第35話 「火炎の牙──だが、炎は届かない」
昭和二十年二月二十日、午前。
飛行場周辺の罠が米軍を大きく削った翌日。
米軍は戦術を切り替え、ついに“あの兵器”を投入してきた。
火炎放射戦車――
M4A3R3、通称「フレーム・シャーマン」。
炎で地下壕を焼き尽くすために作られた、
硫黄島戦の“悪魔”とも呼ばれた兵器だ。
だが、晴翔は知っていた。
史実で日本軍を最も苦しめたのは、この火炎放射戦車だった。
だからこそ、対策を徹底していた。
飛行場西側の砂煙の向こうから、
黒い影がゆっくりと姿を現した。
砲塔の横に巨大な火炎ノズルを備えたシャーマン。
その後ろに歩兵が続く。
「来たな……」
晴翔は壕の奥で、静かに呟いた。
兵士たちの顔が強張る。
火炎放射器の恐怖は、どれほど訓練しても消えない。
だが晴翔は、落ち着いた声で言った。
「諸君。
恐れるな。
炎は“偽の通気孔”に吸われる。
本物の壕には届かない」
兵士たちは息を呑んだ。
「閣下……本当に……?」
「昨日も閣下の言葉は全部当たった……」
「信じよう……!」
火炎放射戦車が、壕の位置を探しながら前進する。
そして、地面に開いた“通気孔らしき穴”を見つけた。
それは晴翔が作らせた、**偽の通気孔**だった。
戦車の砲塔がゆっくりと向きを変える。
ノズルが穴に向けられる。
次の瞬間――
轟音とともに、炎が地面に叩きつけられた。
炎が穴に吸い込まれ、地中で爆ぜる。
だが、壕の中は静かだった。
兵士たちは驚きの声を上げた。
「……熱くない……!」
「煙も来ない……!」
「閣下の言った通りだ……!」
晴翔は頷いた。
「炎は曲がれない。
二段階の角度をつけた本物の通気孔には届かない。
偽の通気孔に撃ち続ける限り、我々は安全だ」
米軍は炎が届かないことに気づき、焦り始めた。
「焼けないぞ!?」
「地下壕が……どこにあるのか分からない!」
「通気孔を狙っているのに、効果がない!」
戦車は炎を吐き続けるが、
それはすべて“偽の穴”に吸われていく。
晴翔は参謀に命じた。
「今だ。
側面から狙撃班を出せ。
火炎放射戦車は後部エンジンが弱点だ」
参謀が頷き、伝令が走る。
狙撃班は地下壕から静かに這い出し、
砂丘の影に身を潜めながら戦車の側面へ回り込んだ。
火炎放射戦車は前方に集中しており、
側面は完全に無防備だった。
狙撃班長が小声で言う。
「……後部エンジン、狙え」
銃声が一発だけ響いた。
次の瞬間、戦車の後部から黒煙が上がり、
火炎放射ノズルが沈黙した。
米兵が叫ぶ。
「後ろだ! 後ろを撃たれた!」
「どこからだ!? 姿が見えない!」
「地下だ! 全部地下からだ!」
米軍は完全に混乱していた。
狙撃班が無事に帰還すると、
壕の中は静かな熱気に包まれた。
「閣下……火炎放射器が……効かなかった……!」
「偽通気孔が、本当に炎を吸った……!」
「戦車も……倒せた……!」
晴翔は静かに言った。
「諸君。
恐れる必要はない。
敵は強いが、弱点もある。
我々は“知識”で勝つ。
そして、生き延びる」
兵士たちの目に、恐怖ではなく確信が宿った。
晴翔は壕の入口に立ち、煙を上げる戦車を見つめた。
――史実では、火炎放射戦車が日本軍を焼き尽くした。
――だが今回は違う。
――準備がすべてを変えた。
――兵たちの心も折れていない。
晴翔は静かに呟いた。
「……諸君。
まだ戦いは続く。
だが、必ず生き延びるぞ」
硫黄島の戦場は、
史実とはまったく違う姿を見せ始めていた。




