縛り125,フラッシュ使用禁止
起きたら洞窟の前だった。そんなにがっつり寝たつもりは無かったし、流石にリンドウちゃんはともかく僕はマップ移動したら起こされると思ってたんだけど。
「今何時? ごめんね、途中で交代するつもりだったのに」
「あれだけ乱暴に走ってても起きないことには多少驚いたけどな。今はおよそ九時ごろだな」
「早くない?」
「これで速くなかったら俺は何のためにこんなもの引っ張らされてたんだって話なんだが?」
いや、交代で休憩取りつつ移動してその分夜更かしするっていうつもりだったんだけど。それだけでも三時間分くらいは行動時間伸びたと思うしね? それをまさか一人で全速力で駆け抜けちゃうとは思わないじゃん?
出発が五時過ぎだとしたら、前回半日がかりで移動した道のりをその三分の一くらいの所要時間で踏破したことになるよね……
「最初は何馬鹿なこと言ってるんだと思ったけどな。確かにこれは今後スタンダードになるかもな…… 人を二人安全に運べること、低レベルの人を移動させるのに速度が落ちないこと、いくらでも需要は有ると思うぜ」
「それこそこのダンジョンまで採掘スキルを持った人を送り迎えしたり、初心者の人に協力してもらって効率よく採掘したものを街に持って帰ったりは大事な用途の一つになると思うよ」
「でも、今俺らが使う意味はそんなになかったよな?」
「うん」
「おいこら」
少なくとも僕が運ばれる側になる必要はほぼなかったよね。移動速度とか安全とかの観点で見るなら。というか少人数になればなるほど荷車の運搬なんてする余裕がなくなるわけで、ただでさえ少ない所にスミスさんが不参加な今回使う意味はそれこそ休憩時間の確保くらいしかなかったはずなんだけど……
「まあ走らされた分の時間を説教で浪費するのも腹立つから言わねえけどよ」
ため息を吐きながら、腰当に引っ掛けてあったフックを外すクロ。そういう感じになってたんだね。確かにそれなら両手はフリーになるし、引っ張りながらでも自分の身は守れるってことかな。
「とりあえず一回ボス前まで移動して、クロと老師はそこで休憩しててもらおうかな。荷車はそのまま引っ張って入るの?」
「いや、いくつかのパーツに分解すればアイテムボックスに入るらしい。お前もちゃんと話聞いとけよ」
「そこはほら、クロを信頼してるからね!」
「調子いいなお前……」
いやホントだって。これでちゃんと聞いてるのが老師とリンドウちゃんだけとかだったら僕もこんなに適当なことしないからね。
ぼやきながらもテキパキと作業を進めてアイテムボックスにしまっていくあたり、クロってなんだかんだこういう作業も得意だよね。
「よし、終わったぞ」
「本当に入っちゃうんだね」
「サイズで言うならイノシシの死体だって解体したら入りきってるわけだからな」
「う~んいくらゲーム的な仕様とはいえとんでもないね」
「今更だな」
「まあそうなんだけどね。それじゃ入ろっか」
前回はちょっとした酷い目に会ったダンジョンだけど、一通り探索済みの上、装備もレベルも前回以上。そうなれば特に苦労することもなくボス部屋の前までたどり着けた。具体的には今まで走り通しだったとは思えない元気な老師がコウモリもゴブリンもムカデもボコボコにした。【波濤貫手】って魔法ダメージ通せるんだね。
「それじゃあクロと老師はしばらく休憩しててよ」
「リンドウと二人だけで大丈夫なのか?」
「そこは全然大丈夫」
毒薬に耐性が無い上、出てくる敵の種類も割れてるマップなんて不意打ち対策さえできればリンドウちゃん一人でも十分。まあ薬品類は消耗品だからそんなことしたら大赤字だけど。
「というかここのゴブリンって何か有用なもの落としたか? ツルハシとかだろ?」
「それとヘルメットっぽい石の兜だね。ツルハシで戦うつもりはないけど、石の兜の方は加工すれば使い道有るかもしれないから取っとこうかなって。ボスが上位アイテム落とす可能性もあるから深追いはしないけど」
「そういやそんなん落としてたな」
石の兜、正直そのままでは必要筋力足りない気がするし、かといって軽量化加工したらバキっと割れそうだし、正直あんまり惹かれてはいないんだけどね。アクセサリーよりも頭装備の方が優先度が高そうでは有るからとりあえず狙うだけ狙おうかなと。
そんなことを考えていたら、リンドウちゃんがおずおずと口を開いた。
「あ、あの、私もここに残っていてはダメですか?」
「え、良いけどなんで?」
「いや、なるべく単独行動はしないっていう方針はどこやったんだよ」
すかさずクロのツッコミが入るけど、ひとまずスルー。単独なら単独で動きようが有るし、というか僕に関しては割と今更だしね!
「えっと、キリコさんの売ってくれたアイテムの中に、薬の材料になりそうなものが有って」
「うんうん。モンスターからのドロップ中心だったけど結構いろいろあったもんね」
「さっき移動中にその材料で作れそうなレシピをいろいろ閃いたので早速作ってみたくて! あ、あとゴブリン系のモンスターに有効そうな麻痺毒の新しいレシピも!」
「あ、うん……」
すごく関わらない方がよさそうな単語が目白押しだね! リンドウちゃんの【製薬】スキルはフィールドでも宿でも隙あらば活用してるからかグイグイ伸びてると思う。でも、【製薬】スキルに付随して薬品類の鑑定が出来るはずなのにそっちの進歩が全くないのが不安を掻き立ててくるんだよね……
「じゃあ仕方ないから俺か老師が一緒に行くか?」
嬉々として製薬道具を取り出すリンドウちゃんについてはもうしたいようにしてもらうことにしたのか、クロは話を単独行動に戻してきた。
全身金属鎧で歩く騒音発生器と化してるクロ。敵を攻撃する時に雄たけびを上げまくる老師。どう考えても一緒に行動したらモンスターに囲まれることになるよねそれ。
「この場合一人の方が安全じゃないかな? リンドウちゃんが【製薬】するなら、クロか老師が念のため見張りしとくほうがいいと思うし」
「だったらお前がここ残って護衛したらいいんじゃねえの?」
「森のダンジョンと違って射線が通らないから、定点狩りで狩れるのはコウモリだけなんだよねここ。今回の狙いはゴブリンだし、それなら僕が一人で動くのが一番戦術的に噛み合うかなって」
さて、議論に使う時間も惜しいし、なんだかんだ単独行動を避けるっていう方針に反してるわけだから掘り下げられないうちに出発しようかな。
「おい、松明持たねえのかよ」
「無い方が良いかな。というわけで行って来まーす」
松明を持たない理由がパッと思いつかなかったのか、後ろでクロが首を傾げてたけど、そんなの【隠密】スキルと洞窟の暗がりを生かしてゴブリンを片っ端から暗殺するからに決まってるよね! まあ、この作戦の欠点は僕も相手がよく見えないことかな! ここのゴブリンは明かり持ち歩いてるけど、うっかりムカデとか踏んじゃったら困るよね。気を付けなきゃ。
結局クロ視点を挟まなかったのでサックリ今回の事情だけ。
ユーレイ本人は自分も荷車引っ張ることを想定していたので、クロを射程扱いしてるつもりは有りません。ただし、女性に荷車を引かせてその上で寝ることをクロが受け入れられるかという部分の配慮が欠けていたためクロが意地で走りました。




