縛り86,眠りの巻物使用禁止
実は風来のシレンそのものをやったこと無いです
靄を潜り抜けるとそこは何故か大きく開けた空洞の真ん中あたりで、後ろを見れば自分が出て来た靄が薄れて消えていくところだった。そして、周囲からはやたらと騒音が聞こえてくるものの、近くにモンスターの姿は見当たらない。
相手の位置を確認できてないことに内心若干慌てつつ、騒音の発生源を探せば、壁の近くに小さな灯りと、複数の何かが動いてるのが確認できた。
『おーい、大丈夫かー?』
『うん、大丈夫。まだ戦闘になってもいないよ』
『チャットは繋がるみたいだな。いったん撤退することは出来そうか?』
『う~ん、部屋の真ん中に出る感じだけど、出口が有るなら出来ると思う。暗くて端の方までは見えないんだよね』
『それかなりマズいんじゃないのか……』
『あ、敵の位置自体は確認できてるからたぶん不意打ちはそんなに心配しなくても大丈夫。複数いるみたいだからゴブリン路線が濃厚かも』
ああ、さっきからの騒音の正体、ツルハシで採掘する音だ! 壁に向かって作業に従事してるから一向にこっちに気付かないんだね。納得納得。……ボスとしてそれってどうなんだろう。
『とりあえず、もうちょっと詳しいことが分かる距離まで近づいてみるね』
『いや、そこは一時撤退か全員で行動かのどっちかだろ普通』
『気付かれてないのはスキルのお蔭かも知れないし、確認したらちゃんと一回撤退するって』
さてさて、この洞窟で出てくるゴブリンはツルハシとヘルメットを装備してたわけだけど、ボスとなるとどんな風に強化されてるのかな? 定番だと装備が上等になってたり、リーダー的なのがバフばら撒いて、厄介な強さの取り巻きと集団戦することになったりとかだよね。
採掘の音が聞こえてくることからは、どっちのパターンかはちょっとわからないし、両方のパターンもあり得るよね。そもそも、何のために採掘してるのかとか採掘した後の鉱石はどこに行くのかとか、今更ながら戦闘と関係のない疑問が山積みだよ。
「ゲギャギャッ、グギャッ」
「グギャッ」
近づいて、ゴブリンだろうってことが確認できたし、背の高いのがいるからそいつがボスかな。なんて考えてたら、そのボスっぽい奴が指示を飛ばすと、壁際で作業していたゴブリンたちが一斉に壁とは逆方向に走り出した。
『気付かれたかも! いややっぱり気付かれてないっぽい!』
『どっちだよ! てか良いからさっさと撤退して来い!』
『気付かれてないねこれは! 大丈夫!』
壁から離れようとしてるだけで、必ずしも僕の方に向かってるわけじゃないし、周囲に気を配ってる感じもしない。あ、伏せた。
「ゲゥーゲゲァーグィーガッ」
暗くて何をしてるのか見えないと思ってたら、明かりが増えた。というか炎だねあれ。詠唱っぽいのもしてたし、炎の魔法かな? 火の玉と言うには細長くて、炎の矢と言うには尖り具合に欠けるそれが、ゆるゆると弧を描いて壁の方に飛んで行って、割れ目に吸い込まれて見えなくなった。
そして猛ダッシュで走ってヘッドスライディングする炎を飛ばしたゴブリン。いやこれどういうシチュエーション? ボス戦はどうなったの?
ドッオーーン
困惑していたところに、打楽器ばっかり百個くらい集めて来て一斉に打ち鳴らしたみたいなとんでもない爆音が鳴り響いて、何の備えもしていなかった僕は危うく目を回しそうになってしまった。
なるほど、さっきの炎は燃やすものじゃなくて、ダイナマイトの代わり的なサムシングだったと。ゴブリン侮りがたし……
「ゲッ」
「あっ」
グラグラする頭で、何とか状況把握しようとしていたら、きょろきょろと周囲の安全を確認していたゴブリンと目が合った。それはもうばっちり。
どうかそれ以上反応しないでと、こっちはもう今から帰るところで手出しするつもりはないよと、暗がりに光って見える瞳にアイコンタクトを飛ばす。
僕の想いが伝わったのか、ゴブリンは静かに立ち上がり、こちらに背を向けて壁の方へ一歩を踏み出した。
「ゲゲゲッギャー!」
「だよねー!」
こちらに右手を向けての全力シャウト。周囲のゴブリンたちにも完全にばれたね!
