縛り36,杖投げ禁止
24時20分!
どうにか水曜の投稿に間に合ったぞ!
「ゆ、指が変な方向に曲がってますよ!?」
「んー? 大丈夫だよこの位。舐めとけば治るよ!」
ふっ飛ばされた僕のところに走り寄って来て、あわあわという擬態語がしっくりくる感じで僕の怪我に対する反応を取るリンドウちゃん。そんなに焦らなくてもまだまだ安全域なことを考えるとある種役得だね! 惜しむらくは僕は百合の花が好きでもないことかなあ。根っこはおいしいけどね。
「ほ、本当に舐めるだけで治るんですか……?」
「うん、プレイヤーの唾液はそこそこの品質のポーションの効果があるからね!」
「全然知りませんでした……」
「おいおい、変なウソ教えちゃイカンだろ」
「えっ、嘘なんですか!?」
口をついて出たやせ我慢を真に受けたリンドウちゃんが面白くてついつい出まかせを言っちゃったけどもちろん嘘。というか唾液が分泌されてることを意識したのなんて今誤魔化すために舐めたのが初めてだよ。道理でぱさぱさのパンを飲み込めるわけだね。
「うん、勢いで嘘ついちゃったごめんねリンドウちゃん。そんなわけだからポーションかけてもらえる?」
「え、あ、はい!」
「これがテヘペロってやつか。様になってんのがなんか腹立つな」
アレク=サンに突っ込まれてしまった。むう、この人からはなんだかクロと同じ突っ込み役のにおいがするよ。
まあクロが頑張ってるししばらくは大丈夫だろうとはいえ時間は有限だしそろそろ真面目になろうかな。
「ねえアレク=サン。ちょっとお願いがあるんだけどいいかな」
「まずその変なイントネーションで呼ぶのをやめろ。略すの自体は構わんが妙に引っかかる。話はそれからだ」
「えー。分かったよアレクさん。これでいい?」
「ああ。んでお願いってなんだ?」
「パーティーメンバーの入れ替えをして再編成して戦いたいからそっちのパーティーの人たちの協力を取り付けて欲しいんだよ」
βテストの期間でも正式サービスが始まってからも、所謂レイドボスやワールドボスといった大人数で挑戦する前提のコンテンツは発見されていないし、そうなればパーティーよりも大人数での行動をサポートするシステムも無いんだよね。
この調子で戦えばたぶんあと四、五十分ぐらいかければボスの体力を削りきれると思うんだけど、よく考えたら今の状況って横殴りに近いわけで。そうなると戦利品の分配で揉めかねないかなとかっていうのも割と大きな理由だったり。
『よろしく!』
『ええと、どういうことなのか説明してもらえますか?』
『あ、もう一人後衛の人がこっちに来るから説明はその時で良い?』
『もう一人、ですか~? ということは、何らかの事情でパーティーの構成を変えるってことですよね~?』
『うん、そういうこと!』
『なるほど~』
察しがいい人もいるのはありがたいね。装備の外見からして多分最初に答えた方の人が【光魔法】の使い手で、おっとりした喋り方をする方の人が【炎魔法】と【水魔法】を使う人かな?
『ちょっと待てよ! あと一人入るってこのパーティーはもう人数いっぱいだぞ?』
『えっと、クロに石ころトスしてた人だよね? 名前は?』
『タ、タナトスだ……』
『なるほどよろしくタナトス君! もしかして十四歳かな?』
『年は関係ねえだろ! それよりパーティーの人数のことはどうするのかって話だよ!』
『ああ、それはね』
『タナトス君が抜けて~、向こうのパーティーに入るってことですよね~?』
『はあ!? なんでそうなるんだよ!』
タナトス君に説明しようとしたところで、被せるようにして言われてしまった。
『前衛と後衛をパーティーごと分けてっしまって~、前衛が自由に動けるようにするって感じですかね~? 意図がイマイチ読めませんけど~』
『そうそう。まあそんな感じだよ』
『そういうことらしいんで~、クロノスくんはアレクサンドロスくんと合流してきちゃってください~』
『コノカさんがそう言うなら……』
『システムメッセージ:タナトスさんがパーティーを脱退しました』
どうやら火力役の女の人のプレイヤーネームはコノカさんというらしいね。おっとりしてるように見えて実はすごい切れモノなんじゃなかろうか。
そんな会話をチャットでしてる間に無事合流。っと、タナトス君がアレクさんの方に走って行ったね。なんだかんだ行動が速いのはいいことだよ。
「そんなわけでこっちに加えさせてもらうよ。僕はユーレイ、よろしくね!」
「私はコノカです~」
「ミルフィーユです。よろしくお願いします」
「タンクの煮卵だ。俺も向こうと合流したほうがいいのか?」
「私はさっき自己紹介しましたけど一応…… リンドウです」
口頭で自己紹介。チャットでしてもよかったんだけど、まあこういうのは口頭で話したほうがいいこともある気がするしね。
「とりあえずリンドウちゃんもそっちのパーティーに加えてもらってもいい? 今のリーダーは誰?」
「リーダーは私ですけどその前に~、私はあなたを信用したわけではないということを伝えさせてもらいますよ~」
「おい、恩人に向かってその態度はどうなんだミルフィーユ」
「うん、別にそんなすぐに信頼されるとは思ってないけど、その心は?」
タンクの人は結構お堅い人っぽいね。僕はそんなこと気にしないんだけどな~。
「まあ~、最初にボスから助けてくれた時点でおおよそ悪意はないんだろうと思ってますけど~、今一つ意図が読めないので~、何させられるかも分からないまま従いたくはないんですよ~」
「そんなに危ないことをさせるつもりはないんだけど?」
「パーティーの組換えをするってことは~、何らかの指示を出して私たちに何かをさせるつもりなんですよね~? 違いますか~?」
もしかしなくてもアレクさんよりもコノカさんの方がリーダーに向いてるんじゃないかな? アレクさんこういう駆け引き苦手そうだしね。いやアレクさんもきっと社会人なんだしお腹の探り合いくらいはは出来ると思うんだけどさ。
ともあれちゃんと腹を割って話さないと言うこと聞いてもらえなさそうかなこれは?
