縛り61,眠り攻撃禁止
誰にも気づかれることなく門を出た僕は、軽く走って前方を歩いてたクロ達に追いついた。
「やっほー」
「なんだユーレイか。誰かが追いかけて来たのかと思って一瞬焦った」
「いやいや、あの怪しさなら追いかけようと思う人はいないでしょ。スミスさんの演技力のお蔭だね!」
ちなみにクロはほぼほぼ何もしてないっていうか、何もしてない。立って周囲を眺めてたら周りが勝手にビビっただけなんだよね。
「ありがとう。僕は彼ほど凝った変装をしていないからそのくらいはね」
「最前線プレイヤーとしては多分クロ程は目だってないから演技だけでも十分だよ。というか印象普段と全然違ったからよっぽどじゃない限り同一人物だと思われないと思う」
「そうかい?」
「そんなことより、もう変装は辞めていいのか?」
手慰みに作っていたらしい服の中から適当なものを選んで着ているだけでお茶を濁しているスミスさんと違って、クロは目の下に隈を作って目つきを悪くして、口元を布で覆って隠すという完全に不審者な変装をしている。ちなみに、人相を誤魔化す方法についてはメイクするって方法も候補には上がったんだけど、化粧品の類は全然開発できてなかったので、この隈はその代替案だったりするんだよね。
「まだ誰かに見られるかもしれないし、待ち合わせ場所でリンドウちゃんたちと合流してからね。空き人数が一人しかいない上に道のフィールドに向かってるところに便乗しようって人は流石にこの辺にはいないだろうから合流してからならいつも通りの服装でいいよ」
「じゃあちょっと移動スピード上げようぜ。さっきから眠くて仕方ねえんだ」
「分かってると思うけどスミスさんの移動速度が基準だからね? あ、でも前方に魔物がいるみたいだから適当に倒しといてくれてもいいよ?」
「簡単に言ってくれるな……」
「苦戦するほどの不安要素では無いと思うんだけどね」
「はあ…… まあ戦闘で遅れたくはないし行ってくるけどな」
そう言い残して、腰に差していた剣を抜きつつ前方に走っていくクロ。レベルが上がった影響で鎧を付けてても重さで動きが阻害されるってこともほとんどなくなったみたいだね。まあ鎧がガチャガチャ五月蠅いっていう点では動きが激しくなった分悪化してるけど。
クロが向かっていった先にいるのは角の生えた豚のモンスターのホーンピッグ。距離が有るからよく見えないけど周りに他のモンスターがいる様子もないし、万が一体勢が崩れて一方的に攻撃されるようなことがあってもクロの耐久力なら僕たちがこのペースで歩いたとしても追いつくまでは耐えるでしょ。
「ふむ、スキルが無くても問題は無いようだね」
「スミスさんこの距離で見えるの?」
いや、百メートルぐらいの距離だから僕も見えることは見えるんだけど、どっちが優勢かくらいは分かってもどこに攻撃が当たったかとかモンスターの予備動作までは見えないんだよね。あとスミスさんは眼鏡かけてそうな人だと思ってたから意外。
「リアルでは眼鏡が手放せなかったんだけどね。これもステータスの恩恵なのかな?」
「どうなんだろね? 感覚値なりそういうステータスが有るわけではないし、対応するスキルを取ってるわけでもないから確信は持てないよね」
「手元がよく見えるから何かと助かっているよ」
そんな会話をしながらてくてく歩けば、歩いた分だけクロとの距離が縮まって戦闘の様子がよく見えるようになる。クロは空振ったり、振った後体勢が泳いでたり、普段使ってる武器との感覚の差の影響をもろに受けてるみたいだね。まあでも手ぶらになってる左手でその都度対応してるみたいだから問題はなさそうかな?