『見つかっちゃった~! 今からダッシュで撤退するよ! でも出口はどこかな!』
『お前はバカか~!?』
走り出したはいいものの、出口がどこなのか、そもそもとして存在するのか分からないっていうピンチ。とりあえず、見つかっちゃって遮蔽物も無いなら潔く明かりをつけようそうしよう!
「【ライト】!」
駄目だね! 明かりが小さくて結局壁まで視線が通らない。仕方ないから壁の近くをぐるっと一周走るしかない気がするんだけど、それ追いかける方に圧倒的に有利なコース取りだよねえ。
『』
『出口の場所は分からないけど、単純な走力でゴブリンごときに遅れを取るつもりはないよ! あ、思ったより引き離せてないっていうかダンジョンで出るやつより明らかに早いね!? ちょ、タンマタンマ!』
真っ暗な中を光る眼のクリーチャーに追いかけられるって表現すると一気にホラーゲーム感が増すね! でもクリーチャーも殴れば死ぬ仕様だからホラー度合は控えめだね! というかホラーじゃなくてアクションだし!
脳内ノリツッコミが一段落したところで、ちょっと深呼吸。心の乱れは走りの乱れ、ピンチだからこそスタミナを浪費するようなことは避けなきゃね。
『敵の数とかどうなんだ! 助けに入った方が良いのか!』
『今明るくしてるところだから詳細報告はもうちょっと待ってね! あと助けに関しては今は言ってこられると逃げるっていう選択肢が完全に無くなるからむしろギリギリまで入ってこないでくれたほうがありがたいかも!』
正直あんな威力の魔法は想定してなかったからね! 戦うなら初手で確実に魔法持ちを潰しときたいよね! まあ逆に魔法持ちさえいなければクロのステータスでごり押してもらう選択肢も有りえたんだけど。今からでもサクッとやれないかな?
【ライト】を重ね掛けしつつ、後ろを振り向けば、改めて明らかになるゴブリンの群れの姿。熱心に追いかけてきてる集団が十匹程度で、その後ろから何匹かが遅れてついてきてる。たぶん後ろの集団にいるんだろうけど、前の集団にいたとしてもちょっと見つけられないねこれは!
『前方の壁に出口発見できず! 右左後ろどっちが当たりだと思う?』
『えっ、右?』
『僕は左な気がするから左に行くね!』
『ならなんで聞いたんだよ!!』
『状況と安否の報告? あと当たってた時後でドヤ顔出来るよ!』
曲がったことで、まっすぐ走っていた時よりもゴブリンとの距離が詰まる。しかもここからは壁にの曲線に沿うようなコース取りになるからなおさら大変。しかもゴブリンの方を向いてたら壁のチェックが出来ないから何か仕掛けられても勘と気合で避けるしかないっていうね!
部屋の中の敵が全員眠るアイテムとか、一ターンに三マス移動出来るスキルとか、そういうもので何とかしたくなるシチュエーションだけど、そんなものは無いのでとにかく頑張って走るしかない。足元にトラップが有るような設計じゃなくてよかったよホントに!
『有った! 出口!』
時々すぐそばにまで接近してきたゴブリンをどついたりしつつ、いよいよスタミナ劇にも限界が見えてきたころに、靄が立ち込めた横穴をついに見つけた。これで出口じゃなかったり、また部屋の中央に飛ばされたりしちゃったら走り損、なんて思いを振りきって、僕はラストスパートをかけてその靄に突っ込んだ。
ゴブリン語は文字だと三種類ぐらいしか音が無いように見えますが、中国語のピンインに近い高低による表現と、独自の発声器官に起因する掠れたような音の組み合わせで、それぞれの音に対して十五種類前後有るので、同じように見えても違うこと言ってます。作者の手抜きではないです。
はい、適当言いました。