「えっと、まあぶっちゃけるとパーティー再編の主目的は戦闘後のドロップ配分の回避なんだけど、もちろん指示とか指導とかでも役に立つつもりだよ。魔法詠唱の小技とか、ね」
「そういうことでしたら~、指示は聞くことにしますけど~、煮卵さんを無効にやるのは止めてくださいね~」
「なんで煮卵さんを? 装備の消耗もあるだろうしメインタンクはクロに任せる予定だから煮卵さんはさっきまでと同じで後衛の護衛にあたってもらうつもりだよ? 本人は不服かもしれないけど安全マージンをとれるなら取っておきたいしね」
ん? もしかして僕がPKする可能性とか疑われてた?
「思った通り【ファイアーボール】なら詠唱破棄でも問題ないね」
「これはちょっと、びっくりなのですよ~」
そんなやり取りを経て、何だかんだ言いつつもコノカさん達は僕の指示に従ってくれている。ミルフィーユさんとリンドウちゃん、それと護衛の煮卵さんはクロたちに支援スキルを届かせるためにやや前方に向かい、僕はこうしてコノカさんと魔法の仕様について検証しつつボスに攻撃魔法を叩き込んでいる。
「しかし【ファイアーボール】もそうだけどコノカさんも強いよね? INTどのくらい振ってるの?」
「ふふふ~、それは秘密ですよ~。まあユーレイさんより高いのはまず間違いないと思いますけど、魔法の威力に関しては装備の影響が大きいのですよ~?」
「そうなの? その杖ってやっぱりMATK高いんだ?」
「杖自体のMATKもそうですけど~、装備の特性として最終的な値に倍率補正がかかるんですよ~。魔法系のプレイヤーが攻撃力を装備に依存できない理由の一つなんです~」
「へえ~、装備品碌にチェックしないで使ってたからその変把握してなかったや」
そんなことを言い合いながら二人でバカスカ攻撃魔法を打ち込んでいく。クロに当てないよう気を付けてはいるんだけど、直線軌道でしか飛ばないからタイミングが難しいんだよね。軌道曲げられたら楽になるんだけどどうにかならないかな? あ、出来た。
「ユーレイさん~、今のはどうやってるんですか~?」
「いや僕にも分かんないんだよね。曲げようとしてみたら出来た、みたいな」
「私も試してみましょうかね~。【ファイアーボール~】」
あれ、その軌道だとそのままじゃクロに当たるッぽくない?
『クロ! 右に跳んで!』
咄嗟に個人チャットで回避の指示を出したところどうにか避けてくれた。まあクロの耐久力ならこの距離での攻撃魔法が一発屋に初当たったところでどうってことないんだけど、後で怒られるのは避けたいもんね。
「う~ん、ヘイト管理はどうなってそうですか~?」
「見た感じ割とギリギリかな? クロの動きがもうちょっと冴えてればこの調子でもどうにでもなったんだろうけどね」
「あれで冴えてない動きなんですか~?」
『あ、タゲ切り替わりそうだから煮卵さんはフォロー入れるように構えといてくれるかな? 回復役の二人は煮卵さんの回復をすぐにできるようにスキルの冷却済ませといてね』
『分かった』
『分かりました!』
『分かったわよ。はぁ…… なんで私がこんなこと……』
ミルフィーユさんのプレイスタイルが個人的にすごく気になってるんだけど、今はそれよりも優先度が高いことがいろいろあるから断念だね。攻撃魔法とかスタミナ回復とかね。
あ、前線に戻る前に腹ごしらえもしておいたほうがいいかな? 装備の影響もあって満腹度だいぶ下がってるし。
と、そんなことを考えてたらクロがダメージを受けてタゲがコノカさんに移ったね。さて、後衛人のトラウマ克服もかねて一気にボコボコにする時間だよ!




