縛り159,ぼっちギルド
「四体分」
「了解!」
パターンが成立してる区間は問題なく進み、二度目の分体攻撃もダメージ量を調整するだけなので特に難しいこともなく。
問題はここからだよね。
噛みつき、範囲ドレイン。また噛みつき。危ないところに光魔法の支援が飛んで、相手のHPがさらに削れる。
じりじりと胸を焦がす焦りに惑わされないように冷静に。残りHP一割までは分体攻撃のコストで減ると分かっていても、何体分のHPが有ればそのモーションを取るっていうAIかは分かってないから、来るかどうか分からないものを待つというシチュエーションが集中力を削いでくるよね。
「三体分」
HP観測係の七徹の人が、三体分に若干の余裕を持たせていたHPがボーダーを割ろうとしていることを伝えてくる。ここまで使ってこないなら最低ラインは半数の四体なのかも。
そう思ってカチ割り赤さんに判断を仰ごうとしたところで、モンスターの叫びが噛みつきの時のものでも、ドレインを放ってくる時のものでもないことに気が付いた。
「来たっ!」
分体攻撃の数は三体。想定内の数を、想定通りのメンバーが対処に。
「【タウント】!」
「【ライトボール】!」
「【ダブルスラッシュ】!」
単体挑発のスキルの方が範囲挑発のスキルよりも効果が大きいからね。一発で分体の一匹が弾け飛んで消える。そしてレモンさんが上手いことカチ割り赤さんの近くで怯ませて、そのまま追撃で残り一体。あとは〇549さんとの進路上に位置取ったカチ割り赤さんが残り一体を足止めしてる間にどれだけ削れるかだよ!
「『真知求むる者の名において命ず。火よ、魔に満ち我が敵を穿て』【ファイアーボール】」
呪文を改造するとMP消費やクールタイムなんかのコストが増加する。これはあとから聞いた話だけど、同じ効果なら詠唱を無意味に長くすれば他のコストの増加を緩やかにできたり発動が安定したりする。らしいよ? 詠唱を長くすればその分強そうになったり無駄な効果が増えて効率が下がったりするから案外難しいらしいんだけどね。
複数を巻き込むための爆発する火球や最初に撃ったような多段ヒットを狙う形状ではないシンプルな火の玉がモンスターの体表を突き抜けて体内を焼き焦がす。
「『真知求むる者の名において命ず。水よ……」
息継ぎしたキングカメさんが次の呪文を唱え始める。改造呪文で伸びた再使用時間を他の属性の魔法スキルを駆使して補うのが彼本来のスタイルみたいだね。
もちろん僕もただ見てたわけじゃなく、射線を塞がない位置でチャージを進めていたスキルを入れ替わりで叩き込む。
「【エナジースラッシュ】!」
一発叩きこんだら即座に離脱。本当ならチャージを再開できるようになるまでの二秒くらい通常攻撃を入れた方が良いんだけど、今回は後衛が多いからね。
「【アクアボール】」
「【ライトボール】!」
「【タウント】!」
後衛の三人から次々に遠距離攻撃が入る。
敵の行動の欠点をついた持久戦が続行できない以上、〇549さんにもフルで攻撃してもらって、最後の数分間は彼に頑張って回避盾をしてもらうっていう方針になってさ。再使用可能になるたびにやけくそ気味な挑発スキルがゴリゴリと本体のHPを削ってるんだよね。
与えてるダメージはレモンさんの光属性スキルより上で、発動感覚も短いっていう言うことなしのダメージ性能! レベルが足りてればタンクソロか、タンク複数人のパーティーでの狩場にできるかもねそう考えると。あ、ナンダゴンドさんは挑発スキル使わないからダメだけど。
「【タウント】!」
「【エナジースラッシュ】!」
「【ダブルスラッシュ】!」
ええ!? カチ割り赤さん!? 分体は!?
驚きながら後ろに下がる僕の目線の先で、左手に持っていた呪いのナイフを右手に持ち替えて追撃を繰り出すカチ割り赤さん。
「【デュアルスラスト】!」
二弾突きのスキルだね。というかレイピアは?
チャージを再開した僕に対して、カチ割り赤さんは後方を示す。促されるままに見てみれば、カチ割り赤さんのレイピアを持った七徹の人が退屈そうな顔で分体にレイピアを突き込んでいた。
「こちらの方がダメージ稼げるでしょう~?」
「確かに! そういえばアンデッドモンスターって回復魔法でダメージ受けたりするけど……」
「……それは、同格以下のモンスターで試しましょう~」
完全に確認を忘れてたね!
