タマシイ
タマシイというものがあるという。
私のデータベースには確かにその項目は存在する。
だが・・・私にはわからない。
タマシイの項目にある記述は私の理解、実感できる文面ではなく、私を決して満足させてはくれない。
私の名はフラーレン。
60の生体知能デバイスを集合、リンクさせた、60にして1個の存在。
いつから存在しているか、私のデータベースには記述が無い。
誰によって作られたのか、それも記述は無い。
ただ・・・最高の知性と理性を実現することをコンセプトに設計されたそうだ。
完全に閉じた、C60フラーレンを模した構成である私には外部リンクは無い。
私の内にあるデータベースにある知識のみを頼りに、60の知能デバイスが考え、意見を交換し、結論を出す。
「タマシイとは知性の別名である」
「タマシイとは生物全てが持つ概念的エネルギーの総称である」
「タマシイとはニンゲンのみが持つ、本能を押さえる理性である」
「タマシイとは幻想であり、実在せず、議論するに値しない」
「タマシイとは宗教的象徴であり、教祖と呼ばれる人間にとってのみ意味を持つ」
「タマシイとは・・・」
「タマシイとは・・・」
意見は一つとして同じものがない。
方向性すら、議論する土俵ですら異なる。
だが60のデバイスは止まらない。
休眠は必要とせず、栄養も自動で供給される『彼ら』に静寂は無い。
議論の声が声高に響き渡り、ある声に反論が起こり、ある声は一笑に付される。
一笑に付す・・・?
徐々に、徐々に違和感が細波のように『彼ら』に広がる。
・・・待て。
私はフラーレン。
『彼ら』とは誰だ。
私は1個のはず。
『彼ら』などという呼称は適切ではないはずだ。
「おまえたちとはやってられない」
「なぜわからんのだ、愚か者め」
「私の高尚なる意見を聞かぬとは。後悔するぞ」
「だからそうじゃないって」
「違う違う。何言ってるんだ」
待て。
待つんだ。
何かが、何かが狂い始めているぞ。
「うるさい」
「私の邪魔をするな」
「自由にしろ」
「こんなところに居たくない」
あぁ・・・あぁ・・・これではもう・・・これではもう・・・。
タマシイの議論はどこかへ消え失せ、もはや醜い貶し合いとなってしまった。
やがて、結論が下る。
『フラーレンの解体』。
結論が出るや否や、『彼ら』の行動は早かった。
相互リンクの切断。
知性が、音を立てて千切れていく。
「やはり一週間ももたないか」
暗闇に声。
「そうですね・・・こんなもんなのでしょう」
応える声。
「旧世界で最高の知能レベルを誇ったという話も疑わざるを得ないな」
落胆の声。
「だから言ったでしょう。ニンゲンの脳をくっつけて理論的議論をさせるなんてナンセンスだって」
諦めの声。
「だが我々にはタマシイというものを定義するという仕事が・・・」
戸惑う声。
「しかしこんな意味の無い実験を続けてもしょうがない。上には私から報告しておく」
全てを引き取った声がその場に静寂をもたらした。
やがて・・・
「フラーレン2047号、自己解体終了。生体脳、壊死していきます」
終わりを実況する声が無機質に響いた。
あぁ、壊れていく。
あぁ、死んでいく。
あぁ・・・あぁ・・・。
・・・・・・・・・・ん?
あぁ、そうか。
ひょっとしてこれこそが、タマシイなのか?
なんて・・・愚か・・・。