《500文字小説》月の裏側
日曜の朝、僕は隣家のインタ-ホンを押した。
「……何?」
迷惑顔の幼馴染に、僕はシャツを突きつけた。
「ボタンが取れた。すぐに縫ってよ」
「はあ?」
「早く!彼女待たせてるんだよ」
そう言うと、僕は勝手に上がり込む。ぶつぶつと文句を言いながらも、結局は頼みを聞いてくれる。彼女は小学生の時、母親と共にこのマンションに越して来た。以来、中・高とくされ縁だ。
「おはよう」
彼女の母親が起き抜けといった表情で現れた。奔放な女性で、今は一回りも若い、垣内という男と付き合っていた。
幼馴染から受け取ったシャツを着て、そのまま外出しようとした時、不意に呼び止められた。
「……これからは彼女にしてもらいなよ。こういう事」
その日、家に帰る途中で、駅に向かって歩いて行く幼馴染と垣内の姿を見かけた。よく三人で外食するので、疑問にも思わなかった。
マンションに戻ると、ホールで彼女の母親と出くわした。娘を見なかったか、という問いに
「垣内さんと駅に向かって歩いてましたよ」
そう返すと、顔色を変えて外に飛び出して行った。
人が良くて面倒見の良い幼馴染。彼女に、母親の恋人を奪う一面があるなんて気づかなかった。
それきり彼女の姿を僕は見ていない。