梅干しで「あーあああー」!
朔太郎は納豆を食べる。私は卵かけご飯を食べる。飯を食べるときは互いにほとんどしゃべらない。取り決めをしたわけではないが、二人ともしゃべらない。食べることに夢中になってしまう。
今日はふりかけをかけて食べる。朔太郎は、梅干ししをご飯に載せている。梅干の汁で薄く色づいたご飯だけを食べる。それだけで茶碗の半分のご飯がなくなる。もう半分を梅干しの果肉をちびちびとかじりながら食べる。朔太郎は最後のご飯を梅干しと一緒に口に運んだ。下あごを力強く動かし、何度も咀嚼する。ご飯を飲み込んだ後も口をもごもごさせている。梅干しの種を舐めている。
私も梅干しが食べたくなってきた。
瓶に残っていた最後の一つを箸でつまむと朔太郎が「あっ」と声をあげた。朔太郎の顔を見ると、目をむき私を睨みつけていた。
「どうした?梅干しの種でも飲み込んだのか?」
私は心配して尋ねながら、箸でつまんだ梅干しを口に運んだ。
「あ、あ、あ、あああああああああああ」
朔太郎は叫びだした。私は朔太郎が叫び続けるのを見ながら、梅干しの種を空の碗に吐き出し、残っていたご飯を口に運んだ。口に残るほのかな酸味と白米の甘さを味わった。とてもおいしい。
「ああああああああああああああああああ」
朔太郎はなおも叫び続けている。
私は急須にお湯を注いでお茶を飲む。ズズと音を立ててお茶を飲む。朔太郎は叫び続ける。
「朔太郎、何をそんなに叫んでる?」
「梅干し、俺の、梅干しを食べた。最後の一つ…」
朔太郎は涙まじりに答えた。
「俺は梅干しでご飯を食べたら、お茶に梅干しを浸しながらお茶と梅干しを食べようと思っていた。それなのにお前は最後の梅干しを食べたんだ。こんな悲しいことはないだろう」
朔太郎は私の目を真っすぐに見つめて言った。言ったことで更に感情が高ぶったのか、先ほどよりも大きな声で叫び声を上げ始めた。
「あああああああああああああああああああああああ」
「泣くな朔太郎、後で梅干しを買って来てやるから。それに今日の仕事の帰りにお前の好きな駅前の菓子屋で苺大福を買って来てやるから泣くんじゃない」
「違う、違う、それじゃ駄目だ!俺が食べたかったのは今この場で食べたいと思った梅干しなんだ。後じゃ駄目だ。もうそのときは今の気持ちで梅干しを食べたいと思ってない。今梅干しを食べたいと思ってるこの瞬間に食べてこそ梅干しは一番おいしいんだ。俺はこの世で一番おいしい梅干しを食べる機会を失った。お前のせいで俺は世界一の梅干しを食べることができなくなったんだ。例えその梅干しが近所のスーパーで買った安物でも俺にとっては今この瞬間食べたかった梅干しなんだ。お前は俺の気持ちも全然気にかけずに最後の一個の梅干しを食べた。お前はひどい奴だ。そんなことができるなんてお前は人でなしだ。たかが梅干しひとつだと思ったら大間違いだ。俺の梅干しを返してくれよ!!梅干し、梅干し、梅干しを返してくれ!!」
私は席を立ち、逃げるように部屋を後にした。梅干しひとつでここまで言われるとは思わなかった。
部屋の向こうからまた叫び声が聞こえ始めた。これは梅干しがなければ事態が収まりそうにない。 しかし近所のスーパーはまだ開店していない。コンビニなんて便利なものもない。どうしたものだろうか?私はトイレに入る。便器に座りながら考える。
どうすればいい?
そういえば、朔太郎は何と言っていただろう?梅干しをお茶にいれて飲みながら食べたいと言っていなかったか?なんとかなるかもしれない。
私は部屋に戻った。朔太郎はさっきよりも小さい声だが、まだ叫んでいた。朔太郎の後ろを通り過ぎ、台所の調味料の入った棚の扉を開けた。目的の商品を手にとり、それを湯のみに入れてお湯を注いだ。
「朔太郎、これを飲んでみろ」
朔太郎は叫ぶのを止めて私を見つめ、湯のみを手に取り、中身を口に運んだ。
「おいしい。梅の味がする。これは何だ?」
「梅こぶ茶だ」
私は緑と赤のパッケージの梅こぶ茶を見せた。
「うまいな」
朔太郎は笑顔でもう一口梅こぶ茶を飲んだ。
「うまいだろう」
私も湯のみに梅こぶ茶の粉末を入れお湯を注いで飲んだ。梅こぶ茶があってよかった。
今日飲んだ梅こぶ茶がおいしかったので書いてしまいました。オチてません。最後まで読んでくださったかたはありがとうございます。そして申し訳ありませんでした。