェイルを見ると、意識を失っているのかぐったりとしている。
力なく立つ体をエッグ王子が支えていた。
そして、ジェイルを静かに地面に横たえた。
ドレアルがジェイルに近づき、身体を確認する。
レミューズは、倒れたニコの身体を確認する。
そして、切断された右腕を手に取ると、ニコの身体に繋げ
呪文を唱え始めた。
しばらくして、
ドレアル:「ジェイルは、大丈夫そうじゃ。
気を失っているだけじゃの。
魅了の呪文も何とかなるじゃろう。」
そう言いながら、レミューズを見る。
レミューズ:「この者の腕も大丈夫でしょう。
とりあえず、接続だけはしておきました。」
ドレアル:「そうか。
ところで、エッグ王子。
わしらからは、見えなかったのだが、
一体何が起こったのじゃ。」
エッグ王子:「はい、事前指示の通りに後をつけ、
地底湖を船で移動して、敵の視界を避けるように
祠の影に隠れていました。
そして、ジェイルが攻撃されそうになったので、
祠の上から飛び降りて切りつけたのです。」
ドレアル:「なるほど、助かったぞ。」
エッグ王子:「それよりも、あいつは何者なんですか?」
ドレアル:「うむ、その話は、戻ってからにしよう。
ジェイルとニコ殿の事も気になる。
すまんが、2人の救護を頼む。
わしは、大河の水差を回収してから戻る。」
エッグ王子:「わかりました。」
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ドレアル:「わしとレミューズは、大河の水差の回収を済ませ、
戻ってきたというわけじゃな。
ニコさんは、気が付くとすぐにカイン王に報告に
向かった。そして、今に至るというわけじゃな。」
黙って聞いていたサールが神妙な顔をして言った。
サール:「んー、にわかに信じられない話ですね。」
ドレアル:「そうじゃろうな。」
サール:「そのゼロスというやつですが、
魔獣の壺を最初に作ったということは、
一体、何年生きているのでしょう?」
ドレアル:「うむ、数千年、数万年という事じゃろうな。
不死なのか、あるいは他に方法が
あるのかもしれんが。」
サール:「不死なんて、精神体以外考えられないのですが、
幻獣などの精神体としては、
行動に一貫性が無いと思うのですが。」
ドレアル:「そうじゃな。
我々の知らない何かなのかもしれんな。
情報が無い以上、検討は無意味じゃろう。
ただの想像になってしまう。」
サール:「そうですね。」
サールが横を向くと、シェリルが何か悩んでいるような顔を
していた。
シェリルがそれに気づき、戸惑った顔で話し出した。
シェリル:「あのー、実はゼロスという名前なんですが、
どこで聞いたのか思い出せないのですが、
聞いた事があるような気がするんです。」
シェリルの発言にレミューズが驚いたような顔をした。
レミューズ:「実はな、私も聞いた事があるような気がするんだ。
残念ながら、私もどこで聞いたのか思い出せない。」
ドレアル:「不思議なこともあったものだな。
しかし、そのゼロスという者が全てを知っているのは
間違いないじゃろうな。」
A:んー、話が急展開すぎます。
ジェイルが生きていてよかったです。
C:そうですね、気が付いている人もいるかもしれないですが、
以前に、「私も若かったのだよ」と語っているので、
死んでいない事は分かっていたんですよね。
A:なるほど、そうだったんですか。




