第8話 「硫黄島改造計画、始動」
硫黄島に上陸して三日目。
栗林晴翔――栗林忠道中将としての晴翔は、摺鉢山の麓に設置された仮設司令部で、参謀たちを前に立っていた。史実では最後まで島の北部に司令部があるのだが、今回は、ここで指揮を全うするつもりだ。
机の上には、島の地形図、地下壕の配置案、工兵隊の作業計画、そして本土からの補給船団の到着予定表が並んでいる。
藤田副官が報告する。
「閣下。追加の工事資材を積んだ船団が、明朝到着予定です」
晴翔は頷いた。
「よし。工兵隊と土木作業員を総動員し、即座に荷揚げを開始する。
木材、鉄材、工具、食糧、弾薬……すべてだ」
参謀たちがざわつく。
「閣下、これほどの量を……?
硫黄島の港湾設備では、揚陸に時間が――」
晴翔は静かに言った。
「時間は我々の味方ではない。
制空権や制海権のあるうちに、動けるだけ動く。
それだけだ」
その言葉に、参謀たちは息を呑んだ。
午後、本土から派遣された地質学者と気象学者が到着した。
白衣姿の学者たちを見て、兵士たちは驚いた顔をした。
「学者を……前線に、ですか?」
晴翔は頷いた。
「この島の地熱、地層、風向き、湿度……すべてが戦いに影響する。
科学の力を借りるのは当然だ」
地質学者が地図を見ながら言った。
「井戸掘削は……地熱が高いので難しいですが、
場所を選べば可能性はあります」
晴翔は即座に指示した。
「すぐに調査を始めてくれ。
水の確保は最優先だ」
気象学者も頷く。
「風向きと湿度のデータを集めれば、換気孔の配置を最適化できます」
晴翔は満足げに頷いた。
――この島の地質と風を知れば、
地下壕の換気だけでなく、
“奇襲戦の動線”も最適化できる。
地質学者の調査は、
壕間連絡路の安全な掘削ルート
火炎放射器が届きにくい地形の把握
米軍の戦車が進めない地盤の特定
など、戦術面でも大きな意味を持つ。
翌朝、追加の工事資材を積んだ船団が到着した。
工兵隊と土木作業員が総出で荷揚げを行う。
「木材を主坑道へ運べ!
支保工は規格通りに組め!」
「鉄材は換気孔の補強に回せ!
壕間連絡路の掘削班、交代制で24時間作業だ!」
晴翔は現場を歩きながら、次々と指示を飛ばした。
工兵隊長が驚いた顔で言う。
「閣下……この作業計画、まるで未来の工事のようですな……」
晴翔は笑みを浮かべた。
「効率を上げるための工夫はいくらでもある。
“やり方”を変えれば、同じ人数でも倍の成果が出せる」
工兵たちは感嘆の声を漏らした。
晴翔は医務室にも足を運んだ。
軍医が報告する。
「閣下、兵たちは脱水と皮膚病が多く……」
晴翔は即座に指示した。
「水分と塩分の配給を増やす。
寝床は高床式にし、地熱の影響を減らす。
汗を拭く布を支給し、皮膚病を予防する。
衛生兵の教育も強化しろ」
軍医は驚きの表情を浮かべた。
「閣下……まるで医学の教科書のような……」
晴翔は静かに言った。
「兵の命を守るのが、指揮官の務めだ」
――八月まで持ち堪えるために。
――だが、それは口に出すべき言葉ではない。
晴翔は胸の内だけで呟いた。
夕方、参謀の一人が報告に来た。
「閣下。水際撃滅を主張していた陸戦隊が、“持久戦は卑怯”と発言し――」
晴翔は即答した。
「更迭だ。
大臣から全権を得ている。
反対する者は、全員内地へ戻す」
参謀は深く頭を下げた。
「……承知いたしました」
もし内地に戻されたら蔑みの目でみられる。反対派は完全に沈黙した。
その夜。
晴翔は司令部の机に突っ伏すようにして、地形図を見つめていた。
「……壕間連絡路は……
火炎放射器の射線を避けるには……
地質調査の結果が出れば……」
ペンを握る手が震える。
視界が揺れる。
――眠い。
だが、まだやることがある。
まだ、考えるべきことが――。
その瞬間、意識がふっと途切れた。
次に目を開けたとき、そこは――
見慣れたアパートの天井だった。
「……戻ったか」
晴翔はゆっくりと身体を起こした。
現代の空気。
静かな夜。
机の上には、大学の資料とノート。
――また調べられる。
――また準備できる。
晴翔は深く息を吸い、ノートパソコンを開いた。
「次は……火炎放射戦車対策だ」
未来を変えるための戦いは、まだ始まったばかりだ。




