縛り39,落とし穴使用禁止
今日から授業です。
ちゃんと起きれていれば、ですが。
ボスの使うスキルの特徴を纏めると、まず最初に上がるのが攻撃の威力と攻撃速度に倍率がかかること、次に発動までの待機時間がモーションの判別が可能なタイミングからカウントして八秒強であること、発動待機中と、おそらくは発動中にのけ反り無効、いわゆるスーパーアーマーが有ること。辺りになるんだよね。
ちなみに打撃によるのけ反りは無いけどダメージ蓄積での怯みは普通にあるのはさっき試した通り。だから攻略方法としては発動待機中に十分な距離を取って回避するか、全員で攻撃して発動を強制キャンセルするかの二択になるわけ。
じゃあなんで僕は今一人で突っ込んで攻撃したかっていう話になるんだけどね。
「いけたっぽい? よしっ!」
アレクさんからの注意喚起からカウントして、クロたちへの指示に三秒強、コノカさんへの注意しつつ、ナイフを突き込むところまでで同じく三秒強、そして【スラッシュ】でボスの後方に抜けてさらに一秒弱。
かなり大きなダメージを与えたとは思うけど、怯ませるまでは行かなかったから、あと0.5秒くらいでボスがコノカさんに突っ込んでいくことになる。
僕の目論見が外れてたら、だけど。
両手でつかんでいたナイフを右手一本に持ち替えつつボスに向き直ると、ボスは前足で地面をひっかく予備動作でも、突進の直前の硬直でもなく、後ろ脚を軸にしての旋回行動。狙い通りにコノカさん以上のヘイトを稼いでスキルのターゲットを僕に変えられた。
とはいえ僕の方も体勢は整いきってない。旋回行動の有無にかかわらず発動待機時間の終了と同時に突進してこられたら対応はできないんだけど、これならどうにかなるかな!
体感だけど本来の発動時間が終わる、まだ僕から見て右を向いているところ、僕は振り向き終わったものの体が泳いでて動ける状態じゃない。突進は、来ない!
ボスが振り向き終わる、僕も一連の動きの勢いを殺し終って重心を下げる。ボスが前足で一度だけ地面をひっかき、突進の直前の全身への力みを見せる、僕はすでに準備万端で構え終えてる!
「ばっちこーい!!」
◆ ◆ ◆
「な!? 何やってんだあいつ!?」
俺と煮卵さんの二人に退避の指示を出すとともに意味深なことを言っていたユーレイだったが、単身ボスに突っ込んで攻撃したかと思えば、そのままボスの標的になってしまっている。まさか与えてるダメージ量の管理も出来てなかったわけでもないはずなのに何やってんだ!
咄嗟にカバーに入ろうとしてしまうが、距離が有りすぎて到底間に合わない。いくら軽装とはいえ老師みたいな極端なステ振りしてるわけでもないユーレイにあの距離で回避するのは不可能だ。ましてやさっきみたいに金縛りでも食らおうものならダメージの軽減すらままならねえぞ!
「おい、あれは大丈夫なのか!?」
「大丈夫じゃねえ!」
煮卵さんに返事をしている間にボスは体勢を整え終わり、重装備のプレイヤーでもふっ飛ばされそうな威力の突進が繰り出される。
「避けろっ!」
無理と知りつつもつい叫んでしまった俺をあざ笑うかのようにユーレイは真正面から突進を食らい、大きくふっ飛ばされてしまった。あんなくらい方したらふっ飛ばされた先で突っ込んできたボスに轢かれちまうぞ! やっぱり金縛りか!?
イチかバチかこの距離で出せる最大の攻撃手段としてハンマーを思いっきり投げつけることでスキルを中断できる可能性に賭けようと、ボスに視線を向けた俺は信じられないものを見た。
「ブモォォォォッ!!!」
突進の途中であったはずのボスが大きく体をよろめかせたかとおもうと、その勢いのまま転倒し、地面でもがきだしたのだ。
『今だよ! 一気に畳みかけて!』
大ダメージを受けて地面に転がってるはずのユーレイからそんな言葉が飛んでくるが混乱して動けない。何をやったらボスにあそこまでのダメージを与えられるんだ? そもそもなんで突進を食らうような真似をした?
