縛り92,Xボタン封印
いつぶりだかも思い出せないけどクロ視点です。
なんとか毒責めの難を逃れて、久しぶりに心身を確り休めることが出来た、その翌日。
スミスさんはその一晩で注文を形にしたようで、仕上がったスカートをユーレイに見せていた。
「すまないね。可能ならもう少し若者らしい明るい色にしたかったんだが……」
「大丈夫大丈夫! むしろ上半身装備がこれしかないからスカートだけ明るくてもアンバランスだし?」
「なにか上に羽織るものとか作ったほうが良くないかい?」
「装備増やすのはリスキーだからしばらくは止めておきたいかな」
呪いの装備じゃないもの身に着ければ済むだろ! と、喉まで出かかったツッコミを飲み込む。飲み込む必要あるか? 呪いの装備を使う理由は有っても、呪いの装備しか使わない理由ってこだわり以外ないよな?
「とりあえず早速着てみるね! 着替え覗いちゃダメだよ!」
心身ともに確り休めたとさっき言ったな。あれは嘘だ。昨日から突っ込みづらいボケが多すぎる。
メニュー操作で一瞬で終わるから覗きようもない。なんてことを全く態度に出さず、すっとユーレイに背中を向けるスミスさんを見習っておこう、とりあえず。
「ダメだ! 見えねえ!」
「堂々とガン見は流石にどうかと思うよ!」
「あだっ!」
老師も老師で昨日から蛮勇が過ぎないか……? やり取りからして着替え、と言うよりは装備変更が終わったらしいので向き直る。
「どう? 問題なく似合ってる?」
新装備は暗い赤色で膝が隠れるくらいの丈が有るスカートみたいだな。スミスさんの言っていた通り色味はかなり暗い。なんて言うんだこういう色? ワインレッド? よりももっと暗いと思う。高そうな椅子のクッション部分とかこういう色してるよな。
下半身の装備が半ズボンからスカートになった以外はさっきまでと一緒。ファッションとしては足元とか小物とか何より腰のナイフとか改善すべきところが多々あるんだろうが、呪いの装備で揃えたことを考えればお洒落な部類だろう。
「似合ってるぞ。ちょっと、似合い過ぎかもしれんが」
今更な話だが、このゲームでは今のところ鏡というものに俺たちは出会っていない。なので自分の外見に関して自分の目で正確に把握することは難しい。
俺とユーレイはお互いのリアルを知っているからリアル準拠になっていることは把握しているが、そこまでだ。
何が言いたいかってつまりユーレイは今の自分の外見が分かってない。
「似合い過ぎ? まあ問題ないならいいかな。ありがとうスミスさん!」
「なんと言うかあれだな! あれだ! ほら!」
「ストップ老師。それはもう一回チョップを食らうことになる」
問題は、有る。有るんだが、気付かなかったことにしておくのが良いと俺は思う。たとえそれが先送りにしかならないとしても。
そう、黒いシャツと暗い赤のスカートは思ってた以上にマッチしていた。マッチしていたが、それが良い方向に働くとは限らないんだよな。
本人は把握してないが、呪いの装備の影響なのか何なのか、ユーレイの顔色は装備をそろえて以来あまりよろしくない。それに加えて、ステータスの恩恵で日射しに対しても防御力が高くなるのか、あるいは洞窟生活の影響か、顔以外の部分も肌色が薄い。
簡潔に纏めると、『街中で見かけても絶対にちょっかいをかけようと思わないタイプの美人』って感じだ。スカート捲り犯も手を出さないと思う。賭けても良い。下手に手を出したら呪われそうだもんよ。実際のとこ呪いの装備品だしな。
にしても、いつものことながら外見詐欺もいいところだよなコイツ。
「よしっ、じゃあ準備も出来たし、今日こそスカート捲り犯どもをとっちめてくるよ!」
「ああ、まあ頑張ってな」
「任せて! 捕まえたら呼ぶからクロ達は駆けつけれるように街中で待機しといてね! すぐ終わらせるから!」
ユーレイはそう言いおいて返事も聞かずに走り去ってしまった。
街中で待機なあ……
「ん? なにしに行ったんだ?」
「昨日話してただろ。囮になってノコノコ出て来たスカート捲り犯を捕まえるっていう」
「だって囮連れて行ってねえぞ?」
「だからユーレイ自身が囮もするって」
とぼけた質問をしてきた老師だったが、作戦を近いしてなかったわけじゃなく、ユーレイの行動が作戦と結びつかなかっただけらしい。そりゃそうだよな。ちょっと直感型なだけで俺より年上なんだしな。俺の返答を聞いて状況理解したらしく爆笑してるけど。
仮にも女性の外見のことをお腹を抱えて笑うのはどうなんだ? そんな大声出して、本人に届いたらどんな報復が待ってるか想像もしたくないぞ。
「ひいっひいっ…… スカート捲りっ、あれを? ぷっ……」
ひとしきり笑って、感想を口にして笑いがぶり返したのか再び笑い転げる老師。そこまでか。そこまでかもしれん。
