縛り43,忍者へのジョブチェンジ禁止
「技を使いこなすのも重要だがまずは基本を固めることだ。武器の握り方と足運びに半年かけるぐらいが望ましいぐらいだぞ」
訓練場、といっても質素なロビー兼倉庫といった風体の場所と、広めの空き地が隣接しているぐらいで大掛かりな設備があるわけじゃないんだけどにやってきた僕ら。今日はスミスさんも一緒。十全にとはいかなくても使いこなせる武器の一つぐらいないと自衛手段にも困っちゃうからね。
訓練場は昨日来た時よりはプレイヤーと思しき人たちでにぎわっていて、教官と僕が勝手に呼んでるおじさんが基本的な指導をしていた。
「こんにちはー!」
「お前か。サボらずに来るとは感心だな。祖国の兵士たちにも見習わせたいぐらいだ。少々混雑しているが隅の方の巻き藁は空いていたはずだ」
「今日は僕の仲間に簡単に指導してほしくて来たんだよー」
「む。先約がある、少し待て」
パーティーメンバーまで引き連れてきておいてなんだけど、ここがこんなににぎわってるのが不思議だね。巻き藁を相手にするよりは一番弱いモンスターを相手にする方がまだ得るものが多いと思うし。
やっぱり慎重な人はまだ町の外に出たがらないのかな?
「言われるがままに着いて来たんだがここはどういうあれだ?」
「まあ見ての通りの訓練場だよ。あの仰々しい喋り方をするおじいちゃんが管理人さん。元々は住人同士が技を教えあったり、軽く自己鍛錬するのにつかわれる場所だったらしいね」
「まあ確認しただけだ。で、全員で来た目的は?」
「情報の共有と、それぞれのトレーニングかな。まあリンドウちゃんも近接攻撃手段の一つぐらいあったほうがいいだろうしね。まあとりあえず隅の方で軽く準備運動しとこうか」
クロと老師がお互いに無手かつスキルなしで組手しているのっを眺めていたら、用件が済んだのか教官がこっちに来てくれた。
「待たせた。それで、こいつらがお前の仲間だな?」
「そうだよ。今日は基本的なことを教えてもらえたらと思って」
「いい心掛けだな。未熟なうちは人の教えを乞うこともまた重要。それはそうとお前、訓練が不十分なうちから何か無茶をしたんじゃないだろうな?」
怖い顔をされちゃったのでさりげなくクロを前に出して助けを求める。時は金なり。説教を聞くよりは有意義な話を聞きたいんだよ。むしろ北の洞窟には強力な魔物がいるから行ってはいけないっていうのは次の行き先を決めるヒントなんだよ!
「あー、ユーレイの仲間のクロです。今日は指導の方頼みます」
「ユーレイ? ああ、お前の名前か。変わった名前だな」
「字名みたいなもので、僕たちの故郷の文化なんだよ」
「そうか。私はロイマンという」
教官ってそんな名前だったんだね。お互いの名前も知らないのにあんな態度で接してたのかよっていうクロの突っ込みは幻聴だね。
クロに続いて三人も自己紹介を済ませたところで本題に入る。ちなみに老師は老師って名乗ってた。いいのかなあれで。
「基本を学びたいということだったが、具体的にはどういうことを学びたい」
「後衛の人の自衛手段としての軽量武器の選択と基礎を全員に。あとはスキルについての基本知識かな。あとクロは基本を学ばないままハンマー使ってるからそこら辺も」
「ふむ、全部を今日一日で済ませるのは無理だな。指導だけでも数日かかる」
「うん。武器に関しては自主練習できるようになるところまで教えてくれればいいよ。今日は結構な時間いるつもりだし、また時間が空いたときにでも他のことを教えてもらえるかな?」
本当は一日で済ませたかったんだけど、混雑を予想できてなかった僕のミスだから仕方ないね。
「そうか。承知した。まずは後衛の武器だな。後衛はその二人か?」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「教え甲斐が無さそうな生徒ですまないがよろしく頼むよ」
「ああ。それで、お前らは魔法使いか? 弓使いか? どっちにも見えんが」
「え、えっと……?」
リンドウちゃんが救いを求めるような視線を向けてきた。うんうん、おねーさんに任せておきなさい。
「二人は戦闘専門っていうわけじゃないんだよ。移動するとしたら後衛に控えてもらうことになるから、出来れば自衛手段を持たせたいんだよ」
「そうか、お前らは故郷への帰還を目指す者たちだったか。そういうことであれば厳しく指導しよう」
「あ、ありがと……?」
「うむ、もし私の故郷に立ち寄ることがあったなら門兵にでも伝えておいてほしい。私は遠い地で息災にやっていると……!」
「あーうん、もし通りがかったら伝えとくよ」
前も思ったけどなんか始まりの町にしては思わせぶりな設定多すぎないかな!? そういうのは調べたい人たちに任せるつもりとはいえここまであからさまだとちょっと気になるよ!? 知り合いにも今のところいないし、情報の有効活用ができないなあ。スミスさん辺りがそういう人たちと交流持ってくれることを期待しとこうっと。
「そういうことならやはり短剣の類になるだろうな。上手に扱うのはなかなか難しいが、殴打武器は腕力が無ければ役に立たない」
「まあ短剣でどうにかできないような相手に後衛が近づかれるようなことは避けるのが前提だよね」
「ああ。近づかせないことが第一であるのは当然だ。弓矢という選択もあり得るが、あいにく私には心得が無い。まああれは扱いが難しいし、不意打ちに対応できないからそもそもおすすめは出来ない」
「練習できるなら一回試させてほしいんだけど、道具の貸し出しはある?」
「他の人が使っていなければ弓が一張りは有る」
やっぱり短剣、弓矢辺りになるよねえ。あとは魔法が候補に入るけど、ここで学べるものでもないしね。あとは、鈍器としての杖? とりあえず使えなさそうなのも含めて一通り触ってもらおうかな。
「今日来ている奴らは自前の武具を持ち込んでいる人がほとんどだから、装備置き場のものを自由に使っていい。分かっているとは思うが敷地の外には持ち出すな」
「はーい! ありがと!」
「それではな。励めよ」
そういい残して他の人のもとに向かおうとする教官。と、そこに何やら慌てた様子でクロが声をかけた。なんだろ?
「あの、すいません! まだ短剣の扱い教わってないんですけど!」
「む」
あ。
あはは、教官のうっかりさんな一面を垣間見たね。うんうん、僕もすっかり忘れてたなんてことは口に出さなきゃ分からないよね。うん、そんな事実はなかった。スミスさんの視線が生暖かいのはきっと気のせいだよ。