隣にいる煮卵さんや、後ろで控えているアレクサンドロスさん達も同じようで、完全に動きが止まってしまっている。と、俺たちの後方から飛んできた火の玉が着弾して爆ぜた。俺と煮卵さんの目の前の地面に。
「ふふふ~、チャンスですよ~? 張りきって攻撃しましょ~」
システムを使ってメッセージ送ってきているわけでも、大きな声を張り上げているわけでもないのに後方からそんな声が聞こえてきた。戦闘における役割のちがいから一度もを交わしていないにも関わらず、何故かハッキリと副音声で『ふふふ~、ボンクラども~? ボーっとしちゃいけませんよ~?』という声が聞こえた。
動かなければならないという本能に突き動かされるように走り出した俺と煮卵さん。と、その後ろから俺たちに輪をかけて死に物狂いの様相で駆けてくる人物が一人。
「【チョップ】!!」
放たれたのは大剣の基本的なスキルである【チョップ】。軽量武器のスキルと比べて倍率が低い、技後硬直や溜めの隙が大きい、再使用間隔が長いと三拍子揃う重量武器のスキルだが、もともとの攻撃力の高さと武具の重量による補正も有って使いどころを間違えなければ非常に大きい効果を発揮する。
大剣の持ち主、アレクサンドロスさんは武器の長さをうまく活用して地面でのたうつ大猪のリーチの外から攻撃を叩き込んでいく。素早さや耐久にほとんど振っていないという予想を裏付けるように、スキルを使っていない攻撃でも一発一発がボスの硬い毛皮を越えてかなりのダメージを通していることがうかがえた。
『ぼさっとしないで! もたもたしてるとボスが回復モーションに入っちゃうよ!』
そういえば事前情報だとこのボスはHPが減少したり脚なんかの重要な部位を負傷したりすると周囲の植物やらなんやらを手当たり次第に食って回復するんだったか。正直既にかなり疲れてきているのに、これ以上長引かせるのはキツイな。そんなことを考えながらアレクサンドロスさんの攻撃範囲の外側に位置取って攻撃を始める。
ボスの頭側に回り込んで分かったが、どうやらボスはただ単に大ダメージを受けたから倒れているわけではなく、両目を潰されているのが主たる要因みたいだな。本当にアイツは何をやったんだ!?
「さっきの仕返しじゃあああ!!!」
大ダメージからの囲んでボコるという状況で暴れていたボスがようやく体勢を立て直して起き上がったところで横合いからオレンジっぽい色の何かが飛んできてボスのどてっ腹に直撃した。どうやら老師もついに戦線復帰のようだな。仕返しも何も自爆しただけな気がするし、怒りのあまりスキルを使うのを忘れてるし、戦力としてはあんま期待できないかもな…… あ、アレクサンドロスさんと接触事故起こしてこけた。
「ちょっと! そんなに近づいたら危ないわよ!」
「行きますよ~、『フレイムピラー』」
ボスの足元から炎が吹き上がる。習得を機にボスに挑もうと思ったというだけあって派手だしダメージも大きそうだ。舞い散る火の粉が顔に当たるとめちゃくちゃ痛いんだがもう少し前衛への配慮って奴は無いんだろうか。
「そういうわけで~、近づいちゃいましたから~、ちゃんと押さえてくださいね~?」
「おおおおおお! 【二重攻撃】!」
コノカさんの笑顔の圧力に負けるようにアレクサンドロスさんがスキルを発動させる。こういうここ一番で火力を上げれるようなスキルは正直羨ましいな。
……しかし【二重攻撃】か。後ろでユーレイが顔を輝かせてるのが見なくても分かるぞ。
「ブモォォォォッ!」
「食らえっ! 【ブレイドインパクト】!!」
「【シールドバッシュ】!」
「おらおらおらおらー!【正拳】! 【正拳】! 【ローリングハンマー】!」
「【ダブルエッジ】!」
「もう一発行きますよ~、【フレイムピラー】」
前衛組を弾き飛ばそうとその場で暴れていたボスだったが、前足を振り上げたタイミングで叩き込まれた打撃属性持ちの大剣スキルで軽いスタン状態に陥り、そこからの全員、いつの間にか攻撃に参加していたクロノスくんも含めた全員のスキルによる集中砲火であっさりと沈んだ。ダウンする前までの苦戦が何だったのかと思いたくなるが、パーティー二つ分の火力が有れば本当は最初からこんなものだったのかもしれないな。
「あ……」
小さなつぶやきに反応して後ろを振り向くと、ユーレイがナイフを握りしめた状態で残念そうな顔をしていた。どうやら急いで戦線復帰しようとしたものの間に合わなかったって感じだな。
そんなユーレイの反応と、倒れたまま動かないボスの姿に、ようやく勝利の実感がわいてきたのか、数秒遅れて歓声が上がった。
「よっしゃああああああ!」
「おらおらおらおらおらあ!!」
「勝った、勝った……!」
「やりましたね~、一時はどうなることかと思いましたよ~」
「生きてるっ! 私生きてるっ!」
「勝ったんですか! やりましたね皆さんっ! ばんざーい! ほら、クロノスさんも! ばんざーい!」
「えっ? ば、ばんざーい!」
若干一名まだボスを倒したことに気づいてなくて殴り続けてるな。うん、誰も止めないし俺が止めるしかないか。はあ……
泥沼にならない時のボス戦ラストのあっさり具合。個人的にはこんなもんかなと思うんですけど、作品としてはどうなんでしょうね。