老師の様子に困ったような表情を浮かべながらもリンドウさんが声をかけて来た。いつまでもここでたむろしててもしょうがないもんな。
「えっと、じゃあ今日も宿屋で薬の調合すればいいんですか? 材料がちょっと心もとないんですけど……」
「あー、レベル上げしようかと思ってたけど、材料が手薄ならそっち優先か」
「えっ? 街中で待機しなくていいんですか?」
「夕方までは連絡来ないだろうからな……」
性格的に、スカート捲り犯が出てこなかったからって早々に切り上げたりはしないだろう。たぶん場所を変えたりしつつ限界まで粘るはずだ。
つまり、俺達も問題なく一日フルに活動できるってことでもある。
「スミスさんはなにか必要な素材有りますか?」
「そうだね、毛だけじゃなく皮の加工にも手を出してみようかと思っているんだが、大丈夫かい?」
大丈夫かというのは、狼のことだろうな。レベルが上がってるとはいえユーレイが居ないし、楽ではないだろうなあ。素材をはぎ取る余裕は無いかもしれん。
「じゃあ北門の方に向かいましょうか。レベル上げとしては適正でしょうし。厳しそうなら無理せず撤退も視野に入れて」
「クロ君の武器はどうするんだい?」
「昨日ハンマー買っときました」
両手で持つのにちょうどいい重さのものが無かったので、両手槌の柄を詰めて片手用にしてもらったなんちゃって特注品だ。攻撃補正は最初に使ってたものより優秀だし、左手が空く分立ち回りも楽になるだろう。リーチが短いから足元なんかを狙うのには向かないが。
まあ狩りを継続できるかどうかは老師にペース配分をさせられるか次第だな。
「よし、じゃあ今日も一日頑張りますか」
「おー!」
「お疲れさぁっした」
「ふぃー。あれだな! 動く時に考えるのは疲れるな!」
「おかげで一杯採取できました! ありがとうございます!」
結局一日採取と戦闘を存分にこなせたと言えるだろう。老師がかなり抑えつつ戦ってくれたからだ。今まで出してた指示が何も考えずに暴れてくればオッケーみたいに受け取られてたのかこれは。それともユーレイがいないから一人ではしゃいでも楽しくないのか。
そしてもう日が沈みかける時間帯だが、未だにユーレイからの連絡は無い。思った以上に粘ってるなあ。
『俺らはそろそろ晩飯のつもりだけどお前はどうするよ』
このまま放っておいたら一晩中粘るとかいう無意味なことをしかねないので、こちらから連絡を入れたところ、しばらく間隔を開けて渋々と言った感じの返答が返ってきた。
たぶん晩飯の後は反省会だなこれ。これ以上先送りには出来ないよなあ。
「なにがダメだったっていうのさー!」
晩飯の後どころか、宿屋の食堂で注文を済ませて、おばちゃんがテーブルを離れるや否やこれだ。何がダメだったのか、何もかもと答えることは簡単だが、ここは出来る限りソフトに伝えなければいけない。
「ほら、あれだ、痴漢でもなんでも反撃してこなさそうな大人しく見える相手を標的にしてたっていうしそれじゃないか?」
「む、そんなことも知らないとでも? ちゃんと大人しそうに見えるようにおしとやか~にしてたよ僕だって!」
「お、おう。そうか……」
そうかぁ。おしとやかにしちゃったかぁ。
目の前でギャンギャン吠えているユーレイが、街中で一人おとなしくたたずんでいるところを想像する。あまりにも普段のイメージとかけ離れていて苦戦したが、想像上のユーレイは、朝想定した以上に呪いとかかけてきそうだった。完全にアウトだ。というか今更だけど呪いの装備の呪いって伝染したりしないよな?
「ええっとだな、ダメだった作戦にこだわるよりも次にどういう手を打つかを考える方が有意義じゃないか?」
「なんでダメだったのかが分からないと次の作戦でも同じ失敗することになりかねないから却下だよ! スキルで囮を見抜いてるとかだと作戦全体をまるっきり変えないとだし!」
話題を流して誤魔化そうという策もあえなく失敗。いよいよもって追いつめられてしまった。
「なにがダメって、考えるようなことかあ?」
「む、どういう意味さ老師」
にっちもさっちも行かなくなって、黙りこくっていたところに、空気を読まない老師んが割り込んで来てくれた。このまま詰問の矛先が老師に向かえば盛大にぶっちゃけられるのは避けられないだろうが、老師以外への被害はそれが一番小さいかもしれないし何より他の手が浮かばん。ありがとう老師、どうか安らかに眠ってくれ。
「だってなあ? 少なくとも俺がスカート捲りなら絶対狙わないからな! 鏡見ろ鏡!」
「鏡なんてこの宿屋に無いよ! 何が問題なのかちゃんと説明して欲しいかな!」
「何がって言われても、どっからどう見ても問題にしか見えねえな! どう説明したらいいんだこれ! なあクロ!」
そこで! 俺に! 振らないでくれ!
いろいろと、申し訳ないとは思ってるんだ……