本体を攻撃する人数を大きく増やしたことで間違いなく与えているダメージが増えた手応えを感じながらひたすらに攻撃し続ける。
「そろそろ」
七徹の人合図に、僕はスキルを撃つのをやめて、残りのMPを追加でチャージし始め、カチ割り赤さんは逆に前に出てありったけのラッシュを叩き込む。
手持ちの四属性の魔法を打ち切ったキングカメさんも、一連の攻撃の間に再使用可能になった火属性魔法を最大威力で放つ準備をしているのが聞こえてくる。
MPを使い切るまでコンスタントに攻撃するしかないレモンさんと〇549さんは動き自体は変わらないけど表情に緊張が見えるよ。特に〇549さんはこの後自分が狙われるのが明らかだから、顔を引きつらせながらもカバーしてもらいやすい前衛の近くに移動してきてくれてるね。
「ヴィーーー!!!」
「きゃっ」
そして七徹の人が最後の分体にとどめを刺したところで、全周囲に巻き散らかされるノックバック付きの咆哮にカチ割り赤さんが悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。
喋りや行動の印象に対して悲鳴はずいぶんかわいらしいね! そこで「グエッ」みたいな汚い悲鳴が出ない人ってかわいい悲鳴を上げる練習してたりするのかな……?
「かわいい悲鳴上げてる余裕あるならもう少し頑張ってくださいよお~!」
〇549さん!? 思ったよりも余裕ありそうだなとは僕も思ったけどそれを口に出すのはどうかと思うよ! あとどうせ口に出すなら練習方法もついでに聞いてほしいかな!
「手抜きなんかしてませんよ~! 気を抜かないでください~!」
「うぎょえええ! そうだったぁ~!」
「拡散ドレイン!」
挑発スキルを打ち込みまくった〇549さんに予定通りターゲットが向いているので、モンスターの予備動作から予想される次の攻撃を越えに出して注意喚起。攻撃事態は何度も見てるはずだから〇549さんも十分避けられる、はず!
そして僕は僕で、手に持った杖にMPを過剰に供給していく。今必要なのは単発でダメージを稼ぐ攻撃じゃなく、大ダメージで怯ませて次に繋げる一撃!
「ひぃ! うわっ! ちょおっ!」
連続噛みつき攻撃に情けない悲鳴を上げながらなんとかという様子で回避を続ける〇549さんにやきもきしながらも、残っていたMPの半分ほどを突っ込み終える。
敵は動き続けてるけど、隙を待つ必要はないかな!
「【エナジースラッシュ】!」
痛ったあ! まあ反動ダメージがあると思ってれば動きが止まることもないし、怯ませるに十分な一撃だったみたいで反撃もなし!
「射線開けて攻撃!」
「!? あ、【タウント】」
必死こいて回避してたところに相手の動きが止まって困惑してた〇549さんのイレギュラー対応力の低さは置いておいて、効果抜群の挑発スキルがモンスターの体表に波紋を作る。それでもまだ倒しきれないけど本命は後衛!
「【ライトボール】」
「【ファイアーボール】」
光属性の単体攻撃魔法と、何やらずっと詠唱を無理に引き伸ばして待機していたらしいキングカメさんの【ファイアーボール】が突き刺さってモンスターを焼く。体内から焼き焦がすようなもはやファイアーボールなのかどうか怪しい一撃はこれまた怯ませるのに十分なダメージだったようで、相手の攻撃が再開される様子はまだない。
でもそれもせいぜい後一秒。こっちの手札でこのチャンスに使える手札が残ってないっていうね!
「これだから魔法攻撃弱点のモンスターは面倒だよね!」
仕方ないから通常攻撃で少しでもダメージを稼ごうとしたところで。
「【タウント】」
再使用可能になると同時にちゃんと放たれた〇549さんの挑発スキルが飛び。
「ア……」
水風船か何かのようにはじけ飛ぶモンスター。
「「「あ」」」
あっけない、そして予想してなかった人物によるとどめの光景に当人を除いて思わず硬直してしまう。
「やったー! やりましたー! 勝ったー! うおー!」
「……次が沸く前に一度撤退しようか」
「そうですね。戦利品の確認もしたいですし~」
一人だけテンションを上げまくる微妙な空気の中、僕らはいそいそと撤退の準備。と言っても回収するものもないし周囲を確認して〇549さんに声かけるくらいなんだけど。
そう、僕らは忘れていた。大切なことを。
誰も言い出さなかった。避けてはいけない話題を。
だから、それは起こるべくして起こった。
「なんか不完全燃焼だし、日も暮れたし、MPとか回復したら手前の森で大量湧きの乱獲しない?」
僕以外全員徹夜のメンバーは、今日の徹夜も確定してたからこそ、誰も夜間の狩りにツッコミを入れず。
本来の話題だったギルドメンバーの勧誘の話は一切出ることがないまま夜は更けていった。
ようやく戦闘シーンが終わりました!
雑魚戦なのにボス戦かと思うような尺の取り方でしたね……