「このマップのモンスターは群れないから楽だけど美味しくないねー」
なんだかんだで一分もかけずにホーンピッグをしとめたクロに声をかける。
「楽も何も戦ったの俺じゃねえか……」
「楽だったよね?」
「まあ狼やらに比べりゃな」
「でしょ?」
「だからって変装のために武器持ち替えてる奴に押し付けんなよな」
そういってため息を吐くクロ。ハンマーってやっぱり剣とかに比べると不人気だし、重量の兼ね合いで極振りでもしない限り初期装備に向いてないっていうベータ版の情報が流れてたことも有って『ハンマー使い』っていうだけであっさりクロって特定されかねないから、手持ちの武器の中で適当なのを装備してもらってるんだよね。
ちなみに、クロが今使ってる剣はコボルトからドロップした片刃で軽く反りが有る片手剣だね。分類で言うとカトラスとかになるのかな? 武器の鑑定が出来る人がいないから正式名称は分からないけど、今さっきクロがやったみたいにモンスターの脳天に叩き込むような使い方しても刃こぼれしない剛剣、なんてことは間違いなくないと思う。鈍器と同じノリで使ってたら刃物なんてあっという間にダメになるよね。まあ使い潰しても問題ないから良いんだけどさ。
「どうする? 簡単にばらして素材回収するか?」
「う~ん、時間がもったいないしパスで。倒すだけでもとりあえずドロップアイテムは手に入るしね。肉は魅力的だけど、たぶん老師が考えなしに暴れてストックしてるだろうし」
「素材に用が無いなら迂回するなりした方が早かったんじゃねえか?」
「経験値を捨てるなんてとんでもない!」
いつでもレベリング出来る僕やクロはともかくパーティー組んでることでスミスさんにも経験値が入るんだから基本方針は道中のモンスターは殲滅しつつ最速で移動一択だよね!
「あ、いたいた! お待たせー!」
「あ、皆さんも無事に出て来れたんですね!」
「作戦が完璧だったからね! 老師は?」
「えっと…… ちょっと走りたくなったって言い残して行っちゃいました。たぶんそろそろ戻ってくるとは思うんですけど……」
草原にしゃがみ込んで周囲の草を採取していたリンドウちゃんを見つけて声をかけたら、まさかの老師不在が明らかになったね。いやまあ予想してたかしてなかったかで言えば予想してたんだけど、リンドウちゃんが辺なのに絡まれないための見張りの役目を放棄したのは説教案件だね。
「あ、クロさん! これお返ししますね!」
そういって腰のベルトに挟んでいた二振りのナイフを外してクロに差し出すリンドウちゃん。ベルトは例によってスミスさんの手慰みシリーズで、いつもの上着の上から巻いてナイフを挟み込むことで思った以上にそれっぽい戦闘スタイルの人に見えるんだけど、差してるナイフはクロの『解体用ナイフセット』の中からそれっぽい形状のものを選んだだけだから戦闘には全く向いてなかったりする。
「それよりもまず解毒薬をくれ…… 眠くてたまらん……」
覇気のない声で解毒薬を要求するクロ。実は目の下の隈はメイクじゃなくてリンドウちゃんの作った薬の影響なんだよね。
メイクでは出せない本物の不健康さが目つきの悪さの秘訣ってわけ。
「えっと、実は、解毒薬は無いんです」
「なんだと……! おい、どういうことだ」
そういって僕の方を睨んでくるクロ。
「んー? 何のこと?」
「お前が解除方法は有るっていうから使うことにしたんだぞ」
「僕は眠気を覚ますポーションは有るっていったけど解毒薬が有るとは言ってないよ?」
「寝落ちとかできる状況じゃねえのにそういう誤魔化しをするんじゃねえ!」
眠気を堪えてるせいか目の周りに力が入ってて、非常にガラが悪い感じに怒ってるクロに、横合いからリンドウちゃんが止めに入ってきた。
「あ、その点は大丈夫ですから安心してください! そのお薬は眠くなる薬ではないので!」
「いや、実際眠いし隈が出来てるんだが……」
リンドウちゃんの発言に怪訝な反応を返すクロに対して、リンドウちゃんは胸を張って堂々と言い放った。
「眠くなる薬じゃなくて、目の付近の血行を悪くしたり疲労させたりする薬効で目を疲れさせるだけの薬なので、実際には眠気じゃありませんから! 眠いのは気のせいです!」
「だからモンスター相手に【投薬】でぶっかける用途には使えないんだよね~。名前を付けるなら『眼精疲労ポーション』ってとこかな?」
「そうですね! えっと、たぶん温めたり揉んだりで回復すると思いますよ? たくさんお水飲んで成分外に出してもいいと思います」
あんまりと言えばあんまりなリンドウちゃんの発言内容にクロがっ絶句している間に、二人で和やかに会話していると、立ち直ったクロが叫びを上げた。
「意味わかんねえ! なんだよそれ!」
「まあまあ、後で温タオル作ってあげるから」
さて、後は老師を回収したら全員集合だね。クロの介護はリンドウちゃんに任せて探しに行ってこようかな?




