縛り24,敵前逃亡禁止
入学式なーう
「キャーーーーーーッ!!」
「しまった!? 取りこぼしがいたのか!?」
辺りにリンドウさんの悲鳴が響き渡ったため、慌てて振り返ってみたが彼女の周囲に敵影はない。心配だったが状況が読めないのでとにかく目の前の敵――巨大なクモの姿をしたモンスター――に手早くとどめを刺し、安全を確保したうえでリンドウさんの座っているところまで一旦下がった。
「どうした? 何があった!」
「これ! 早くこれ取ってくださいぃ……」
涙目で胸元を指さす彼女の視線の先には一匹の小さな芋虫。毒がありそうにも見えず針もなかったのでそのままそっとつまんで遠くに投げる。モンスターといえるほどのサイズでもなかったのだが、おそらく不意打ちで木の上から落ちてきたのだろう。さすがにこの大きさの虫まで見つけて殲滅することは不可能なのでリンドウさんに慣れてもらうしかないな。これでも森に入ったばっかりの時と呉べたらだいぶマシにはなってるんだが……
そう、ユーレイが狩場として提案した東の森は虫系モンスターの住処だったのだ。
で、レベル上げとして具体的にに俺たちが何をしているかというと、スミスさんはあたりを走り回りつつモンスターを見つけては殲滅する大雑把なサーチアンドデストロイ。リンドウさんは辺りの植物を片っ端から採取しての現地での調合実験。たまに完成品のポーション類をスキルで俺やスミスさんに投げつけて回復も行っている。で、俺はそんなリンドウさんのそばから離れないように、周囲のモンスターを狩って安全を確保しつつ、敵影がない時は採取を手伝ったりもしている。
「チェストォー!」
掛け声とともに硬いもの同士を打ち付けるような音が聞こえてきた。老師も順調に狩りをしているみたいだな。さっきからかなりのペースで経験値が入っているが、掛け声の聞こえ方からしてそろそろ注意しないとそのまま遠くまで行ってしまいそうだな。
『老師、ちょっと離れすぎだ。そろそろ一回こっちに戻ってきてくれ』
『………………ええと、こうだっけか? 分かった』
『方向はわかるか?』
『ん? そういえばここはどこだ?』
『マップにパーティーメンバーの位置が表示されてるはずだからそれをこまめに確認しながら戻ってきてくれ。使い方はさっき説明したからわかるよな?』
『お、おう。大丈夫だ、たぶん』
すごく不安だが、ここは老師を信じて戻ってきてくれると思うことにしよう。さっきのリンドウさんの悲鳴に反応して周囲のモンスターが集まってきてしまったのだ。
「と、まだこんなにいたのかこの辺」
わらわらと周囲から群がってきたのはさっき倒したのと同じ体高五十センチほどのクモのモンスターが数匹と、同じくやたらと巨大なバッタのモンスターが二匹。他に芋虫のモンスターもいるのだが基本的には襲っては来ないので放置している。バッタもどちらかというと本来はパッシブよりなので警戒しなくてはいけないモンスターはクモだけだったりする。
とはいえこの数に周囲を囲まれるのはよくないな。リンドウさんを守り切れない可能性が高い。
「リンドウさん、移動するけど大丈夫か?」
「あ、はいっ。大丈夫でぅわぁ?」
返事を最後まで聞かずにリンドウさんを左脇に抱えて、一番モンスターの数が多い方へ走り出す。進路上にいたクモを右腕一本でハンマーを振るって吹き飛ばし、横から飛び掛かってきたバッタの体当たりを鎧で受け止めてそのまま一気に後方へ抜けた。
「うし、これで後ろから襲われる心配はとりあえずないだろ」
「こういうことするなら一声かけちぇください!」
「いや、言ったじゃんちゃんと」
襲ってくるモンスターをハンマーを振り回したり時に蹴り飛ばしたりして凌ぐ。全力で上から振り下ろせば一撃で戦闘不能に追い込むことも可能なのだが、それをやると次に襲ってくるモンスターに大きな隙を晒すことになってしまうし、何より体液が飛び散って悲惨なことになるのでやらない。
吹き飛ばすことに重点を置いた戦い方をしているせいでなかなか敵の数は減らず、こちらにも小さなダメージが蓄積しているがそれでいい。
