桃源郷編、[19]なんちゃって狸狐庵仙人の四方山噺
桃源郷編
[19]なんちゃって狸狐庵仙人の四方山噺
今回はなんちゃって狸狐庵仙人からのレポートぜよ。
狸狐庵山荘から程近い安芸地方の、とある山村の農家の裏庭で、実際にあった嘘のような本当の話じゃ。しかもそれほど昔の話ではない。
儂の記憶では、甚だ以て曖昧じゃが、ここ10年から20年くらいまえのことだと記憶する。正確な事がどうしても気になる御仁があれば高知新聞社に問い合わせられるがよかろう。儂の話も新聞記事からの情報じゃからな。
ある朝(季節もうろ覚えじゃが、確か夏じゃったような)、農家の人が家の裏庭に回ってみると前の晩に外に置いてあった濁酒の樽がひっくり返っとって、その側で狐と狸が仲よう酔いつぶれて眠りこけておったそうな。
狐と狸が偶然山の中で出会ったら、どんなことになるのか儂も見たことないから、さっぱり想像もつかんが、まさかお互いに化かし合いして、腕を競い合うことも、一緒に遊んだりすることもあるまいが、ふたり、いや二匹して濁酒を呑むからには、やはり世間噺をしながら、或いは人間共の愚行を嘲笑いながら、お互いぐい飲み茶碗で酌み交わしたとしか想像できまいが。いや、儂には、そんな景色しか浮かんで来んがのう。
確かその時の写真も、新聞に掲載してあったような、なかったような。
儂の場合、何もかもが曖昧なんじゃよ、許せ。
最近、狸狐庵仙人が出しゃばってきてどうも鬱陶しい。
あなたって一体誰?
「わしはじゃなあ、量子論の多世界解釈で言うとじゃ、枝分かれした別の世界のお前なんじゃよ。まあ詳しくはそのうち説明するとして、お前が若い頃佛教大学に行って僧侶になった世界、いやこれは空想の世界じゃなくて、こちらの宇宙と並行して存在するもうひとつの宇宙・・・、まあそういうことじゃ」
ここで、そもそも『仙人』とは一体何者なのか、少し紐解いてみたい。
中国の道家の思想家である老子は『無』『無為自然』を、その約100年後の後継者荘子は『超俗自由主義』を唱え、荘子はそれを解りやすく説明するため、奇想天外、支離滅裂な誇大表現を用いることによって、その『超俗』とは何かを明らかにする。
『仙人伝説』などはその思想を噛み砕いて説明するために彼が考え出した寓話(大人の童話)なのである。
荘子が支離滅裂に考えた仙人像は、
『肌は雪のように白く、体は乙女のようにしなやかで、風を吸い、露を飲むだけで、穀物は一切食べない。雲に乗り、飛龍にまたがって空を駆け巡る』
また『神人(仙人のこと)は何者にも支配されない。洪水に溺れることなく、大地を焦がす炎熱にも火傷することがない』である。
僕は、さほど東洋思想に詳しいわけでもないが、荘子の思想がどことなく自分の性に合ってる気がして、矢張支離滅裂な『なんちゃって狸狐庵仙人』なる多世界(平行宇宙)の自分自身を登場させた次第である。
兎に角、東洋思想と量子論の世界観には合通ずるところが多い。
《注釈量子論》
『多世界解釈』とは
宇宙(世界)が枝分かれし、それと共に我々自身も枝分かれして、複数の宇宙に同時進行で生きるという、1957年にエヴェレットが提唱した『並行宇宙論』を基にミクロ世界の奇怪な現象を、互いに無関係な『多重世界論』で解釈しようというものである。
枝分かれしたいくつかの宇宙(世界)にそれぞれの『私』が、その世界を唯一の宇宙だと思って生きているのである。
我々が知る世界、我々が認識する世界が極めて限られたものであることを思い起こせば、決して荒唐無稽な考えとは云えない。
宇宙が複数あることについては、現在の量子論に於いて多くの物理学者の間で支持されるところである一方、この多世界解釈をとる物理学者は決して多数派ではないが、しかしこれもまた徐々に増えつつある考え方であるのも事実である。




