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神子ファルシアス

ファルシアスの生まれは大地の国シーラメールである。正しくはシーラメール国の東側を覆う大樹海を走っていた寄り合い馬車の中である。


彼女の両親は、歌って踊れる大道芸の一座の弦弾きと歌姫であった。


母親である歌姫の妊娠を機に一座の元を離れ、父親である弦弾きの生まれ故郷へ向かっていたその途中での出産だった。


幸いにして、赤子であるファルシアスは無事生まれ、乗り合わせた客達にも祝福されながら家族3人は旅を続け、目的地に辿り着いた。


父親の故郷は、エルヴィガルナとシーラメールの間に位置する寒村であった。


寒村とは言え、水神と大地神の加護の影響を受ける土地のため、穏やかな暮らしの中、ファルシアスは優しい素直な子に育っていった。


誰しも続くと思っていた暮らしは突然終わりを告げた。


それはファルシアスが6歳になり一番近場であるミュティヌス教会東サティバ支部へ祝福を受けに行った途中の山道で魔物に襲われたのだ。





(両親が自分を庇って襲われたショックで神子の能力が覚醒。魔物はびびって逃げたが両親は助からず。

保護された後はそのまま教会本部へ強制連行……と。)


ファルシアスとしての過去を整理しながら手を休めることなくテキパキと身支度を進めていく。


侍女長はすぐに呼ぶと言ったのだ。あの人はやる。やると言ったらやる。そういう人だ。


幸いにして体の感覚が戻った後は、身投げした後とは思えない程元気な動きを見せている。むしろ前より元気かもしれない。


(まぁ、神子なんて世界規模で見ても20人も居ないんだから、強制連行は仕方ないか。支部司祭長様は両親の葬儀もちゃんとやってくれたし。問題は…)



身支度を終え、窓際の丸テーブルに腰掛ける。青を基調とした部屋の中、吹き抜ける風に冴える様な銀糸をたなびかせたその姿はまさに神秘的で、どこか儚さも兼揃えているが、


(どうして扱いがここまで不遇なのか!!)


心の中は大絶叫である。





ファルシアスの神子としての能力はショボい。産み出した泉はチョロチョロとしか水が湧かず、大河を操るなんてもっての他。せいぜい自分と同等量の水を操るのが精一杯である。


加えて性格は気弱で常におどおどと周りの視線にすら怯える始末だ。


しかし、これにも理由が有るのだからファルシアスばかりを責めるのは理不尽である。


そもそも神子とは、神々から神力を受け止め、世界へすべからく行き渡させる事で世界を安定させる者である。


また、祈りを捧げる事で神力を増加させたり、神力を転じて癒しや破魔などの数々の奇跡を施行する者でもある。


加えて神子がいる周辺は神子が得ている加護に影響されやすく。様々な恩恵を受ける事ができる。


ぶっちゃけて言ってしまえばただ生きているだけで世界は安定し、ある程度の恩恵をもたらすのである。実際、ファルシアスの住んでいた寒村も年々作物の生産が少量ずつ増え、天候も安定していた。よって、例え能力が低くとも、手厚く保護され扱われるべき存在であると言えるはずだ。


それなのにファルシアスは基本放置され、食事以外は自分で全てさせられ、たまに食事を忘れられると言った不遇っぷりである。


極めつけがこの待遇の原因となる無能判定その理由である。


ズバリ教師役がアホだった。


勉強が出来ないアホではない。状況が読めないアホである。


この教師役、ファルシアスに祈祷や祭事の作法や子細、その他諸々の知識を教える役目にあったのだが、最初の授業にてファルシアスの知力を知ろうとミュティヌス教会教典を暗唱させた。もちろん田舎の寒村育ちのファルシアスにそんな事ができるはずがない。


一言も出て来ないファルシアスを教師役は鼻で笑い、


「手本を見せてやるから次回までに出来るようにしろ。」


とのたまい、教典を置いていった。文字を知らない農家の娘に。


その後何度か授業はあったが、こんな無茶苦茶な方法で身に付く筈もなく、進展のないファルシアスは教師により


「才能や知識や教養どころか努力も意欲も何もない無能神子」


とレッテルを貼られ、教師役が授業に来なくなると同時に周りの反応も冷たくなっていった。


(加えて嫌みと嘲笑に晒されて性格まで暗くおどおどして、悪循環が続くと。)


前世の記憶が戻ったせいかどこか他人のような感覚を覚え、自身の不運さにはただただ憐れみの溜め息が出るばかりである。


そして同時に、


(そもそも文字も知らない小娘に教典の暗唱とか!幼稚園児に憲法覚えさせるようなものじゃん!)


ただただ怒りが沸き起こるのであった。日本の高水準な教育と生活を当然の権利を享受してきたからこそ、少女に向けられたこの理不尽さは余計に頭がくるものがあったのだ。


(ネグレクトに職務怠慢とか。この教会の人間は何を考えているのやら…。)


更に言えば、ファルシアスの神力を扱う力も才能がないと断じられるには早計だったのでは無いだろうか。

なぜなら今の彼女は以前では視えなかったものが見えているのだから。


彼女の眼には、空中漂う様々な色の光の粒子と丸い蛍のような灯火が映っていた。


(多分この光に助けられたんだろうな…。そして今も守ってくれている。いや、気づいてなかっただけで、きっと昔からずっとだ。)


自身の存在の危機に瀕したためか、以前では何となく近くにあるとしか感じられなかった存在をはっきりと視認できるようになっていた。


またこの事から、教会側が認知していないだけで、ファルシアスの才能はまだまだ発掘し鍛え磨く余地があるのではないかとさえ思わせる。


ファルシアスは感謝の念を示すよう目を閉じた。すると彼女のまわりを漂う光は応えるように煌めき舞い踊った。



ふと、僅かな気配を感じてファルシアスは顔を上げる。自室へと繋がる大階段をのぼる存在を感じた。


(侍女長が戻って来たかな。)


さて、どうしたものかと思案する。


未遂で終わったものの身投げを行ったのは事実である。それ相応の叱責と嫌みは覚悟すべきである。


しかし、この孤立無援な教会の中、今回の事を相談した者がいないのはもちろんの事、別れを告げた者もいない。当然遺書なども遺していない。つまり今回の部屋から外に落ちるという行為が身投げであると知る者はいないのだ。自身を除いては。


(煙にまいてやろうかな。)


前世の記憶を思い出した今、辛い事が起きても再び命を絶とうなどいう気はしないだろう。むしろ、やられたらやり返すのが今の私だと言える。今後の自身の在り方を考えると、やはり身投げしたという事実は無かった事にした方がいいように思えた。


(さて、事故と見せかけるか。それとも…。)


薄紅色の唇で弧を描きながら刻々と近づいてくる来訪者を待つ。やられっぱなしで黙っているなどはあり得ない。これから自分が何ができ、どう動いていくべきかを考える。


(馬鹿にされたままなのも癪にさわるし、一子報いますかね。)


胸にした決意を鼓舞するように一陣の風が吹き抜けた。



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