「オラッ!」
下から救い上げるようにして俺の脚に爪を立てようとしていたクモを吹っ飛ばしたところで、少し離れた位置にいるクモが二匹、お尻の先端をこちらに向けているのに気付いた。避けようとすれば最悪後ろにいるリンドウさんに当たる以上覚悟を決めるしかないな。
空気を切る音とともに粘性の強い糸が飛んできたのをハンマーと左腕で受ける。後ろにいたこの二匹以外はどいつも一発以上殴っているため俺を無視してリンドウさんに向かっていく可能性はあまり高くないだろう。
「これでも食らえっ!」
変に引っ張られたり巻き付いて使い物にならなくなる前に自分からハンマーを投げつける。回転しながら飛んでいったハンマーは勢いよくクモの最もやわらかい部位である腹を引き潰した。続いてもう一匹の尻から延びる糸で引っ張られている左腕を逆に思い切り引っ張る。こちらに手繰り寄せて本体を叩くつもりで引っ張ったのだが、あいにく途中で糸を切り離されて着地を決められてしまった。
「ちぃ、やっぱり駄目か、うおゎっ!?」
糸を飛ばしてきていたクモに気を取られすぎ、他への注意が疎かになっていた。真正面からバッタの突進をもろに食らって体勢を大きく崩してしまった。そこへすかさず生き残っているクモのモンスター達が群がってくる。
「うおおおおおおおっ!?」
その光景のあまりのおぞましさに悲鳴を上げて跳ね起き、そこからさらにバックステップを二回繰り返して距離をとる。さっきまでリンドウさんは過剰に反応しすぎだと思っていたがこれは怖え…… 武器あるし視線の位置が高いしで余裕ぶっこいてたが、正直デスゲームじゃなかったとしてもお断りだ。
「えいっ【投薬】 クロさんファイトです!」
可愛らしい掛け声とともにリンドウさんからスキルによってポーションの瓶が投げられ、二割ほど減っていたHPがみるみる回復していく。一言お礼を言ってから再び敵に集中する。
残ってる敵はクモが三匹にバッタが一匹か。声に反応する範囲だけでこんなにいたとはな。ハンマーを拾いに行くほどの余裕はなさそうだがこの程度の相手から致命的なダメージを受けることはまずないし、素手でもどうにかなるだろ。
「掛かってきやがれ雑魚どもっ!!」
挑発系のスキルを持っている訳ではないがこういうのは気分が大事だ。叫び声に反応して襲ってくるぐらいなんだから多少の効果はあるだろ。
そこからさらに数分間追加のモンスターが現れたりもしつつ泥仕合と呼んで差支えのない決め手に欠ける戦闘を続けたところで、、それはやってきた。
「おりゃおりゃおりゃおりゃー! 死にさらせー! 【正拳】! 【弧月蹴り】ィ!」
なぜか森の外の方角から走ってきた老師が頭の悪そうな掛け声とともにスキルを乱発してあっという間にモンスターの数を減らしていく。まあ結局すぐにガス欠になって二匹ほど残っちまったのを俺がハンマー拾ってきて片づけたんだが。
「おめーらあの程度の敵にてこずってたのかよだらしねえなあ。気合が足りねえぞ」
「おう、老師が強いのはわかってるからとりあえず今はそれ以上近寄ってくんな」
「無添加老師さん、不潔です」
「なっ!?」
派手に打撃系の攻撃スキルを使ってモンスターを粉砕する老師は、ものの見事に体液まみれだった。
そんな感じで途中にスミスさんからの連絡を挟んだりなんだかんだありつつも狩りをつ続けていたところにユーレイからフレンドコールの着信があった。
『あのさ…… クロ……』
フレンドコールなので息遣いなどはわからないがそれでも言葉にいつものキレがないのはすぐに分かった。おそらく今頃荒い呼吸を繰り返してるんじゃなかろうか。
それが分かったが故にただ黙って言葉の続きを待つ。
『すごくいいづらいんだけど、あのね、えっとね……』
こんな時に何を言っているんだかという思いと、こんな時でもなければ絶対に言わないんだろうなという諦観が胸中を渦巻く。まったく、本当にこいつは何をやってるんだか……
何かあとがきに書きたいことあったような気がしないでもないけど思い出せない……
とりあえず感想とか誤字脱字の報告とか待ってます。




