第31話 「静寂を読む者」
昭和二十年二月十八日、午前。
艦砲射撃は三日目に突入していた。
島は揺れ続け、砂は降り続け、空は爆炎で昼夜の区別を失っている。
だが――晴翔は知っていた。
今日、米軍は上陸してこない。
史実で確認した“動かない日”だったからだ。
栗林晴翔――栗林忠道中将としての晴翔は、主壕の奥で兵士たちの様子を見守っていた。
兵士たちは疲労の色を隠せないが、恐怖に飲まれてはいない。
晴翔は兵士たちを集め、静かに言った。
「諸君。
今日、敵は上陸してこない。
艦砲射撃は続くが、上陸は明日だ」
兵士たちがざわつく。
「閣下……本当に……?」
「どうして、そんなことが……?」
晴翔は淡々と答えた。
「敵は三日間、艦砲射撃で地形を削り、
明日の朝に上陸する。
これは“参謀本部の分析”だ」
兵士たちは息を呑んだ。
「……閣下は、神がかっている……」
「未来を見ているようだ……」
「閣下が言うなら、間違いない……!」
その誤解は、晴翔にとって都合がよかった。
信頼は、恐怖を上回る力になる。
晴翔は続けた。
「諸君。
今日は“攻めてこない日”だ。
だからこそ、今は休め。
地下深くに潜り、確実に安全な場所で体力を戻せ」
参謀が驚く。
「閣下……この状況で、休息を……?」
晴翔は頷いた。
「明日が本番だ。
今日、無駄に体力を削る必要はない。
壕は耐える。
耳栓もある。
恐れるな。
今日は“休むための日”だ」
兵士たちは深く頷いた。
「……閣下がそう言うなら……」
「休める……今日は休めるんだ……」
「明日に備える……!」
兵士たちは地下深くへ移動し、
比較的静かな“最深部”で横になった。
艦砲射撃の音は遠く、
地鳴りも弱く、
そこはまるで別世界のようだった。
晴翔は壕の中を歩きながら、兵士たちに声をかけた。
「よく耐えている。
諸君は強い。
明日は、我々の番だ。
敵は必ず飛行場に殺到する。
そこを叩く。
生き延びるために戦う」
兵士たちの顔に、恐怖ではなく決意が宿る。
「閣下……俺たちは、必ず生き残ります」
「家族のもとへ帰ります」
「明日……必ずやり遂げます!」
晴翔は静かに頷いた。
――史実では、三日目の疲労と恐怖で心が折れた。
――だが今回は違う。
――彼らは休息し、落ち着き、覚悟を持っている。
夕刻。
艦砲射撃は弱まり、海の向こうで艦隊が再配置を始めた。
晴翔は壕の入口に立ち、静かに言った。
「諸君。
休息はここまでだ。
全員、戦闘配置につけ。
明日の朝、敵は必ず来る」
兵士たちは一斉に立ち上がり、
装備を整え、
狙撃陣地へ、迫撃砲陣地へ、戦車誘導溝へと散っていく。
その動きには、迷いがなかった。
晴翔は空を見上げた。
爆炎の光が薄れ、夜が戻りつつある。
――明日、二月十九日。
――上陸の日。
――だが、今回は違う。
――この島は、史実よりはるかに強い。
晴翔は静かに呟いた。
「……諸君。
生き延びるぞ。
必ずだ」
そして、硫黄島は――
決戦の夜を迎えた。




